聖女としてふさわしく。
兄様が部屋にこもって出てこなくなってしまった。
心配で心配でどうしようもなくて。
あたしはコンコンとお部屋をノックするけれど。
「すまないマオ。しばらく一人で考えたいんだ」
兄様はそういうばかりで顔を見せてくれようともしない。
「母さん、どうしよう。あたし、どうすればいい?」
「うーん。アンソニーは強い子だから、待ちましょう。わたしたちにできるのはそれくらいだわ」
母さんはそういうけど……。
兄様の力になりたい。だけど、兄様が何に悩んでるのかがわからなければ、あたしには何もできない……。
それがもどかしかった。
あたしの前世の記憶の話は母さんに話してみた。
最初は少し驚いたようなお顔をした母さん。でも、そのままあたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
「大丈夫よ。マオ。大丈夫よ。わたしの可愛いマオ。あなたはわたしの娘。他の誰でもないわ。わたしの大好きなマオ……」
その言葉に、救われた。
あたしはどこか他のところから来たの? あたしは普通じゃないの?
そんなふうに感じて怖かったけど、母さんは全てを肯定してくれた。
あたしを、大好きなマオって、呼んでくれた……。
それが、嬉しくって。
あたしのゲートはまだ閉まったままだけど、でも、そのゲートを閉めてしまったのがあたしの心の弱さだったってわかったから。
このままちゃんと訓練すればゲートは開くよって、そう大聖女セリア様も太鼓判を押してくれた。
だったらもう、頑張るしかないよね?
あたしは、ちゃんと、生きてるんだから。
あたしは、ちゃんとこの世界で頑張るんだって。そう。心のそこから思えたから。
貴族院の授業は相変わらず一人で自習状態だったけれど、それでも気にしないことにした。
みんなの動きや魔法をじっくりと見る余裕もあるもの。
セリア様から教わった、魔力操作も、随分と楽にできるようになってきた。
その分、みんなの魔力の動きもよく見えるようになったあたし。
そうしてみるとよくわかる。
エーデルローゼって、ほんと別格、だ。
他の子たちよりも一回りも二回りも大きなマナ。完璧なコントロール。
魔術式の構築も、魔法陣も、完璧に見える。
アークも、キュアも、彼女のために頑張って働いてる。
時々彼らがエーデルローゼに何か話しかけてるけど、それには気がついていないみたいだったけど。それだけは残念。
エーデルローゼにもキュアたちが見えているのなら、あたしも彼女ともう少し心を通わせることができるかもしれないのになぁ。そんなふうにも感じてた。
◇◇◇
授業が終わって、さあ大聖女様のお部屋に向かおう。そう思った時だった。
「ねえ、あなた。何か勘違いしてるんじゃない?」
あたしを呼び止めそう言葉を投げかける令嬢、二人。
「勘違い、ですか?」
どういう意味かわからなくって。
振り返って彼女たちにそう聞いてみる。
「あなたみたいな子が、大聖女様に贔屓されてるなんてありえないわ。きっとあなたのことを哀れに思った大聖女様がお目にかけてくださった、だけなのよ? 調子に乗らないことね!」
ああ。
そっか。
なんだか懐かしい。
ベッキーみたいなことをいう人がいるなんて。
「ボランティア、なのよ。資産家っていうのはそういう援助をどれだけしているかが社会的なステータスにもなるのよ。よかったわね、奇病のお母様がいて」
そう嫌味のような言葉をあたしに投げかけてばかりいた侍女のベッキー。
うん。
こういうことを言ってくれる子は、貴重だ。
「ありがとうございます。ステラ様、リンダ様。肝に銘じますわ」
それだけいうと軽く会釈をしてその場を離れようとして……。
「待ちなさい!」
あたしを呼び止めたのは、エーデルローゼ、だった。
キッと目を吊り上げ、怒っている? 彼女。
どうして……?
あたし、彼女を怒らせるような真似、しちゃったのだろうか……。
「あの……」
ステラ嬢もリンダ嬢も、エーデルローゼの勢いから身を隠すように、コソコソっと離れて行ってしまった。
ってっきり、エーデルローゼの後ろに隠れて一緒にこちらを睨んできたりするのかとも思ったけれど、そういうわけでもないみたい。
彼女はこちらをキッと睨んだまま、仁王立ちに、腰に手を当てている。
「どうかされましたか……?」
あまりにも黙ったままなエーデルローゼ。あたしはそんな彼女の瞳を見つめながら、そう声をかけてみる。
うん。まずは話してくれないと。
何もわかんないもの。
「――わよ……」
へ?
「――オドオドしてるんじゃないわよ!!」
「はい!?」
拍子抜けして声が上擦ってしまった。とにかくはい? って返事をするのが精一杯で。
「あなたねえ、仮にも大聖女様に直々に魔法を習っているのでしょう? だったらあんなこと言われてお礼なんか言ってるんじゃないわ! もっと、自覚を持ちなさい!!」
なんの、自覚??
本気でわからない。
エーデルローゼが何を言っているのか。
「なんの、自覚、でしょうか」
「うーっ。あなた、聖女の修行をしているのでしょう!!? だったらちゃんと聖女に相応しい言動をしなさいって、そういう意味よ!!」
「あ――」
忘れてた。本気で忘れてた。
あたし、キュアの加護があるって認められたんだったっけ。
キュアの加護イコール聖女の加護と言われてる。
一人前の聖女と認められるためにはやっぱり、この聖女の加護を持っていないと、だから。
まあ、聖女の加護があるから聖女なんじゃない。聖女には、聖女の加護を持っている人が多い、そういう話ではあるけれど。
そっか。
あたし、聖女の修行をしてるって、そう思われていたのか。
でもって、さっきの勘違いもそう。
あたしなんか聖女に相応しくないんだから、大聖女様がただただ哀れんであたしに色々教えてくださっているだけなのよって、そう言われたのか。
でも、そうしたら?
エーデルローゼはあたしが聖女の修行をしているって、認めてくれてるってこと?
あ、顔が熱い。
なんだか、ほおがニマニマと緩む。
そっか。
あたし、嬉しいんだ。
エーデルローゼがあたしのこと認めてくれたんだと思うことが、嬉しいんだ――。
「気持ち悪いわね、あなた、なんでここで笑うのよ!」
なんだか変なものでもみている瞳に変わったエーデルローゼ。
ふふ。
でも、さっきまでの睨み顔よりはマシ?
「だって、嬉しいんですもの」
「はあ? バカじゃないの? あなたやっぱりどうかしてるわ」
「ふふふ。だって、エーデルローゼがあたしのために怒ってくれたんだもの」
「はあ? 誰もあんたのために怒ってたんじゃないわよ! 仮にも聖女を名乗るなら、その振る舞いに誇りを持ちなさいって言ってるだけよ!」
「うん。だから。ありがとう」
「もう。知らない!」
エーデルローゼ、プイって振り向くと、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。
顔が若干赤くなってたような気もして。なんだか、微笑ましかった。




