晩餐会。
王宮に隣接した白亜の建物。
今日はここ、迎賓館の一階の大ホールで晩餐会が行われる。
あたしはお父様と母さんと一緒に馬車で訪れた。
馬車から降りると真っ赤な絨毯が会場までまっすぐ敷かれていて、その上をしずしずと歩いていく。
ふかふかな毛の絨毯は、歩くのにちょっと邪魔かなって思ったけれど、そういうわけでもなくて。
逆に足元がふかふかで、慣れないハイヒールを履いているあたしの足を包み込んでクッションの役目をはたしてくれている。
(これって何かの魔法?)
そう小声で呟く。
「そうね、マオ。これは風魔法、アウラの権能がかけられた特別な絨毯なの。ほら、貴族の女性の足はとても繊細だから、それを守って歩きやすくなるように空気のクッションができてるのよ」
「母さん? でも、普通は沈み込んじゃって歩きにくそうに見えるのに」
「実際、そうでもないでしょう? 自然と足を支えてくれるから、硬い地面を歩くよりもスムーズに歩けるのよ」
ああ。
確かにお父様の足元も、毛に沈み込んだりしていない。
ふかふかな地面の上を軽く歩いているようにも見える。
「なんだかすごいなぁ」
「会場中にこんな魔法がかかっているから、ダンスだって楽にできるわよ」
くすくすと微笑みながらそう教えてくれる母さん。
お父様も、優しく微笑んでくれている。
そっかぁ。
こんな高いヒールの靴、履いたことなかったからちょっと心配だったけど、これなら大丈夫そう。
「これっていつもそうなの?」
「そうでもないわ。これだけ大規模な魔法を使い続けるのには結構コストがかかるもの。今日はまだ本当のデビュッタント前の子供も多いから、特別ね。外国の使節をお迎えする時とか、幼い子供もいるときとか、そういう特別な時が多いかしら」
「そうだね、元々は特別な演劇の舞台とか、演舞用に開発された魔法だね。マオも、慣れない靴だと大変だっただろうから、今日はよかったかもしれないね」
お父様。
そっかぁ。お貴族様として過ごすためにはそういった所作の訓練も必要、なのかな。
頑張らないとだなぁ……。
やっぱり幼い頃から貴族令嬢としてそういう教育を受けてきた人と違って、あたしの場合はずっと平民だって意識で過ごしてきちゃったから。
貴族院に入った頃から一応ダンスとかは習ってきたけど、それも割と子供用の踵の低い靴で、だったから。
今日は大人とおんなじデザインのドレス。
足元が完全に隠れてしまうふんわりスカートには鳥籠のような芯が入っていて、結構重い。
その上、もう手のひらと同じくらいのサイズの高さのピンヒール。
動きにくいったらなかったから。
こうしてここまでスムーズに歩けるのは本当にありがたい。
大ホールの大扉の前で衛士に片手をあげて、お父様が母さんをエスコートしながら入場する。
あたしもその後ろをしずしず歩いて。
兄様が一緒だったらなぁ。
でも、もしかして、やっぱりあたしが兄様を好きでいるのは間違いだったのかな……。
そんなふうに心が沈む。
兄様には、やっぱり迷惑、なのかな……。
やっぱり、あたしは兄様のこと、諦めなきゃいけないの、かな……。
今日もお部屋にこもって出てきてくれなかった兄様のことを思うと、心がキュッと痛くなる。
悲しくて、悲しくて。
お父様のことを、
好き、だから、
好きだったから、
諦めようと思った母さん。
あたしも、諦めなきゃいけないのかな……、悲しい――。
お父様はまず国王陛下のもとに向かった。
「陛下。本日はこのような佳き日にお招きにあずかり、恐悦至極に存じます。かくも盛大な晩餐の席に列する栄を賜り、深く御礼申し上げます」
礼をとり、そう奏上した。
「おお、フリーデン侯爵よ、よく参った。其方にも王太子の晴れの日を共に祝ってもらえること、余も嬉しく思う。今宵は存分に楽しみ、ゆるりと過ごすが良い」
威厳のある佇まいの国王陛下は、それでも母さんとあたしをみて、少しだけ微笑んで。
「マオ、久しぶりだね」
国王陛下の横から、クリストファ王太子殿下が語りかけてくれた。
心なしか、国王陛下の目も優しく見える……。
「おひさしぶりです王太子殿下」
「マオ、会いたかったよ」
そう言って、一歩前にでる殿下。
「昔、一緒に踊ったの、覚えてる?」
「あ、まだ、子供の頃の話、ですよね」
「そうだよ。でも、ずっと懐かしく思い出すんだ。ねえ、今夜も私と踊ってもらえない? レディマオ」
さっとあたしに向けて手を伸ばす殿下。
はわわ。これって断ること、できない、よね……。
ちらっとお父様と母さんを見ても、助け舟を出してくれる様子はない。
しょうがない、かな。
「ええ、喜んで」
そう答え殿下の手に自分の手を重ねた。
◇◇◇
まだ晩餐会は始まったばかり。
陛下に挨拶にくる貴族がいっぱいいる中を主役の殿下がこうして抜け出してしまっていいのか?
そんな疑問も持ちつつ。
でも、あたしが口を出すことも躊躇われて。
中央のダンスフロアまで殿下にエスコートされるままついてきたあたし。
(兄様と踊りたかったな……)
でも、引きこもってしまっている兄様に変わり、フリーデン侯爵家の娘として、立派に社交をしなくちゃいけない。そんな気持ちにもなって。
(殿下の期待にも、応えなくちゃ)
ファーストダンスにあたしを選んでくださったのだ。せめて、ちゃんと上手に踊って見せなければ。
中央には殿下とあたししかいなかった。
注目の目が、痛い。
やがて楽団が息を揃えワルツを奏ではじめ。
「踊ろう、マオ」
ゆっくり頷き、殿下のリードに合わせステップを踏む。
笑顔をこちらに向けてくれたクリストファ殿下の優しい瞳に、あたしは吸い込まれるように意識を集中することにした。




