第二十話
アイリスが風呂から上がり、白いフワフワした生地の寝巻きで出てくる。
「お風呂ありがとうございました」
「いえいえ。ランフィア寝ちゃったけど、どうする?」
「え?寝ていらっしゃるのですか?」
「集中も切れてたし、仮眠した方が良いと思って」
(兄様のベッドで寝てる。お風呂であれ程動揺していたのに、ベッドは平気なんですね)
「兄様は、ランフィア先輩をどうなさるおつもりですか?」
「どうって…別に襲ったりなんてしねぇよ」
「そうではなく、今後のご関係の話です」
「さぁな。まずはアイツにもう一度会いに行こうかとは思ってるが、全てはそれからだろう」
「会いに?アイツにって、どこへ行かれるのですか?」
「…シルヴィアが死んだ花畑だ」
「っ⁉︎も、申し訳ありません」
「気にすんな、話すくらいじゃ平気だから。本人の幻影と直接会って、今どこにいるか聞けば早いだろうなって思っただけだ」
「…お辛く、ありませんか?」
そりゃ辛いに決まってる。きっといつもの俺なんて保てないし、避けてきた4,200年分の痛みを一気に味わう事になるだろう。
でも自分で決めた事だからな、俺も前に進むって。
「平気だ。俺には、支えてくれる妹がいるからな」
「当然です!私の全ては、兄様のものですから」
「…いつもありがとうな」
「兄様…」
アイリスが蕩けた表情で近付いてきた時、何とも絶妙なタイミングでランフィアが目覚めた。
「ん…ごめん、結構寝ちゃった?」
「そんな事無いよ。スッキリしたかい?」
「うん、ありがとう」
「おはようございますランフィア先輩」
「おはようアイリスさん…可愛い寝巻きね」
「ありがとうございます」
声はハッキリしてるが、未だに体が起き上がって無いぞ。
まだ体は覚醒してないみたいだな。
「だめ…起き上がれない。このベッド気持ち良すぎ…」
「ランフィアの部屋だってそんな変わらないでしょ」
「そうだけど、この仮眠の後の温かさが、凄い強敵なのよ」
「だってさアイリス、一緒に寝ておいでよ」
「ふふ、私達二人を寝かせて何をするおつもりですかライル先輩?」
「何かして欲しいみたいに言ってるところ悪いけど、俺は本人の同意無く何もするつもりは無いよ」
「それは残念です。ではランフィア先輩、また寝ましょうか。今度は一緒に」
「え、折角起きたのに?勉強しないの?」
「まだ一ヶ月もありますよ。私達なら1日くらい問題ありません」
結局最後まで体を起こさなかったランフィアが負け、二人で俺のベッドに潜り込んで寝た。
流石は俺の妹だ。俺がふざけてこんな提案をしたわけじゃないのをすぐに見抜いて、ランフィアを丸め込んだな。
二人も寝たし、もう出てきても大丈夫だろう。
「カーミラ、出てこい」
「はい、始祖様」
天井の隙間から黒い霧が出てきて、床に集まり人の形を成す。
灰色に近い銀髪、俺の血のような赤とは違う黒に近い赤い目、非常に整った顔、上級上位のヴァンパイアロードだ。
カーミラはこの国に来てもらった弟子の一人で、吸血鬼の中でも生まれつき強い力を持った女だった。
俺はその素質を見込んで彼女を教育し、今では吸血鬼の領地を築き上げ支配者として君臨している。
支配者と言っても女王様というわけではなく、力ある数人が協力して治めていると言った方が良いだろう。もう一人来てくれたローグも、その内の一人だ。
で、隠密や偵察が得意な、夜の人外種である吸血鬼のカーミラが来たという事は…
「何か分かったのか」
「はい。遺跡を改めて調べてみたところ、例の遺物の研究資料は魔族が使っていたものとみて間違いありません。しかし、追記されている字や資料の綺麗さから、長くても2・3年程度しか経っていないと思われます」
「2・3年か…お前があの遺物を復元するとしたらどれくらいかかる」
「仲間達と協力しても、2年は掛かるでしょう」
「魔法工学に秀でたお前で2年なら、魔族達なら5・6年は掛かりそうだな」
「それが妥当な数字かと思われます」
あと長くて3・4年といったところか。あっという間だな…
「カーミラ、お前の技術でその遺物を無力化する装置は作れないか?」
「無力化、ですか…数年程度しか時間が無いと正直厳しいですね。転移の規模を抑えるのがやっとです」
「分かった。ならそれで良いから作ってくれ。材料や資金が必要なら言ってくれれば用意する」
「承知しました。早速領地に戻り設計に移ります」
よし、これで想定より被害を更に抑えられそうだな。なにせカーミラは天才だ。強さもそうだが何よりその技術力。領地のあらゆる施設や照明などの生活に必要な物は、全て彼女が設計し作ったものだからな。
カーミラが再び天井から消えて、部屋が静まり返る。寝室の扉を開ければ、小さな寝息が聞こえてくるぐらいだ。
二人して気持ち良さそうに寝やがって。どんな夢を見てるんだか。
ランフィア側にあったベッド横の椅子に座り、二人の平和な寝顔を眺める。目の前の綺麗な赤髪を見て、自然と手が伸びていた。
ランフィアの髪を優しく撫でる。
アイツとは、こんな甘く穏やかな時間は僅かしか過ごせなかったな…
周りの環境もそうだったし、何より俺が若過ぎた。
今度会えたら、もっとこういう時間を取ってやりたいな。
「シルヴィア…お前今どこにいるんだよ」
そんな事を呟いたって、当たり前だが誰も答えてはくれない。
これ以上二人の邪魔しちゃ悪いし、居間に戻るか。
ランフィアの髪から手を退けようとした時、寝返りを打ったランフィアがこっちに顔を向け、そのまま近くにあった俺の手を取った。
「………」
一瞬起きてたのか疑ったが、気配も完全に寝てる状態だな。
なら偶然か、毎度毎度心臓に悪いなコイツは。
しかし困ったな、動けねぇ。
寝られないのは平気だが、この座ったままの姿勢で動けないのは勘弁してほしい。
…仕方ない、化けるか。
【オリジンブラッド】:オリジン・血属性・肉体変化
【変化:犬】
自分の血を犬の血に変化させる応用で、肉体そのものを作り替えるかなり無茶苦茶な魔法だ。全身が無理矢理作り替えられて痛いからあまり使わないんだけどな。
真っ黒い子犬に変化したからそのまま離れようとしたが、今度はこの姿のまま抱き抱えられる。
コイツ本当は起きてんじゃ無いのか?それとも毎晩何か抱いたまま寝てるとか?
まったく、全身痛くなってまで離れようとしたのに無駄だったな。
まぁ、座りっぱなしよりこの方が俺も楽ではあるけど…
・
・
・
朝になるまで、一度も起きないとは。しかも未だに抱き着かれたままだし。
アイリスなら起きてくれると思ったのに、俺のベッドだといつも俺が起こす側なのを忘れていた。
おい、起きろランフィア。まだ朝早いけど、お前部屋戻ってシャワー浴びたいだろ?
子犬の肉球を使って顔をムニムニ押していると、漸く起きてくれた。
「なに?なんか柔らかいのが…」
俺を見た驚きで一瞬で目が覚めたな。そのまま開放して部屋に戻れ。
「か、可愛いぃ!」
「わぐぅ⁉︎」
く、苦しい…
まさかコイツ、子犬が俺だと気付いてないのか⁉︎
魔力感知をしろ!すぐに俺だと分かるだろ!
「ん…あら?朝まで寝てしまったのですね」
よく起きた妹よ!早く兄を助けてくれ!
「おはようアイリスさん!見て見て!朝起きたらこんな可愛い子犬が私に抱かれてたの!」
「か、かわ、可愛い…!」
「でしょ!何処から入ったんだろう、ライルが飼ってるのかな?」
「ライル先輩…な、なんて可愛いお姿に!」
「……え?…」
流石アイリス。すぐに俺だと気付いてくれたな。
ギギギ…っ…と音がしそうな動きで俺を見てきたので、右前足を軽く動かして挨拶する。
「ライル?」
「わふ」
「…本当に、ライルなの?」
「わう」
…この姿だと喋れねぇ!
ランフィアも気付いてくれたし、戻るか。
ボフっと音がして人間に戻り、抱き締めたままの体勢だったランフィアはそのまま俺に抱き着いた形になった。
「おはようランフィア」
「…い、いやぁぁぁ!」
顔を真っ赤にして飛び出して行ったな。
何故か俺が悪いみたいな感じになってるんだが、解せない。
「もう、兄様イタズラが過ぎますよ?」
「悪戯っていうか、夜中様子を見にきたら手を握られて、離さないから子犬になって逃げようとしたら更に捕まって、それで朝まであんな感じ」
「なんで私の方に来てくれないんですか。私なら寝ていても兄様を感知して同じように出来ましたのに」
「結局そうなるんじゃねぇか」
俺の言い訳が意味ねぇだろ。
でもまぁ元はと言えば俺がランフィアを撫でたのが原因だしな。後でしっかり謝るとしよう。
アイリスが朝食と支度を済ませて部屋を出る。アイリスは一旦寮に戻るだろうし、早めに出ないとな。
少し遅れて俺も部屋を出て、そのまま隣へ。
こういうのは時間を置くほど面倒なことになるから、なるべく早く会うに限る。
ノックした部屋のドアが控えめに開き、ランフィアが覗き見てくる。
「おはよう、さっきはごめんね」
「…なんで、あんな事したの?」
「夜中に様子を見に行った時に色々あって、止む無く」
「そう、悪戯とかじゃないなら良いわ。部屋のベッド奪っちゃったのは私だもんね」
意外とアッサリ許してくれたな。詳細まで説明してたらどうなったか分からんが、これで済んだなら敢えて言う必要もない。
「昨晩は帰って来ないと思ったら、ライル殿の部屋で一緒に寝ていたのですね」
「ち、違っ…くは無いのかもしれないけど…ライルは子犬姿だったし、私は寝てたから知らなかったし…一緒に寝たとはちょっと違うわ!」
「…そうですか…うら…しい」
今、「恨めしい」って言ったのか?
やはりフロストは俺に対して個人的な対抗意識みたいなものがあるみたいだな。
「とにかく!ライルは今回のお詫びとして、時々子犬になる事、良いわね?」
「意外と気に入ってたんだ」
「う、うるさい…可愛いものは可愛いのよ」
「ハハハ、了解だよ。勉強会の合間になってあげる」
話が終わり三人で登校する。暖かくなってきたから、学校の花壇も満開で気持ち良いな。
微風を感じながら心地よく登校していると、1羽の烏が飛んできて俺の肩に着地した。
「え、こんな所にカラスなんて来るんだ」
ランフィアが驚きフロストが警戒する中、烏から【思考念話】が飛んでくる。
『始祖様、昨晩の装置の件ですが、必要なものと費用を算出した資料を、始祖様のお屋敷に置いて参りました。後程ご確認をお願い致します』
『分かった。相変わらず仕事が早いな』
『ありがとうございます!』
烏に化けたカーミラが飛び立つ。フロストは相変わらず警戒というか、何やら言いたげな目をしているが、変に話すと余計に面倒なことになりそうだ。ここは気付かないフリをしよう。
「あのカラスなんだったのかしら」
「さぁ?俺から美味しそうな匂いでもしたのかな」
「確かに、料理が得意なライルなら美味しい匂いがしそうね」
(実際は美味しそうな匂いじゃなくて、暖かくて優しくて、なんでも包み込んじゃいそうな匂いで…凄く、安心出来る匂いだったなぁ…)
フロストは結局何も言ってこなかったな。体も強張ってるし、少しカーミラの圧力を感じ取ったのか?
俺は人間の中に溶け込む為に完全に気配や圧力を人間に合わせてるが、アイツらそんな気遣いなんてしないだろうしな。
教室に着いていつも通りの一日が始まる。
そういやここ最近放課後の訓練してないが、やっぱテスト期間中はやらないよな。
サバイバル演習は夏期休校が明けて二ヶ月後だ。
それまでにサバイバル用の訓練をすれば良いんだが、休校中はやらないとなると実質三ヶ月しかない。
実力はそこそこ上がってきたとは言え、サバイバルとなれば話は別だ。覚える事が変わってくる。
本気で俺の正体が知りたいなら、本人達から訓練要請みたいな事を何か言ってくるだろう。俺の方から何かしてやる必要は無い。




