第十六話
馬車が止まると同時に指定解除が発動して意識が浮上する。
寝る直前にフロストが何か言っていた気がするが、駄目だな。思い出せない。
俺の肩で気持ち良さそうに寝ているランフィアを起こす。
「ん…ライル?」
「おはようランフィア。城に着いたよ」
「ありがとう…何だかスッキリしたわ。いつの間にか寝ちゃってたのね」
「緊張で昨日は寝られなかったみたいだし、丁度良かった」
「うん、もう大丈夫よ」
エミリアも擬似冬眠から目覚めたか。こっちは眠りじゃなくて生命活動の一時停止だから覚醒が遅いな。
マリアの部屋に行くまでには完全に覚醒するだろ。
執事の者が馬車まで迎えにきて案内をする。その一瞬で俺に目配せをしてきたから、こっちも返しておいた。
「皆様、こちらがマリアンヌ王女様の私室で御座います。何かお困りになりましたら、私が外で待機しております故、何なりと」
執事が扉を開き、中にいたマリアが綺麗なカーテシーをしながら挨拶をしてきた。
「栄えあるエイナイル王立高等学校の皆様、本日は私の要望にお応え頂き誠に有難う御座います。この国の第二王女、マリアンヌ・ハイド・エインラーナと申します」
「本日は我々に誉れある大役を与えて下さり、恐悦至極に存じます。エイナイル王立高等学校第二学年主席、ライル・コフィン・ヴァンピスタ。御身の前に」
「同じくエイナイル王立高等学校第二学年主席、シルヴィア・ウォレス・フロスト。御身の前に」
「エイナイル王立高等学校第二学年次席、ランフィア・エルデ・ガルドレア。御身の前に」
「エイナイル王立高等学校第二学年三席…エミリア・クレナール…御身の前に」
「皆様そう固くならなくて大丈夫ですよ。私も普段通りのマリアで過ごさせて頂きますから」
俺としては普段通り過ぎない事を願うばかりだがな。
「ではまず朝の紅茶と致しましょう。シルヴィア様、ランフィア様、エミリア様、私と一緒に食器を選んで下さるかしら」
「は、はい!」
「お望みとあらば喜んで」
「…か、畏まりました…」
「ライル様は、紅茶を煎れて下さる?」
「喜んで」
なるほど、俺にこうやって世話されるのが夢だったわけか。ならそこまで無理難題はふっかけてこなさそうだな。
部屋の隅にある道具を使って紅茶を煎れていく。普段ならこんなところにあるはずがないが、今日は特別にってことか。
その理由はマリアの視線がずっと俺の背中に注がれてる事から、この様子を見る為だと分かる。
「マリアンヌ様、支度が整いました」
「有難う御座います。では皆様、どうぞ御一緒に」
「そ、そんな恐れ多いこと…」
「良いのです。皆様がここにいるのは私の我儘なのですから」
「マリアンヌ様、失礼致します」
マリアの前に紅茶の入ったティーカップとソーサーを置く。どんどんマリアの表情が蕩けてきてるな。
自重してくれれば良いんだが。
「ライル様、そして皆様も、どうか私の事はマリアとお呼び下さい」
「マリアンヌ様、これ以上は彼女達の心が持ちません。どうかご容赦を」
「むぅ…ではライル様だけでも」
「畏まりました、マリア様」
見ろ。ティーカップを持つランフィアとエミリアの手がカタカタ震えてるぞ。
折角緊張を解したのに逆戻りだ。
フロストだけは優雅に紅茶を堪能してるが、コイツは生きた年数が違う。今更こんな事で動揺はしないだろ。
「ライル様は飲まれないのですか?」
「私はマリア様の警護も兼ねておりますので」
「ふふ、それは安心出来ますね」
紅茶を口に含み更に破顔してるが、いつもと同じ茶葉なのにそんな顔をするな。
「皆様、私の話し相手になって下さいませんか」
「は、はい…何なりと」
「では、今お慕いしている男性はいらっしゃいますか?」
「え…あの…えっと…」
「固くならなくて良いのですよ。もっと歳の近い友人のように、私と恋の話をして下さいませ」
「…えっと…私は、まだ自分の気持ちが整理出来ておりません。尊敬する人はおりますが、恋心と呼べるかは…」
「…私もです…」
「私は長年探し求めている方がおります。遠い昔に命を救われたのですが、数十分程度の出来事でしたのでその方は覚えてはいらっしゃらないでしょう」
フロストを救った。てことはフロスト族の住む雪山の近くの出来事か?
そういった場所には何度か足を運んだ気がするが、俺に心当たりは無いな。コイツの個人的な目的が恩人探しなら、俺には関係無いのかもしれん。
「皆様それぞれ複雑な想いがあるのですね。私にも、幼少期よりお慕いしている方がいらっしゃるのです」
「ま、マリアンヌ様がお慕いする方ですか」
「はい。その方はとても強く、優しく、そして可愛らしい方なのです。何度も何度も迫ってはいるのですが、未だに良い返事を頂けなくて」
「第二王女であらせられるマリアンヌ様の想いが通じないなんて、余程の男性なのですね」
「えぇ、本当に…歳が離れ過ぎているのが原因でしょうか。何せ幼い頃から「おじ様」と呼ぶようなお方ですから」
本人を目の前にして他人に語るな。
どんな気持ちでここに立ってれば良いんだ俺は。
「そのような年齢の男性なら、既にお相手がいらっしゃるのでは?」
「いいえ。誰に確認してみてもそのような方はいらっしゃいません。ただ昔の想い人を、今もずっと大切にされている一途な方なのです」
「…それは…あの、とても素敵な方だと思いますが…」
「分かっております。私に振り向いて貰えないくらい、今も一途にその方を愛していらっしゃるのですから。でも、それで諦められる程、私の愛だって軽くは無いんですよって、今伝えてしまいました」
「え…ということは、今この近くに…(まさか、外にいる執事の?)」
そろそろ止めないとマリアが暴走しそうだな。
お前の想いは十分伝わったよ。こんな俺には勿体無いくらいにな。
「マリア様、そろそろ次のお支度を」
「そうですね、皆様有難う御座いました。次は朝の稽古がありますので、支度を手伝って下さいませ」
マリアが着替えるだろうから、俺は食器を片付けて部屋を出る。
入れ替わるようにメイドが数人部屋に入っていった。
「貴方様も苦労なさいますな」
「好意は素直に嬉しくはあるんだがな。もう少し視野を広げて年相応の相手を見つけた方が、マリアも幸せだろうに」
「それは男のエゴというものですぞ?女性は真に愛した殿方は諦めません故。貴方様に幼き頃から可愛がって頂いたマリア様なら尚更でしょう」
「俺にそういう気持ちを抱いてくれる女は全員、何でこんな老人を選ぶんだ」
「女性は殿方を年齢でなど選びません。その方の心に、強さに触れ、惹かれていくのです」
「…お前に言われると妙に説得力があるな」
「30も離れた妻を持つ男の言葉ですから」
「もうそろそろ第一子が生まれるんだったか?」
「えぇ。まだまだ私は現役ですぞ」
「元気だな。まだまだ二桁の年齢なだけはある」
「六千年以上生きる貴方様に言われると、重みが違いますなぁ」
60を超えた執事とそんな話をしていると、マリアの支度が終わり扉が開く。
高級感は残しながらも動きやすい服装に着替えたマリアが、後ろの三人から見えないのを良いことに俺にウインクをしてくるが、俺の顔は見えてるから応えてやれねぇぞ?
「ライル様、お待たせ致しました。これから修練場へと向かいます」
「畏まりました」
マリアの後を四人で着いていきながら、ランフィアが小声で話しかけてくる。
「ねぇ、さっき何で次の支度って分かったの?」
「外にいる執事の人が、【思考念話】って魔法で知らせてくれたからね」
「そんな事が出来るのね。ライルも使えるの?」
「使えるよ。でもお互いに使えないと一方通行になるから、あまり使わないかな」
話している間に外の修練場に着いた。中には誰もおらず、ここはマリア専用として使われているのが分かる。
騎士団は騎士団用の場所があるからな。王族と同じ所を使うわけにはいかないだろう。
「皆様の中で、最も強い方はどなたでしょうか」
「ライルだと思います」
「…ライル…」
「悔しいですがその通りです」
「ではライル様、私のお相手をして下さいませ」
なるほど…これも目的の一つだったわけだ。
何度言ってもバハラムに反対されるから、正当な理由と断れない状況を作って俺に指導してもらうという望みを叶えたってことか。
「微力では御座いますが、お相手仕ります」
訓練用の刃引きされた剣を渡され、マリアと対峙する。俺がするのはあくまで稽古、マリアの運動相手だ。
俺からは一切攻撃せず、全ての攻撃を受け流せば良い。
強く踏み込んだマリアの左薙ぎを、軽く沿わせた剣で地面へと軌道を変える。即座に左切り上げに切り替えてくるが、こちらも剣で受け止める。マリアはその場で一回転して袈裟斬り、俺はそれに合わせて体を僅かに後ろにズラして回避。俺を追うように放たれた刺突に、全く同じ軌道、強さでこちらも刺突を繰り出して、剣先で止めた。
「お見事です。マリア様」
「あぁ、今日は何て素晴らしい日なのでしょう。これ程稽古が楽しいのは初めてです!」
俺に稽古の相手をしてもらった事がそんなに嬉しいか。ずっと我慢というか、許してもらえなかったからな。
「さぁライル様、もっと、もっともっとお相手して下さいませ!」
高揚したマリアが猛攻してくるが、ちょっとテンション上がり過ぎだぞ。
戦闘狂じゃあるまいしそんな急に激しく動いたら…
「きゃあ⁉︎」
ほら体が追い付かなくて足が縺れた。
咄嗟に剣を捨てマリアを受け止めた所為で抱き締める形になったが、バハラムにバレたら「せんせぇぇ⁉︎」って騒ぎそうだな。
だからすぐにマリアを立たせて離れようと…おい離せ。
「はぁ…素敵です。ライル様にこの身を捧げるのも良いかもしれませんね」
それ一緒じゃねぇか。
ランフィア達からしたら愛は軽くないって言ってなかったか?ってなるぞ。
「そのような事、私などでは身に余ります」
「ふふ、冗談です。私はおじ様一筋ですから。ライル様の紳士な雰囲気も素敵ですが、おじ様の素っ気ないながらも愛を感じる雰囲気が私は大好きなのです」
だからどっちも俺の時点で一緒だろうが。
「振られてしまいましたね。マリア様の想いが成就するようお祈りしております」
「…意地悪ですね」
今はライルである以上こう言うしか無いだろ。
そんなボソッと文句を言わないでくれ。
「次は魔法の稽古でしょうか。私は少々席を外さなくてはいけませんので、後の稽古は同じ主席である彼女に引き継がせて頂きます」
「分かりました。ライル様、本日は3階の北側からの景色が綺麗ですので、是非見てきて下さい」
「畏まりました。ありがとうございます」
成る程、バハラムは今そこにいるのか。
そして父親を売る事で、自分はお仕置きを回避するとは抜け目が無い。
北側の三階…バハラムの気配がするのはこの部屋だな。
ノックをして一応確認してから入室する。
書類仕事はこんな所でしてたんだな。最上階だと逆に重要書類が狙われやすいって理由か?
「せ、先生⁉︎よ、ようこそいらっしゃいました!」
「楽にしてろ。それとも、学年主席として挨拶してやろうか?」
「い、いえ!それだけはご勘弁を!」
「まったく、親子揃って何をしてんだ」
「うっ…申し訳ありません」
「大方マリアの押しに負けたんだろ?始祖としては拒否出来ても、学生の俺じゃ拒否出来ない命令もあるんだから無闇にこういう機会を与えるな」
「はい、先生にご迷惑をお掛けしてすみません」
「困るのは俺じゃねぇよ。こうすれば俺が大抵のお願いを聞いてくれるんだって味を占めたマリアが、余計に外の世界へ視野を広げなくなったらどうすんだ。お前は自分の娘を、俺という檻の中で飼い殺しにしたいのか!」
「そ、それは…本当に申し訳ありません!」
いや、違うな…
原因は俺にもあるんだ。バハラムばかりが悪いわけじゃねぇ。
「バハラム。この際一度、真面目に話をしよう」
「…先生?」
「お前もよく知ってる通り、俺は吸血鬼の始祖だ」
「はい。それは誰よりもお世話になっている私が一番理解しております」
「俺はあまり好きな種族性じゃねぇが、一応吸血鬼ってのは一夫多妻の種族だ」
「…先生、まさか…」
「待て、最後まで聞け…俺はもう一度女を娶るなら、アイツの生まれ変わりだと決めている。そんな奴に出会えるかすら怪しいがな」
「はい。先生がどれだけあの方を愛していらっしゃるかもよく存じております」
「だがな、他にも絶対に幸せにしたい女がいるんだ」
「…ど、どなたでしょうか」
「アイリスだ。元々捨て子だったアイリスを俺は妹として迎えた。だがこのままじゃアイツは兄に執着したまま自分の女としての幸せを探そうともしない。だから最後の手段として、一度縁を切ってから娶る事も考えてる。本当に、最後の手段としてな」
「…はい。それで、その話がマリアとどのような…」
「マリアと一度真剣に話をしてやれ。俺が息子になるのが嫌だとか、そういう理由で突っぱねるんじゃなく、『吸血鬼の妻となる』事がどういう意味なのか、ちゃんと教えた上で答えを出させてやれ」
「…分かりました…先生は、マリアの事を迷惑だとお思いではありませんか?」
「…俺はとにかく真っ直ぐな女が好きだ。小さい頃から面倒見てきたマリアからあんなに好きって言われて、嫌なわけねぇだろ?」
「…ありがとう…ございます!」
教え子の子供になんて手は出さないって言ったのは嘘じゃねぇ。
俺から好きになって奪うなんて絶対にしない。
応えてやれないと言い続けたのも、早く諦めて他の男を見るようにする為だ。
だがそいつが選んだ幸せに、こんな俺が本当に必要だと、俺しかいないんだと言ってくれるなら、最後は幸せにしてやりてぇじゃねぇか。
過去に女一人幸せに出来なかった俺が何を言ってんだって話だがな…




