第十八話
「マリア!帰ったぞ!」
「ね、姉様!」
部屋の扉が勢いよく開かれ、リズが入ってくる。
話が通ってから随分早いな、真っ先にここにきたのか。
姿も以前見た時と変わらないな。年を取らないのかと言いたくなる。
マリアの金髪と違い、リズの髪は国王譲りの明るい茶髪だ。だからこそ見た目だけならば清純派にも見えるのに。
ハーフアップにされたロングの髪、マリアの柔らかい目と違いキリッとした髪と同じ色の目、纏う雰囲気も凛として、王女様というより女王様って感じだ。
なのに性格は清純とは真逆で、小さい頃から城を抜け出して狩りをしたり、大人に喧嘩を売って叩きのめしたり、王女らしからぬ行動ばかりだ。
数年前に隣国の王子へ嫁いで少しは大人しくなったが、まだまだ自由奔放なところは変わらないらしい。
「おぉ!兄上ではありませんか!」
(え、ライルが兄上⁉︎ちょっと待って本当のライルは王子様って事⁉︎でもそうなると年齢とか色々おかしいことに…)
そうだった。初めて会ったのがコイツがもう5歳になる頃だったから、俺の事をおじ様では無く兄上と呼ぶんだった。
でも今は不味い、ランフィア達がいるんだから。
「エリザベス様、人違いでは御座いませんか?私はライル・コフィン・ヴァンピスタと申します」
「ん?そうだったか、失礼した。よく見ればまだ学生ではないか。兄上であるわけがないな。ではお前達は何故ここに?」
「姉様、この方達は本日学校の行事により私の使用人として一日お世話をして下さっているのです」
「ほう、それは面白い事をする。ではライルとやら、早速私に付き合ってもらおうか」
「なっ…いけません姉様!私のお世話をして下さっていると言ったばかりです!」
「固い事を言うな。四人もいるのなら一人くらい構わないだろう?それに、マリアの世話は女性の方がやりやすかろう」
「嫌です!いくら姉様でも許しません!」
「私は慕っていた兄上を諦め隣国まで嫁いだのだぞ?マリアが随分とご執心だったからな。だから今日くらいは私に譲れ」
「そ、それは…何でそんな意地悪を言うのですか」
「ふふ、許せ。夜はたっぷり相手をしてやろう。だから今は頼むよ、マリア」
「…うぅ…ライル様、申し訳ありませんが、姉様の我儘に付き合って下さいませ」
「仰せのままに」
結局こうなるんだよな…俺ばかり苦労してないか?
まぁ、リズが来たって聞いた時からこうなるとは思っていたけどよ。
リズに続いて部屋を出る。廊下を歩いている間に雰囲気を元の俺に戻した。
「全く、突然来たと思ったら相変わらずだな」
「すみません兄上。まさか兄上がいるとは思わず、つい感情のままに」
俺には散々教育された所為か、コイツは俺に対してだけは敬語を使い淑やかになるんだよな。
父親のバハラムにすら敬語は使わないってのに。
マリアが稽古をつけてもらえなくて拗ねるのは、リズはしてもらったのにっていう嫉妬もあるんだろうな。
「そっちの暮らしはどうだ?」
「変わらないですよ。嫁いだ王女として毎日大人しくしているばかりです。だから時々帰ってきては発散しています」
「妹想いの姉も苦労するな」
「いえ、マリアの幸せが私の幸せですから…兄上、マリアは相変わらず?」
「そうだな。ついさっきも遠回しに想いを伝えられたよ」
「そうですか…兄上の気持ちは知っているつもりですが、出来るならばどうかマリアを宜しくお願いします」
その優しさを、たまには本人に直接見せてやれば喜ぶのに。
恥ずかしいのか姉としての意地なのか、この一面を他の奴には見せようとしないのがコイツのいじらしい所だな。
「バハラムと久々に真剣に話したよ。いつになるか分からないが、後はマリア次第だろう」
「っ⁉︎では、兄上…」
「あぁ。もう逃げるのはやめた」
「…ありがとうございます。ですがやはり悔しいですね。私も出来る事なら兄上にこの身を捧げたかったです」
「王女が二人も化け物に嫁いだらこの国がおかしな事になるぞ。それに、お前はこれからも俺の可愛い妹分で、大事な教え子だ。辛い時にはここに帰ってこい。誰にも知られずに泣きたい時は俺の所へ来い。困った時はいつでも言え、俺が全部なんとかしてやる。誰の所へ嫁いでも、それはこれからも変わらねぇよ」
「…兄上がそんなに優しいから、私はいつまでも兄上離れ出来ないのです」
「しなくて結構。世の兄は全員妹が可愛いんだ。そんなの真理だろ。お前に嫌な事をさせるような国になったら言え、そんな国俺が滅ぼしてやる」
「ふふ、それはダメですよ。兄上はこの国になくてはならない存在ですから。それに、大人しくしていなければならないとは言え、隣国の方々は皆優しいので、心配無用です」
「そうか。それは何よりだ」
好き勝手には出来ないが、不幸ってわけでも無さそうだな。
リズに惚れた王子からの求婚だったから、政略結婚よりかは大切にされてるようで安心した。
「兄上、父上と共に聞いて頂きたい話があります」
「…分かった。バハラムの所へ行こう」
三階の執務室に行き、人払いを済ませて中に入る。
バハラムはリズの帰還を知らなかったみたいでめちゃくちゃ驚いてた。
「父上、兄上と共に聞いてほしいことがある」
「隣国の王家に何かされたか?」
「何故二人ともそういう発想になるんだ。私はそれなりに幸せだ。そうではなく、魔族の事だ」
「リズ、詳しく話せ」
「はい、兄上。実はロマネストロ王国の東に発見された遺跡から、信じ難いものが見つかったのです」
ロマネストロってのはリズが嫁いだ隣国の名前だ。
その東っていうと、かつて魔族の軍隊がすぐ近くまで攻めてきた渓谷の辺りか。
「遺跡の最深部に、大規模転移魔法を発動する遺物の研究資料が見つかりました」
「なに⁉︎それは本当か⁉︎」
「すぐに父上にも報告すべきと思って帰ってきたんだが、先にマリアの顔が見たくなってな。そしたら兄上もいらっしゃったので一緒に聞いてもらおうと」
「なるほどな。しかし大規模転移か…前の魔王との戦争時には使ってなかったが」
「はい。恐らく未だ研究中なのではとロマネストロでは警戒しています。大規模転移の仕様が分からない以上、何処も安心出来るわけではありませんので、対策を取るべきです」
「通常の転移では無いが、複数を対象とした転移は指定座標に予めマーキングをしておく必要がある。まずはそれが無いか国中探すのが先決だな。誰も使ってない小屋一つ漏らさないように探させろ。次に魔族が紛れ込んで座標指定された場合だが、これは正直回避は難しい。臨機応変に対応出来る戦力を集めておくしかないな」
「はい。ロマネストロでも同じような考えに至り、現在騎士団と冒険者ギルドが協力して調べています。戦力に関しては、正直個々の鍛錬のレベルを上げるしか…」
戦力、戦力か…アイツらに頼るのも手だが、既に家庭を持って第一線から退いた英雄と、人には興味ない人外種達だからなぁ。
折角手に入れた幸せをまた奪うのも気が引ける…
「仕方ない。少し厄介というか、面倒な事になるが、俺の弟子達を集めるか」
「っ⁉︎せ、先生の弟子ですか…⁉︎」
「人間相手だとちょっとトラブルが起きるかもしれんが、アイツら程頼りになる戦力もいないだろ」
「…?兄上の弟子とは、どんな方達なのです?」
どんな?アイツらを分かりやすく表すなら…そうだなぁ。
「俺が多少本気で相手してやらんと大人しくならない問題児達だな」
「そ、そんな方達を呼べるのですか⁉︎」
「かなり癖があるから、扱いが厄介だけどな。ロマネストロにも増援を頼むとするか。そっちには俺がいないから、比較的友好的な種族に行ってもらうことにしよう」
「ありがとうございます!戻り次第国王に報告します!」
「…リズも初対面だと対応に困るから、先に今顔合わせしとくか?」
「え?よ、呼べるのですか?」
「多分な」
何せどいつもこいつも、普段は暇で世界中飛び回ってるような奴等だしな。
『ようお前ら、久しぶりだな。ちょっと手ぇ貸して欲しいから、今からエインラーナ王国の、王城にある謁見の間に来てくれ。もちろん擬態してこいよ』
「よし、これですぐに来るぞ。俺達も行こうか」
「あ、兄上の弟子。一体どんな方々なのか楽しみです」
あまり期待するなよ?アイツら俺と違って人間に興味無いから。
謁見の間に着くと、丁度30に及ぶ転移が同時に発動してるところだった。
光が収まり出てきたのは、溶岩のような赤い髪の男だったり、海のような青い髪の女だったり、雷のような黄色い髪の少女二人だったり、森を思わせる緑の髪の少年だったりと、多種多様な見た目の男女30人。
「よう、久しぶりだな。元気だったか?」
「「「「お久しぶりです師匠!」」」」
相変わらず師匠なんて呼んでくれるのか。もうとっくに弟子の期間は終わったってのに。
「師よ、お変わりなく嬉しく思います!」
「おうバルゴ、今はどこの火山に住んでんだ?」
「ご無沙汰ですわねお師匠様、相変わらず美しいわ」
「お前もなルルイエ、また今度深海旅行にでも行くか」
「「お師匠様お師匠様!抱っこ抱っこ!」」
「ナナ、ノノ、甘えん坊は健在だな」
「お師様!また森にお昼寝しに来てよ!」
「おぅエル、その内な」
そんな風に全員からの挨拶に応えていき、5分後には全員終わった。
「お前らに集まってもらったのは、さっきも言ったが力を貸して欲しくてな。ちょいと魔族の生き残りが厄介な代物を作ろうとしてるらしいんだ。それを使われると国が危ないから、暫く警護してほしい」
「「「「師匠の頼みなら喜んで!」」」」
「ありがとな。警護してほしいのはこのエインラーナ王国と、隣とロマネストロ王国、取り敢えずこの二ヵ国だ。だからこの国に10、ロマネストロに20配置したい」
こっちは俺がいるからな。10人分の働きぐらいしてみせるさ。
早速誰が行くか誰が残るかと相談してるが、俺がいるからこっちに残るなんて言う利己的な奴を育てた覚えはない。
俺がいない国で誰が適任かを話してるんだ。
だが問題なのはここから。こいつらはあくまで俺が頼んだから警護するって認識だろう。
だから隣国に行った奴も、ここに残った奴も、他の人間の言う事なんて聞きやしない。
たとえば訓練を見てくれとか、ちょっとあそこまで護衛してくれなんて言われても従わないし、それに文句を言われようものなら躊躇いなく殺すだろう。
コイツらにとって大事なのは、「国を守ってくれ」という頼みであって、そこに住む人間一人一人じゃないってことだ。
それを国民に理解してもらった上で、適切な対応をしてもらわないとな。
「決まったか?じゃあこの国に残る奴はこのバハラムと、ロマネストロに行く奴はこのエリザベスと顔合わせしといてくれ」
こっちに残る奴は、バルゴ、ルルイエ、ナナとノノ、エルの最初に挨拶してきた五人と、中身の無い空っぽ鎧のガイン、同じ吸血鬼ーー髪や目の色は俺より若干褪せてるーーのカーミラとローグの男女二人、髪も服も黄緑色した「はぐれ妖精」のトルネラ、擬態してただの中年男性みたいになってるが、実はエルダーリッチのヴェスパの10人だ。
コイツらの種族に関しては、追々説明するとして。
「リズ、上手くやっていけそうか?」
「は、はい…皆様とても分かりやすい方々なので、大丈夫そうです」
「確かにな」
大方、「師匠に言われたから守ってやるだけだ。それ以外は何もしない」とか言われたんだろう。
「国中にこの事を広めて、間違っても無闇に手出ししないよう注意しとくようにな」
「はい、必ず伝えます」
それでも従わない馬鹿は知らん、死んで治せ。
「バハラム、明日にでも報せを…いや、魔族に悟られると不味いな。両国とも先ずは城の人間にだけ伝えて、暫くコイツらを城で面倒見てやってくれ。お前ら世話になる代わりに、城の中で怪しい奴がいたら、殺さず捕縛。その後国王に報告な」
「「「「はい!」」」」
「いきなり国全体でその話題になると、どこに潜んでるか分からない魔族にも伝わるからな。城の中なら例え国の何処で転移が行われてもコイツらならすぐに飛んでいける」
「分かりました。ありがとうございます先生」
「ありがとうございます兄上」
よし、これで魔族対策は取り敢えず大丈夫そうだな。
そろそろ夕方か、午後は全くマリアに構ってやれなかったから、拗ねてるだろうな。帰りに寄って話をしていくか。
「バハラム、リズが帰るまでは30人全員面倒見れそうか?」
「問題ありません。すぐに客室を用意します」
外の使用人達を呼んで一人一人に部屋を与えてくれた。
それじゃあ俺は行くとしますか。
「リズ、マリアの所へ戻るぞ」
「はい、兄上」
「またなバハラム」
「はい、ありがとうございました」
マリアの部屋に戻ると、全ての日程が終わったのかまた紅茶を飲んで談笑している四人の姿が。
今日一日で大分打ち解けたみたいだな。
「マリア様、お待たせ致しました」
「マリア、長らく拘束して悪かったな」
「ライル様!姉様!」
嬉しそうに走り寄ってきたマリアがリズに抱き着く。
やっぱりなんだかんだお互いが大好きなんだよな、この姉妹は。
「おかえりライル」
「お疲れ様ですライル殿」
「…おかえり…」
「ただいま。随分打ち解けたみたいだね」
「マリアンヌ様、本当にお優しい方だからかしらね」
良い事だ。マリアも久々に年の近い同性と話せて嬉しかっただろう。
「っ…ライル殿、何やら先程から強大な気配を感じるのですが、お気付きですか?」
「え?あぁ…国王様が知り合いの方と国の事を話し合っていらっしゃるそうだよ」
「なるほど、流石は国王様。その人望はこれ程の強者にも通じていらっしゃるのですね」
流石に一国王にそれは無理があるだろ。
何せアイツら一体一体が伝承に載るような存在だからな。
そんな事はいいとして、そろそろお暇しますかね。結局マリアと話せなかったけど、また近々おじ様として来てやるか。
「マリア様、本日は貴重なお時間を頂きまして、恐悦至極に存じます。私達はこれにてお暇させて頂きます」
「あ…そう、ですか…もっといて欲しかったのですが、仕方ありませんよね」
「すまんマリア、私がライルとの時間を奪ったばかりに」
「い、いいえ!良いんです。この寂しさはまた今度、おじ様に埋めて頂きますから。それに、今日は姉様と久しぶりにお話出来ますもの」
「ふふ、可愛い事を言ってくれるな」
埋め合わせはまた今度な。
二人にもう一度挨拶して、執事に馬車まで案内され学校へと帰る。
帰りの馬車でお互いどんな事をしてたか話したが、俺の方は適当に運動に付き合わされたと言っておいた。
魔族の事は気掛かりだが、常に警戒しても体が持たん。アイツらも来てくれたしな。
明日からまた平穏な日常に戻るとしよう。




