#2 人質
考えてみれば、海賊という呼び名はおかしい。ここは宇宙だ、海じゃない。にもかかわらず、宇宙で略奪行為を働く犯罪集団のことは、海賊と呼ばれている。
まあこの際、呼び名はどうでもいい。今、俺の目の前でベッドに横たわっているこの女がどうして、命の危険を顧みず海賊である俺の命を狙おうと思ったのか?俺の興味は、ただその一点にある。
「おい、船長よ。おめえ、なんだってこいつを船に連れてきたんだ?」
「ああ、俺を襲ったからだ。」
「いや、だったらその場で始末するか、あるいはせめて手足をふん縛っておかねえと……」
「おいっ!」
俺に説教を垂れるのは、この船で一番の年長者で、俺のご意見番であるドロテオだ。歳は50を超える。俺の倍は生きている男だ。
「……外は、どうなってる。」
「今のところは、静かなもんだ。隕石一つ、漂っちゃいねえ。」
「軍船ってのは、ステルス塗装してやがるからな。現れる時は、いきなりだ。警戒を怠るんじゃねえ。」
「んなこたぁ分かってるさ……」
若造に怒鳴られて、頭を掻きながら船橋へと戻るドロテオ。元々、この船の船長はこの男だったが、ある時から俺が船長になった。だが、そのことをこの男は気にする様子はない。むしろ厄介ごとを任せられて、せいせいしているようだ。
俺の今の怒鳴り声が、この女の意識を呼び戻したらしい。うっすらと目を開け、虚な目で周りを見回し始める。
その目が俺を捉える。その瞬間、こいつの目はまるで獲物に睨まれた野兎のように、カッと見開く。
一瞬、氷砂糖にでも閉じ込められたように、強ばった空気に包まれる。その雰囲気を壊すように、俺は声を出す。
「よぉ。」
昔からつるんできた悪友のように俺は声をかけるが、当然、こいつと俺は初対面だ。名前も知らない。
「だ、誰!?」
だから、こういう応えがこいつから返ってくるのは当然だ。しかしこの一言が、俺を少し苛立たせる。
「おいおい、ついさっき、お前に命奪われそうになったんだぜ。誰とは、心外だなぁ。」
それを聞いたこの女は、即座に応える。
「殺して……今すぐ!」
名乗るでもなく、いきなり殺せと言ってきた。俺も応える。
「なんで、わざわざお前を殺さなきゃならねえんだ。」
「どうせ私を辱める気でしょ!海賊なんかに私の身体を好きなようにされるなんて、真っ平ごめんよ!今すぐ殺して!」
やはり、海賊に恨みがあるようだ。だが、俺は言い放つ。
「嫌だね。」
「な……あんた、それでも男なの!?」
「立派な男だったら、目の前の女が殺せと言ったら殺すものなのかねぇ。そんな話、おれは聞いたことがねぇ。」
「なによ!女に侮辱されてやり返せないなんて、男じゃないわ!悔しかったら、その腰の銃でさっさと撃ち抜いてご覧なさいよ!」
何の議論をしているのか。なぜ俺は今、こいつと殺す殺さないの会話をしているのやら……俺はこの女の右腕を掴む。すると粋がっていたこの女は、身体をビクッと震わせて黙り込む。
「……願い通りにしてやってもいいが、その前に一つ、聞きたいことがある。」
「な……なによ……」
「そうだな。まず、お前の名前から聞こうか。」
知りたいことは、いろいろある。だが俺は、こいつの名前を無性に知りたくなった。どうしてそう思ったのか、俺自身にも説明できない。が、やはりこの女は拒絶する。
「嫌よ!どうして海賊なんかに、名前を教えなきゃならないのよ!」
よっぽど海賊に恨みがあるらしい。名前すら名乗りたくないとはな……ますます興味惹かれる、この女に。
「やれやれ、嫌われたものだな、海賊も。」
「嫌われるのは当たり前でしょう!人のものを力任せに奪っておいて、好かれる要素なんてどこにあるのよ!宇宙のゴミよ!害虫よ!」
酷い言われようだ。だがこの女が、俺を激昂させることに躍起になっているのが分かる。
「まあ、嫌われるのは当然としても、どうしてお前はこうも自暴自棄なんだ?まるで俺に殺させたがっているようにしか見えねえ。どうしてお前は、心底軽蔑して止まない海賊の手にかかろうとするんだ?」
短刀片手に飛び出してきたことも、考えてみれば随分と軽率な行動だ。仮に俺の命を奪えてたとしても、仲間が俺の仇を取るだろうから、その時は確実にこいつの命はなかっただろう。つまり、最初からこいつは、死ぬつもりだったということだ。
ということは、だ。こいつを生かすことは、こいつにとって最も望ましくない結果だということになる。ならば敢えてここは、ずるずるとこの会話を引き延ばしてやろう。その方が面白い。
「……そ、そんなこと、あんたには関係ないでしょう!さっさと望み通り、私を殺しなさい!」
「嫌だね。」
「ど、どうしてよ!」
「ここでお前を銃で殺せば、船が汚れる。」
「な……」
銃で殺せば、後始末が大変だ。それを口実に俺は、こいつの要求を拒否してやった。だがこの一言は、こいつの心の何かをえぐったようだ。急にぼろぼろと、涙をこぼし始める。
「な、何言ってんのよ……あの時なんて、汚れも構わず殺してるじゃない……」
だんだんと、何かが見えてきた。俺はすかさず斬り込む。
「へぇ、お前、目の前で海賊に知り合いでも殺されたのか?」
「め、目の前じゃないけど……私の父が、海賊に殺されたのよ……」
身内か。そりゃあ、自暴自棄にもなるだろうな。だが俺は、こう返す。
「たかが親を殺されたくれえで、見ず知らずの海賊を仇扱いか?」
この一言は、こいつに再び、勢いを与える。
「たかがとはなによ!私の最愛の人だったのよ!あんたよりもずーっと、立派で優しい人だったんだから!わぁ~ん!」
と言い切ると、今度はベッドの上で泣き崩れた。やれやれ、忙しい女だ。
「へぇ、そんなに立派な親父さんだったのかい。だが、俺にはとても信じられねえな。」
女が少し落ち着いたところで、俺は言い放つ。するとまたこいつは俺の顔を睨みつける。が、俺は続ける。
「俺は、親に捨てられたんだ。物心ついた時から孤児院の中。親の顔どころか、名前も知らねえ。だから俺には親が立派だなんて、到底思えねえな。」
「……なによ、それであんたは、自分は可哀想な男だと同情してくれって、そう言いたいの!?」
「んなこたあ言わねえ。ただ、お前とは生きてきた世界が違うってことだ。」
「それはそうでしょうね。人の命なんて、虫けらほどにしか思っていないあんたら海賊なんかと、私が同じ世界にいるとはとても思えないわ。」
「そうだ。だが、ひとつだけ言っとくが、俺は海賊になってから、まだ一度も人を殺したことはねえ。こいつは、俺の自慢の一つだ。」
「へぇ~っ、人としちゃ立派だけど、海賊としては最低ね。」
相変わらず、挑発的な態度を続ける女。俺は再び、女の右腕を掴む。
「おいっ!」
またビクッと震える女。こいつ、死ぬ覚悟はあるという態度だが、いざ詰め寄られると、生存本能が顔を出す。その瞬間に見せるこいつの表情が、俺にはたまらなく心地いい。
「……立てるか?」
「……えっ?」
「その最低な海賊の船長が仕切るこの船を、お前に見せてやるよ。」
どうして俺はこの時、こんなことを言い出したのか分からない。多分、こいつの本音を引っ張り出すきっかけが、この船のどこかにあるんじゃないか。直感的にそう考えた結果、俺はこいつに俺の船の中を見せたくなった。
俺の意図を計りかねる様子で、しばらくじっとこちらを睨んで考え込む女だが、やがて黙って立ち上がる。俺はそいつの右手首を掴んだまま歩き出す。
女を寝かせていた空き部屋を出て、通路を歩く。まず向かった先は機関室、文字通りこの海賊船モレストロ号の心臓部だ。
そこにあるのは、このサイズの船では見られない大型の核融合炉と重力子エンジン。それが上下に二組、重なって置かれている。そいつがブンブンと音を立てて回っている。エンジンの放つ熱気が、俺とこの女の顔にモワッと襲いかかる。左腕で顔を覆う女。
「あれ、船長!?どうしたんで!」
「いや、ただ立ち寄っただけだ!気にするな!」
「へぇ……って、横にいるそいつ、一体誰なんすか!?」
「こいつはさっきの船で掻っ攫ってきた人質だ!」
「ひ、人質……?」
そうだ。一応こいつは、人質ってことになっている。だが、人質とは本来、口止めや身代金目的で身代わりとして連れてくる人のことだ。
が、こいつはすでに、人質としての機能はない。聞けばこいつは、あの船の船員ではない。ヒッチハイクのように、民間船に便乗して星から星を渡り歩いている同乗者だった。だから、あの船は別に、こいつを必要とはしていない。だからこいつは、すでに人質ではない。
ただ、それじゃあこいつがこの船にいる名目がない。だからとりあえず、人質ってことにしている。
「船長!なんだってその人質を機関室なんかに連れてくるんですかぁ!?」
「退屈だろうと思ってな、相手してやってるんだよ。」
ますます不可解な顔をするこいつは、機関長を務めるベニグノだ。ここの隣の機関室にある二組の機関も合わせ、4対もある核融合炉と重力子エンジンを巧みに操るには、こいつの腕が頼りだ。
この海賊船は大部分が、機関室だ。200メートルのサイズのこの船に、通常の駆逐艦の倍の機関を詰め込んである。
海賊船は、脚が命だ。軍船に見つかったら、全力で逃げなきゃならねえ。ターゲットを追いかけるにも、脚がいる。異常なまでの脚力をこの船に与えた結果、船の半分以上が機関室になっちまった。
だから俺はこの機関室が好きだ。ここはいかにも海賊船らしい場所だ。ブンブンと力強い音を立ててるくせに、俺には従順な力の源。こいつのおかげで何隻もの船を捕まえ、何度も軍船から逃げ延びた。
ところがこの女、俺のこの自慢の機関を見ても表情ひとつ変えない。何だこいつは。この轟々と力みなぎるエンジンを見て、こいつは何も感じねえのか?
しばらくその場で俺とこの女は機関を眺めていたが、特に得られるものはなさそうだ。仕方なく俺は、機関室を出る。
次に向かったのは、砲撃室だ。この船につけられた4門の30センチ砲、それを操るのがこの砲撃室だ。
そこには、椅子が3つある。2つが、左右2つづつの砲を担当する砲撃手の席、そしてその後ろにある椅子は、その2人を束ねる長の席。
その長用の椅子を倒し、寝そべっている男がいる。
「……あ!?せ、船長じゃねえか!なんでえ、突然!」
俺の顔を見て飛び起きるこの男。こいつの名はクレメンテ。かつて、連盟軍で砲撃手を務めたことのある、いわば砲撃のプロだ。
「ああ、気にするな。ちょっと寄っただけだ。」
「左様で……って、誰だい、そいつは?」
「人質だ。」
「ひ、人質……?さっきの船のか?」
「そうだ。」
「なんだってその人質を、こんなところに連れてくるんで?」
「いいだろう、別に。見せて減るもんでもねえし。それよか、この船の恐ろしさを見せつけてやった方が、都合がいいってもんだろう。」
怪訝そうな顔でこっちを見るクレメンテだが、それ以上は特に追求することはなかった。まあ、船長である俺自身がやってることに、いちいち口出しするやつは、この船にはいねえ。
そこで俺は、こいつに砲撃室を見せつけ、しばらくそこで機器のあれこれを説明してやった。だが、相変わらずこいつは表情を変えねえ。つまらなくなった俺は、そいつの腕を引いて再び歩き出す。
今度は船橋に向かった。この船唯一の窓が、そこにはある。何にもねえ真っ暗な宇宙でも見せてやりゃあ、ちったあこの無表情な顔も変えざるを得ないだろう。
船橋に着くと、そこには当直の3人がいた。航海長でもある最年長のドロテオが、俺の方を見るや血相を変える。
「な……おい、マカリオ!おめえ、なに人質を連れ歩いてやがるんだ!」
それを聞いた他の2人は、一斉に振り返る。ドロテオの叫びを聞いて、後ろからさらに2人が現れる。
数人の海賊に囲まれて、さすがに無表情を貫けなくなったようだ。一瞬、こいつの顔が曇る。
うーん、いい顔だ。なぜか俺は、その表情に満足する。で、俺はこいつの右手を離し、手下どもに向かって叫ぶ。
「慌てるな、所詮は丸腰の女だ。連れ歩いたところで何かできるってわけじゃ……」
意気揚々としゃべる俺のこの一瞬の隙を、こいつは見逃さなかった。
突然、こいつは俺の腰に手を伸ばす。そして、腰につけていた銃を奪うと、そいつを俺に向けて来た。
船橋内は、一触即発の状況に陥った。




