第6章 3人の被疑者
翌日の土曜日、南刑事が奈美のアパートを訪問してきた。非番の北木刑事に、そう指示されていたからだったが、南自身嬉しかった。何しろ、可愛い被害者を守ることは、イヤな仕事じゃないだろう。
アパートに入ると、階段でまた住人とすれ違った。それは昨日すれ違った男性だったが、今度は南は声をかけた。
「おはようございます」
「あ、・・・・」
相手はしっかりとは声に出さず、軽く会釈して下りていった。
ピンポーン
インターホンが押されると、すぐに奈美は返事し、ドアが開けられた。その時はドアを開ける前に、まずチェーンを外したことに、鈍感な南でも気づいた。
(僕には警戒してないってことかな?)
「どうぞ、ご苦労様です。入ってください」
「はい。いいんですか?」
「ええ、廊下じゃ目立ちますし。今日は北木さんは?」
「今日は休みなんで、僕だけです」
奈美は、一瞬戸惑ったように動きを止めたが、ニヤリと笑ってダイニングキッチンへ入っていった。南はそれを見て、ゆっくりと靴を脱いで、恐るおそる、
「お邪魔します」
前日にも入室したとはいえ、今日は男女二人だけのシチュエーションに、緊張は隠せない。
(なんで、入っちゃったのかな? 北木先輩に話すと、怒られるんじゃないかな?)
部屋には奈美の好きな『電光花火』が流れていた。
「『ヨルドラ』聴いてるの?」
「ええ、しょっちゅう聴いてます。一人暮らしだと、音楽でもかけとかないと何かと不安で」
「うん。解ります。でもバスで声かけられた時、この音を聞かれて、その話題を持ち出されたりしてるんじゃないかな?」
「ええ? そうかな?」
「ここまで来られてたら怖いよな」
「昨日の晩は怖くて眠れなかったんです。ウトウトして目が覚めてばっかりで、気がついたら、知らない男の人が私を見下ろして立ってて・・・」
「え! 誰か侵入者・・・」
「違うんです! 夢です夢。そんな悪夢を見るんです」
「そうですか、落ち着かないですよね。大原から何か連絡はありました?」
「それイヤだったんで、機内モードにしてましたけど、今朝電波繋いだら、ブーンブーンブーンって、3回も不在着信入ってました」
奈美は自分のスマホを持ち上げた。
「その後連絡した?」
「まだなんです」
「じゃ、昨日とても忙しかったから、バッテリーが無くなってて、今気づいたって、電話する?」
「そんなことしたら、今から会えるか訊かれそう」
スマホの画面を見ながら、奈美は心配そうに言った。
「じゃ、今日は約束があるって言えば・・・」
「どんな約束か訊いてきますよ。あの人、そんな性格なんです」
「じゃ、僕と会ってるってことにすれば? 何だったら電話代わるよ」
「え? そんなの・・・。でも、逆上しないかな?」
「それくらい危険人物だったの?」
「そうは思ってなかったんだけど、家の前ウロチョロつけ回されてたって判ったら、印象最悪でしょ」
「でも月曜にはまた顔を合わすわけだし、今は何事もなかったように謝っておくのが無難じゃない?」
「・・・ですね」
奈美は南に言われるまま、大原に電話した。側についている南刑事のおかげで、意外に堂々と無難に会話し、事無きを得た。
「でもまだ油断できない状況だし、それにバスのストーカーも心配だよね」
「あ、あの人のこと、普段はなんにも気にしてなかったけど、このタイミングじゃ、そっちも心配で心配で」
「もし、ちょっとでも不審な点を感じたら、遠慮せず連絡してくれたらいいからね」
「その不審な点っていうのなら、やっぱり留守中に部屋の様子が変わってることなの」
「また、何か変化があった?」
「昨日シャワーして、シャンプーしてた時に気づいたんだけど、最近、排水口に髪の毛の塊が詰まってるのを見て気になってて、それをこの週末に掃除しようって思ってたのに、無くなってたの」
「髪の毛? 流れてったんじゃないの?」
「そんなに簡単に流れるようには思えないくらい、絡まってたはずなの。(笑)私、何恥ずかしいこと喋ってんの?」
ちょっと赤面する奈美。
「ははは、それを誰かが持っていっちゃったってわけ?」
「かも」
「でも、事件になりそうでなら無さそうな出来事ばっかりだよね。被害届に盗られたもの『毛』って」
「ふふふ、それじゃ駄目よね。いっそ下着ぐらい持っていかれないと」
「それなら警察もすぐ動きます」
「南くん、下着泥棒スキですね!」
奈美は思わず“君付け”で呼んだ。
「そんなわけじゃないよ。それ一番心配してるかなって思うだけだよ」
「それも触られてたりしたら、どうしよう」
「まず、侵入されてるか確認するために、罠を仕掛けとくってのはどう?」
「えぇー?どんなふうに?」
ドアにテープを貼っておいて、開けたら切れるようにしておくとか、ドアの内側にさりげなく綿くずを置いておいて、ドアを開けた風圧で動いてるか見るとか」
「おお。いいアイデア。さすが刑事さん、頼りになる」
「え。そんなぁ」
「いっそ、隠しカメラでも仕掛けとこうかと思ってるんです」
暫く話した後、南が部屋を去ろうとドアを開けると、また例の男性住人が廊下を歩いている姿を見つけた。その時、相手が一瞬戸惑った様子を感じ取り、不審に思い、
「井上さん、今の人、誰か判る?」
奈美がドアから顔を出すと、その男性は外階段へ出てしまっていて確認できなかったが、
「窓から確認して」
奈美は急いでリビングのサッシから、カーテンを閉めたまま外を見た。するとその男が歩いているのが見えた。その瞬間、奈美は反射的にカーテンの隙間を狭くした。なぜなら、その男が奈美の部屋を見上げたからだった。
奈美が玄関に戻ると、
「判りました。今の人205号室の・・・たしか小田さんという人です」
「ああ、3軒隣ですか」
「でも、今私の部屋を見上げてきたんで慌ててしまったけど、見られたかな?」
「この部屋を見たんですか?」
「はい、なんか気味悪い。あの人の部屋なら、こっちの階段じゃなく、真ん中の階段を使うほうが便利だと思うのに」
それもそのはず、このアパートの2階には201~208号まで合計8部屋あるが、中央階段で左右に4部屋ずつ分かれている。205号室は中央階段のすぐ隣なのだ。
「それに、こっちの外階段から下りたのに、また中央に向かって歩いていったから、そんな遠回りする意味なんか無いのに。・・・こわい」
「・・・ストーカー候補3人目ってことか・・・可愛いと大変だね」




