#6 エステポルナ宇宙港
『こちらエステポルナ宇宙港、民間船1168772の入港を許可する。当宇宙港、第133番ドックへ入港されたし。』
「こちら民間船1168772、了解した。」
もはやこの船は、海賊船ではない。こっちでは普通の民間船扱いだ。偽装コードなど、使う必要もない。だから堂々と、港に入港することができる。
先日、あの小さな船で奪った交易品を、金に変える。小型の交易船が運ぶものといえば、比較的高価な品が多い。ペイロードが少ない船で安い品ばかりを運んでいたら、元が取れねえ。だから小型船てのは大抵、金目のものを積んでいる。一方、船体のわりに機関が大きいモレストロ号のペイロードも、小型船並みに少ない。それで俺がいつも狙うのは、小型の船と決めている。
といっても、今回の荷物はそれほど良い品とは言えない。何というか、今回奪った積荷には服が多い。冠婚葬祭用の衣装というか、写真撮影用というか、やたらドレスやら礼服が多い。こんなものの値打ちがどれほどのものか、俺にはよくわからねえ。
しかもあの女、その積荷の中から2着も使いやがった。その2着は、もはや新品ではない。値が落ちるのは確実だ。
さて、品の取引の前にやらなきゃならないことがある。それは、大気圏突入だ。まだここは宇宙空間、ようやく月軌道の内側に入ったところ。エステポルナ宇宙港に入るには、まずこの大気に入り込まなきゃならない。
まあ、今どきは大気圏突破で事故に会うことは滅多にねえが、それでもたまに失敗して、灰になっちまう奴もいる。細心の注意が必要だ。
「おい、もう一度確認だ。耐熱空間シールドと重力子エンジンとを繋ぐ配管、切れちゃいないだろうな?」
「大丈夫ですよ、船長。そこはさっきも確認しやしたぜ。」
俺と、計器担当の船員であるセリオとのやりとりを、横であの女がじっと聞いている。普段の俺は、どちらかといえば大雑把だ。即決即断、どちらかといえば、あまり慎重さはない人物に見える。が、そんな俺がこの時ばかりは、しつこいほど確認している。これが、奇妙に見えるのだろう。
まあ、俺も俺らしいとは思えねえ。だが、大気圏突入だけはどうしても別だ。なにせ俺は……
「まもなく、大気圏突入です!」
おっといけねえ。気付いたらもうそんなところまで来ちまったか。少し、気合を入れなきゃならねえな。
「船外温度はどうだ!?」
「3000度を突破!プラズマ発生中!」
ふと周りを見れば、もう黄白色の炎が船を覆っている。綺麗な光だが、こいつにちょいとでも触れることになりゃあ、丈夫さが売りのモレストロ号でも一瞬で穴が開く。そこからガス状の炎が入り込んで、船内は一気に……
「船内温度正常!シールド、正常に機能中!」
いけねえな、悪いことばかり考えるもんじゃねえ。当然だが3000度のプラズマ如き、耐熱空間シールドにかかれば造作もねえ。順調に大気圏突入シーケンスを消化する、この船と乗員。そして、やっと地上が見えてくる。プラズマが消え、視界が広がる。
「速力1400、高度3万4千。エステポルナ港まで、あと130!」
気づけばもう、大気圏突破は終わったようだ。そこで俺はようやく、船長席に腰掛ける。
「ねえ、船長さん。」
と、ここで服2着の価値を下げてしまった女が、口を開く。
「……なんだ。」
「たかが大気圏突入如きに、何ビビってんのよ。」
うっ……こいつ、感づいたか。俺が大気圏突入を人一倍、神経質になっていることを。
「別に、ビビっているわけじゃねえ。」
「ふうん、そのわりにはさっきからずっと、落ち着かない様子だったじゃない?」
「当たり前だ。船の安全がかかってるんだ、慎重なのは当然だろう。」
「ふーん、海賊のくせに、慎重ねぇ……」
今のこいつの顔は、嫌な顔だ。俺より、優位な立場に立とうとしているのが見え見えだ。この見下した表情をこの女にさせるなど、どうしても許せねえ。くそっ、どうにかしてこいつの鼻っ面をへし折ってやりてえ。
『エステポルナ宇宙港管制より民間船1168772、高度2000で進入せよ。』
「民間船1168772よりエステポルナ港、了解、高度2000まで降下する。」
宇宙港が近づいてきた。管制から、高度の指示が出る。高度1万から、一気に2000まで落とす。
エステポルナ港は元々、海の港町だった。いや、今でも海の港町でもあるのだが、それ以上に宇宙港の街という印象の方が今では大きい。この星、地球414が連盟側に加わってから、かれこれ100年以上経つ。エステポルナ港は、その最初期の宇宙港だ。広大な平地を利用して、この星でも1、2を争うほどのドック数を誇る。
その133番目のドックに向かう我が船、モレストロ号。中身はともかく、外観はごく普通の民間船。大気圏内では、機関4基の内、2基を停止し、ビーム砲は収納している。ごく普通の民間船として振る舞いつつ、母港に着陸を果たそうとしている。
しばらく進むと、市街地が見えてくる。ここは100年以上も栄えた宇宙の出入り口だ。多くの貿易会社が設立され、その周辺にはさまざまな産業とサービス、そして海賊が集まる。
そんな街の様子を、グレースのやつ、じっと窓から眺めている。海賊の母港と聞いて、もっと殺伐としたものをイメージしていたのだろうが、残念ながら、ここはごく普通の交易都市だ。
「133番ドックまで、あと800!」
「両舷前進、最微速!ヨーソロー!」
「ビーコンをキャッチ!進路修正、右0.3!」
広大な宇宙港が、眼下に広がる。大小様々なドックがずらりと並ぶ。宇宙港ターミナルのそばには軍船専用のドックが並び、その奥に大型船ドックが、そしてその向こうに中型船のドックが見えてくる。このモレストロ号は、中型船の部類に入る。その中型船ドックの一つへと向かう。
「133番ドック上空へ到達!」
「微速下降!高度1700……1500……」
降下を続けるモレストロ号だが、ここで俺はふと大事なことを思い出す。
「おい、グレース。」
俺が呼ぶと、黄色いドレスのあの女は、不機嫌そうな顔でこちらを睨みつける。
「なによ……」
「大事なことを思い出した。」
「なに、大事なことって?」
「お前に関することだ。」
「……私に何か、問題でもあるの?」
「大ありだ。お前、この星の人間じゃないだろう。」
これを聞いて、ピンときたようだ。そう、こいつはこの星はおろか、連盟側の身分証を持っていない。敵方の連合側の人間だから、当然だ。
この港までやってきたのは良いが、こいつをどうやって港に通すか?
「べ、別に良いわよ。私はこの船で過ごすから。」
「そうはいくか。機関も落としちまうし、食料もねえぞ。第一、通関員がこの船も調べることになってる。どのみち、逃げられねえ。」
強気な表情ながら、少し困った顔を見せるグレース。うーん、これもまた良い顔だな。しかしだ、困ったな……どうしたものか。
「高度100を切りました!」
「両舷減速!ロック用意!」
「30……20……10……着地!」
ガシャーンという大きな音が、この船橋内に響き渡る。その音を聞いて、俺はある男の話を思い出した。
そうだ、そういえば連合の人間をうまく引き入れることに成功した奴がいたな。その手は残念ながら、1人が限度。しかも異性でなくてはならない。だが、今回はちょうど一人で、しかも女だ。
「そうだ、グレース。」
「なによ。」
「この港を突破する方法があるぞ。」
「な、なによ、その方法ってのは!」
こいつも交易業者の女だ、港の通関の厳重さは承知しているだろう。俺のこの話に食いついてきた。
「簡単だ。俺とお前、夫婦になるんだ。そうすりゃあ自動的に帰化人ってことで、晴れてお前はこの星の住人だ。」
「はぁ!?」
この会話に、皆が一斉に振り向く。
「なんだ、不服か?」
「不服よ!なんだって、海賊船の船長の妻になんかならなきゃいけないのよ!」
「いや、強制はしないぜ。だが、そうでもしなけりゃこの港の外には出られねえ。収容施設にぶち込まれ、臭い飯を食わされる。それでも良いのか?」
「うう……」
とある海賊仲間の話だ。ある交易船を襲ったら、女船員に一目惚れしてそいつをさらっちまった。が、港に着いたものの、身分証のないそいつを連れ出すことができない。そこでやつは、こいつとは夫婦だと言い切った。
入籍することで、身分証が自動的にできちまう。その結果、連合側の人間を港の向こうに立ち入らせることができた……
あまり良い方法じゃねえが、幸いにもグレースならこの手が使える。要するに、俺の妻ってことにしちまえば良い。
船に留まるといっても、通関の役員による検査は入る。そうなりゃあ、こいつは密航者ってことで捕まる。臭い飯を食わされるくらいなら、大人しく俺のこの案に従うしかない。
「で、どうするんだ?俺に従うか、それとも、港の連中に捕まって監獄にでもぶち込まれるか?」
「うう……」
「別に、偽装夫婦でいいんだぜ。この後に待っている悲惨な扱いを思えば、その方が無難だと思うんだがなぁ。」
するとグレースのやつ、黙って小さく頷いた。今までにないくらい、屈辱的な表情を浮かべるグレース。うーん、最高に良い顔だ。ようやくこいつの鼻っ面を、へし折ってやれた。
で、早速俺は船を降りて、現れた役人どもに交渉する。連合側の人間ということでかなり抵抗されたが、俺の巧みな話術で、どうにか認めさせた。30分ほどで、そいつらはグレースの新しい身分証を持って現れる。
その新しい身分証をグレースに渡す。それを奪い取るように受け取ったグレースは、ぷりぷりしながら宇宙港ターミナルへと向かう。
で、どうにか港を抜けて、ロビーへと出られた。するとグレースのやつはあの黄色い服のまま、出入り口に向けて歩き出す。
「おい、グレース。」
「なによ!もうあんたとは関わりたくないから!それじゃあ、元気で!」
「はぁ?お前、何言ってるんだ。」
「ここでお別れって言ってるのよ!本物の夫婦ってわけじゃないんだから!」
「へぇ、それじゃお前は、この街に知り合いでもいるのか?」
俺のこの一言で、急に我に帰るグレース。屈辱的、いや、もう泣きそうな顔でこの女は、すごすごと俺の元に戻ってきた。いや、今日はつくづく、最高の表情を見せてくれるものだな、こいつは。
そして俺は、この宇宙港でも場違い感漂う黄色いワンピースを身にまとったこの女を連れて、港を出る。港の前にいるタクシー乗り場に向かい、一台の無人タクシーに乗り込む。中でピッとタッチパネルにスマホを当てると、そいつは走り出す。
「ど、どこに向かうの……?」
予め、俺は行き先をスマホに入力しておいたから、こいつはどこに向かうのか分からない。そんな不安げな表情を、俺は無言で楽しむ。だが、タクシーはすぐに目的地に到着しちまう。最適な経路で走る無人タクシーには、俺のこの気持ちなど、考慮するつもりはないらしい。
そして俺はグレースを伴い、タクシーを降りる。目の前には、高いビル。
「ここは……」
「ああ、ここは交易センタービルだ。」
「こ、交易センタービル?」
「早い話、交易品を扱う業者が集まってる場所だ。」
「……そんなところに私を連れてきて、どうするつもり?」
「どうするも何も、奪ってきた品を売り捌かねえといけねえ。それにお前、その格好でずっと過ごすつもりか?服はいらないのか?」
俺はその黄色い服を指差す。我に帰るグレース。やはりこいつも、この服がいささか目立つことくらい、自覚しているようだ。
さて、俺は別にこの女のためにここにきたわけじゃない。女の服はついでで、主目的は別にある。
それは、このビルの14階にある、服飾関係の問屋にあった。
「いらっしゃい……」
14階の奥にあるカウンターへとやってきた。俺も正直、ここにはあまりきたことがない。そこには、やや神経質そうな顔の男がおり、俺の顔を見るや、にこやかな顔で出迎える。
「マカリオさんですね。荷物は先ほど届きましたので、調べさせてもらいましたよ。」
「そうかい。で、いくらになる?」
「そうですねぇ……しめて、5万ユニバといったところですね。」
「5万か……やはり、安いな。」
奪った交易品を、ここで金に変える。服は全部でおよそ100着。それを全部換金して、5万ユニバーサルドル。つまり一着あたり、500ユニバーサルドルということになる。
「一応、上物のはずだぜ。わざわざ公益品として運んでいた品だ。もうちょっと高くならねえものか?」
「と、言われましても、特に際立って優れた服というわけではありませんので。正直申しまして、この価格でも相当、頑張らせていただきましたよ。」
譲らないカウンターの男。俺は思わず、むかっとする。その表情が顔に出たのだろう。横であの女が、クスッと笑いかける。だが、それを見たこの男が、こんなことを言い出す。
「そちらの服であれば、より高価に買い取らせていただくんですけどね。」
それを聞いた俺は、その店員に返す。
「はぁ?どう見たって、この中じゃ安い部類の服だぜ。しかもご覧の通り、新品じゃねえ。」
「何をおっしゃいます。なればこそではありませんか。」
「……どういうことだ。」
「服そのものの価値ではないのですよ。その……着ている人物が、その服の価値を上げているのです。」
「お前の言っている意味が分からねえ。もっと分かりやすく言ってくれねえか。」
「わかりませんかねぇ……」
薄ら笑いを浮かべ、グレースの方を凝視する男。そしてこの問屋の男は、しばらく舐め回すようにグレースの服を見つめた後、こう応える。
「このお嬢さん、なかなかの美形な方でいらっしゃいます。少なくとも、中年男性なら傍らに座らせて、お相手させたくなる娘です。そんなお嬢さんの着ていた服となれば、手に入れたがる層の人間が一定数、いらっしゃるのですよ。」
「……何だそりゃ……それじゃあ聞くが、こいつはいくらで売れるんだ。」
「そうですねぇ、一着、1万ユニバ出しますよ。」
「い……1万ユニバだと!?」
100着集めても、5万ユニバーサルドルにしかならなかった服に対し、こいつはたった一着で1万ユニバーサルドルだと言いやがった。一体、どういう相場なんだ?
「ちょっと待て!それならこういうものもあるぞ!」
「おや、これは……?」
「この黄色いやつの前に、こいつが着ていた服だ!」
「ちょっと拝見……ええと、ここに少し、シミがあるようですが……」
「ちょっと訳あってな……漏らしちまったんだよ。」
「な、何ですって!?」
俺は馬鹿正直に答える。こいつは元々、値がつかないと諦めていた品だったが、この黄色い服の値段を聞いて思わず出しちまった。するとこの店員、この赤い服にとんでもねえ値段をつけてきた。
「……3万ユニバですね。」
「はぁ!?」
「足りませんか?」
「い、いや、そんなことはねえが、だがこれは曰く付きの品で……」
「その曰く付きの話と、これを身につけている彼女の写真とのセットでお買い上げいたしますよ。どうですか?」
想像以上の話に発展しやがった。たった2着が、4万ユニバーサルドルで売れて、その他の新品100着あまりが5万。一体、ここでの相場とやらは、どうなっているのか?
で、結局、グレースに黄色と赤の服を交互に着てもらい、写真撮影を行う。その後、代わりの服を見繕ってもらう間に、グレースがこの服を着ることになった話を、その男に聞かせる羽目になる。
そして100着プラス2着の服は、9万ユニバーサルドルに変わった。
まずまずの金額だが、その金額の半分近くを、たった2着で稼いでしまうとは……
「……こんなことなら、もう1着、着せておけばよかったな。」
俺のこの言葉に、真っ赤な顔をして睨みつけてくる女。まあ、そう睨むなって。俺だって、この世にそんな需要があるなどとは知らなかったのだからな。
で、どういうわけかこの女の今の服は、メイド服だ。肩にヒラヒラした布のついた、黒基調の中世風の使用人のような服。あの男のチョイスだが、どう考えてもこれは、相変わらず場違いな服だ。タダでもらったうえに、明日これを持ち込めば、1万ユニバーサルドル以上で買い取ってくれるという、何だかよく分からない価格補償付き。いや、さすがにもうあの問屋には行かねえ。金になるとはいえ、妙な道に引き込まれそうな予感がする。
さっきの服も目立つが、この服も異常に目立つ。しかもこの服、側から見れば、俺が主人で、こいつが使用人。今の俺は、価格交渉に少しでも有利になるよう、ネクタイに背広姿。いわゆる正装ってやつだから、余計にそう受け取られても仕方がない格好だ。
おまけにこいつ、恥ずかしさで少し顔を下げ気味で歩いている。ますます、使用人だな。いや、こうなるともう奴隷か。ほんと、いい顔をしてやがるな、こいつは。
服を買い直そうかと思ったが、しばらくこの格好で引き回すことにする。俺はこの使用人を引き連れたまま、最上階へと上がる。そこは、レストラン街だ。そこで俺は、パエリアの店に入る。
地上300メートルの高さのこのビルのてっぺんにあるこの店の、窓際の席に案内される。さっきからずっと黙り込んでいるグレースの分も注文し、食事が来るまでの間、俺はこいつの顔を眺める。
考えてもみりゃあ、こいつ、さっきからろくでもない扱いばかりを受けている。宇宙港では俺の妻にさせられ、交易品を売りつけに行った問屋では、船内の出来事をばらされた挙句に写真を撮られ、挙句に使用人の姿にさせられて、俺の後ろを歩かされている。別に俺が仕掛けた訳じゃないが、俺が望む展開に次々と変わる。
パエリアが出ると、こいつは窓の外を眺めながら、一口づつ口に入れている。自身が招いた結果とはいえ、気づいたら敵陣営の星に連れてこられて、嫌いだった海賊の船長と一緒に今、食事をしている。眼下に広がる、こいつにとっては敵地であるこの風景を前に、こいつは何を思うのか?
1ユニバーサルドル = 100円 とお考えください。




