#4 逃亡
海賊というやつは、連合だろうが連盟だろうが、捕まったら最後、終身刑以上は確実だ。最悪、極刑もありうる。
そうなりゃあ、俺の人生はそこで終了。たとえ命長らえたとしても、それはもはや、生きてるとはいえねえ。死ぬまでカゴから出られない、カナリアのような人生しかない。
「ど、どうしやす!?」
「慌てるな、しばらくすっとぼけてそのまま前進だ。おい、ドロテオ!」
老練の航海長を呼ぶ。
「なんでえ。」
「どこかこの辺に身を隠せるような、都合のいいものはねえか?」
「ねえよ、そんなもの。」
だめか……俺の言う都合のいいものとは、たとえば小惑星や、電波吸収率の高い星間物質、ワープを可能にするワームホール帯などだ。
だがここは恒星系外縁部。小惑星なんてものはありゃしねえし、星間物質もない。ワームホール帯なんてものは期待できない。ワームホール帯ってのは、どでかい天体のそばに多いと言われてるが、ここは惑星ひとつ持たねえちっぽけな恒星の外縁部。よりによってそんな場所で、軍船と鉢合わせちまった。
「どうすんのよ。海賊って捕まったら即、縛り首なんでしょう?」
グレースめ、こちらの危機を嘲笑うかのように笑みを浮かべ、俺達の慌てふためく様子を観察してやがる。考えてみりゃあこいつは、人質だ。むしろ臨検されたほうが、こいつにとっては都合がいい。
くそっ、さっきまで絶望と恥辱の表情で俺を楽しませてくれたっていうのに、今は逆に狼狽する俺達を見て増長してやがる。嬉しそうだな、まったく嫌な顔だ。
こうなったら意地でも、こいつの希望を打ち消してやりたいものだ。このまま捕まるのは、人生終了よりも癪だ。何かいい方法はないのか?
だが、再びあの軍船から警告を受ける。
『再度、警告する!直ちに停船せよ!さもなくば、砲撃する!』
より強い口調になった。いよいよ、誤魔化せなくなってきた。停船か逃亡か、決断を迫られる。
「おい、軍船までの距離は!?」
「推定、27万キロ!」
「なんだよ、射程内かよ……」
軍船の持つ砲の射程は、およそ30万キロと言われてる。俺達はその射程のさらに3万キロも入り込んでやがる。このまま背を向けて逃げれば、砲撃の餌食だ。
奴らは口径10メートルという、途方もなくでかい砲を持ってやがる。一撃で、都市が跡形もなく吹き飛ぶほどの威力の砲を、僅か全長300メートルほどの船体に搭載している。
おまけにバリアシステムなんていう防御兵器まで持っている。大口径砲の直撃すら弾き返すそのバリアってのがある限り、海賊の持つ兵器など通用しない。正面からぶつかれば、絶対に勝ち目はない。
そんな相手から、停船命令が出された。従わなければ当然、その自慢の砲で攻撃してくるだろう。だが、停まれば今度は海賊として俺達は捕まる。進めば地獄、停まれど地獄。だが、俺達の選択肢は一つだ。
「よし、機関全速!逃げるぞ!」
俺は決断する。少しでも生き残れる可能性がある方を選択する。当然のことだ。だが、この俺の決断に、文句を言うやつがいる。
「ちょ……ちょっと、逃げられるわけないでしょう!何考えてるの!?」
さっきまでの余裕はどこへやら、グレースのやつ、急に焦り始めやがった。
「ずらかるんだよ。決まってるだろう。」
「に、逃げられるわけないじゃない!相手は軍隊よ!」
「今までだって、何とか逃げ延びてきた。まあ、見てろって。」
ギャアギャアと騒ぐこの女を横目に余裕で応える俺だが、無論、勝算があるわけではない。ただ、こういう時のために強化した機関を信じるのみだ。
船橋内が、けたたましい機関音に包まれる。この船の半分を占める4機の機関が一斉に全力運転に転じた。そりゃあ恐ろしいほどの騒音が出る。
バリバリと音を立てる壁やドア。ビリビリと震える窓ガラス。そして、耳を押さえながら叫ぶあの女。
「ちょっと!これ、大丈夫なのでしょうね!?」
愚問だな、大丈夫かどうかは、終わってみないと分からない。第一、この船の設計者が想定した以上のエンジンを載せてるんだ。いつぶっ壊れても、おかしくはない。
「くそっ!奴ら、追いかけてきたぞ!」
「当たり前だ、警告から逃げりゃあ当然、追っかけてくるだろう!
こちらの逃亡に合わせて、あちらの駆逐艦も全速で追いかけてきた。
船はこっちの方が小さい分、軽い。おまけに搭載する機関の数は、あちらの倍だ。だが、軍用と民間用の違いか、あの重たい駆逐艦をあっという間に光速の10パーセント程度まで加速しやがる。
そういえば、聞いたことがある。俺達の属する連盟側よりも、あちらの連合側の方が技術が進んでいるのだと。特に機関の差は大きく、連盟側の駆逐艦では考えられないほどの加速をするのだという。
ただし、どうやら奴らのこの全力運転は30分程度しか続かないらしい。いくら軍用といえど、全力運転を長時間続けていたら、どこかが壊れ始める。だからあえて抑えていると俺は聞いた。
ならば、その30分を逃げ切ればいい。
「機関はまだ大丈夫だな!?」
『こちら機関室!まだまだ行けまっせ!』
「ようし、それじゃあとっととずらかるぞ!最大出力!」
「ちょ……ちょっと!本気で逃げ切れると思ってるの!?」
この船の乗員はやる気満々だ。ただし人質を除く、だが。とにかく俺達は、あの駆逐艦から逃げ延びることにした。こうなったらあとは、なりふり構わず逃げ切ることだ。
だが、やはり奴らは速い。船橋内に緊張が走る。
「距離、詰まってるぞ!軍船まで、17万キロ!」
27万キロあった距離は、たったの10分で10万キロも縮んだ。この調子じゃ、30分もありゃあ追いついちまう。
「う、撃ってきたーっ!」
おまけに窓の外には、青い閃光が走る。砲撃だ。奴ら、この距離で砲撃してきやがった。
「せ、船長……」
「バカヤロウ!当たらなければ、どうということはねぇ!おい、ぺぺ!」
「なんです、船長!」
「あっちの砲撃タイミングは、分かるか!?」
「へ、へぇ、発射寸前に、こっちのレーダーにすげえノイズが出るから、大体なら……」
「ならノイズが出たら、大声で叫べ!おい、ドロテオ!」
「なんだ!」
「ぺぺの合図で、船の向きを大きく変えろ!的を絞らせるな!」
「お、おう!分かった!」
「よし、どうにか逃げ切るぞ!」
俺が檄を飛ばした、その時だ。ぺぺが叫ぶ。
「砲撃だ!砲撃が来るぞ!」
それを聞いた航海士のドロテオが、大きく舵を切る。
「おーもかーじ、いっぱーい!」
船の回頭に合わせて、窓の外の風景が大きく動く。流れる真っ暗な空間と星屑の景色は、無音の青白いビームによって一転する。
「キャアッ!」
その光を見たあの女が、恐怖のあまり叫ぶ。味方のはずの戦闘艦から容赦なく撃たれ、その理不尽さも相まって、恐怖に押し潰されかけている。
「こ、この船には、人質がいるのよ!」
急にグレースのやつが叫ぶ。俺は応える。
「それがどうした!?」
「それを、あの駆逐艦に知らせるのよ!そうすれば、狙い撃ちできないわ!」
おそらく、この追い詰められた状況で、必死に考えて導いた結論なのだろう。だが俺は、即座に返す。
「いいや、ダメだな。」
「な、何でよ!」
「お前はとっくに、人質として認知されてねえ。」
「なんでよ!あんた、私のこと人質だって言ってたじゃないの!」
「いや俺じゃない。あっちがそうだと言っている。」
「なんでよ!何でそんなこと分かるのよ!」
「数時間前に襲ったあの船の乗員は、あの駆逐艦に被害を通報したことだろう。だから、この船をすぐに捕捉できた。ところがだ、その時にもし、お前のことを話していれば、いくらなんでもこれほどバンバン撃ってはこないだろう。」
「ど、どういうこと!?」
グレースのやつ、恐怖のあまり、いい顔をしている。惚れ惚れしちまうほどのいい表情だ。そこにまた、ぺぺが叫ぶ。
「砲撃が来るぞーっ!」
「取り舵いっぱーい!」
直後、窓の外がパーッと青白く光る。さっきよりも少し、合図から砲撃までが短い。接近している証拠だ。
「……つまりだ、お前はあの船の連中に見捨てられたんだよ!だから奴ら、人質のことなんて知らず、容赦なく撃ってきやがる!」
「そ、そんな……」
「考えてもみやがれ!お前、俺達があの船に乗り込んだ時にいきなり、海賊に楯突いただろう!一つ間違えりゃあ、船員が皆殺しにされかねない事態だ!そんなお前をあの連中が仲間だと思ってくれるわけがねえだろう!」
身勝手な行動をしておいて、ここで被害者ヅラしているこの女に、ガツンと事実を伝えてやった。もはやこの女の顔からは、血の気が感じられない。絶望の、どん底だ。うーん、たまらない、いい顔だな。
だが、さすがの俺にも、それを楽しんでいる余裕がなくなってきた。
「きょ、距離、4万キロ!」
気づいたら、奴らはすぐそばまで接近していやがる。まだあと10分は逃げなきゃならねえ。こりゃあ本当に追いつかれるか、あるいは狙撃されるか、いずれかの結末が待っている。参ったな。
そんな時、俺たちの目の前で、さらに事態が悪化する。窓の外がいきなり、真っ白に光る。
「な、なんだ!?」
ぺぺが叫ぶ。俺はぺぺの前のレーダーサイトに目を移す。そこに見えたのは、信じ難い表示だ。
進行方向先に、壁のようなものが見える。いや、壁じゃない。巨大な球が、俺達の前に立ちはだかる。それがレーダーには壁のように映っている。このまま進めば俺達は、あの得体の知れねえ球に飛び込む羽目になる。
「まずい!減速だ!」
どういう理屈かわからねえが、目の前に巨大な光の球が現れた。あれはヤバい。直感で俺は悟る。
だがその時、ドロテオが叫ぶ。
「全速前進!面舵いっぱい!」
こいつ、何勝手に舵切っていやがる?しかも、全速前進だと?俺はドロテオに向かって叫ぶ。
「おい、ドロテオ!お前、何勝手に指図を……」
「こいつの正体を、俺は知ってるんだ!任せろ!」
なんだと?この絶壁のような光の壁の正体を、こいつは知ってるのか?
だが、だからといってこのまま前進するやつがあるか。どう見たって、高エネルギーの塊みてえなやつだ。こんなものに飛び込んだら、船がもたねえ。
しかし、今はドロテオの直感を信じるしかない。こいつは俺の倍の歳を生き、修羅場もいくつか掻い潜っている。今の俺と同じくらいの歳に海賊になり、今の今までやってこれた。だから多分、自信があるんだろう。
猛スピードで走り続けるモレストロ号は、目の前の光の球の外側に差し掛かる。が、あまりに大きい球だけに、避けきれない。そしてついに船は、あの光の中に飛び込む。
外は、まるで炎の真っ只中のようだ。大気圏突入用の耐熱空間シールドを展開しながら、俺達の船は進む。レーダーはすでに使い物にならず、外はシールドと高エネルギー体の作り出す高温のプラズマで覆われている。
「おい、ドロテオ……」
「黙ってろ!気が散る!」
ドロテオに話しかけようとするが、今はそれどころではないようだ。確かに、今こいつに話しかけるのは得策ではなさそうだ。
時間にすると、ものの2分ほど。だが、実に長い2分間だった。しかし俺達はどうにか、この光の罠を潜り抜けた。
目の前には、真っ暗な宇宙空間が現れる。
「や、やった!抜けたぞ!」
レーダーサイトを見ていたぺぺが喜びのあまり叫ぶ。だが、ドロテオはそれを諌める。
「バカヤロウ!まだ逃げられたわけじゃねえ!あれは10分もすると消えちまうんだ、その間に、逃げられるだけ逃げるぞ!」
まだ機関を目一杯回し続ける必要があるようだ。俺達の船は、無限の闇の中を、ただ真っ直ぐと進む。
「なあ、ドロテオよ。あれは一体、何だったんだ?」
「あれか。あれは連合の軍船だけが持ってる、眩光弾っていう兵器だ。」
「げ、眩光弾!?」
「名前の通り、眩い光で目眩しするっていう代物だ。電波も弾くから、前が全く見えなくなる。海賊を足止めするのによく使う手だ。だが、中心部以外はこの船のシールドでも抜けられる。あれをどうにか抜けてしまえば、あっちもこちらが見えなくなる。俺もいままで何度かこいつを潜り抜けてきたが、こうなればもうあの光は俺達を隠してくれる隠れ蓑になる。」
それを聞いた俺は、思わず笑いが込み上げてきた。
「ははっ……はははははっ!なんだそりゃあ、奴らは俺達を逃すために、あれを放ったっていうのか!?」
「バカか!誰でもあれをくぐり抜けられるってわけじゃないんだ!結構大変なんだぞ!」
「まあいいや、それじゃあさっさとずらかるぞ!」
それから目一杯エンジンを吹かして、俺達は虚空の闇の中へと突っ走る。
ああ、そうだ。すっかり忘れていた。
そういえばあの女は、どうなっちまったのか?
足元を見れば、あの女がへたり込んでいた。そう、まるで俺が銃を向けた時のように、恐怖に震えながら床の上に座り込んでいる。その下に、キラキラと光る何かを垂れ流しながら。




