#1 捕縛
俺の名は、マカリオ。歳は25。正直、自分でも自分が何者かは、分かっていない。気づいたらこの世に放り込まれて、理不尽な境遇に晒されていた。
親の顔を、俺は知らない。生きているのか、死んでいるのかすらも知らない。別に今さら、知りたいとも思わない。そいつらの存在など知ったところで、会って殺したくなるだけだ。
孤児院を出て、しばらくは堅気の仕事もやったが、長続きしなかった。それからは裏稼業を巡り巡って、気づいたらここにいる。
そして今、俺は海賊をしている。
「船長!あと8000だ!」
「もう少し詰める!ビーム砲、発射用意!」
「了解っ!」
この船を手に入れたのは、3年前だ。とある宙域で、手頃なやつを拝借した。それからエンジンも改造し、ビーム砲もつけた。表向きは連合側の地球188の星の船ってことになってるが、その地球188という星に、俺は行ったことがない。
「距離8000!」
「ようし、一発かましてやれ!右舷ギリギリを狙え!撃てーっ!」
目の前の小型船に向かって、青白い閃光が放たれる。本来なら、民間船にはあるはずのない30センチ口径の中型砲。小型船なら、一撃で撃沈できるほどの威力を持つ。
「もう一度、停船を呼びかけろ!さもなきゃ、今度はエンジンを狙って撃つぞと脅してやれ!」
「アイアイサー!」
今、追いかけているのは、全長が90メートルほどの小型船舶。星間交易用には、ギリギリサイズの船。それが今の俺達のターゲットだ。
さっきから短距離無線で前方の船に呼びかけている。いや、脅していると言ったほうがいいか。こんな小さな船では、武器もろくに装備していないだろう。だからあのビーム砲を2、3発脇に放ってやれば、大抵の船は恐れをなして停まる。
結局、この船も俺達の威嚇に屈した。重力子エンジンの出力を落としたようで、この船の後部噴出口から青い光が消える。やっと逃亡を諦めたようだ。我が船「モレストロ号」、俺の故郷の古語で「迷惑モノ」という名を冠した、全長200メートルのこの船は、あのちっぽけな船の右舷に横付けする。
通路となるエアーチューブを、この小型船の側面ハッチに押し付ける。俺と数人の手下は船外服を着込み、チューブ内を進む。こちらが通路に入った途端、相手が急に動き出し、振り落とされることがある。そこで命綱をつけたまま一気にハッチに飛び移る。そして俺は、ハッチをこじ開ける。
船内に入ると、そこは通路だ。すぐ向こうに、船の中枢である船橋が見える。そこには男が2人、不安げな顔でこちらを伺う。
船外服のヘルメットのバイザーを上げて、俺は奴らに叫ぶ。
「おい、分かってるだろう。食料以外の積荷、さっさと洗いざらい出すんだ。」
「……食料は、いいんで?」
「食料もなしにおめえら、この先どうやってこのなにもねえ宇宙を渡るんだ?俺達は、金目のものさえ奪えりゃあそれでいいんだよ。大人しくしてりゃ、てめえらを殺したりなんかしねえよ。」
海賊のルールってやつで、相手をとことん追い込むことはしない。それをやったら、死に物狂いで抵抗される。命の保証をする代わりに、金目のものだけを頂く。こいつらだって当然、積荷には保険をかけている。命さえ無事なら、損はしないようになってる。互いにウインウインなラインで手を打つ。いくら無法者な海賊でも、最低限のルールはある。それを破れば、いずれ自分のケツに火が回る。
で、俺は船橋に向かう。狭い通路を、銃を片手に歩む。見える船員は2人。こちらをじっと伺ったまま、突っ立ってやがる。
……が、妙だな。
奴らの表情が、険しいままだ。普通、命の保証はすると宣言すりゃあ、少しは緊張が緩むってもんだがな。しかし奴らの顔から、緊張が緩んでいる様子はない。
こりゃあ何か、あるな……俺がそう思った矢先だ。
突然、通路沿いの扉の一つが、バンと勢いよく開く。俺の目の前に、刃物を持った奴が立ちはだかる。そいつは俺にその刃物を突き立てたまま、踏み込んできた。
俺は咄嗟に、そいつの右腕手首を掴む。左手でそいつの右腕を叩いてやると、手に持った短刀はあっけなく落ちる。カチンと音を立てて、通路の上に落ちる刃物。
で、そのまま俺はそいつの顔面目掛けて、左肘で叩きつけようとした。が、そいつの顔を見た途端、俺は一瞬、手を止める。
俺は右腕を引き、左手をそいつの首筋に向けて振り下ろす。強烈な手拳の一撃を受けたそいつは気を失い、俺の足元に崩れる。
やはりな、俺の勘は当たった。俺は、奥の2人を睨みつける。当てが外れた奴らの顔は、みるみる色を失う。
「おいっ!」
俺が叫ぶと、奴らは震え上がる。声も出ねえらしい。
「……罠は、これだけか?」
俺の問いに、1人が応える。
「そ、そいつが、海賊を討ちたいって言うから……わ、我々はただそいつを止められなかっただけで……」
言い訳を並べる船員。だがこいつ、何を言ってやがる。大の男が2人もいて、こいつを止められないわけがないだろう。俺はそいつを睨みつける。俺の心内を察してか、ますます顔色を失う船員ども。
「……まあいい、俺はなんともねえ。この件は、無かったことにしてやる。」
それを聞いたあの2人は、ここでようやく安堵の表情を浮かべる。つまりもう、これ以上に罠はないってことだ。
「ただし!」
俺が声を上げると、奴らの顔は再び緊張感を取り戻す。俺は続ける。
「……こいつは人質として貰っていく。それで文句はねえな。」
するとあの2人は、首を縦に振る。それを見た俺は足元にいるさっきの刺客を抱き上げると、チューブに戻っていく。
そして俺の手下が3人、あの2人の船員のところに駆け寄ると、荷室の方に案内させる。さらにもう2人の手下が、チューブを通って現れる。
「あの、船長、そいつは一体……」
「ああ、こいつか。戦利品だ。それよりもさっさと荷物を奪ってずらかるぞ。連合の軍船に見つかると厄介だ。急げ。」
「へ、へぇ……」
あとは手下が上手くやるだろう。俺は人質を抱えて、船内に戻る。
俺を襲ってきたのは、女だ。
しかしなぜ女が、俺を狙う?
面識はない。さっきのあの臆病な船員の言葉から察するに、俺というよりは海賊に恨みがあるようだ。だから俺はそいつに興味が湧いた。こいつは一体、何者だろうか?これから港までは、退屈な帰り道だ。せいぜい、遊んでやろうか。




