第十九話
それから、一ヶ月の時が過ぎた。
魔族に関する新情報は無く、国中を調べても転移座標を示すようなものは見付からなかった。
杞憂にすぎなかったのならそれでも良い。何もないに越したことはないんだからな。
念の為俺の弟子達にはもう暫くここにいてもらうことにしてるが、流石に王城にずっといるわけにもいかない。
奴等には俺との師弟関係があった時に、人間の世界での暮らし方も教えてあるから、冒険者業をやりながら宿屋とかで生活してもらっている。
そして、あの後バハラムと話したであろうマリアのことだが…
真っ先に俺の所へ飛んできて求婚してくるかと思いきや、涙を溜めながら「私、待っています。おじ様が迎えに来て下さるまでずっと」と言ってきた。
喜んではくれるだろうと思っていたが、想像以上の反応にこっちが戸惑ったくらいだ。
あとはアイツの魂が今どうなっているかだが、こればかりは俺にも分からない。
色々似てると思う友人や、名前が同じ人外種は近くにいるが、俺には確かめる手段がない。
やはりこういうのは、本人に聞いた方が早いだろうな。
最期を思い出して耐えられないだろうから、ずっと行ってなかったんだけどな。
今年の命日はあの場所に行ってみるか。泣かずに話せると良いんだが…
おっと、今から湿っぽくなってどうする。
まだ先の話なんだから今は担任からの朝の連絡に集中しよう。
「皆さんあと一ヶ月で夏期休校となりますが、その前にテストがありますので、今からしっかりと準備して下さいね。成績が悪いと休みの間も補講や追試もありますので」
教室中がウンザリと言いたげな空気に包まれた最初の休み時間、最早恒例となったランフィアの接近。
最近ではフロストも来るから、主にこの二人が会話してるけどな。
エミリア?彼女なら本を読んでるよ。元々人付き合いとかそんな好きじゃなさそうだし。
俺との訓練以来、周りを気にせず自分がしたい事を出来るようになってきたと思う。
「ライル達は編入試験以来初めてのテストね。今度はどっちが勝つのかしら」
「負けるつもりは毛頭ありません。普段から真面目に授業を受けている私が負けるなど、有り得ませんから」
「凄い自信ね…ライルはどう?自信ある?」
「まあまあかな。それよりランフィアこそ、主席の座を取り戻そうとか、同じ所に行ってやるみたいな意気込みは無いのかい?」
「え?あ、そうね。それは勿論、満点目指して頑張るわよ。ただちょっと…こっちからの景色も悪くないかなぁなんて、最近は思ってたりもするけど」
「こっち?どの景色ですか、私にも見せて下さい」
フロストがランフィアと同じ向きで真横から顔を近付ける。
お前は天然か?その景色じゃ無えよ。
一年間常に学年のトップとして、全員の目標、代表になってきただろうからな。二番目になって、プレッシャーを感じずひたすら走り続けて追い付こうとする感覚は久々なんだろう。
だからといって手を抜いて二番に甘んじようとはしないと思う。なんだかんだで負けず嫌いだからな、ランフィアは。
「じゃあ全員のやる気が出るように勝負しようか。一番は他二人の夏休みをそれぞれ1日もらうはどう?」
「面白いですね。また満点が二人以上出たらどうするのですか?」
「そこは勝敗無しの引き分けでどうかな?」
「それ、今と同じ順位だったら私だけ悲惨ね」
「だからこそ頑張ろうとするんじゃないか。それに、俺達が自分のミスで失点する可能性だってあるし」
「…そうね。ちょっとでも可能性があるならやるわ」
そんな取り決めがトップ組で交わされ、同日昼休み。今日はドラグやウルガも誘って、当然アイリスも合流し、7人という大人数で昼食をとっていた。
「テストかぁ、酷くも無ければ良くも無いんだよねぇ」
「俺もだ。一応上から数えた方が早い位置にはいるが、上位とは程遠いな」
「ライル先輩、私の先生になって頂けませんか?」
「主席の君に何を教えれば良いんだい?」
「勿論勉強と、実技試験の為に剣術や魔法も見て頂けると嬉しいです」
「つまり全部だね。良いよ、俺で良ければ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
そんな必要無いだろうに、学校じゃ昼以外は寮に忍び込むしか会えないからな。理由をつけて一緒に居たいんだろう、可愛い奴だ。
「ライル、自分の勉強とか大丈夫なの?」
「俺は大丈夫だよ」
「うぅ、シルヴィアちゃん、勉強教えてー」
「良いでしょう。ですが私は厳しいですよ?出来るまで辞めません」
「うっ…が、頑張る」
「…ドラグ…必要?…」
「もしや、勉強を見てくれるのか?それは凄く助かるが…」
「…良いよ…」
おや?エミリアが自分からそういう提案をするとは珍しい。同じ後衛仲間で親近感があるのか?
こうなると、俺とアイリス、フロストとウルガ、エミリアとドラグになったことで必然的に一人余った奴が出てきたな。
「……っ…」
「ランフィア、良ければ一緒にどうかな?」
「え?あ、良いのよ気にしないで。皆それぞれ教える人がいるんだから」
「ランフィア先輩、是非私からもお願いします」
「アイリスさんまで…後で邪魔だなんて言わないでよ?」
「言わないよ」
「はい、言いません」
(兄様がご自分から気にかけ、常に一緒にいる事を許すということは、少なからず兄様に気に入られているのでしょう。なら私に、それを否定するなんて選択肢はありません)
ランフィアも入れた三人で定期的に勉強会を開く事になった。集まりたい当日の昼休みに話して、俺の部屋に集まる予定だ。
この学校は科目が多いからな、一ヶ月あるくらいが丁度良いのかもしれん。
計算・歴史・薬草・地理・戦術・魔法・魔法科学・魔法治療学・etc…といった十数科目が存在し、数日掛けて筆記試験を終わらせた後、数日掛けて実技試験を受ける。
実技試験が数日掛かるのは単純に人数が多いからだろうな。現在の成績上位から試験を受け、終わり次第帰宅。後の試験日中は休みなんだとか。
その後、数日中に結果が返され、夏期休校ってわけだ。
早速今日の放課後勉強会をしたいらしく、放課後俺の部屋に集まる事になった。
午後の授業を終え、ランフィアとフロスト、エミリアと一緒に寮の最上階に帰宅。ランフィアは一度部屋に戻り支度してから来るらしい。
その間にアイリスが来たが、今日は制服のままか。風呂も飯もここで済ませるつもりのようだ。
数分後に来たランフィアも制服姿だが、手荷物が勉強道具のみになっているから、終わったら部屋に戻って風呂にでも入るのだろう。
「じゃあ早速やっていこうか。何からやるのかな?」
「では、計算科目からお願いします。ライル先輩、適当に問題を出して下さいませんか?」
「分かった。じゃあいくよ。
常に同じ割合で攻撃を軽減する魔力障壁があります。300の威力で放った時、120まで軽減します。この障壁を三枚並べて放った時、最後は16の威力に落ちました。この時、最初に放った威力を求めなさい」
「250です」
「正解。流石の速さだね」
「…え?これ勉強会必要ある?」
「いえ、私なんてまだまだですから」
「じゃあ次はランフィアだね」
「私もなの⁉︎」
「はい行くよ。
俺とランフィアが100mの魔法射撃対決をした。俺が100mの的に当てた時、ランフィアの魔法と20m差をつけて勝った。次にランフィアとアイリスで対決した場合、ランフィアはアイリスに20m差をつけて勝った。魔法の速さが常に一定の場合、俺とアイリスが戦った時、何m差で勝つでしょうか」
「え…40m?」
「はは、残念だけどそれは引っ掛けだよ。はいアイリス」
「36mです」
「え?なんで?」
「ランフィアの魔法は俺の魔法が到達した時、80%の距離を飛んでいた。同じようにアイリスのはランフィアの魔法の80%の距離を飛んでいた。なら俺とアイリスの魔法の距離は100×0.8×0.8で64mだから、差は36mになるって計算だよ」
「…私にばかり嫌らしい問題出した」
珍しく子供みたいに拗ねたな。
まぁ、今のはテストにもあまり出ないような内容だったし、お遊びみたいなものだ。
「ごめんごめん。今のはあまりテストに関係無いし、基本は分からない時に質問する形でやっていこうか」
それぞれが教科書を開いて勉強している。
俺は最近ハマっている、新しい花の栽培法・生息位置が載っている本を読んでいた。
「………」
「…あ…ライル先輩、ここなんですが」
「ん?あぁ、これは求め方が逆だよ。こっちからやってみて」
「…出来ました!ありがとうございます!」
「………」
「………」
「………」
「いやおかしいでしょ!」
「え?」
「ん?」
何がおかしいんだ?勉強会なのに誰も喋らない事か?まずは自分が考えて答えを出して、分からなければ聞くのが一番良いと思うんだが。
「なんでライルは関係ない本読んでるのよ!」
「あぁ、これ?最新刊の世界の花の本なんだ。ほらこの花とか凄く綺麗だよ」
「あ、本当だ…じゃなくて!」
(花が好きでそれを嬉しそうに見せる兄様…可愛すぎます!今すぐ襲ってしまいたい)
「試験勉強は⁉︎」
「…正直、必要無いかなって」
「えぇ…授業聞かないだけじゃなく試験勉強も要らないって、どういうことよ」
「ライル先輩は天才ですから」
「え?アイリスさん知ってるの?」
「あ、いえ!日々の様子でなんとなく…」
墓穴を掘ったなアイリス。兄様と言わなかっただけでも褒めてやろう。
しかし試験勉強か…本当に要らないんだよなぁ。俺が作った教材から作られた教科書だし、内容は若干落ちてるくらいなんだから。
「もう、そんなんで私に負けても知らないから」
「もし負けたら、一日だけじゃなくいつでもランフィアに付き合うよ」
「つ、付き合っ⁉︎…先輩方はそんな約束をされているのですか⁉︎」
「ち、違うわアイリスさん!付き合うっていうのはそうじゃなくて、試験で負けた人は勝った人に、夏休みに一日付き合うって意味よ!」
「そ、そうだったのですか…ビックリしました」
「こっちこそビックリしたわよ。とにかく、言質は取ったからね?」
「約束は守るよ。そろそろ良い時間だし、俺は夕食の支度するから、二人は勉強続けてて」
「良いの?ありがとう。悪いわね」
「ありがとうございます」
ついでに風呂も溜めておくか。アイリスが入るだろうしな。
夕飯の支度中、離れた居間で二人が小声で喋ってるが、何を話しているんだか。
「ね、ねぇアイリスさん」
「はい?」
「アイリスさんは初日からライルに話しかけてきてたけど、面識あったの?」
「いいえ、ありませんよ。同じ主席の方が見慣れない方だったので近付いたら、余りに学生離れした方だったので惹かれただけです」
「…惹かれたって、一目惚れってこと?」
「ふふ、どうでしょう?」
「もう、先輩をからかうんじゃないの」
「申し訳ありません。ですがご安心を、私は兄様一筋ですから」
「お兄さんがいるんだ?学校で話してるところ見た事無いけど、もう卒業してるの?」
「とても年上の兄様なので。でもその強さと美しさはいつまでもお変わりなく、本当に素敵な兄様なのです」
「へぇ、いつか見てみたいわね」
「えぇ、いつか必ず紹介致します」
(お兄さんの事を話してる時のアイリスさん、本当に嬉しそう…というより、恋してるみたいな…流石にそれは無いわよね。単純に兄妹としてお兄さんが大好きって事か)
「ランフィア先輩も、初日に懐柔されたと仰っていましたよね?お慕いしているのですか?」
「え?あ、いえ…私はまだ、分からないっていうか…今は純粋に尊敬してるっていうか…」
「そうですか。いつか分かると良いですね」
「そう…ね。もう少し色々と考えてみるつもりよ」
(ランフィア先輩、やはり兄様のことを?…あと少しの切っ掛けで恋か尊敬のどちらなのか気付かれると思いますが、私がそこまでお節介するのは違いますよね。何が兄様の幸せか、私はそれだけ考えていればそれで良いのですから)
話が終わったみたいだな。
この二人の長い会話は珍しいから、邪魔しないようにしてたが、本当に何を話してたんだ?
「二人共お待たせ。夕飯にしようか」
「ありがとうライル」
「ありがとうございますライル先輩」
三人で夕食を済ませて、二人は勉強を再開する。俺は風呂が溜まった事を確認して支度を始めた。
「ライル?今度は何してるの?」
「お風呂が溜まったから入ってこようかと思ったけど、先に入るかい?」
「なっ⁉︎は、入らないわよ!部屋でシャワーを浴びるわ」
「そうか。アイリスはどうする?」
「では、お言葉に甘えて。ですが勉強が一段楽してからにしますので、先に入って下さい」
「うん、分かった」
(え?え⁉︎アイリスさんここでお風呂入るの⁉︎男の部屋で⁉︎いくらライルがそういう事あまり興味無さそうだからって、いくらなんでも無防備過ぎるんじゃ…)
風呂上り、黒いシルク製の寝巻きを着て居間に戻ると、入る前と変わらずランフィアが考え込んでるんだが、何を悩んでるんだ?風呂に入りたくなったなら遠慮せず言えば良いものを。
「お待たせ、いつでも入って良いからね」
「はい。では丁度区切りがついたので、頂きますね」
アイリスが風呂セットを持って浴室に消える。ランフィアは何故か落ち着かない様子だ。今日はやけに情緒不安定だな。
「ライルは、いつもそれで寝てるの?」
「そうだよ。それがどうかした?」
「い、いえ別に…」
(ライルのそういう格好初めて見たから、何か変に緊張する。別に一緒に寝るわけじゃないのに…何か私、最近変だな…気持ちが分からないからって変に意識し過ぎなのかも)
「ランフィア、少し寝るかい?」
「ふぇ⁉︎ね、寝るって、何言ってんのよ!」
「いや、何だか集中も切れてるみたいだし、少し仮眠した方が捗ると思うんだけど」
「え?…ね、寝るって…そっちの意味ね」
「色々考え過ぎてるみたいだから、一度リセットして来たら?ベッド使って良いから」
「あ、う、うん…ありがとう」
勘違いした羞恥心で気付いてないだけか知らんが、男のベッドで寝るのは緊張しないのか?
(あ、このベッド…ライルの匂いがする…庭園で寄り掛かられた時と同じだ…何か、安心する)
速攻で寝たよ…緊張してないみたいだな。それなら良かった。
アイリスが寝る頃には帰るだろうし、問題無いだろう。




