第二十六話
休みに入って最初の週末、今日はいつものメンバーで集まってサバイバル用の訓練を行う予定だ。
俺とアイリスは本気の格好をして校舎の陰に転移し、グラウンドへと向かった。
もう全員揃ってたか、やる気があって何より。
「え⁉︎ライルに、アイリスさん?なにその格好?」
「す、凄くシンプルというか、暗殺者って感じだね」
「…黒い…」
「まさか、それがサバイバル用の姿なのか?」
「ですがサバイバル演習のルールでは、『全員制服を着用の上指定の座標に転移される』とありますが…」
そう、制服を着てきたコイツらと違って、俺とアイリスは殆ど真っ黒の装備だ。動きやすさ重視で無駄な装飾の無いデザインで、首まで全て隠す長袖と伸縮性に優れた長ズボン、焦げ茶色のブーツ、黒のベスト、鼻と口を覆う黒い布。額から上を隠すように着けたバンダナ。
今の俺達は目だけしか露出していないわけだ。
「でもそのルールの中に、『着用している制服を魔法によって改造してはいけない』とは書いてないよ」
「それ元々制服なの⁉︎」
「全然分からなかったよ!」
「まずは全員、この服装を作る事から始めようか」
一度魔法を解除して元の制服へと戻す。
「ほ、本当に制服だったのですね」
「…凄い…」
「まずは魔法の練習だね。使う魔法は二種類。一つ目は、闇属性の【影纏い】って魔法で、自分の影を操作して望む形に変えて纏う魔法だよ」
実際に【影纏い】を発動して、足だけ影で包んでから先程の服と同じデザインにする。
「この段階まで出来たら、今度は無属性魔法の【固定】だ。本来は形の無い魔力に実体を持たせて足場にするような使い方だけど、これで【影纏い】を固定すれば本当の服のようになるってわけだ」
「…それ、私達にも出来るの?」
「勿論出来る。【影纏い】は中級魔法だし、【固定】に至っては初級魔法だからね」
実際に詠唱文を教え、まずは発動する事に慣れさせる。最初から服の形には難しいだろうからな、今はモヤモヤした影の塊で体を包むところからだ。
その中でも、やはり生きてきた歳月において有利なシルヴィアだけが、服の形に変える事に成功していた。
「シルヴィア、そしたら無属性魔法の【固定】だよ」
「分かりました。【固定】」
【影纏い】中の不安定な形が安定し、シルヴィアの服が制服のスカート姿から黒の長ズボンに変わる。
シルヴィアの傍でしゃがみ、固定された影がちゃんと服として機能しているか触って確かめる。
「うん。伸縮性に肌触り、ちゃんと服として成り立ってるね。初めてですぐに出来るなんて流石だよ」
「は、はい。あの、ありがとうございます…」
「俺の【影纏い】の服より若干生地が柔らかいのは、シルヴィアの中のイメージが女性用の柔らかい服だからなのかな。こういう違いがあったのは初めて知ったよ」
「そ…そうですか⁉︎お、お役に立てて…嬉しいです」
ん?さっきから辿々しいな。また俺を始祖と意識して緊張してるのか?
何度もライルとして会ってるんだし、こっちの俺には普通にしても良いだろうに。
「ら、ライル…貴方ちょっと…それはシルヴィアが可哀想よ」
「え?なにが?」
「何がって…そんな風に足下に来られて、服を触ってるつもりでも足まで撫でられてるんだから、恥ずかしいに決まってるでしょ!」
「あ、そういうことか。ごめんねシルヴィア、個人による【影纏い】の違いが興味深くて」
「い、いえ!ライル殿のお役に立てるなら、よ、喜んで」
シルヴィアは俺が始祖だと知っているから余計に動揺してたのか、申し訳ないことをしたな。
だから反省してるから、そう睨まないでくれアイリスさんや。
シルヴィアに遅れること一時間、何とか全員【影纏い】と【固定】で全身変えるところまで出来たな。
「じゃあ実際にこの装備がどれだけ意味があるか、体験してみようか」
【オリジンブラッド】:模倣・自然属性・中級魔法
「【樹海】」
グラウンドの一定の範囲から木が生え、足下には背の低い雑草や花が伸び、あっという間に森の中にいる状況になった。
これは土属性の上位といわれる【自然属性】の魔法で、名前の通りある程度なら自由に自然を操る事が出来るというものだ。
「な、なにこれ⁉︎」
「学校なのに森になっちゃったよ⁉︎」
「これ程の魔法、どれだけの修練を積めば…」
「…皆…見にくい…」
「そうですね。黒い服ですと木の影に隠れて分かり難いです」
それがこの服の最大の利点だ。
「試しに制服に戻してみるとこうなるよ」
「あ、凄い目立つね」
「ライルのは白い服だから余計に分かるわ」
「なるほど、確かに服装の違いはかなり大きいな」
再び黒い服に戻し、ここからは本格的な訓練の為雰囲気も変えていく。
「じゃあ今から制限時間は1時間で、俺を見つけてみて。俺は移動もするし木の上にだって登るから、気配や魔力感知、音、匂い、全てに集中して探すように。俺と目が合えば合格。その場合は逃げないから安心して。じゃあ始めるよ」
言い終わると同時にその場から消える。
転移は卑怯だから使わないぞ。純粋な脚力と気配を消す事で見失わせただけだ。
「き、消えた⁉︎」
「待って、音も匂いも全く分からない!」
「気配なんて、ここにいる五人のしか感じないぞ」
「…かなり…難しい…」
「全員で手分けして探しましょう。見つからないようにライル殿が移動すれば、その瞬間僅かでも気配がするかもしれません」
(残念ですがシルヴィアさん、それは無理ですよ。本気で隠れた兄様は、家の使用人の方達ですら見付けるのは不可能なのですから。今は程々に難易度を落としているとは思いますが、私でも感じ取れないなんて…)
全員バラバラに歩いて探し始めたな。
俺は移動したと見せかけて真上に飛んだだけだというのに。
今はスタート地点真上の木の上で観察中だ。
俺を見つけられる可能性があるのは、アイリス、シルヴィア、それとランフィアの三人だな。
シルヴィアは言わずもがなその経験値の多さから、アイリスは少なからず俺とこういう訓練を幼い頃からしてきたから、そしてランフィアは魔力感知で僅かながらに可能性があるか?というところだ。
後の三人はまだ無理だろう。ウルガは耳と鼻が通用しなければ探知方法は皆無と言っていい。
ドラグとエミリアも同様に感知能力が皆無だ。
おっと、早速シルヴィアとアイリスが戻ってきたな。ここから離れる程俺から遠ざかっていると感じたんだろう。良い感覚をしている。
木の周りを調べながら歩き、地面や木に耳をつけ音を聞こうとしたり、中々本格的に探すじゃないか。
そして遂に、アイリスが上を見て俺をジッと見つめてきた。
微笑んでるし完全に捉えたみたいだな、合格だ。
森の範囲外に強制転移させ、椅子とテーブル、紅茶と菓子を出してやった。勝者へのご褒美ってやつだな。
数分後、少し移動した木の上の俺を見つけたシルヴィアが無言で頭を下げたから合格。
そして制限時間ギリギリの時に近くまでランフィアが来たが、終に俺を見付けることは出来ず終わった。
森を消したと同時に全員が悔しそうにしているが、目の前にいたランフィアは一番悔しそうだな。
「そんな近くにいたのに気付けなかった…ここら辺かなって気はしてたのに」
「惜しかったよ。次は感覚が掴めてくるさ」
そして四人は、優雅に紅茶を楽しむ二人を見て固まった。
「え、なにしてるの?シルヴィア達」
「私達はライル殿を見付けられたので、そのご褒美です」
「お菓子もとても美味しいですよ」
悔しいのか何も考えられないのか、四人はただ呆然とアイリス達を見ている。
「ちょっと待って…そのお菓子、王都で一番人気のお菓子じゃない!」
「良いなぁ…あのお店毎日何時間も行列が出来てるからまだ食べられてないのに」
「……悔しい…」
「俺は菓子は別に構わないが、あの紅茶…王家も愛飲している老舗の高級茶葉ではないか!」
勝者の褒美は高価なだけ敗者の悔しさが増す。
次こそは絶対という思いが自分の限界を突破する鍵だ。
「一度合格したアイリス達はそのまま楽しんでもらうとして、この難易度で全員合格しない限り二人で全部堪能しちゃうかもしれないから、早く見付けないとね」
「絶対見つけてやるわ!」
「僕ももっと本気でいくからね!」
「…お菓子…食べる…!」
「あの紅茶の為ならば、限界の一つや二つなど!」
良いぞ、良い具合に刺激されてるな。
再び森を創り隠れる。今度は更に何人か見つけそうだな。
制限時間1時間、いつまでも見つからない焦り、合格した二人が今も優雅に紅茶と菓子を楽しんでるという苛立ち。
色々な要素が起因となって、本当に限界突破した奴が現れた。
「ガウゥゥ」
ウルガだ。狼獣人の特性を強化し、その耳と鼻を更に高性能なものへと進化させる。
一瞬で俺の位置を特定し向かってきたウルガを合格にして、アイリス達の所へと転移させる。
そして次はランフィアだ。
元々他より優れていた魔力感知の精度を高め、俺の中の微かな魔力を感じ取ってこちらを見てきた。
これで二人追加で合格だな。
時間になったしまた森を消す。
嬉しそうに紅茶と菓子を満喫しているランフィアとウルガを見て、二人は更に絶望的な顔になった。
「そ、そんな…紅茶が…王家の紅茶が」
「……くっ…」
「残念だけど、合格するまではダメだよ。早くしないと本当に無くなっちゃうからね」
敢えて二人を煽ることで覚醒を促す。
というより、六人が全員揃ってただ探すだけってどういうことだ。もっと色々な方法で見付けようとすれば良いだろう。
俺は一言も「魔法は使わず」なんて言ってないのにな。
その事に自分で気付いたのか、苛立ちが限界に来たのかは知らんが、三度目の開始直後にエミリアの魔力を強く感じた。
「【メテオフレイム】」
森に火属性の上級魔法を放ったエミリア。
そうだ。それで良い。見付けられないなら炙り出せ。
馬鹿正直に探して見つからないなら敵に姿を出させるようにしろ。
そうして一瞬の隙を作らせたらそこを突け。
「…見つけた…」
ドラグと離れていたからな、声で知らせたが良いとしよう。
さて、最後はドラグだがどうする?
森は火の海、俺はまた姿を消した。今度はどうやって見付ける。
「紅茶…あの紅茶が飲めるのならば、俺は今だけ人間を捨てても良い!」
どれだけあの紅茶飲みたいんだよ。
訓練の趣旨変わってるぞ。
だがそう宣言したドラグの翼が一回り大きくなり、前頭部から20cm程の一対の角が後ろに向かって生えてきた。
紅茶を切っ掛けに一次覚醒って、それで良いのかお前…
少しドラゴンに近付いたドラグが翼を羽撃かせ、強烈な風を生む。
その風は刃となって木々を倒し、火を掻き消した。
「そこだ!」
風に耐えるほんの一瞬の気配を感じ取ったドラグが急接近してきたのを片手で受け止める。
「合格だし紅茶もまだあるから、取り敢えず落ち着いて」
「…す、すまない。俺は一体なにを…」
「そこまで紅茶好きだとは知らなかったよ。でもおめでとう、これで一次覚醒を迎えたね」
「一次覚醒だと?」
「その翼の巨大化と角の事だよ。竜人は本来人間とドラゴンの二つの姿を持ってる。でもドラゴンの力は人間には強過ぎるから、段階を踏んで覚醒する事で馴染んでいくんだ」
「そ、そうだったのか…俺が、ドラゴンに…」
「そんなすぐに次の覚醒をするわけじゃないよ。最低でもあと数年は掛かると思った方が良い」
「分かった。だがまだ一次覚醒なのに、随分と力が増すんだな」
ドラグが切り倒された木々を見て言うが、本来ドラゴンは強大な生き物なんだ。まだまだこんなもんじゃない。
「上手く使いこなさないとね。さぁ、待ち望んだティータイムだよ」
二つのテーブルに分かれて紅茶と菓子を堪能する六人。
アイリスとシルヴィアはもう満足というか、満腹って感じだな。




