憧れと、恋。
「マオ!」
あ。兄様。
どうしたんだろう。兄様。
目の前に兄様のお顔のアップ。
あたし、ずっと寝顔、みられちゃってたのかな。
「兄様、どうされたのです?」
んんっと体を起こし、そう声を出してみる。
あたしのセリフがあんまりにものほほんとしていたせいか、若干呆れ顔を見せた兄様。
「このバカ。心配したんだぞ」
そうおっしゃって、コツンとゲンコツで頭を叩く。
いた、くはないけど、でも。
あまりにも突然の理不尽に、少し腹がたって。
「もう、痛いじゃないですか。いきなり叩くなんてひどいです!」
そう拗ねてみせた。
「悪い。でも、マオが悪いんだからね。君は大聖女様の研究室で倒れて家まで馬車で運ばれてきたんだ。僕らがどんなにびっくりしたと思う? 父様もフローラお母様も、お顔を真っ青にして心配してたんだよ」
え!? そんな、だって、あたし……。
チェストの上にある置き時計をみる、と、いまは12時。って、12時??
「もしかして、今って夜中の12時なんですか!?」
「ああ。そうだよ。君はずっと眠ったままだったんだ。大聖女様は、寝てるだけだから心配ないっておっしゃってくださったけど、揺すっても何しても起きないだなんて」
ああ、ああ。
兄様ごめんなさい。
でも、あたし、どうして?
記憶を探ってみる。でも。
セリア様とマナのレイヤーの話をしてたかな? ってところで記憶が飛んでる。
あたし、何か失敗しちゃったのかな……。
マナの操作でも、何か間違っちゃったんだろうか……。
「兄様、ごめんなさい。あたし、自分でもどうして倒れたのか、覚えがないんです……」
「そうか。しょうがないな。でも、安心したよ。いつものマオで」
「え? いつものマオってどういう意味ですか!?」
なんだか兄様があたしのことからかってる? そんな雰囲気もして、ついついそう突っかかる。
こんなにぼけっとしてるのをいつものマオ? そう言ってる? 兄様は!!
「怒るなよ。マオ。僕はマオの様子がいつもと変わってなくて、嬉しいんだよ。だから」
はう。
「いつものマオって、からかってる訳じゃ……」
「そんなわけないよ。大聖女様ったら、マオが何かを思い出して、そんな記憶に押しつぶされそうになるかもしれないから、だなんて意味深なこと言って帰るもんだから、心配でしょうがなかったんだ」
「何か、思い出し、て?」
「ああ、幼いときに何か怖いことや嫌なこと、あったのかもしれないって。心配してくださってたんだよ大聖女様も」
んー。
セリア様がそんなことを……。
ダメだ。すっかり記憶から抜けてる。
そっか。もしかしたらあたし、倒れる前にそんな幼いときの記憶を思い出したりなんかしてたのかな。
でも。
五歳以前の記憶なんて、もうほとんど忘れてる。
かあさんが優しくしてくれた。
ゾフマンさん夫妻も本当のおじいちゃんおばあちゃんのように可愛がってくれた。
コーラル様が、お父様だったらいいなぁだなんて、少しだけ思ってたのも、その頃だけど。
でも、細かい記憶はないなぁ。
夢はいっぱい見た。
大きくなってからも、その当時の夢って何度も何度も見た。
そのせいか、どこまでが夢でどこが現実だったのか、記憶が曖昧になってるのかもしれない。
「そういえばね、大聖女様が明日は念のために学院をおやすみしたらどうかっておっしゃってたよ。ちゃんとお医者さんにも診てもらいなさいってさ」
「そんな、大丈夫ですから」
「ダメだよ。君は、意識を失って倒れたんだ。原因が大聖女様がおっしゃるように心因性のものなのだとしても、しっかり調べてもらうにこしたことはないからね」
ふう。こうなったら兄様は聞く耳もなくなる。
あたしがいくら大丈夫だって言っても許してくれないから。
「わかりました兄様。明日はおやすみしますね」
「うん。そうしよう。さあ、僕はもう寝るね。父様たちにもマオがおきたって教えてくるよ」
「ありがとうございます兄様。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ。今まで寝てたんだ、寝付けないかもしれないけど、ちゃんと寝るんだよ」
そうおっしゃって兄様は部屋を出て行った。
こんな時間まで、ずっと枕元にいてくれた、兄様。
やっぱりあたし、兄様が好きだな。
でもこの気持ちが本当に恋なのか、最近は少し自信がない。
「憧れ」と「恋」
その二つにどんな差があるのか。
違いがあるのか。
それすら、わかっていなかった。




