第3章 ストーカー
数日が過ぎたある日、郵便局で働く奈美に、上司の大原が声をかけた。
「井上さん。明日の晩、時間無いかい? 来週、本局のお偉いさんの視察が予定されてて、その対応を君に任せたいんだけど、打合せをしなくちゃならないと思ってね」
「金曜の定時後ですか? まあ、予定は特にないですけど・・・」
大原という男は、簡易保険を担当する勤続10年の模範的職員だった。しかしこの時、奈美は警戒していた。自宅で変な出来事が続いていたので、それも当然だが、何より日頃から、この大原の視線や行動には、違和感を持っている。いつも誘ってくるしつこい男とは、こいつのことだった。つまりストーカー候補No.1というわけだ。しかも、自宅での不審な出来事はまだ解決しておらず、日々不安感は増している。
(仕事だからOKしちゃったけど、私は正規雇用じゃないのに、どうしてそんなこと頼まれるのかしら? 今は誰とも接したくないのにな)
「金曜なのに、予定ないの? 若いのに寂しいじゃない?」
大原はニヤニヤしながら、話し続けている。
「ええ、まあ別に寂しくはないですけど、たまたま今週は予定入れてなかっただけで」
「普段は遊びまくってるんじゃ、ないだろうね?」
「そんなことないですよ。普通です、普通」(普通というより苦痛だわ)
そこへ奈美のスマホに、電話がかかってきた。制服のポケットの中で、ブーンと震えている。こっそり画面を見るも、それは知らない番号からだった。
「すみません。電話出ます」
そう言うと奈美は、ていよく大原から離れた。
「仕方ないなあ。男からか?」
奈美は答える気力も湧かず、ただ首を振って、その場を後にした。そして、近くに誰もいないのを確認して、その電話に出た。
「はい。もしもし?」
「もしもし、城西署の南です」
「あ、南さん」
「井上さん、しばらくです。その後どうかと思ってお電話差し上げました」
「よかった。また相談しようか、悩んでたんです」
「また、何か起こったんですか?」
「はい。聞いてください。絶対、勘違いとかじゃないです」
奈美はその晩、警察署を訪れた。証拠動画のSDカードを持って。南刑事と東出警部補が、PC画面に映し出されたその動画を確認したのだが、
「これだけですか?」
動画をざっと早送りで見終えた後、南は訊いた。
「ええ、これは3日前の外出中に撮影したものなんです」
奈美は持っていた古いスマホの動画撮影機能を使って、誰もいない筈のリビングの中を撮影しておいたという。保存容量の関係から、その動画は45分ほどで切れてしまっていた。しかし、その動画には何も写っていなかった。
「それと、これが帰宅してすぐに撮った、部屋の写真です」
それが画面に表示されると、南と東出は息を呑んだ。
「カーテンのことですか?」
東出が確認するように訊いた。
「はい」
「あなたが開けたんじゃないんですよね」
「違います」
奈美が約6時間後に帰宅した時。リビングのカーテンが開いていたようだ。
「動画撮影中は、カーテン閉まったままで変化なし」
「撮影が切れた後、誰かが部屋に入ってきて、開けたんだと思います」
南は何て言ったらいいのか分からず、黙ったままだったが、東出はこう質問した。
「どうしてこの日、撮影しようと思ったのですか?」
「その前の晩、ちょっとコンビニへ買い物に出かけたんです。アパートを出てすぐ、自分の部屋が気になって、2階を見上げたんですけど、部屋の電気は消えていて・・・でもコンビニから戻って、ドアの鍵を開けたら、リビングの電気が点いていることに気づいたんです」
「それは確かですか?」
「はい。リビングの電気は、玄関やキッチンからでは点けられません」
「中に誰もいなかった?」
南は心配そうに訊いた。
「幸い人はいませんでした」
東出は腕を組んで、
「コンビニまで、留守に要した時間はどれくらいですか?」
「15分くらいです」
「あまりにピンポイント過ぎるな」
東出は顎に手を当てて、姿勢を変えた。
「誰か思い当たる人物はいませんか?」
「さあ、でも一昨日、変な人に声をかけられて・・・でもそんなことで警察に相談するのも変だと思うし」
「どこで? ・・・普通それぐらいで警察は動きませんが、部屋に侵入されている可能性がある場合は別です」
東出は落ち着いた声で話すと、
「バスでなんですけど・・・仕事の帰りに、局の近くのバス停で、30歳くらいの男の人が話しかけてきて、『暑いね』とか言って」
「よく見る人?」
「はい。前につけられてるかも知れないって、言ってた相手です。たまに郵便局の窓口にも来る人です」
「どんな話をしたんですか?」
「私は相槌くらいしか、反応してないのに。何だったかな? 色々勝手に話し続けられて、自己紹介までされて、名前は中居さん。そうだ、“ヨルドラ”の話題になったんです」
「何? “ヨルドラ”って」
「“ミッドナイトドライブ”って、人気アーティストですよ。最近よく流れてますよね。『電光花火』」
南が口を挿むと、
「はい。その曲好きなんです」
しかし東出は眉を寄せて、
「知らないな。最近の曲か。で、その話になったきっかけは?」
「突然、“ヨルドラ”好き? って訊かれて・・・」
結局、奈美が降りるバス停までついてこられて、自転車に乗ったところで別れたのだという。
この日は、東出警部補がアパート周辺のパトロール強化を約束をして、奈美は帰宅した。その際、南が奈美に、「アパート向いの事務所の、監視カメラの映像を入手してみる」と告げたのを聞いて、奈美は納得して帰宅したが、後で東出は、「あれは北木のアドバイスだろ」と、お見通しのようだった。
「でも明確な被害があったわけじゃないし、捜査に人員は割けないぞ」
「僕が監視映像をもらってきます」
南は奈美の相談に乗ってやれて、少し嬉しく思っていた。別件の捜査から戻った北木刑事に、このことを話すと、
「そうか。ほな頑張りや」
と、あまり興味がない様子だった。
「ええ、少し心配ですし。先輩は井上さんをどう思いますか?」
「どうって、何やねん? 個人的な感情で動いたらあかんで」
「分かってますよ。まだ彼女の自作自演ってことも、あるかも知れませんしね」
「でも、この前はウソは言うてなかったで。新しい箸買うとったし、ホンマに無くなったと思とったんやろ。知らんけど」




