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#5 臨検

宇宙、といっても、この銀河系の端っこの、僅か直径1万4千光年の領域に限っての話だが。

そこには1000を超える人の住む星、地球(アース)が存在する。その星々は2つの陣営に分かれ、かれこれ200年以上も泥沼の戦いを続けている。


その2つの陣営というのは、銀河解放連盟と宇宙統一連合と呼ばれてる。略して、連盟と連合だ。なんでも、今の連合の盟主である地球(アース)001という星が、10億人以上が住んでいたある星を艦隊砲撃で滅ぼしちまったらしい。その恨みが元で、地球(アース)023という星が地球(アース)001に対して宣戦布告し、宇宙が2つに割れちまった。


まあ、そんな歴史や事情はどうでもいい。俺達はただ、この宇宙を自由に往来し、自由に奪い、それを元に更なる自由を謳歌する。ただ、それだけだ。

で、そんな自由な船に、不機嫌な表情で黙々と食事を続ける女が一人、俺の前にいる。


「よかったな。もう一着、服が見つかってよ。」


俺が声をかけると、グレースのやつ、無言で睨みつけてきやがった。なんでえこいつ、自分が原因で2度も漏らしやがったくせに、その後始末をした俺らを何だと思ってやがるのか?


だが、不機嫌ながらも、今のこいつの敗北感あふれるこの表情は、俺にとってはたまらなく良い。どうにか連合の軍船をやり過ごした今は、この表情を思う存分、じっくりと堪能することができる。


しかしなんだ、この女、短刀で俺に歯向かってきたわりには、華奢な体型だ。そして、これまでこいつから聞き出した話を総合すると、どうやらこいつは交易商の娘で、おそらくは堅気の世界で何不自由なく暮らしてきたのだろう。その身体からは、そういった過去が滲み出てくる。


こんな華奢な身体のお嬢様だ、このまま両腕で抱え、力づくでねじ伏せることは簡単だろう。だが、俺はそういうのは好まない。こいつが自分で仕掛けた罠にかかって、敗北感に苛まれて情けない顔で俺を見つめてくる。そういうシチュエーションを、俺は最も好む。だから俺は、こいつが勝手に自滅するように仕向けたくなる。その方が面白いし、いじりがいがあるというものだ。


おっと、食事を終えたようだ。今度は場違いな黄色のワンピースに身を包んだこのお嬢様は、トレイをカウンターの上におくと、ずかずかと無言で食堂を出て、通路を進む。

俺がその後ろをついて回る。時々こっちをチラッと見ては、しかし何を言うわけでもなく歩き続け、ついには機関室前の扉に到達する。


そこは行き止まりだ。後ろには俺が、前には壁が立ちはだかる。両側には、左右それぞれの機関室の扉が見える。

で、この女、何を思ったのか、右機関室の扉を開ける。そのまま中へと進む。


「なんだお前、何の用だ……って、船長も一緒で?」


そこにいたのは、機関長のベニグノだ。その近くには手下が5人ほどいる。皆、機関の整備、点検を総出で行っているところだ。

ついさっきまで連合の駆逐艦から逃げるため、こいつを全力で回していたからな、あちこちにガタが来ているようだ。


「どうだ、ベニグノ。地球(アース)414まで、持ちそうか?」

「へぇ、なんとか……ですが、また軍船に出会っちまったら、次は逃げられねえですぜ。」

「まあ、大丈夫だろう。次のワープで、連盟の支配圏に入る。そうなりゃあさすがの連合の奴らは追いかけてはこねえさ。」

「そうですねぇ……はやくワープしたいもんですわ。」


そう言い残すと、ベニグノは持ち場へと戻る。で、グレースはどうしているのかと思いきや、機関をじーっと見つめている。


女がこんな機械を見たところで、何も面白いはずがない。おそらく意地になって歩いているうちに入っちまった機関室だから、何かを眺めて気を紛らわそうとしているだけだろう。


この機関室には、上下2段の機関がある。それぞれ前側には核融合炉が、そして後ろ側には重力子エンジン。これが2つ、縦に重なっている。隣の左機関室も同じ構造だ。


その上側の機関がある場所には元々、荷室があったところだ。交易船というものは、たくさんの荷物を乗せる必要がある。だろう大きめの荷室が備えられてるものだが、そこに俺達はどでかいエンジンを据え付けた。まあ、海賊船だから、さっきのように追いかけっこをすることもあれば、獲物を追う場合もある。だから大きな機関は、絶対に必要だ。

もっともその分、荷室は小さい。小型船ほどのペイロードしかない。だから、あまり大きな船を襲っても、荷物が乗せられねえ。それゆえに、この船が狙う船は自然、決まってしまう。


ブンブンと唸り音を上げて回るこの2対の機関は、男の俺ならついつい何時間も見とれてしまうほどの力強い魅力がある。だが、この敗北感丸出しのこの女は、この巨大な機械の塊を見て何を思うのか?


しばらくそれをじっと見ていた女は、不意にその場で振り返り、扉から出て行ってしまう。俺はその後を追う。


今度はどこに向かうつもりだ?俺はニヤニヤしながら、黄色のワンピース女を追いかける。そのまま船橋(せんきょう)へ向かうかと思いきや、手前の通路を曲がって上に向かう階段を登り、その先にある砲撃室へと入っていく。


「誰だ!……ってなんだ、おめえかよ。ここは女が来るところじゃねえぞ!」


相変わらず、砲撃室の大きな椅子で寝そべっているクレメンテが、この不意に現れた迷惑な客を怒鳴りつける。だがグレースはそんな砲撃のプロの恫喝など意に会することなく、中をジロジロと覗き込む。ムッとしながら立ち上がろうとするクレメンテに、俺は手で抑えるよう合図する。結局、クレメンテはそのまま椅子の上に寝そべる。


正面にあるレーダーサイトと照準器、そして発射レバーがあるだけのこの部屋の中の装備をジロジロと眺めると、そのまま無言で部屋を出る。

で、結局また、船橋に戻ってきた。


「なんだぁ?また漏らしに来たのかぁ?」


6人の船員がニヤニヤしながら、ジロジロとこの奇妙な姿の女を見つめている。その様子を不機嫌そうに見るドロテオ。その横でラミロのやつが、また床掃除をやらされるんじゃねえかと恐々とした表情でこちらをチラチラと見てくる。

まあ、この船橋で2度も漏らした奴が立っているんだ。2度あることは、3度ある。期待と余計な手間の心配とが交差するこの船橋内で、こいつはただじっと立って、正面を見ている。

だがその視線は、窓の外というよりはその手前の機器類に向けられているようだ。今度はここの機器類が気になるのか?

しかししばらくの間それを眺めた後、無言で船橋を出ていく。そのままグレースのやつは、部屋に閉じこもってしまった。


「やれやれ、ちょっといじめすぎたか?」


船員の一人が、そう呟く。俺は応える。


「おいおい、人聞きの悪いことをいうなよ。俺達は何もしちゃいねえ。あいつは勝手にここにいて、勝手に漏らしただけじゃねえか。」


わははと笑い声が響く。おそらくその声は、あいつの部屋にも届いていることだろう。きっと怒りに震えながら聞いているに違いない。


「おいお前ら!くだらねえことで笑ってねえで、さっさと持ち場に専念しろ!まだここは、連合の領域だぞ!」


その笑いを打ち消すのは、この船で1番の老練な船乗り、ドロテオだ。若い奴らはこのベテランの一喝に、黙り込んじまう。


「おい、あとどれくらいでワープポイントに到着するんだ?」

「5時間ってとこだ。」

「そうか。なら俺もそれまでは、休むとするか。」


そう言い残すと俺は、部屋へと向かう。


船長室といえど、部屋そのものは、他の船員とたいして変わらない。強いていえば、レーダーサイトなどの機器と、通信機が備え付けられているくらいだ。いつ何時、軍船や獲物となる交易船が現れるか分からない。その場で指示を出せるように、多少の備えはされている。

だがここは狭い船だ。全長は200メートルといえど、そのほとんどが機関室に燃料庫、資材置き場に小型船並みの荷室が占める。居住エリアなんぞは、この船の4分の1ほどのところに集中しており、走ればすぐに船橋にたどり着く。

そして俺は5時間ほどを、自室で過ごした。


『船長!そろそろですぜ!』


で、ちょうど5時間ほど経ったところで、船員の通信によって俺は起こされる。眠い目を擦りながら、俺は起き上がって船橋に向かう。


ちょうどそこでは、まさにワープが行われようとしていた。ドロテオはそこにはおらず、代わりの航海士が船の操作を行なっている。


「ワームホール帯まで、あと3分!」


ワープポイントであるワームホール帯を、センサーが捉える。このワームホール帯ってやつが俺にはなんだかよく分からないのだが、ともかくこれは宇宙船が何光年も先にジャンプするため必要なトンネルだという認識だ。こいつに飛び込めば、俺達は自陣営である連盟側支配圏に入ることができる。


「ワームホール帯まで、あと10秒!」

「空間ドライブ起動!ワープ準備!」

「……7、6、5、4、3……」


この場にはあのドロテオがいないが、この程度のこと、わざわざ老練の航海士に頼るまでもない。そしてこの船はワームホール帯に飛び込んだ。


「ワープ開始!」


周囲の星空が消える。ただ真っ黒な空間が、この船の周囲に広がる。だがこの奇妙な光景は、ものの数秒で終わる。


再び無数の星々が現れる。だがそれは、さっきまでとは異なる配置。それはそうだ。ここはさっきまでいた恒星系とは異なる場所。距離にして、35光年を一気に飛んだ。そしてここには、明るい中性子星がある。


僅か20キロほどの大きさの天体に、太陽ほどの質量が閉じ込められている。それがものすごい速さで回り、点滅しているのが見える。

見た目も奇妙だが、こいつの重力は半端ではない。近づけば、取り込まれて2度と脱出できない。


ということで、できれば近づきたくはない天体だ。だがこの宙域にはどういうわけか、たくさんのワームホール帯が存在する。


大質量を持つ天体のある宙域ほど、ワームホール帯がたくさん存在する。それがこの宇宙の常識なのだが、どうしてそういうことになっているのかなど、俺は知らない。まあ、そういうことはどこかの偉い学者が考えることだろう。海賊の俺達はただそれを、利用させてもらうだけだ。


しかし、そのトンネルを抜けてやっと安全な宙域に入るや、今度はこっちの陣営側の事情に振り回されることになる。ワープ終了直後、この船めがけて無線が入る。


『民間船、登録ナンバー1168772!直ちに停船せよ!こちらは地球(アース)414遠征艦隊所属、駆逐艦2198号艦!』


いわゆる臨検というやつだ。この宙域には、連盟側の艦艇がうようよしている。だから、ワープと同時にこちら側の軍船が現れる。

なにせこっちは、連合側の宙域から入ってきた民間船。当然、真っ先にマークされる。だからこの宙域に入る時だけは、船長である俺は待機してなきゃならない。

だが、俺の横に、呼ばれもしないやつが現れて、そこで突っ立ってその様子を眺めてやがる。


「コバルビアス大尉だ。この船内を、改めさせてもらう。」

「どうぞどうぞ。」


赤褐色の艦艇が横付けし、いかにも堅物そうな男が現れた。俺は船長として、この堅物男の相手をする。

数人の軍人が、この船内を調べ始める。機関室に船橋、各々の個室、そして荷室もだ。その間、臨検を取り仕切るこの男は、あの女に目を向ける。


「なんだ、こいつは。登録されていない乗員だぞ。」


グレースのやつ、その軍人の恫喝とも取れるこの一言に一瞬、ピクリと身体を震わせる。が、俺は応える。


「勢いで乗せちまったんだよ。許してくれや。」


それを聞いた堅物男は応える。


「まったく、これだから海賊は……まあいい、ともかくだ、その服のセンスだけは何とかしておけ。」

「へいへい。」


これであの女の件は終了だ。おそらく、連合側から連れてきたことも察したことだろうな。しかしこの軍人は、さほど気にする様子はない。海賊相手に、あまり関わりたくはないと言ったところか。


荷室の調査も終わり、部下から報告を受ける堅物な男。いくつかのレポートを見ながら、この軍人は俺に尋ねる。


「機関の消耗が激しいようだが、何かあったのか?」

「へえ、あちらの駆逐艦に追われたんですよ。」

「連合側の艦艇にか?よく逃げ延びたな。」

眩光弾(げんこうだん)ってやつですか、あれを食らったんですが、うちの航海士がそれを逆に隠れ蓑として使って、どうにか逃げてきたんでさあ。」

「ああ、あれを食らったのか……それで逃げられたとは、連合の奴ら、いいザマだな。」

「で、それ以外はどうなんでしょう、大尉殿。」

「問題はない。地球(アース)414への航路進入を許可する。」

「ありがとうございます、大尉殿。」

「当然だが、こっちで海賊行為は働くなよ。そうなればお前らは、こっちでもお尋ね者だ。そうなればどうなるか、理解はしているだろう。」

「分かってますよ、大尉殿。」

「ならいい。ではこれより、我々は撤収する。」


そう言い残すとこの堅物男は、船橋を出て通路に向かう。そして、赤褐色の艦艇につながる通路を抜けて、戻っていった。


「駆逐艦が、離れていきやす!」

「そうか。なら愛想良く、手でも振ってやれ。」


半ば冗談で俺はそう手下に言い放つ。だが、愛想など振り撒く間も無く、あの艦艇は去っていった。

その様子をじっと見ていたあの女は、ここで不意に口を開く。


「やっぱり、そうだったのね。」


意味深なこの一言に、俺は尋ねる。


「何のことだ?」

「噂はあったのよ。連合の宙域に現れる海賊っていうのは、実は連盟軍が後ろ盾としているんじゃないかって。今の臨検を見て、確信したわ。」


それを聞いた俺は、特に何も応えなかった。まあ、こいつが言っていることは確かに正しい。


今どき、何の後ろ盾もなく海賊なんて、できるわけがない。大きなスポンサーがなければ、広大な宇宙に出ることなど、ましてや敵側の領域に入ることなど不可能だ。


連盟と連合は、いくつか戦時条約を結んでいる。その一つに、民間船への理由なき攻撃を禁ずるというものがある。

この宇宙というところは、星同士の交易によって成り立っている。この流れが立たれれば、連盟も連合も立ち行かなくなる。だから、互いの生命線である民間船の航行を妨げるような行為を禁ずることを、双方で合意した。


もしどちらかが破れば、もう一方が報復に出る。そうなれば、この宇宙の経済は崩壊する。それが分かってるから、互いに手を出さねえ。


が、それでもこっち側の軍人は、どうにかして連合側の通商にダメージを与えたいと考えてきた。そこで浮上したのが、海賊の支援ってやつだ。


民間船同士なら、攻撃しちゃならねえという条約はねえ。いや、決まり以前の問題だが、ともかく連盟側はその条約の隙を突いた。

それまでも散発的に宇宙海賊というものは存在したが、そういう連中に武器や機関を供与して、連合側の宙域で暴れさせる。そうすりゃあ、連盟軍としては労せず通商破壊を行える。


もっとも、海賊なんてのはかなり危険な仕事だ。一つ間違えりゃ、軍船のビーム砲で消されちまう。実際、俺が海賊になってから今までのこの3年のうちにも、4隻の海賊船が帰ってこなかった。やられたか、拿捕されたかだ。だから海賊の成り手というのはなかなかいねえ。


この件は連合側も連盟に抗議してるって話だが、証拠はないの一点張りで、要求を突っぱね続けている。だから余計に、連合軍は海賊に対しては厳しい態度をとっている。最近は、拿捕なんて甘っちょろい対応はしない、いきなりズドンだ、とはよく言われる。実際、俺達も狙い撃ちされたからな。


などと考えながらも、俺達は奪った品を金に変えるため、一路、地球(アース)414へと向かう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私略船ですか、宇宙に行こうが人間は結局同じ事をするのですね。 [気になる点] 戦時条約を結べるのならどうして戦争をやめるほうにできないのですかね。人間の業という奴ですかね。 [一言] 乗組…
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