第二十四話
数分後、全員が頼んだ品が一気に運ばれてくる。
「他の皆の料理は想像通りの見た目だけど、ライルとシルヴィアのはそんな見た目してたのね」
俺とシルヴィアの前に置かれたローレライという料理は、神速マグロの刺身と、銀目鯛の煮付け、古代文明時代の倭国の米を再現した白米、そして緑茶と呼ばれる緑色をした飲み物のセットだ。
「こ、これは何ですか…まさか、生の魚?」
「そうだよ、新鮮な魚はこうして生で食べられるんだ」
「えぇ、生って…大丈夫なの?」
全員が初めて見る食べ物に戸惑っている。当然か、この時代の、しかもこんな内陸部に生魚を食す文化は無い。
ルルイエの能力があって初めて新鮮なまま提供出来るんだからな。
「慣れれば美味しいよ、ほら」
警戒を解く為にまずは俺が食べる。
うん、やはりこの新鮮な魚限定という希少価値と、普段食べない食感が良い。
「ら、ライル殿がそう言うなら」
因みにこの料理は古代の食器である箸というものを使って食べるのだが、シルヴィアは使い慣れていない上に、緊張で手が震えまくって上手く使えていない。
「シルヴィア、この箸って食器はこうやって持って、こっちの指を動かして挟むんだ」
「ら、ライル殿…てて手を…」
教える為にシルヴィアの手を取って箸を持たせたんだが、余計に震えてしまった。
(兄様に手取り足取り教えて頂けるなら、私も安定を狙わず挑戦するべきでした…)
「…ダメです。色々な震えでこのハシというものが上手く使えません」
「ここはその料理に合った食器で楽しむ事を信条としてるから、他の食器は借りられないだろうね」
「そ、それでは私はどうやって食べれば…」
仕方ない、これだけ美味いものが目の前にあるのに食べられないなんてあまりに酷だからな。
「ほらシルヴィア、口開けて」
「ライル殿⁉︎な、なにを⁉︎」
「シルヴィアが箸を使えない以上、同じ料理を頼んだ俺しか助けてあげられないでしょ」
シルヴィアの皿から刺身を取って差し出す。
言葉が出ないのか、顔を真っ赤にして口をパクパクさせているから、素早く、且つ優しく口の中へ刺身を入れた。
「っ⁉︎……お、美味しい。ライル殿、このサシミとやら、凄く美味しいです!」
「でしょ。俺も初めて食べた時は驚いたよ」
俺も自分の分を食べて、交互にシルヴィアの料理を食べさせようとまたシルヴィアの刺身を取る。
「あ…ライル殿…は、ハシが…」
「遠慮しなくて良いから。ほら、ご飯が冷めるよ」
(え、遠慮などではなく…ライル殿が使ったハシで私に食べさせて頂き、またそのハシでライル殿が食べて…か、間接…⁉︎)
顔を真っ赤にしてるが、やはり人前で食べさせられるのは流石に恥ずかしいか。
どうにかルルイエに言ってフォークを使わせてもらうか?
「失礼致しますわ。何やらお困りのようですので、今回は特別にこちらをお使い下さいませ」
お、気を利かせてくれたルルイエがフォークを持ってきてくれたか。良かったなシルヴィア、これで恥ずかしい思いをせずに済んだぞ。
「時に、美しいお方?少々こちらにご足労頂いてもよろしいですか?」
「折角の料理が冷めてしまうから、手短にね」
ーーーー
ライルが店の奥へ連れて行かれ、残された六人の間には何とも言えない空気が漂っていた。
「…ライルのあれって、わざとなのかしら。それとも無自覚?」
「私は無自覚だと思います。以前から思っていましたが、ライル先輩には少々周りを気にしなさ過ぎる所があるかと」
「…ら、ライル殿と…か、間接…」
「これは、流石に俺も見ていて恥ずかしかったぞ」
「……大胆…」
「まさか同じ食器で食べたり食べさせたりするなんてね。ライル君はこういうの慣れてるのかな?」
(兄様は確かに昔から私にあーんをして下さいましたが、子供にご飯をあげる感覚でやって良い年齢の女性ではありません!)
「はぁ…何というか。ライルは相変わらずって感じね」
「いつも驚かされるよね。時々同い年なのか分からない時があるよ」
「今のような行動もそうだが、あの知識量もそうだ。とても学生とは思えない」
「…ら、ライル殿…間接…私は、なんということを…」
「シルヴィア、そろそろ戻ってきなさい。もうフォークがあるでしょ」
シルヴィアを正気に戻しつつ、ランフィアは自分が頼んだパスタを食べる。
「あれ?このパスタ、何だかライルが作ってくれたのと似てる」
「…ライル君も大概だけど、僕はランフィアちゃんも人の事言えないと思うなぁ」
「え、なんで?」
「シルヴィアちゃんのライル君に対する態度とか、言われないと絶対気付かないくらい些細な事だったし、今の感想だって普通なら絶対気付かないような事だと思う」
「そ、そうかしら?割と気が付くと思うんだけど」
「それだけライル達の事をよく見ているのだろう。普段から常に一緒だからな」
「…料理は…慣れ?…」
「あぁー、勉強会でも毎回ライル君の手料理食べてたんだっけ」
(確かにこのグラタンも、兄様が作ってくださる味に似ています…もしやあの店主、兄様と親しい間柄のお方?)
何故か矛先がライルからランフィアへ変わり始めた頃、ライルが戻ってきた。
ーーーー
全くルルイエの奴、急に連れ出したと思ったら「誰が本命なのかしら?」だの、「まさか全員と?」だの変なことばかり聞いてきやがって。
どう見ても普通の学友だっただろ。
「ただいま。シルヴィアは問題無く食べられてるね、良かった」
「ご、ご迷惑をお掛けしました」
「そんな事ないよ。美味しいものは美味しい内に食べないと勿体ないからね」
「ところで、お店の奥で何してきたの?」
「ここの店主はちょっとした顔見知りだから、色々話してたんだ」
「へぇ、だから出来たばかりのお店なのに知ってたのね」
そこからは全員それぞれの料理を堪能し、時々少し交換したりなど楽しみながら食事を終えた。
食後にはルルイエのサービスでデザートが振る舞われ、女性陣達のテンションが一気に上がったな。
こうして『海楽庵』を満喫した俺達は帰路に就いた。
「凄く美味しかったね!」
「えぇ、本当に。店長さんも優しい人だったしね」
「また食べたくなる料理の数々だった」
「…デザートも…」
「次こそは、ハシなるものをマスターしてみせます」
全員満足してくれたようで何より。
寮に着いた俺達は改めて挨拶を交わし、休校中の訓練の約束を再確認した後解散した。
ランフィア、シルヴィア、エミリアと最上階で別れてから数分後、アイリスが部屋に来たので屋敷に戻ることに。
数ヶ月ぶりの我が家だな。
と言っても俺の感覚じゃ長くは感じ無いから、あまり懐かしさも無いが…
庭の真ん中に転移して帰ると、使用人達全員で出迎えてくれる。
「「「「お帰りなさいませ、旦那様。お嬢様」」」」
「あぁ、ただいま」
「…ただいまです」
「どうした。何か不満そうだな」
「毎回兄様は旦那様と迎えられ、私はお嬢様です。これでは兄妹ではなく親子ではありませんか」
「歳が離れてるし、ここでの時間が違い過ぎるからな」
「そうですけど…ならばせめて兄様の事も御坊ちゃまと」
「勘弁してくれ。この歳になって坊ちゃん呼びは恥ずかしいぞ」
「むぅ…分かりました。私がいつか奥様と呼ばせてみせます」
それは、最終手段にな。
まずは他に目を向けて、自分の幸せを探してみろ。
最低限の荷物を寝室に置いてから、溜まっていた書類を片付けていく。作業が終わった後はアイリスが煎れてくれた紅茶で一息ついた。
今日からゆったりと屋敷生活だ。アイリスも今まで演技で甘えられなかった分開放的になるだろうな。
「兄様、お昼寝しませんか?」
ほら、早速だ。
「良いのか?寮と違って一度寝たら昼寝じゃ済まないぞ俺は」
「ふふ、構いませんよ」
「なら、久々に昼間から兄妹水入らずといこうか」
俺の寝室に移動してベッドに倒れ込む。この季節は陽気が気持ち良くて布団が要らないな。
アイリスが横に来て寝転がる前に、既に意識が落ち始める。屋敷に帰ってきて開放的になってたのはアイリスだけじゃなかったなと、薄れていく意識の中で実感した。
ーーーー
「ふふ、可愛い寝顔…ねぇ兄様、私知っているんですよ?兄様が、私が他の人に目を向けて兄離れするようにって思っていること」
兄の頬をツンツンと突きながら、アイリスは余裕のある笑みを浮かべる。
「なんて酷い兄様なんでしょう。十数年間もこんなに甘やかされて、今更兄様以外に興味が湧くとでも?兄様が本当の兄様じゃない事を知ったあの日、私がどんなに嬉しかったか知らないでしょうね」
穏やかに寝息を立てる兄を抱き締めながら横になり、至近距離で寝顔を眺めながら恍惚とした表情を浮かべた。
「覚悟して下さいね兄様。私はランフィアさんやシルヴィアさんのように、恥ずかしがって積極的にアプローチ出来ないような可愛い女じゃありませんから…最終的には私の事を、妹という関係では満足出来ないようにしてあげます」
聞こえているはずのない宣言をして満足したアイリスは、満足そうな顔で兄に寄り添い眠りに落ちていった。
その様子を、気配を完全に消し去り扉の前で伺う使用人達。
ライルによって引き抜かれ、屋敷の使用人となった彼等は普段、必要最低限の発言のみを行い、常に毅然とした態度を貫いている。
だが、そんな彼等が主人に見せない一面を露わにする瞬間があった。主人である二人が寝ている時だ。
ライル達が部屋に入った瞬間から扉の前で聞き耳を立て、気配が弱くなり眠りに落ちた瞬間、彼等は豹変する。
だが、主人達を起こさないよう小声で叫ぶという無駄に高いスキルを発揮しながら…
「兄妹愛を超えた禁断の愛…尊い…」
「旦那様とお嬢様が屋敷にいらっしゃると、これがあるから堪りません!」
「私、この屋敷で働けて本当に良かった」
「しかしお嬢様、年々言動が大胆に…これは旦那様と添い遂げる日も遠くないのでは⁉︎」
「幼い頃から『旦那様』『お嬢様』と呼び分ける事で、お嬢様の中の欲望を刺激してきた甲斐があったというもの」
「頑張って下さいお嬢様!我々は皆、お嬢様を応援しております!」
「そして旦那様、どうかお嬢様を幸せにして差し上げて下さい!」
興奮した様子で扉の前で(小声で)騒ぐ彼等を止める者はいない。使用人は皆、自分達の主人が一度寝たら起きない種族である事を知っているからだ。
そしてその主人にくっついて寝たら、同じく自分では起きないお嬢様である事も。
こんな風に主人達の言動で興奮している使用人達だが、有事の際には国の騎士団など足手纏いでしか無い程の力を発揮する。
何故なら、彼等一人一人がかつての英雄級の実力を持った精鋭だからだ。
というより、それ程の素質があったからこそ今の主人に気に入られ、引き抜かれたのである。
本人達は使用人になる事に抵抗は無く、むしろ以前より鍛えられて強くなった事を喜んでいる程だ。
だからこそ主人に絶対の忠誠を誓い、普段は完璧な仕事をしようと精進するのである。
そして主人二人が昼寝をしているこの状況で、招かれざる客が屋敷に近付いていた。
「チッ…こんな時に魔獣ですか」
「空気の読めない雑魚は今晩のおかずにしましょう」
「私は旦那様達がいつ起きても良いよう待機しなくてはなりませんので」
「私だってそうです!」
「俺だって離れるなんて嫌だ!」
全員が火花を散らし、右手を後ろに引くという構えをとった。
これは古代より伝わる格式ある決闘。シンプルであるが故に実力が試され、内容は平和に、だが結果は無慈悲に敗者をどん底へと叩き落とす。
そして全員がアイコンタクトを取り、全力の拳が振り下ろされた。
「「「「じゃんけんポン!!」」」」
見事勝ち残った者は再び主人達の様子を扉の外から伺い、負けた者は絶望感に打ち拉がれながら自分の武器を持って魔獣狩りへと出ていった。
こうして、今日もブラディウス家は平和な日常を送っている。




