第三十三話
別荘に戻り水着から私服に着替えるが、これもマリアの予備として黒いノースリーブワンピースを渡された。しかもご丁寧に新品の女用の下着まで…
既に色々と諦めた俺は素直にそれに着替え、また黄色い声を聞く羽目になった。
すぐに夕飯になるらしく、王家専属の料理人達による海産物を使ったコース料理を堪能した後、風呂に入る事になったのだが…
「私は流石に一人で入るわ」
「お姉様の体を全て見たかった気もしますが、ライル様に裸を見られるのも恥ずかし過ぎるので仕方ありませんね」
「では、先に私達が入らせて頂きますね」
「ドラグは皆の後に入って。私は最後にゆっくり入るから」
「心得た」
マリア達が浴室に向かっていくのを確認し、エミリアとの約束を実行するなら今しかないと行動に移す。
その前に、少し仕掛けておくか。
『エミリア、お風呂に入ると見せかけて私達を覗いてなさい』
一瞬振り返ったエミリアが緊張したように頷いたのを確認して、ドラグに話し掛けた。
「ねぇドラグ、少し外で話でもしない?」
「…それはライルとして話があるという意味で良いんだな?」
「勿論よ。今はこんなだけど、ちゃんとライルとしてドラグに話があるの」
「そういう事なら問題ない」
ドラグと再び砂浜に移動し、適当な所に座る。
背後に気配を殺したエミリアがいる事も確認出来たし、会話を始めるか。
「今日は男一人みたいな状況にしてごめんなさいね。周りが女ばかりで困ったでしょ」
「いや、大丈夫だ。確かに最初は戸惑ったが、エミリアのおかげで落ち着く事が出来たからな」
「エミリアの水着姿には緊張しないからとか?」
「そんな事はない。むしろ一番緊張したぞ。だがいつも俺を気に掛け一緒に居てくれる存在だからな、同時に安心も出来た」
「エミリアはいつも貴方を気遣って一緒に居てくれるの?」
「俺はそう思っている。こんな堅物の亜人など、クラスでも碌に友人など居なかったからな」
「そう、エミリアは優しいのね」
「あぁ。だが俺もそれに甘えてばかりで情けない。本当はもっと別の男にも目を向けたいだろうに。俺が不甲斐ない所為でいつも損をさせてしまう」
「…エミリアがそう言ったの?」
「いや、エミリアは優しいからな。そんな事は思っていても言えないのだろう」
コイツらは本当に不器用というか、自分を肯定してあげられないというか。
特にドラグは抱えてるものが多くて余計にそう思ってしまうのかもな。
「そう…なら私がエミリアを誘惑して、私の事しか見られないようにしちゃおうかしら」
「っ…その方が、エミリアの為にも良いのかもしれないな」
「勿論今の私じゃなくてライルに戻ってからよ?毎日毎日甘やかして、優しい言葉を囁いて、他の男なんて考えられないようにしてあげる」
「…ライルならば容姿も実力も誰にも負けないから、エミリアもきっとそうなるだろう」
「ドラグはそれで良いのね?」
「良いも何も…俺にはライルに勝てる所など一つも無い。エミリアもその方が嬉しいに決まっている」
「ふぅん。ねぇ知ってる?エミリアって、私との訓練の時だけよく喋るのよ?」
「…そうか」
「それに色んな感情も見せてくれるし、私との訓練が楽しいみたいね」
「………」
「この前のご褒美の年間パスポートも喜んでくれたみたいだし、もう落ちる寸前かしら」
「……やめろ…」
「スキンシップはまだあまり取れてないから、今後は頭を撫でてあげたり、頑張ったら抱き締めてあげるのも良いわね」
「…もう…やめてくれ…」
「恋愛にも初心な感じだし、キスでもしてあげたら喜ぶかしら」
「やめろと言っているんだ!」
ーードサッ
という音と共に、ドラグが俺を押して砂浜に押し倒される形になる。
「あら、意外と大胆ね。私を押し倒して何をするつもり?」
「ち、違っ…すまない!」
離れようとするドラグの首に両手を回して逃げられなくする。
「違うの?エミリアが離れて良いなら、女の私が相手してあげましょうか」
「は、離してくれ」
「マリアや他の女の子達まで見惚れてくれたこの姿なら、ドラグも満更でも無いんじゃない?」
「や、やめろ…俺は…」
「俺は、何?はっきり言えない程度の気持ちなら私が塗り潰してあげる。安心して、元は男なんだから何をすれば喜ぶかくらい分かるから」
「違う!俺はエミリアが好きなんだ!」
やっと素直になったか、想像以上にこの状況恥ずかしいんだからさっさと言えっての。
だがまだ、もう一押しだな。
「でも諦めるんでしょ?エミリアは優しいから貴方に構ってあげてるのよね?そんな叶うかも分からない想いより、手を伸ばせば届く私にすれば楽になれるわよ」
「…確かにそうかもしれない。だが今ライルが言った光景を想像しただけで苦しいんだ…嫌なんだ…だから俺は、エミリアよりも強くなって、彼女を守れる男になる!」
よく言ったドラグ。
あとはその覚悟を、実際に見せてみろ。
「あらそう。なら、それが言葉だけじゃない事を見せてもらおうかしら」
ランフィアとの訓練で放った殺気と同じレベルのものをドラグに浴びせる。
手を離してドラグを解放し、膝をついたドラグを立って見下ろす。
「貴方の覚悟ってその程度?こんな殺気、ランフィアはその場で克服したわよ?エミリアより強くなるなんて、このくらい撥ね除けなきゃ無理じゃないかしら」
「…ぐっ…舐め、るな…この程度…エミリアを失う事に比べたら…!」
唇を強く噛んだ痛みで殺気の恐怖を誤魔化したのか、立ち上がって真っ直ぐに俺を睨んでくる。
なるほど、どうやら言葉だけじゃ無いみたいだな。
「貴方の覚悟、見せてもらったわ。試してごめんなさいね。あとは本人同士で話すと良いわ」
「…な、何を言っている」
「エミリア、もう出てきて良いわよ」
「なに⁉︎」
近くの木に隠れていたエミリアが出てくるが、俺をジト目で見てくる。
「…誘惑…しないって…」
「あら、あれはドラグが先に押し倒したりなんてするから、誘っているのかと思っただけよ」
「ち、違う!俺は断じてそのような…!」
「冗談よ。ごめんねエミリア、ドラグが諦めモードだったから、つい焚き付けちゃったわ」
「…ん…許す…」
「ありがとう。じゃあお二人さん、お風呂は先に入らせてもらうから、ごゆっくり」
二人きりになると意識した途端赤くなって黙り込んでしまったが、俺がいなくなれば話し始めるだろ。
男女の仲を取り持つなんて、かつての英雄の恋を手助けした時以来だな。
こういう時は男女両方の姿になれるのは確かに便利かもしれん。
別荘に戻ってきた俺は、他の全員が風呂から出てる事を確認して浴室へと向かった。
倍近く長くなってしまった髪を洗いしっかりと体も洗った後、湯に浸かる。
はぁ、やはり風呂は良い。この温かいお湯に全身が包まれる感覚は何万回味わっても堪らないな。
浴槽の縁に腕を乗せ、その上に顔を置いて完全に脱力する。
「はぁ…気持ち良い」
20分程風呂を堪能してから出た。
いつの間にか用意されていた黒いシルク製の寝巻きーー半袖とショートパンツタイプーーを着てリビングに戻る。
まだドラグ達は帰ってきていないな。この際だから好きなだけ語ってこい。
ランフィア達は一度部屋に入ったみたいだが、その内出てくるだろ。
ソファでゆったり寛いでいると、膝枕してくれた侍女がタオルを持って近寄ってきた。
「お嬢様、髪を乾かします」
「じゃあお願いしようかしら」
長過ぎてちょっと面倒だったから、まだ少し湿ってたんだよな。
侍女の手によって優しく髪が拭かれていく。
「今日は色々とありがとう。何かお礼が出来れば良いのだけど、何が良いかしら」
「…では、もう一度膝枕をさせて頂けませんか」
「それはまた私が得をする形になるわよ?」
「いいえ、お嬢様が私の膝で眠って下さると、私も嬉しいのです」
「貴女がそう言うなら、また頼むわね」
使ったタオルを片付けた侍女がソファの端に座り、その太腿を枕にまた寝かせてもらう。
「起こし方はさっきと同じでお願いね」
「畏まりました。お休みなさいませお嬢様」
ーーーー
数分後、部屋から出てきたマリア達がまたも膝枕をされているライルを見て騒ぎ出した。
「カレン!貴女一度ならず二度までも!」
「お嬢様が本日の働きに何かお礼がしたいと仰って下さいましたので、もう一度膝枕をさせて頂きたいと申し上げたまでです。つまりこれは正当な報酬と言えます」
「き、今日は随分と挑発的ですね。お姉様を独り占め出来て気まで大きくなっているのですか」
「私の本業は使用人です。誰かの為に働く事が私の仕事。お嬢様はそんな私にこのような大役を与えて下さるお方というだけです」
「これは仕事ではなくご褒美と言うのです!」
「お姉様、本当に気持ち良さそうに寝てるわね」
「ライル殿の寝顔とはまた違い、汚してはならない雰囲気があります」
「お姉様の柔らかく滑らかな頬、どんな生地よりも素晴らしい感触です」
「ちょっとアイリスさん、寝ている人にそんなこと…」
「そう言ってるランフィア先輩の手も自然に伸びてますが?」
「こ、これは…不可抗力というもので」
結局全員から頬や腕や足を触られ撫でられの好き放題にされていく。
だがライルが起きる気配は無い。
「やはりこの程度では起きませんよね。先程のカレンの起こし方は何か特別な仕掛けが…」
「その通りです。私の右手に施された魔法でのみ、お嬢様を唯一自然に、幸せなまま起こす事が出来るのです」
「くっ…今日はどこまでもカレンに見せつけられてしまいます」
全員がライルを囲んで騒いでいる最中に、ドラグとエミリアが帰還する。
「あれ?お風呂に来てないと思ったら、ドラグと外に居たのね」
「…う…うん…」
顔を赤く染めながら返事したエミリアを見て、全員が何かを察した。
「え、エミリア…まさか貴女達」
「…うん…つ、付き合った…」
「本当に⁉︎おめでとう!勉強会の時からもしかしてとは思ってたけど、上手くいって良かったわ」
「…ライルの…おかげ…ね?…」
「あ、あぁ。踊らされた形にはなったが、それは間違いないだろう」
「エミリア殿とドラグ殿が…そうですか、本当におめでたい事ですね」
「おめでとうございます」
皆に祝福されて更に赤面した二人だが、更に追い討ちをかけられることになる。
「お風呂はどうするの?時間はあるから一人ずつ入れるけど」
「いっそ先輩方お二人で入られては如何ですか?」
「なっ⁉︎ま、待て!まだそのような事は早すぎる!」
「ほう、まだですか。いつかはそのような事をすると?」
「まぁ、そしたらもう婚姻を結ぶことになりますね」
「…あ…あぅ…」
「お、俺達の反応で遊ばないでくれ。まだ交際した実感すら湧いていないんだ」
「ごめんね二人共、なんだか私まで嬉しくてつい」
「…ん…良い…」
結局エミリア達は一人ずつ風呂を済ませ、リビングに全員集合した。
「それで、ライルはずっと寝ているのか」
「今日は私達の我儘で女として過ごしてたし、疲れちゃったのかも」
「あまりに美しく心を奪われたからと、少し調子に乗りすぎてしまいましたね」
「でもランフィア先輩は、文化祭でもお姉様になって欲しいと考えているのではないですか?」
「え⁉︎えーっと…ちょっとだけ」
「ライルがその姿で学校を歩いたら、今まで以上に騒ぎになりそうだな」
「…目立つ…男子が群がる…」
「そんな事する男子は私が追い払うわ」
「私も全力でお姉様をお守りします」
「皆様、折角全員お集まりになられておりますし、お嬢様を起こしますね」
カレンが優しく頭を撫で、一発で起きたライルにまたもマリアが嫉妬した。
ーーーー
「皆もう集まってたのね。貴女もありがとう。また頼みたくなるくらい良い寝心地だったわ」
「お褒めに預かり光栄です。お嬢様がお望みとあらば、いつでも私をお使い下さいませ」
いや本当にぐっすり眠れた。
アイツとくらいしかこんな事したことなかったから、自然と思い出してたからか?
王家の使用人だからこそのメイド服の生地の良さも影響してそうだな。今度屋敷の枕を新調することも考えておこう。
「あら、その様子だと上手くいったみたいね。おめでとう」
「…何故か素直に礼が出来ないが、ライルのおかげなのは間違いない。恩に着る」
「…ありがとう…」
「気にしなくて良いわ。これから幸せになってくれれば私も嬉しいから」
暫く全員で談笑し、そろそろ寝る時間だと部屋に移動する。
「エミリア、向こうで寝なくて良いのかしら?」
「っ⁉︎…い、良い…」
「そう。ならおやすみくらい言ってきなさい」
女部屋を出ていくエミリアを見届け、何故か他のメンバーから視線を感じる。
「お姉様、結構そういう世話も焼くのね」
「ちょっと強引だけど、私が取り持ったような形になったし、これくらいはしてあげないと」
「お姉様は普段淡白なようでいて、仲の良い方にはとてもお優しいです」
「そんな褒めないでよ。幸せになれる人がいるなら、応援してあげたくなるだけなんだから」
目の前に好きになった奴がいる。そこに存在している。
それは凄く幸せで、貴重な時間なんだ。俺はそれを身をもって知っているだけだ。
「お姉様、今日は何度も仮眠されてましたが、眠れそうですか?」
「大丈夫よ。寝ようと思えば一日中寝ていられるわ」
「そんなに寝るのが好きには見えないのに、意外ね」
「そうでもないわよ。休みの最初の数日はずっと寝てたわ」
「読書や鍛錬ばかりしてると思っていました」
「それは暇な時だけね。基本やることが無いから、寝てるのが一番好きなの」
そんな他愛もない会話をしているとエミリアが戻り、部屋の明かりを消して就寝した。
明日はいつもの俺に戻れるが、今後は頻繁にこの姿を求められそうだな。
まぁ、今はそんなことより、数日後に控えた墓参りの方が大事か。




