第5章 捜査対象
大原が黙って左折して、進行方向を変えた。
(あ、やっぱり私の住所知ってるんだ・・・。そうか、住所変更届を見たのね)
「あの・・・私の家、分かりますか?」
奈美は恐るおそる訊いた。大原はしばらく沈黙した後、
「大体はね。多分こっちじゃないかって分かるんだよ」
「そんなこと、どうしてですか?」
「君に気持ちが通じてるからかな?」
(キモッ! やっぱりこの人キモい)「この通りをまっすぐで合ってます」
奈美は冷静を装った。
「本当はどのあたりかは知らないよ。ナビしてね」
(ウソつき―。白々しいー。降りたい―!)「はい、ゆっくり安全運転でいいですよ」
それを聞いて、大原は車のスピードを落とした。奈美は緊張で、体が震えそうになるのを、必死で我慢した。
(50キロ道路なのに、40キロ出てないじゃん。そんなに一緒に居たいか!?)
自宅に着く4,5分前、遠くにパトカーのサイレンが聞こえた。奈美はきっと北木刑事と南刑事が、アパートに急行してくれてるんだと思い、緊張がさらに高まった。
「南くん。2階で待機。マル対(被疑者)は私が対処するし」
南刑事が外階段を駆け上がると、ちょうど2階から住人の男性が下りてきた。それを見て、南は平静を装い、ゆっくりと歩いた。
北木はアパート前に停めた車の横に立って、奈美の帰りを待った。この車は捜査車両だが、大きく物々しく見えないよう、小型のプリウスで駆け付けていた。しかし、無線やパトランプ等も装備されていて、その車内を被疑者に見られるとまずい。すぐに対応できるよう、スタンバイした。
やがて、白い軽自動車が近づいてくるのが見えた。助手席には奈美が乗っている。北木はアパートの前に横付けされないよう、少し前に出て待ち受けた。車が停まると、
「どうもすみません!」
奈美はすぐにドアを開けて、飛び出してきた。
「井上さん、急にお呼び出しして申し訳ありません。何か用事があったんじゃないですか?」
北木はそう言いながら、運転する男の顔を確認した。大原は一瞬、目を逸らした。
「大丈夫です。すぐ部屋に行きます。大原さん。ごめんなさい。こういうわけなんで、打合せは月曜の朝にお願いします」
そう言うと大原が、
「俺も行こうか?」
と奈美を呼び止めた。奈美は焦った。
(どうしよう? すんなり、帰ってくれそうにない)
「同居されてるんですか?」
奈美を見て、北木が言った。奈美は首を振った。
「でなければ、他の入居者と訴訟問題になりかけてますので、部外者の方はご遠慮ください」
すると大原は渋々、シフトレバーをドライブに入れ、
「じゃ、また連絡してよ」
そう言って車を出した。それを見送って、ようやく奈美は安堵して泣き出した。その姿を、先ほど2階から下りてきた住人が見ていた。北木は奈美の肩を抱いて、急ぎ足で部屋に向かった。
「大丈夫だった?」
南は心配そうに声をかけたが、奈美は目を合わせず黙ったままだった。部屋の鍵を開けると、北木は当然のように部屋に入った。南は廊下で待機しようとしたが、奈美が南を見て「どうぞ」と手で合図したので、3人ともダイニングキッチンへ入ると、そこで奈美は床に座り込んで泣いた。それを北木が慰めるのかと思いきや、
「南くんお願い」
そう言ってリビングに入り、カーテンの隙間から外を見た。南は片膝をついた状態で、奈美のそばに寄り添いながら、北木刑事の動向を見ていると、北木はカーテンから身を少し引いた。
「やっぱし、戻ってきた」
大原の車が、ゆっくりと引き返してきて、2階を見上げている。そして再び、アパートの前に停車した。
「まずいなぁ」
北木はプリウスの中を見られると、警察車両だとバレる恐れがあると考えていた。そこで素早くサッシを開けて、部屋の空気の入れ替えを装い、階下を見た。すると北木と目が合った大原は、バツが悪そうに、そのまま車を発進させた。
「もう大丈夫や、帰ってったわ」
キッチンでは、落ち着きを取り戻し立ち上がった奈美に、南はダイニングの椅子を引いて、腰を掛けさせた。
「怖かったやろ」
そう言って、北木は奈美を抱きしめた。
「ありがとうございます。でも犯人があの人だったなんて」
「いや、まだ証拠が挙がったわけやないし、そうは言い切れへんねん」と難しい顔で北木が言うと、
「これからしばらく、その男をマークすることになると思います」と南が奈美に告げた。しかし実際には、この程度で被疑者を尾行したり、周辺に刑事を張り込ませることはあり得ない。
「その間は私、どうしてたらいいですか? 郵便局に出勤するのも、この部屋にいるのも怖いです」
「でも、部屋に侵入した物的証拠も無いですし、まだ逮捕できるほどの状況証拠もないですし」
「それはそうやな。しばらくは、普段通りに生活するしかないやろね」
「普段通りって・・・」
「あいつの車には乗らんようにして、二人だけで会うようなことも避けるんやで」




