消失。
「マオ!!」
手を伸ばしたけれど、届かなかった。
クリストファも呆然としている。
しょうがない。目の前でマオが消え失せたのだ。
あれは、空間転移。
すぐそういう現象だって理解ができた僕だって驚いたんだ。クリストファには一瞬何が起きたのか理解できているかどうかさえ、怪しい。
「マオ……」
弱々しく、クリストファが口にする。
でも。
「おい! クリストファ。ぼうっとしてないでマオを探すのを手伝ってくれ! 頼む。あれはたぶん、行き先を決めての空間転移じゃない。そんな魔力の感じはしなかった。あのままじゃ、マオが危険だ!」
「マオは……、私を拒否したのか……」
「バカヤロウ! いまはそんなことを言ってる場合か! 僕たちはあの子を追い詰めてしまったかもしれないんだ。手遅れになる前に、頼む!」
「あ、ああ、すまない……。マオ・フリーデン公爵令嬢が忽然と姿を消したのだ! 捜索を!!」
クリストファは周囲にいた親衛隊に声をかけた。
隊長のラッツが、「はは!」と声をあげふっと消える。
神速のラッツ。彼なら。彼も確か転移が使えるはず。マオの魔力の流れを探ってくれていればいいけど。
「僕は父様に!」
いきなりのことに、周囲がざわめいている。
殿下の声に驚いたのか、それともマオの消失する現場を見ていたものが他にもいたのか。
「父様!」
陛下のおそばにいた父様。フローラお母様もいる。
ああ。ごめんなさい。僕は……。
「何があったのだ!?」
父様……。マオが消えるところは見てなかったんだろう。こちらを見て動揺している。
「すみません、父様。マオが、たぶん“転移”を起こし消えました。行方がわかりません。たぶんあれはマオが発作的に発動させた“空間転移”です。位相を計算している間も、魔法を構築している時間もありませんでした」
「なんと、なぜ……」
「僕と、殿下の言い合いが彼女を追い詰めてしまったのかもしれません……。父様との養子縁組を解消していとこに戻ると言ったことに……」
「マオ……。どうして……」
フローラお母様、顔を抑えてそう呟く。
父様も、苦虫を噛み殺したようなお顔になっている。
「すみません、父様……。あなたの大事なマオに……」
「ばかをいうな! アンソニー。ああ、そんなこと気にしなくてもいいんだよともっと早く伝えていれば……」
父様?
「ああ、アンソニー。私はマオもアンソニーも二人とも大事に思っているよ。今日も陛下に直訴し、お願いをしていたところなんだ。侯爵位を君に譲り、そしてその後で養子縁組を解消したら、君とマオの婚姻を認めてもらえないかと」
「わたしも……。マオを母の養女にしてもらえないかって話、打診してたところだったわ。このおうちの籍からさえ抜ければ、マオとあなたはもともといとこなのだもの。結婚だって許してもらえるって考えてて……」
ああ。お母様……。
父様と僕は宮殿に残り、お母様だけお屋敷に帰ってもらうことにした。
マオがどこに行ったのかはわからない。魔力の追跡を、と殿下の親衛隊が魔力紋の判別装置まで持ち出してきていたけど、マオの魔力紋は“不明”というのが問い合わせた貴族院からの返答だった。
「なぜだ。魔力紋は誰にでもあるもの。魔力特性値を測る際に、一緒に収集している筈では?」
「マオの魔力特性値はゼロでしたから……。もしかしたらそれが関係しているのかもしれません……」
父様にそうは言ってみたものの、魔力紋も不明だなんて……。
人は自身のゲートからマナを放出する際に、その人特有の紋、波長のようなものをマナにのせているという。
だから、魔力紋がわかればそれを追跡することだって可能、もちろん特殊な装置が必要になるけれど。
王家秘蔵のそんな特殊なアーティファクトである魔力紋判別装置までかりだしたというのに……。
マオの行方は、依然として知れなかった。
◇◇◇
父様は国王陛下と話があると言って別室に向かった。
客間に残された僕のそばにはクリストファ殿下。
そばには親衛隊が控えている。
「申し訳ありません殿下」
「ああ、ラッツ。お前が追えないのであれば、仕方がない。他の誰もマオの魔力の跡を判別できるものはいないだろう」
確かに。そうだ。
ラッツにも、アーティファクトでも、マオの行方を追うことはできなかった。
どうすれば、いい? マオ、どこに行ってしまったんだ……。
位相を定め目的地に跳んだのであれば、その魔法が失敗しない限り無事である公算が高い。
しかし、マオはたぶん発作的に空間転移を発動させた可能性が高い。
彼女のどこかよく知る場所のイメージの、その近くに跳んでいれば、まだいい。
空中や、地の底や、脱出不能な場所に跳んでしまっていたらと思うと……。
「クリストファ、すまない……」
「何を謝る?」
「あの時、冷静でいられなくてつい罵声を浴びせてしまった……」
「いいよ、アンソニー。実は君が他人行儀の儀礼的な接し方をしてくるたびに、私は少しイラついてしまっていたんだ。マオのことだって、少し意地悪してしまったね……」
意地悪?
どういうこと?
「君がマオを愛しているのはわかっていた。どうすれば君がマオと結婚できるのかも、実は私にはわかっていたんだ。君の父様から父上にはそういう相談が以前からあったからね。君に侯爵位を早く譲りたい、って。私の縁談を進めていたのも、私にマオを諦めさせたかったからだって、父上が白状したよ……」
「クリストファはいいの? それで」
「はは。私はね、マオも大事だけど、君のことだって大事なんだよ?」
クリストファはそう言って、少しだけ笑みをみせる。
心配で心配で心が張り裂けそうで。
一睡もできずに朝を迎え。
「おやすみください」そういう宮殿の侍女に、「大丈夫だから」と強がりを言ってさがらせて。
僕はソファーに座ったままマオのことを考えていた。
大丈夫、だろうか。
寒い思いをしていないだろうか。
怪我を、していないか……。
苦しんで、いないだろうか……。
運ばれてきた軽食にも手をつけず、そのまま夜を迎えた。
マオの捜索は、王宮の手も借り王都中あらゆる場所に伸びていた。
病院も、貴族院も、男爵家も、マオが訪れたことのある場所はすべて。
マオが通ったであろう街のあちらこちらも、すべて。
それでも。
芳しい情報は得られずに、翌朝。
「アンソニー! マオが見つかった!!」
そう僕に告げたのは、目にくまを作った父様だった。




