妹。
しっとりと響くワルツの曲に体を委ね、クリストファ殿下のリードにあわせステップを踏む。
ふわりと体が自然と動く。
ステップのことを考えちゃだめ。あたしは難しく考えるのはやめて、感じるままに任せる。
周囲の目、とか、そんなものもいつのまにか忘れて、ただただ気持ち良く体を動かしていたら、いつのまにか終わっていた。
殿下に体を委ねたままゆっくりと背中を逸らして、余韻を残してとまる。
「ありがとう、マオ。綺麗だったよ」
あたしを自然に抱き寄せ、耳元でそう囁くクリストファ殿下。
途端に、顔が熱くなる。
ああ、きっと真っ赤になっちゃってるかも。
あたしたちのダンスは会場中の人が観ていた? のか、盛大な拍手の音が鳴り響いていた。
でも。
恥ずかしくてどうしようもなくて、耳鳴りまで聞こえてきて、あたしは居た堪れずに顔を伏せることしかできなかった。
「帰ろうか」
優しくおっしゃるクリストファ殿下に促されるまま、あたしはきた道を殿下にエスコートされ歩いた。
ちらっと顔をあげると、お父様と母さんが陛下のおそばで待っていてくれた。
うまく、できたかな。
ちゃんと、踊れてたかな。
殿下に恥をかかせてしまっていないかな。
そんな心配は、お父様たちのお顔を見たら霧散した。
なにも心配することはないよ、って。
そう思わせてくれる笑顔。
その笑顔に安心して、あたしも笑顔を返せた、と、おもう。
◇◇◇
今夜は立食形式だから、きちんと席が決まってるわけじゃなかったけど、とりあえず親族が集まっているテーブルに飲み物のグラスを置いて周囲を眺めていた。
お父様たちはいろいろ挨拶しなきゃいけない人も多くって、あたし一人ここに取り残された形。
さっきのクリストファ殿下とのダンスの影響か、あたしは皆に遠巻きに見られている、そんな感じ。
話しかけてくれる人も居ない。
あたしの顔をみてこそこそと何か話してる人もいて、ちょこっとだけ気分がよくなかった。
殿下はもちろん形式的にあたしをダンスに誘ってくれただけだろうから、なんの意味もあるわけないのに。
きっと、ちゃんとした令嬢とファーストダンスを踊ってしまったら、その彼女が殿下の婚約者候補だって騒がれちゃうから、あえてあたしをファーストダンスの相手として選んだんじゃないかな?
あたしなら、幼い時に一緒に踊った、いとこ? だから、気安いと思ったのかもだしね。
アンソニー兄様と殿下がいとこ。
お父様のお姉さまが殿下のお母様、だから、あたしもいとこだっていうのはまちがいないもの、ね?
「マオ、さん。少しいいかしら」
はっとして、声をかけられた方を向くと、そこには華やかな真っ赤なドレスを身に纏ったエーデルローゼが立っていた。
銀色の髪を編み込んで、後ろに流しているエーデルローゼ。
薔薇の意匠の真っ赤なドレスがよく似合っている。
「エーデルローゼ、さん……」
「なにほうけていらっしゃるの? 先ほどダンスはとても良かったわ。わたくし、それだけを言いたくて」
「え?」
「なによ。おかしい?」
「だって、貴女があたしを褒めてくれるなんて……」
思ってもいなかった。
彼女はいっつもキッとした瞳であたしを見て、強い言葉を使ってくることが多かったから。
「今日はお兄様は一緒じゃないのね」
「アンソニー兄様?」
「どうされたのかしら。最近学院もお休みしているみたいで、心配で……」
あ。
もしかして、もしかして――
エーデルローゼって、兄様が好き、なの?
心の中が、ガタガタと崩れていくような、そんな気がして。
今まで、壊れることはないと思っていたあたしと兄様の関係が、まるで地滑りのように崩れ、壊れていく……。
「兄様、何か悩み事があるみたいで……。お部屋を出てきてくれなくて……」
あ、こんなことお外に喋っちゃいけなかった? って、口に出してから考えたけど、遅かった。
「それなら、お体が不調とか、お病気とかではないのですね?」
「はい……。お父様もお医者さんを呼ぶ必要もない、と……」
「安心しましたわ。でも、何かお困りごとがあるのかしら……」
「それは、なにも……」
「そうですか……。マオさんもアンソニー様がなにを悩んでいるのかわからないのですね……」
ああ。だ、め……。
そうだ。あたしにも、兄様がなにを考えてるのかわからないんだ。
改めてそう認識してしまったら、心が張り裂けそうになって。
あたしも、兄様の特別じゃ、ないんだ……。
あたしも、兄様にとっての特別にはなれないんだ……。
理屈じゃない。
どうしてそんなふうに思ったのかはわからなかったけど。
悲しくて、もうどうしていいかわからなくなった。
「血を分けた妹としたら、ご心配ですわよね……」
あ。最初に彼女に敵視されていた理由が、分かったかも……。
「それにしても、先ほどの王太子殿下とのダンスは本当に仲睦まじく見えましたわ……。殿下の本命はやはり貴女なのかしらね」
え?
「そんなことは……」
「そんな。そうでなければ殿下がファーストダンスに貴女をお選びになるわけはありませんわ。わたくし、応援しますから。貴女と殿下だったら、お似合いですもの」
ちょっと、待って。
困る。そんなの……。




