第二十五話
屋敷に帰ってきて何日経った?
二日か?三日か?寝てばっかりで感覚が分からなくなってるな。
ただアイリスまで俺と同じような生活を送っているのは、兄として駄目だと思う。
数日寝てばかりだろうが大した損失じゃない長命種の俺と違って、アイリスのような人間の一日は貴重だ。俺と一緒に過ごしたがるアイリスの為にも、俺が人間らしい生活をしなければな。
「アイリス、何かしたいことはあるか?」
「え、兄様からそんな事を聞いてくださるなんて、どうされたのですか?」
「いや、毎日こんな生活じゃお前は不味いと思ってな。かと言って俺はやりたいこととか浮かばねぇし、アイリスに聞いてみようかと」
「…では、今からデートして下さい兄様」
「デート?サフィラとしたようなデートで良いのか?」
「はい。ですがちゃんと兄様とデートしたいので、学校の方に見られても「ライル」だとバレないように認識阻害してほしいのです」
「分かった。じゃあ支度するか」
使用人達の希望で、屋敷にいる間は使用人によって衣食住の世話をされる。
使用人の手によって着替えた後、屋敷中の使用人を集めた。
「今からアイリスと出掛けてくるから、10分後に開始な。見付かった奴から即帰宅。最後まで着いてこれた奴には特別報酬をやろう」
屋敷からアイリスと出掛ける時の恒例行事、使用人による本気で気配を消した尾行だ。
隠れる範囲は半径1km以内。俺達に発見されたら脱落。見つからない限りは撮影魔道具を使った盗撮をしようが何をしようが自由というルールで行われる。
「お前は意外とこの遊びを嫌がらないよな」
「兄様との思い出が記録されたものは最終的に私のところに来ますから」
「なるほど、自分にも利益があるということか。じゃあ行くぞ」
「はい、兄様」
王都の裏路地に転移し、歩いて商店街に出る。
学生が休みで街に出て来ている為、いつも以上に賑わっていた。
「凄い人混みですね。兄様とライル先輩それぞれを知っている方々に会うかもしれません」
「相手の認識によって見え方を変えてるから心配無用だ」
俺とライルが同一人物でありアイリスが妹だと知っている奴にはありのままを。
同一人物と知ってはいるがアイリスとの関係は知らないって奴には、アイリスが見知らぬ金髪の少女に。
ライルとアイリスしか知らず、二人の関係も知らない学校の生徒達みたいな奴には、アイリスと見知らぬ銀髪の男に見えている。
一々相手によってこっちが見え方を変えるやり方は正直怠い。
だから俺達が視界に入る距離全域に魔法を掛け、そいつの認識によって脳が勝手に見え方を変えるように細工した。
だから、こういう面倒な事態になることがある…
「あら?アイリスさん、奇遇ね」
「こんにちは、三日ぶりでしょうか。ランフィア先輩もお出掛けですか?」
「えぇ。それで…隣の方は…」
「ご紹介致します。以前話していた兄様です」
「あ、勉強会の時の…は、初めまして。アイリスさんの一つ上になりますが、友人のランフィアです」
「…俺はアイリスの兄のヴラドだ」
「ヴラド様…」
「様はいらねぇよ。妹が世話になってるからな」
「あ、ありがとうございます。(なんだろう、凄く綺麗で格好良いってことは分かるのに、顔があんまりハッキリ分からない。何処と無くライルに似てる気もするけど…)」
友人に初めましてって挨拶される気分が分かるか?
俺も今初めて知ったが、どんなテンションで返せば良いか分からなくなるな。
「おじ様!」
……ちょっと待て。
今日はなんだ、厄日か?俺が数日だらけまくった罰なのか?
人混みが綺麗に分かれながらマリアが登場する。コイツはこの人混みの中よく俺を見付けられたな。
走ってきたマリアがそのままの勢いで俺に飛び付く。
こんな人目の多いところで王女がそんな事をすんなよ。色んな噂が立つだろう?
「なんだよ、また城を抜け出したのか?」
「違います!今日はちゃんとお父様の許可を頂いてきました!」
「ま、マリアンヌ第二王女様、ご無沙汰しております」
「まぁランフィア様、お久しぶりです。それにアイリスさんも」
「お元気そうで何よりですマリア姉様。ここは人の目もありますし、そろそろ兄様から離れた方が良いと思いますよ」
マリアとアイリスが会うのは本当に久しぶりだな。
この二人、似たような雰囲気だからなぁ…
「私はお父様から、おじ様に嫁ぐなら相応の覚悟をしろと言われました。つまり、後はおじ様の気持ち次第で私はいつでもおじ様の女になるんですよ?これくらい見られたところで何も困りません」
「嫁入り前の王女がはしたないなどと噂になっては、兄様の評価すら下げると思わないのですか?私が兄様と結ばれるなら、兄様の迷惑にだけはならないよう注意しますのに」
「…言ってくれますね」
「そちらこそ、見せつけてくれますね」
同族嫌悪とまではいかないが、似た者同士反発するところが多くてな。
小さい頃からよく喧嘩してたもんだ。
「大体アイちゃんはいつもいつもおじ様にベッタリなんだからこういう時くらい良いじゃないですか!」
「兄妹だからってだけで、外に出れば他の女の人のアプローチを黙って見ていなきゃいけない妹の気持ちはマリ姉には分かりません!」
ほら、こんな感じに。
まぁ放っておけば勝手に終わるから、基本放置で。
お、一人目発見だな。感知出来た一人目の使用人を遠距離強制転移で屋敷へと送る。
「あの、止めなくて大丈夫ですか?」
普段話してる友人からちょっと距離を取られながら話されるのは違和感があるな。
「久しぶりだが、昔はいつもの事だったからな。愛称で呼んでる時点で本気じゃねぇよ。お互いに無い物ねだりしてるだけだ」
「そ、そうなんですか…えっと、マリアンヌ様が仰られていた『おじ様』って、アイリスさんのお兄さんの事だったんですね…でも、なんというか…」
「そんな歳に見えないか?これでもマリアよりずっと年上なんだがな」
「え…全然見えないです。私の同級生と言われても違和感ありません。むしろ、同級生に似たような人がいた気がするくらいです」
意外と鋭いな。
ランフィアには時々素の部分を見せちまったから、認識阻害に穴があるのかもしれない。
「お前、今日は一人か?」
「え?い、いえ…友人と来ているんですが、少し逸れたみたいで」
「…その友人とやらは、あそこで必死に周りを見てる白髪の奴じゃないのか?」
明らかにシルヴィアだからな。
だが不味いな…シルヴィアは俺をライルと知ってはいてもアイリスの兄とは知らない。ややこしい事にならなきゃ良いが。
「あ、そうです!ありがとうございます!おーい!シルヴィアー!」
そこは呼ぶんじゃなくてそのまま行って欲しかったが、仕方ない。
「ランフィア殿、ここに居たのですね。探しまし…た…」
「あ、シルヴィアも初対面だよね。こちらアイリスさんのお兄さんで、ヴラドさん」
「…初めまして。ヴラドだ」
「は、はじ…初めまして!私は、シルヴィア・ウォレス・フロ、フロストと申します!」
ランフィア…更に余計な情報を与えてくれるとは、ちゃんと紹介してくれる真面目なところが災いしたな。
ここはシルヴィアに釘を刺しておくか。【思考念話】っと。
『シルヴィア、俺だ』
『し、始祖様!やはり始祖様なのですね⁉︎何故このような場所に』
『先に注意しとく。そこにいるアイリスは俺の義理の妹だが、内密にな』
『は、はい!始祖様の秘密は全て守ります!』
『そう固くなるな。俺も今日はただの観光だから、もっと気楽にしろ』
「シルヴィア?どうしたのボーッとして」
「な、何でもありません。それよりランフィア、行きましょう。兄妹水入らずの時間を邪魔してはいけません」
「え?あ、そうよね。すみませんヴラドさん、私達は失礼致します」
「あぁ、またな」
シルヴィアが機転を利かせてくれたおかげで、これ以上ややこしい事にはならずに済んだな。
さて、今日は随分白熱してるみたいだから、そろそろこっちから止めるか。
その前にもう一人脱落っと。
「お前らそのへんにしとけ」
「うぅ、兄様…!」
アイリスが俺に泣き付くように抱き締めてくる。今度はこっちか。
「ま、またそうやって…妹でも全然遠慮してないじゃないですか!」
「マリア、王女が外でそう騒ぐな。約束は守るから、それまで良い子にして待っててくれ」
「むぅ…分かりました。良い子で待っています。たまには城にも遊びに来て下さいね?」
「分かったよ」
マリアが護衛と去って行き、漸く静かになった。
でも抱き着いたままのアイリスの前でこういう話は不味かったなぁ。
「私の兄様なのに…私が一番、兄様を好きなのに…マリア姉様を選ぶのですか?」
「…その事については家でゆっくりな。今はデート中だろ?楽しく過ごそうぜ、ほら」
アイリスの手を取って先導する。俺からこういう事をするのはあまり無いからな、アイリスの機嫌も一瞬で回復した。
ん?今度はアイツか…いや、横に小さい黒髪もいたか。
「ドラグ先輩、エミリア先輩、こんにちは」
「ん?おぉ、アイリスか。今日は友人とよく会うな」
「…こんにちは…」
「お二人もデートですか?いつの間にそのような仲に…」
「い、いや…俺達はまだそのような…というより、横の御仁は?」
「私の兄様です!」
「……お兄さん…」
「兄のヴラドだ。妹がいつも世話になってるな」
「いえ、俺は何も。いつも一緒にいるライルという友人は良くしているようですが」
「そうか、いつか会ったら礼を言っておこう」
俺だけどな。
しかしコイツらがねぇ…エミリアから勉強を見るって言ったくらいだし、もしやとは思ったが。
アプローチしてんのはエミリアの方からなのか?
人は見かけによらないものだ。
(な、なんだこの男は…これ程の存在感、圧力…ライルに一瞬向けられたものより遥かに大きい…これが、アイリスの兄…なるほど強いわけだ)
「妹が引き止めて悪かったな。それじゃ」
「は、はい…またなアイリス」
「……バイバイ…」
「はい、また週末に」
「今日は本当に知人とよく会うな」
「お祭りですから、やはり皆さん出掛けたくなるんでしょうね」
「…祭り?」
「もう、兄様はこういうのに疎すぎますよ。今日は一年に一度の火竜誕生祭じゃないですか」
「あぁ、あれか。毎年こんな時期にやってたんだな」
火竜って確か300年前くらいに生まれたやつだったな。
俺が旅の途中で瀕死の親から託された卵で、国に戻ってきてから孵ったやつだ。
刷り込みで当時の国王と俺に懐いてたけど、今は国に大切に飼われながら遠征とかで活躍してたな。
「それにしちゃ露店がいつもとあまり変わらないが」
「あくまで祝うという祭りですから、あまり特別な事はありませんよ」
「そういうもんか」
ほい、一気に三人脱落。
「兄様、あの屋台の食べ物美味しそうです。一緒に食べませんか?」
「あぁ、良いぞ。それとあっちのも買うか」
牛型魔物の肉を使った串焼きと、蜂蜜を使ったサクサクのパイを買って適当なベンチに座る。
串焼きの肉は柔らかく、噛めば噛むほど肉汁が溢れてくるのが美味いな。
塩気のものを食べた後の甘い蜂蜜も最高だ。
「ふふ、甘い物を食べている時の兄様は笑顔が柔らかくて素敵です」
「そうか?そう言ってくれてるお前の顔も、幸せそうで俺も嬉しいぞ」
「はぅ…兄様ずるいです」
(あ、甘ぁぁぁい!)
(この兄妹に入る隙間無し!兄妹という一線を超えた愛の空間!)
(と、撮らなければ!この瞬間を永久に残すために撮らなければ!)
(ど、動悸が…でも、この使命を果たさねば!)
四人追加で脱落だな。
俺達がこういうやり取りする度に気配が強くなるから分かりやすいな。
というか、使用人達だけじゃなくランフィア達やドラグ達まで遠目で見てるのは何故だ。
(アイリスさんのお兄さん、凄い固くて近寄り難い印象だったけど、意外と甘い物好きなのね…)
(始祖様の幸せそうな表情…なんて美しい…これが見られただけでも今日出掛けた甲斐がありました)
(圧力が緩んだ?だがこの柔らかいながらも絶対的な雰囲気、訓練中に敵役になったライルに似ているな)
(…良いな…私も、あんな風に…)
アイリスの兄って存在が気になるのか。普段からよく見てる奴だというのに。
アイリスは他に意識が向いてなくて気付いて無さそうだし、気にしなくて良いか。
「次はどれを見るんだ?」
「では、あちらに行きましょう!」
こうして色んな奴に見られながらデートを満喫していった俺達は、夕方になる頃屋敷に戻った。
最後まで残った使用人は二人、かつてこの国の英雄と称えられた男と、元暗殺ギルド長をやっていた女だ。
二人には特別報酬として給料一年分のボーナスと、休み中に一度俺と手合わせする機会を与える。
元々強くなる事に貪欲な奴等だからな、俺と手合わせしたがる奴は多い。特別報酬はいつもこれだ。
「兄様、紅茶をどうぞ」
「あぁ、ありがとな」
「それで、聞かせて下さいますか?マリア姉様のこと」
「帰って早々それとは、かなり気にしてたんだな」
「当然です!だって兄様は…ずっとあの方の事だけを…」
アイリスに全てを話した。アイツをもう一度見つけて、今度こそ幸せにしてやりたいこと。だがそれ以外にも、本当に考えて出した答えが俺であるならば、俺はソイツにも最後は幸せになってほしいという事を。
この話はアイリスが他の男を見る可能性を潰すから、まだ先延ばしにしたかったんだがな…
「酷いです兄様。そのような事、マリア姉様だけじゃなく、私だってずっとずっと思ってきましたのに」
「…お前は俺の、六千年以上生きた中でたった一人の妹だからな。兄なりに、妹が普通の幸せを見つけてくれたらって思ってたんだ」
「そんなこと、出来るわけ無いじゃないですか。こんな近くに、こんな素敵な兄様がいるんですよ?他の男性に興味なんて湧くはずがありません」
「そう言うと思ったから、敢えて言わなかったのによ」
「では、聞いた以上私が諦めない事も理解されていますよね?」
「だろうな。だがマリアにも言ったが、まずはアイツを探したいんだ。それまでは、俺のたった一人の可愛い妹でいてくれ」
「…仕方ないですね。優しい妹は兄の幸せを願うものですから」
「はは、ありがとなアイリス」
これでアイリスまで娶る事が決まっちまったな。
何とも早く呆気ない最終手段だった。
涙を浮かべたアイリスが飛びつくような勢いでキスをしてくる。
これからは今まで以上にこういうことが増えそうだな。妹だからと自制ーーしてなかった時もあるがーーしてきたものが、一気に外れただろうし。
「兄様…私、今が生きてきて一番幸せな瞬間です」
「ほう、そうなのか。ならこれ以上はもう要らないな」
「なんでそう意地悪ばかり言うのですか…これからは、一番をどんどん更新していくんです!」
「分かった分かった…本当に、良いんだな?」
「愚問ですよ兄様。良いんじゃありません、一番望んでいるんです」
再び唇を重ねてきたアイリス越しに、扉の隙間から号泣してる使用人達の姿が見えた。
コイツらも随分アイリスに肩入れしてたからな、自分の事のように嬉しいんだろう。
今日の夕飯は豪華になりそうだ。




