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吸血鬼の始祖は主席として学生を演じる  作者: 小鳥遊の園
第一章
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第十七話


 バハラムとの対談を終え、修練場に戻る。

 外からでも分かるくらい冷気が漂ってるな。フロスト族が使う魔法は殆どが氷雪系だから仕方ないが、まだ真夏にもなってないのにこの冷気は体に悪いだろ。

 中に入ると案の定、さっきとは違う理由でカタカタ震えるランフィア達がいた。


「ただいま。随分派手にやってるね」

「あ、ライル、おかえり、なさい」

「…お、おかえひ…」


 先ずはこいつらをなんとかしてやらなきゃだな。


【オリジンブラッド】:模倣・火属性・初級魔法


「【陽気な陽炎】」


 俺の体を温かい空気が包みこみ、周囲の温度を温めていく。


「あ、ライルの近く温かい」

「…ポカポカ…」

「二人して魔法で対処しないなんて何してるのさ」

「何というか、寒さで思考が停止してたというか」

「…頭働かない…」


 まぁ、フロスト族の扱う氷は停滞の効果も僅かに帯びてるからな。あまりこの中に居ると思考や動きが鈍るんだろう。


「マリア様は…足が氷漬けになってるね。それでも戦おうとする気迫は見事だけど」


 流石にこれ以上は稽古や修練の域を超えるから止めるとするか。

 壁や床の至る所に出来上がっている氷の塊を砕きながら二人の下へ歩いていく。


「マリア様、そろそろお止めになられた方が。あまり冷やされてはお体に障ります」

「はい、ライル様」


 部屋中の氷を火属性魔法で溶かして、水になったら水魔法として外に出す。

 マリアの足の氷は万が一にも火傷や怪我をしないように慎重に溶かした。


「ありがとうございますライル様。景色は堪能されましたか?」

「はい。とても有意義な時間で御座いました」

「それは良かったです。後で私も見に行くと致します」


 バハラムと話をするんだな。マリアがいったいどういう答えを出すか…

 この王女様は本当に真面目な話の時にはちゃんと考えられる子ではあるんだが、結局どこまでも追いかけてきちまうんだろう。

 まだ先の話にはなるだろうが、俺も色々と覚悟決めねぇと。その前に、アイツの転生なんてものが本当に実現してるのかって話だがな。


「皆様、もう一度私の私室に戻りましょう」


 マリアのいつもの予定は、朝のティータイム、剣と魔法の稽古ーー今日は俺達がいるから稽古というより模擬戦だったがーー、そしてこの後は勉強の時間だったな。歴史や帝王学、作法などを勉強するらしい。恐らくその間は俺達は暇を貰うことになるな。


 マリアが部屋の中で着替えている間、また執事と二人きりで廊下に待機している。


「何かありましたかな?」

「何のことだ?」

「貴方様のお顔が、近年の中で最も晴れ晴れとされている気が致しますが」

「そうか?まぁ、自分に理由を探して逃げんのをやめただけだ」

「そうでしたか…私はマリア様の想いが実ることを、心から祈っておりますぞ」

「…お前は本当によく察するな。隠し事が出来ないって嫁さんから文句言われねぇか?」

「ホホホ、この特技で妻を落としたのです。文句など言われませんよ」

「そりゃ失礼しました」


 暫くして扉が開き、ランフィア達三人が出てきた。


「皆様、私はこれから勉強の時間ですので、昼食の時間までご自由になさっていて下さい」


 専属の教師が部屋に入り扉が閉まる。

 急に暇になった三人は何をして良いのか分からない様子だな。


「えっと、あと2時間くらいよね?何していれば良いのかしら」

「というより、何をしてはいけないのかを聞いた方が早いかと思われます」

「…無闇に…歩けない…」


「それでしたら、中庭など如何でしょうか。この季節は花も満開で美しいので、お楽しみ頂けるかと」


 執事の案内で中庭へと向かう事に。

 確かにここの庭園は良い休憩場所だ。俺もよくここで昼寝をしていたからな。

 通路を抜け、城に囲まれた日の当たる中庭が見えてきた。

 

 

「綺麗…」

「これは確かに美しいですね」

「…鮮やか…」


 赤・青・黄・白・紫とエリア毎に鮮やかな色の花が満開で咲き誇る景色が広がっている。

 庭の隅では今まさに花の手入れをしている庭師の姿も。


「これぞ王城自慢の庭園で御座います」

「美しいですね。私の家にも庭園がありますが、やはり花は癒しです」

「ライル様はお花が好きでいらっしゃるのですね」

「…そうですね。花は、一緒に見た人の思い出も咲かせてくれるものですから」

「正しくその通りで御座います。ベンチも有りますので、どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい」


 二つの大きな花弁で咲く赤い花、その花がよく見える位置にあるベンチに腰掛け、ただのんびりと風に揺れる花達を眺める。

 花は自然の奇跡だ。4,200年前に二人で見た花が、今でも全く姿を変えず毎年咲いてくれる。

 昔を思い出せば、俺は何日だろうとこの花を眺めて過ごせるんだ。


「貴方にしては随分長閑ね」

「お前と花を見てる時はいつもこうだろう?」


「……え?…」


「…っ…どうかな?熟年夫婦みたいな会話を演じてみたんだけど」

「な、なんだ…あまりに自然に返されたからビックリしたわよ」


 ヤバい…完全に気を抜いてた。

 昔を思い返してる時にライルって呼ばれずに話し掛けられたから素で返しちまった。

 ランフィアは話し方が似てるのも厄介だな。

 流石に今回の誤魔化しはちょっと無理があるか?深く追及しないでくれるとありがたいが…


「ライルはこの花が好きなの?」

「…そうだね。赤は好きな色だし、この花は特に好きなんだ」

「私も好きよ。何だか懐かしい気分になるわ」


 それはどういう意味か気になるが、この花自体にもそう思わせる効果があるからだろう。

『死が二人を分かつまで』という意味が込められたこの二枚の花弁には、空気中の魔力を吸って人の心を和ませる成分を発生させる特性があるからな。

 その成分が懐かしいって感覚になることもあるんだろ。


「………」

「ライル?」

「ん?あぁ、ごめん。この花見てるといつも眠くなるんだ」

「馬車では私が寝かせてもらったし、起こしてあげるから寝ても良いわよ?」

「…悪いけどお言葉に甘えようかな」


 久しぶりに誰かと見るこの花は、当時の幸せな時間を思い出させた。

 すぐ隣にある人の温もりに、自然と体を預けてしまうくらいに…



 ーーーー


(ライルが私に寄り掛かって寝てる…こんなの初めてじゃないかしら。いつも完璧というか、無防備なところなんて見せないのに…それにさっきの返事、あれはやっぱり、前に言ってた本当のライルなの?)


 隣を見れば気持ちよさそうに眠るライルの顔。

 いつもと違う一面に、少しずつランフィアの鼓動が早くなる。


(やだ、何で私こんなにドキドキしてるの?今までお姫様抱っこだってされたんだから、肩に寄り掛かるくらい普通じゃない…)


 自分に言い聞かせても鼓動は変わらない。それどころか顔すら熱を帯びる始末だ。


(本当は分かってる。普段弱い所や隙なんて見せないのに、私にこんな無防備な姿を見せてくれてる事が、嬉しいんだ)


「ライル殿は眠ってしまわれたのですか」

「わひゃ⁉︎シルヴィア…うん、この花見てると眠くなるんだって」

「…可愛い寝顔ですね。学年最強とは思えません」

「う、うん…初めて見たわ」

「私は二度目です」

「え?どこで⁉︎」

「慌てずとも同衾などしておりません。ここに来る途中の馬車で、貴女が寝た後ライル殿も寝ていたのです。互いに寄り掛かるように」

「…そ、そうなの?」


(私だけじゃなかったんだ。つまりそれって…ライルは私には気を許してくれてるってことよね?柔らかい雰囲気だけど誰でも仲良くするわけじゃないライルが、私には特に心を開いてくれてるとしたら…)


 自分の思考で余計に熱を持った顔を見て、シルヴィアは静かに立ち去った。


 それからどのくらい経ったか。もうすぐ二時間は経ちそうというのに、ライルは一向に起きる気配は無い。

 それも当然である。吸血鬼の始祖とは千年単位で生きるのだから、人とは時間の流れに対する感覚が大分違う。

 人が折角の休みを丸一日寝てしまったら勿体ないと思うが、吸血鬼の始祖はちょっと仮眠したか程度にしか思わない。

 普段の寮生活での7時間睡眠は、魔法で熟睡させているから人と同じ感覚でいられるのだ。


 つまり、そんな吸血鬼の始祖が魔法も何も使わず自然に寝てしまったら、強制的に起こさない限り何時間でも起きることは無いのである。


「どうしよう。もうすぐマリアンヌ様に言われた時間なのに」


 試しに揺すっても全く起きる気配は無い。

 このままじゃ王女様を怒らせてしまうと焦っていると、庭園に続く通路の先から見覚えのあるドレスが見えてきた。

 やはりそれはマリアのもので、ランフィアの焦りは最高潮に達する。


「ま、まマリアンヌ様!申し訳御座いませんこれは戻ろうとしていないのでは無く、私のこの体勢では揺らす以外の起こし方が無くそれでは起きなくてあの…」

「ランフィア様、焦らずとも大丈夫ですよ。約束のお昼までまだ時間がありますから。少し早く終わったので私も来たまでです」

「あ、ありがとうございます…ですが、本当に起きないのです」

「えぇ、そうでしょうね」

「え?」


(おじ様がここでお昼寝をすると、誰かが起こしに来ないとずっと起きませんし、起こし方もかなり強引にしなければなりませんから)


「ランフィア様、動かないで下さいませ」

「え…マリアンヌ様、何を…」


 刃引きされた稽古用の剣を抜き、刺突の構えで目を鋭くしたマリアを見て、刃引きされていても顔を刺されれば無事では済まないと考える。

 やはり王城の庭で休憩中とはいえ熟睡したのは不敬罪だったんだと血の気が引いていく。


「マリアンヌ様!王城の庭園でこのように不敬を働いた事をお詫び致します!私も寝させてしまった同罪として罰を受けますので、どうか命だけは!」


 ライルを守るように抱き締めるランフィアに、マリアはキョトンとした顔で固まってしまった。


「ランフィア様、私は何も怒ってなどいませんよ。これはおじ…ライル様を起こそうとしているのです」

「え?…ですが、剣を…」

「詳しくはお教え出来ませんが、私は以前にもライル様とお会いした事があるのです。その時も同じような状況になりまして、これ以外では起きて下さらないのですよ」


 再び剣を構えて剣先をライルの顔に狙い定める。本気の速度で繰り出された刺突は、ライルの顔の目の前で握り止められた。


 眠りながら無意識に防御を取ったライルが、遅れて覚醒する。

 周りの状況、自分が握っているものを見て、漸く理解が追いついた。


 ーーーー


「申し訳御座いませんマリア様、ご迷惑をお掛けしてしまいました」

「いいえ、ライル様の寝顔が見られて私も嬉しかったですよ。そろそろ昼食と致しましょう」

「畏まりました」


 危なかった。いつもの起こし方だったから開口一番素の口調で喋るところだった。

 マリアが立ち去った後、ランフィアが泣きそうになっている。


「…良かった。ライルが不敬罪で殺されちゃうんじゃないかって思った」

「ごめんね。俺が寝た所為で心配かけて」

「良いの。私も打ち解けられたと思って嬉しかったから」

「そんなの最初からだよ」

「ふふ、ありがとう」


 表情が戻ったランフィアと、他の花を眺めていた二人と一緒に王城の食堂へと移動する。

 この日はパンとシチュー、サラダという誰でも食べやすいメニューだった。

 俺達が来るから考えてくれたのだろう。


「ライル様、お願い出来ますか?」

「畏まりました」

「ライル、何かするの?」

「ん?毒味だよ」

「ど、毒…?」


 王家ではいつ誰が紛れ込んで罠を仕掛けるか分からないからな。いつも毒味をさせている。

 食べ物に混入されていたり、食器に塗られている可能性もある為、毒味役はマリア自身の食器を使って全ての食べ物を一口ずつ食べる必要がある。

 フォークでサラダを刺して食べ、パンを一口サイズに切って食べ、スプーンでシチューを掬って食べる。この時具材一つにだけ毒を入れている可能性があるから、全ての具材を食べなくてはならない。

 全部の毒味が終わると、俺が退いた椅子にマリアが座り、俺が使った食器を使って食べ始める。


 それを見た三人が複雑な表情をしているが、毒味ってのはこういうものなんだ。

 衛生的にとか、他人の使用済みを使うなんてって思うかもしれないが仕方ない。

 そう、仕方ないんだ。だからマリア、そんな蕩けた表情で食事するんじゃない。王家の品格が損なわれるぞ。


 俺達も食べ始め、普段の生活についての会話などをしながら食事を進める。

 食べ終われば再び私室でティータイムだ。

 

 俺が紅茶を煎れ、女四人が堪能する午前と同じように過ごしていると、部屋の外が慌ただしい雰囲気になる。

 侍女の一人が入ってきたが、その顔から焦りと緊張が伝わってきた。


「マリアンヌ様、エリザベス第一王女様がお戻りになられました」

「え、姉様が⁉︎」


 おいおいマジかよ…

 マリアも大概だが、リズもかなりお転婆というか、破天荒な奴だからな。

 これは大分騒がしくなるぞ。



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