第二十八話
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ライルがランフィア達と約束をした当日。
ブラディウス家の屋敷では朝から騒々しい程に使用人達が興奮していた。
「きゃぁぁぁ!一年ぶりのコフィン様ぁ!」
「くぅ…いつものクールな旦那様も良いが、この庇護欲を掻き立てる小動物のようなコフィン様もやはり素晴らしい!」
「コフィン様ぁ、ほら、クッキーですよー?」
「あ!抜け駆け禁止!」
「でも黙ってモキュモキュ食べるコフィン様可愛すぎる!」
朝から騒がしい様子に目が覚めたのか、寝室からアイリスが出てきた。
「おはようございます。今日は随分と賑やかですね」
「「「「お早う御座いますお嬢様」」」」
「可愛いと聞こえましたが、一体なにを…」
喋っている間に使用人達が道を開け、コフィンと呼ばれていた存在がアイリスの視界に入る。
兄と同じ美しい銀色の膝まで伸びた長い髪が、使用人達によって三つ編みハーフアップにアレンジされていて、身長はアイリスより小さく150cmあるかどうかだ。瞳はサファイアのように澄んだ青をしており、その目蓋は常に眠そうに開き切っていない。
「な、な…なんですかこの可愛いを凝縮したような子は」
「お嬢様は初めてでしたよね。こちら、旦那様の棺の、コフィン様です」
「…はい?兄様の、棺?」
「えぇ。旦那様は毎年この時期になりますと、一日だけ深い眠りに就きます。その時の器となる棺がコフィン様であり、旦那様は今コフィン様の中で深い眠りに就いているというわけです。今まではお嬢様がいらっしゃらない時を狙って眠られていたので、お嬢様はご存知無かったのでしょう」
(この子の中で、兄様が寝ている?この子自身が兄様と一心同体、いや二心同体。つまり兄様がこの可愛らしい姿に変化している⁉︎)
「な、何故そのような隠し事を」
「それは…お嬢様と私達が同時にコフィン様に会うと、いつまでも愛で続けてしまうからです!」
「当然です!兄様にこのような一面があったことも素敵過ぎますのに、その僅かな間だけ現れるのがこんなにも愛らしい美少女だなんて、これが愛でずにいられますか!」
使用人だけならば、仕事だからと断腸の思いで離れる事も出来よう。だがそこに主人の一人であるアイリスが加わり一言許可してしまえば、全員ここを離れる事など出来なくなる。
「誠にその通りで御座いますお嬢様。ですが昨晩旦那様より、本日コフィン様を『エイナイル高等学校第二年学生寮最上階にある部屋』へと案内するよう仰せつかっておりますので、もうそろそろ送らねばならないのです」
「そんなっ…何故そのような無慈悲な事を…⁉︎」
「ですがまだチャンスは有りますお嬢様!コフィン様が許可を出せばそれは旦那様が許可を出したと同意。更に今回初めて外に出るので、人とコミュニケーションを取るのが不得手なコフィン様には誰かのサポートが必要かと存じます!」
「それは名案です!では早速…えっと、姉様?コフィン様?」
「………?…」
「はぅあ⁉︎」
コテンと首を傾げたコフィンに全員が悶え、まともな会話一つ進まない。
「あの、今からランフィアさん達とお出掛けするんですよね?私も連れてって下さいませんか?」
「…………」
(エ、エミリアさんより無表情で言葉が無く、感情が分かりにくいです)
無言で見つめられたままのアイリスはどうして良いか分からず落ち着かないが、ゆったりとした動きでコフィンがアイリスの手を繋いで横に立ち、再び見上げてくる。
「うぅぅ…可愛すぎます」
(これは、良いという事でしょうか?手を繋いで見上げられるだけでこんなにも破壊力があるとは…)
「お嬢様、コフィン様は姉などではありません。コフィン様は、全世界の妹なのです!」
「全世界の…妹…?」
「左様で御座います。妹という言葉と小動物という言葉を凝縮したかのようなコフィン様は、年齢に関係無く見た者全てに妹力を発揮するのです!」
「わ、私よりも…妹らしいというのですか…」
その時、無言でアイリスを見ていたコフィンが離れ、使用人からまたクッキーをもらいモソモソ食べ始める。
あまりの自由さにまたも全員の心が鷲掴みにされた。
「では…コフィンちゃん、行きましょう?」
「………」
「お嬢様、コフィン様はあくまで棺という器。感情は多少ありますが、言葉も話せず、表情も殆ど変わらないので、主に視線や行動で意図を汲み取って下さいませ」
再び近寄ってきたコフィンがキュッと手を握ったのを確認して悶えた後、屋敷から馬車で学校へと向かう二人。
アイリスの頭の中にはある疑問が生まれていた。
(最上階に送るということは、ランフィアさん達にコフィンちゃんを会わせたいという兄様の願い。今まで私にすら隠してきたコフィンちゃんを会わせる。その意味は?理由は?今年初めて外に出すという事は私だけでは不十分だったという事。ならば、同年代に見える友人を外に作ることが条件。兄様はもしかして、コフィンちゃんに外の世界や親しい友人というものを見せてあげたかった?)
そして仮定が生まれたことで別の問題が発生する。
コフィンをどのように紹介すれば良いのかという問題だ。
ライル本人ですと言えるはずもなく、ライルの妹と説明するには曖昧な要素が多すぎる。ここは、遠い親戚としておくのが最も無難だろうと結論が出たところで、馬車が停止した。
「それではお嬢様、コフィン様、行ってらっしゃいませ」
「行って参ります」
「………」コク
無言で頷いたコフィンを撫でてから、手を繋いで最上階を目指す。
少し遅れてしまったが、コフィンだからと謎の理由付けをしたアイリスが部屋の扉をノックした。
「ライル?ちょっと遅かった…わね?」
「おはようございます。ランフィア先輩」
「え?アイリスさん?おはよう」
扉の隙間から顔を覗かせたランフィアに挨拶するが、やはりライルでなかったことに疑問を持たれている。
「実はライル先輩からの頼まれ事で、今日一日ランフィア先輩達と、コフィンちゃんの面倒を見てほしいと」
「コフィンちゃん?それってライルのミドルネームよね?」
「えっと、遠い親戚だと伺っています」
「そうなの。良いわよ、二人共一旦入って」
「ありがとうございます。失礼致します」
ランフィアが扉を完全に開き、アイリスがコフィンを招き寄せた事で、初めてランフィアの視界にコフィンが入った。
「え…な、なにその可愛い子。その子がコフィンちゃん?」
「はい。生憎コフィンちゃんは喋れないそうなので、視線や行動で意思表示してくれます」
初めて見るランフィアをジッと見つめ、しかし目は相変わらず眠たそうならまま。
「ちょっと、可愛すぎない?シルヴィア呼んでくる!」
駆け足で部屋の中へ戻ったランフィアに、自室で支度中だったシルヴィアが引っ張られてくる。
「な、何をするのですか!まだ支度が…え?」
「おはよう御座いますシルヴィア先輩。こちら、本日ライル先輩より任されましたコフィンちゃんです」
「………」コク
(そこお辞儀じゃなくて頷きなんだ。可愛い…)
「えっと…コフィン殿?」
「……?…」
「うぐっ⁉︎」
(な、なんですかこの胸を締め付けるような気持ちは⁉︎気配は始祖様と似ているのに、雰囲気はまるで違う可憐な少女…彼女はいったい)
「今日はお二人と一緒に、コフィンちゃんの面倒を見てほしいと言われまして」
「それは構いませんが…ライル殿はどちらに?」
「私達二人にって言ってたのは、この事なのかしら」
「そうですね。ライル先輩は只今凄く遠くへと行っているそうです。なので、その間コフィンちゃんと遊んであげてほしいと」
「そういう事だったの。ライルが二人同時になんて、ちょっとおかしいと思ったわ」
「ですが、何をしてあげれば良いのでしょうか」
「………」クイ
「え?なにコフィンちゃん?」
ランフィアの服を引っ張り何か訴えているが、言葉を話せないという事がもどかしい。
「服が見たいとか?」
「………」フルフル
「違うみたいね」
「では、何か食べたい」
「………」フルフル
「これも違いますか」
「…もしかして、ランフィア先輩に甘えたいだけ?」
「………」コク
「え、やだ…凄く可愛いんだけどこの子。ライルが何日か帰って来ないならそれまで一緒にいる?」
「……」フルフル
「それは別にいいみたいね」
(というより、明日にはコフィンちゃんはもう…)
「………」キュッ
ランフィアの服の裾を握り見上げてくるコフィンに、堪らず抱き締めてしまう。
「はぁ…妹にしたいわこの子」
「分かります。それは非常に分かりますが、コフィンちゃんは私が責任を持って家まで送りますので」
「ではそれまでに、少しでも喜ぶ事を見つけましょう」
「女の子なんだから、甘い物とかあげてみましょうか」
冷蔵保存されていたケーキを出して、一口分だけ取ってコフィンの前に差し出す。
「はい、コフィンちゃん。あーん」
「………」パク
素直に食べたコフィンの目が、心なしかキラキラとしているように見える。
「やっぱり甘い物が好きなのね。どんどん食べて良いわよ、はい」
「………」パク
「…雛鳥に餌付けしているみたいですね」
「どちらかというと、幼い子供の世話を焼く親子のようにも見えますが」
ケーキを一人前食べた後、物欲しそうな様子でアイリスを見詰めるコフィン。
正確には、アイリスの首筋を…
(ま、まさか…吸血⁉︎それはダメですコフィンちゃん!ランフィアさんやシルヴィアさんは吸血鬼という事を知らないのですよ⁉︎)
だがそんな思いがコフィンに通じるはずもなく、のそのそと近付いてきてしまう。
噛み付かれても振り解かねばならない。だがそんな事、コフィンに対して出来るはずがないとも思ってしまう。
「コフィンちゃんどうしたの?」
「………」クァ
だがランフィアに尋ねられたコフィンは、小さく口を開いて可愛らしい牙を見せてしまった。
「え⁉︎その牙…コフィンちゃんって…」
「えっと…ランフィア先輩…コフィンちゃんは普通の人とは違って、その…」
「吸血鬼…よね?」
「……はい」
「…ライルの親戚って言ってたけど、まさか人じゃなかったなんて…吸血鬼って普通の人間が後天的になる事もあるって聞いたけど、コフィンちゃんはどっちかしら?」
「こ、後天的なんですよ!昔吸血鬼の友達と遊んでて、噛まれた時になったと聞いています…だから元は普通の女の子でして」
「そういうことね。ライルの親戚って言ってたからもしかしてライルも…なんて思ったけど、彼なら吸血鬼になろうと関係無く今まで通り接するでしょうし、納得だわ」
(あの少女、やはり始祖様と直接の関係が…となるとアイリス殿が義理の妹、コフィン殿は実の妹という説が最も有力ですが…始祖様が今まで隠していた理由とは…)
「じゃあアイリスさんを見ていたのも、えっと…」
「はい。恐らく吸血の為かと」
「それって噛まれたらアイリスさんも吸血鬼になっちゃうの?」
「いえ、吸血鬼に噛まれた人が吸血鬼になるのは、噛んだ時に吸血鬼がそれを強く望み噛まれた方が受け入れる事が条件なので」
「なら、私達も大丈夫ってことね」
大丈夫と言えば勿論大丈夫だが、問題はそこでは無く、吸血時の緩和成分の分泌による抑え難い快感だ。
兄に吸われている時は絶対に人が近寄らないような状況にしているから良いものの、今吸われたら流石に恥ずかしい。
だがコフィンが欲しがっているなら叶えてあげたいという思いも捨てきれない。
「ならコフィンちゃん、私の吸ってみる?」
「ランフィア先輩⁉︎」
「え、問題無いのよね?それとも吸血って結構危なかったりするの?」
「危なくは無いのですが…吸血鬼は吸う時に痛みや恐怖を緩和する物質を流し込みます。人によってはそれが耐え難い感覚になり…」
「痛くも怖くも無いけど、変な気持ちになると…でもコフィンちゃんが欲しがってるなら、私はあげたいなって思うし、良いわよ」
アイリスとシルヴィアが驚愕した表情でランフィアを見る。まさかこれ程抵抗なく他人に血を差し出す人間がいるとは考えられなかったからだ。
そして一度は躊躇ったはずなのに、後悔と嫉妬がアイリスを襲った。
「コフィンちゃん、おいでー」
「………」
アイリスに近かった位置から振り返り、ランフィアの方へとゆっくり移動するコフィン。
血を吸って良いよと言われ首筋に視線が行くが、その前にランフィアによって膝枕の体勢にされてしまった。
そのまま目の前に手首を差し出され、カプッと噛み付いてチウチウと可愛らしく血を吸い始める。
「あれ?意外と普通よ?変な気持ちになるというより、可愛くてもっと甘やかしたくなるけど、それは吸われてなくても同じだったから特に変化無いわね」
「そうなのですか?私も伝え聞いただけですので、もしかしたら性別も関係あるかもしれませんね」
相変わらず眠そうな目が更にぽーっとした感じになり、三人共それを見て蕩けた表情になってしまう。
「本当に可愛いわねこの子。ペットというか、子供というか、そういう庇護欲を感じさせるわ」
数十秒後、牙を離したコフィンがランフィアの手首を優しく舐める。
血の跡は綺麗に無くなり、傷も全て治っていた。
「治療してくれたの?優しいのね、ありがとう」
「………」ギュ
ランフィアに対して背を向けて膝枕されていたコフィンが反転し、ランフィアの腰に抱き付きながら目を閉じる。
そのまま静かに寝息を立てて寝てしまった。
「自由過ぎて怒るどころか癒されるわ」
「しかし、コフィン殿と遊んで欲しいというライル殿の願いはまだ達成出来ておりませんね」
「では、コフィンちゃんが起きたら街へ向かうのはどうでしょうか」
「良いわね。可愛い服とか似合いそうだし、もっと美味しいものとか食べさせてあげましょ」




