エーデルローゼ。
いきなり侯爵令嬢となったって、周りの目はそう簡単には変わらない。
そもそも貴族院に最初に入学したときは、家名もないただのマオだったのだから。
まあそれでも、魔法の才能を見出され貴族の家に養子に入る例もないわけじゃない。
子を儲けるには魔法の才のある両親からの方がいいに決まっているし、貴族であっても魔法の才に恵まれるものばかりじゃない。
そうした場合に備え平民であっても貴族院は受け入れているし、才能があるものには奨学金の制度だってある。
童話で読んだあしながおじさまだって、そんな奨学金のお話だったっけ。
あたしだって、そうだって思われていたわけだしね。
貴族院ではあまり親の爵位とかをひけらかさないのが暗黙のルールだったし、まあ生徒に上下関係を意識せず学んでほしいという教育方針もあったのだろう。
平民だからってあからさまにいじめられた記憶はあまりなかったけど、それでも上位貴族の令嬢さまがたからは距離をおかれていた。
まあ、でも?
フリーデン侯爵家に連なる親戚筋の方達からはそんなにじゃけんにされた事もなかったかなぁ。
年上のお姉様が多くて同級生にはいなかったからか、それとも兄様のおかげか。
兄様があたしのことを可愛がっているっていうのは親戚筋の人には伝わっていたと思うから、そのおかげ? あたしに仲良くしてくれるわけではなかったけど、そこまで嫌な扱いはされなかったっていうか。
あたしが編入したのは以前の二学年下の子達がいるクラス。
「マオ•フリーデンです。よろしくお願いします」
と教壇で挨拶したときは、ちょっとざわざわと教室がざわついたけど、すぐにおさまった。
流石に顔を見たことのある子もいたし、以前のあたしのことを知ってる人もいたんだろう。
もしかしたらフリーデン家の養女になったのか? って思われたかもしれないなって思うと、ちょっとだけいい気分じゃなかったけど、訂正する気にもなれなかった。
さっき、平民の子が貴族の家の養子になることもある、ってそう言ったけど、そこはそれ、養子はどこまで行っても養子だもの。本当の子とは同じ身分には思われないかなって。
貴族同士の養子縁組なら別だけど、もと平民だって思われるのは変わらないしね。
ここで、「実は本当はもともと貴族でした」なんて言ったって、子供たちの目がそうそう変わるとも思えなかった。
親からそう聞かされたならともかく、あたしがこの場でそう話したって、信じてもらえるかはわからないもの。
それに。
あたしが平民として育ったのは本当のことだし、ね。
他のご令嬢のように、「わたくし」とか自称するのもなんだか窮屈。
まあ、社交界の場にでるようなことがあったら、ちゃんとお貴族さまのご令嬢を演じてあげないとお父様にも悪いと思うから、そこはそれ、ちゃんとしなきゃとは思ってるんだけど。
だから、ざわざわとした教室が静かになってもあたしをみるクラスメイトの目が冷ややかだったのにも目をつむり、あたしは大人しく指示された自分の席に着くことにした。
隣の席は……。
銀の髪の美人さん。
金色の瞳もとても綺麗なのに、その目をキッと細めてあたしを睨んでいた。
エーデルローゼ・シュヴァイツア侯爵令嬢。
フリーデン侯爵家と双璧をなす、名家、シュヴァイツア侯爵家の令嬢だ。
あたしより二つ下の十三歳だから、今まではあんまり接触はなかった、けど。
ふう、こんなにも怖い目で見られるようなこと、あたししたっけ?
考えてみたけど、思い浮かぶことはなかった。
席に着いてからも、しばらくずっと睨んでくる。
いい加減前向いて授業に集中してくれないかなぁ。
そう思ったところで、講師のデルボア先生が「エーデルローゼさん。前に来てこの問題を説いてもらえませんか?」と、声をかけてくれた。
「はい。先生」
さっと表情を元に戻した彼女。すくっと優雅に立ち上がり、黒板まで歩く。
白墨を手にし、サラサラと問題を解いていく彼女。
「こちらでどうでしょう」
書き終わったエーデルローゼは、ふんわりと先生の方に振り向き礼をすると、微笑んで小首を傾げた。
うん。さすが侯爵令嬢っていった感じの所作。
あたしにはとても真似できない。
っていうか演技で真似っこするならできないこともないかもしれないけど、これが一生続くのならあたしには侯爵令嬢なんて似合わないかもしれない、かな……。
そんなふうに、ちょこっとだけ落ち込んだ。
でも。ね?
もしあたしが兄様と結婚することになったら、そうもいってられないかもしれないじゃない。
母さんは、なんだかんだ言っても人前では貴族のご婦人らしい所作ができている。
子供の頃から、ちゃんと貴族令嬢だったんだもの、できても納得なんだけど……。
あたし、どうすればいいかな……。
そもそも人前でずっと「あたし」って言ってるのも、もしかしたらダメなのかも、だし。
貴族女性には相応しくない、そう言われてしまいそうで、ちょっと憂鬱だ。
席に戻ってくるエーデルローゼはスッとした姿勢に歩き方まで絵になっている。
ちょっと見惚れてしまったあたし。
うん、やっぱり綺麗だなぁ。そんな感じで眺めていたら。
「あんまりジロジロ見ないでくださいます? 失礼じゃありませんか?」
席に着く前に、そう鋭く言い放つともう一回あたしをギロリと睨む彼女。
「あ、ごめんなさい……」
思わず謝ってしまったあたしに「ふん!」と一声。
そのままさっと席につき、今度はあたしなんかいなかったかのように無視をする。
はう。
もう、なんて言ったらいいんだろう。
あたし、嫌われている?
そもそも元々あたしを睨んできたのはあっちなのに、あの言い草はないんじゃない?
そう憤慨したけど、でも……。
うん、彼女の横顔も、とてもシャープで美しく、またまた見惚れてしまいそうになったところで頭を振った。
なんとか彼女と仲良くなれないかな。
そんなふうに思いながら、最初の授業は過ぎて行ったのだった。




