第十五話
午後の授業も全て終え、帰路に就く。
二週間ぶりだが、ランフィアは今日も自主練という名のランニングをするのだろうか。
「ランフィア、今日も走るのかい?」
「そうね、最近出来てなかったし走ろうかしら」
「なら、俺もまた一緒に走ろうかな」
「お二人はいつも走っているのですか?」
「私は元々自主練として走ってたんだけど、ライルもそれに付き合ってくれるのよ」
「そうですか。私も御一緒して良いですか?」
「私は構わないけど、ライルはどう?」
「俺も一緒に走らせてもらってる側だから、ランフィアが良いなら異論は無いよ」
自室に戻って軽装に着替え、寮の前に集合する。
さて、最近は中途半端な戦いばかりだったから、たまには思い切り負荷を掛けようか。
【オリジンブラッド】:模倣・闇属性・上級魔法
【重力の牢獄】
これで今俺に掛かる重力は25倍になっているはずだ。思い切りとは言ったがあまり強すぎると色んな奴に勘付かれるからな、これくらいが限界だろう。
良い感じに体が重い、これなら良い運動になりそうだ。
「また重力操作してるのね。今日も10倍?」
「いや、今日は15倍だよ」
「…貴方本当に人間?って聞きたくなるわね」
残念、吸血鬼の始祖だ。
「ライル殿は重力操作が使えるのですね。良ければ私にも同じ負荷を掛けて頂けませんか」
「ちょっとシルヴィア!いきなり15倍は危険よ!」
「私は強くなりたいのです。同じ主席のライル殿が15倍ならば、私も同じ事が出来なくては負けを認めることになります」
「お望みなら掛けるよ。ランフィアはまた3倍で良いかい?」
「…5倍でお願い。貴方達には及ばないけど、私も半年後に向けて頑張らなきゃいけないもの」
重力で鍛えてもサバイバルにはあまり効果無さそうではあるが、本人が望むならそうしよう。
ランフィアに5倍、フロストに15倍の重力魔法を掛けるが、どちらもその瞬間に足がガクッと下がる。
「さ、3倍でも厳しかったけど、2倍変わるだけで結構違うわね」
「こ、これが15倍の重力…ライル殿はこの中でそんなにも自然体なのですか」
正確には25倍だ。魔王が生きていた時代には重力魔法に特化した敵がいて、50倍なんて掛けてきやがったからな。
これくらいで動けなくなるようじゃ戦いにならなかった。
「二人共下げるかい?」
「い、いいえ…たとえ走れなくても動くわ」
「私も…です。このくらいで負けはしません」
意気込みは立派だが、足がガクガクしてるぞ。それでも一歩ずつだろうと進み続けるのは大したもんだ。
「俺は取り敢えず一周してくるけど、無理はしないようにね。限界がきたら魔力を練ってくれれば解除するから」
「わ、分かったわ」
「くっ…」
二人を置いて準備運動がてら敷地内を一周する。軽いジョギングだと二人のところに戻るのが遅くなるから、普通に走るか。
「ライル殿は…底知れないですね」
「ほんとに、ね…いつも、遥か先にいる気がするわ」
「私も、負けられない…そのために、ここに来たのですから」
「な、何の、話?」
「いえ、何でも…ぐっ、足が、動かない…」
「も、無理…でも、諦めない!」
頑張ってるなぁ。俺が帰ってくるまでに5mくらいは進んだか?
「大丈夫かい?」
「ライル⁉︎もう、戻ってきたの?」
「何という…ここまで、差がありますか」
「そろそろ解除しようか。また明日に響くといけないからね」
解除した瞬間、二人がその場に崩れ落ちる。もう足が限界だな。また運んでやる事になるか。
二人を同時に運ぶには、片腕で一人ずつ抱える事になるな。
腕に座ってもらって肩とかに掴まらせれば良いか。
「二人共、俺の肩に掴まって少し立ち上がって」
「え、ま、また抱えて運ぶの⁉︎」
「待って下さい。私は…そのような事を…されるわけには」
「拒否権は無し。体冷やす前に早く」
「うぅ、今度はどんな運び方する気よ」
足を震わせながら立ち上がった二人のお尻の下に腕を通して座らせ、そのまま腰を支えて持ち上げる。
「きゃあ⁉︎ちょ、ちょっと大丈夫⁉︎」
「平気だよ。二人共軽いね、ちゃんと食べてる?」
「さっき貴方と一緒に食べたでしょ!」
「な、何という体たらく…この悔しさは忘れません…いつか絶対に…15倍でも動けるようになってみせます」
両肩に二人を凭れ掛からせたまま寮の最上階へ。
今日はアイリスが来るから、フロストは部屋に入れない方が良いな。ランフィアの部屋に運んでから自室に戻り、簡単な料理を作って届ける。
「またこのパターンなのね…ありがとうライル」
「も、申し訳ありません。ありがとうございます」
「それ食べて動けるようになったらすぐに休みなよ。また明日」
部屋に戻って夕飯と風呂を済ませると、アイリスがやってきた。
部屋に入って俺に近付いた瞬間、アイリスの目が鋭くなる。
「兄様、何故兄様からあの方の匂いがするのですか」
「お前は犬か。ランフィアとの自主練で二人して動けなくなったから運んだだけだ」
「…兄様、無理にあの方と親しくする事は無いのですよ?お辛いなら関わらなくても誰も文句は言いません」
「分かってるよ。だがアイツが何の目的でここに来たか分からない以上、常に監視しておく必要がある」
「だからと言って…兄様が辛い思いをするのは嫌なのです」
「ありがとうな。俺は大丈夫だから、また今夜も頼む」
「勿論です!今夜と言わず毎日でも!」
「それじゃお前が持たないだろ」
前と同じく寝室に行き、下着姿になったアイリスにベッドに押し倒される。
「今日はそっち側なんだな」
「自分を大事にしない分からず屋な兄様には、優しい妹が居なければ駄目なのだと教えて差し上げます」
「そんな事、いつだって分かってるよ」
近付けられた首筋に噛み付き吸血する。
そこからは攻守が一転し、艶かしい声をあげるアイリス。吸血が終わればまた甘えん坊の妹の出来上がりだ。
「兄様…っ」
「ん…」
まさかのキスか。
アイリスからこういう事をされるのは、幼少期の可愛い愛情表現以来だな。
今日はシルヴィアとの出会いがあったりして、いつも以上に感情が爆発してるらしい。
「兄妹でこんなことをするなんて、お前こそ駄目な子じゃないのか?」
「い、良いのです。兄様は私の兄様なんですから」
「なんだそれ。答えになってねぇよ」
「…兄様、私とはシて下さらないのですか?」
「感情が溢れすぎだぞ。お前どころか、アイツ以外の誰とも俺はしてないんだ」
「だって…今日は抑えられそうに無いんです」
「キスだけで満足出来ないのか?」
「キスしたら余計に欲しくなるんです」
なら何でしたんだ。
コイツのこういう行動が、私利私欲だけじゃなく俺が余計な事を考えて苦しまないようにって思惑があるから邪険に出来ないんだよなぁ。
かと言って仮にも妹とするわけにもいかないし。
「そんなお前には、代わりにこれをやろう」
【アイテムインベントリ】で屋敷からアイリスに買った白いスカートを取り出す。
丁寧に包まれたそれを開封し、中を見たアイリスが目を輝かせた。
「これ、サフィラ先輩とデートしたお店で買って下さったものですか⁉︎」
「尾行を隠す気も無しか。そうだよ」
「どうせ兄様にはバレていますから。ありがとうございます兄様!」
「気に入ってくれて何より」
「でも、相変わらず兄様は女心が分かっていませんよ?こんな素敵な贈り物を今されて、余計に感情が溢れてしまいました」
「まったく、困った妹だな。お前を汚したく無いという兄心も察してくれ」
「ふふ、なら今日はキスで我慢します」
それからアイリスが寝るまで、何度もキスをした。
ちょっと前まで幼く可愛らしい妹だったアイリスも、いつの間にか女になっていくんだな。
…こういう思考がランフィアに年寄りって言われる原因なのか。
翌朝、俺に抱き付いたままのアイリスが目を覚ましてまたキスをしてくる。
「昨日ので一気に開放的になってないか?」
「私、決めました。兄様があの方と接して苦しむ分だけ、私がこうして忘れさせてあげます」
「良い妹を演じてるつもりなんだろうが、大部分はお前の欲望だろ」
「ふふ、何のことでしょう」
そんなところも可愛いから許す。
俺に血の繋がりが無いとはいえ、妹なんて初めての存在だからな。可愛いに決まってる。
世の兄は全員妹が可愛いんだ。そんなの真理だろ。
「じゃあ可愛い妹は素直に吸血跡を治療させてくれるな?」
「…むぅ、仕方ありません。私は素直で可愛い妹ですからね」
この前は渋ったくせによく言うよ。
跡が綺麗に消えて寂しそうな妹と一緒に朝食を摂り、先に登校させる。
さて、今日もまた亀のような二人を連れて遅刻といくか。
「おはよう二人共。動けそうかい?」
「お、おはようライル。この前よりは、何とか」
時間も前より大分短かったからな。回復も早かったか。
鍵を開けてくれたからドアを開けると、少し前屈みな二人が出てきた。
「な、何ですかこの痛みは。歩けない程ではありませんが、上手く力が入りません」
「筋肉痛ってやつだよ。筋肉を酷使するとそうやって痛むんだ。暫くすれば治るから」
前より多少マシなスピードで歩く二人の後ろから着いていき、何とか時間前には登校できた。
また今日もシルヴィアに注意される一日の始まりだ。
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フロストが来て一週間が過ぎた頃、担任から放課後の連絡としてこんな話が出た。
「明日ですが、二年生の皆さんには王都のボランティア活動をしてもらいます。主な内容は清掃、及び住民が困っていたらそのお手伝いです。普段関わらない人との関わりを経て自分の将来を考える事も目的になりますから、しっかりと取り組むようお願いしますね」
「ボランティアね。一年の時には無かったから、二年生の行事なのね」
「三年の先輩達はやらないのかな?」
「三年生はボランティアじゃなくて就職体験って聞いたわ。騎士団に体験入団したり、街の鍛冶屋とか調合師の下で働いたりするみたい」
「…魔法薬師…興味ある…」
「自分の将来設計をするのは良い事です。それが意欲に繋がり自分を高めます」
「シルヴィアは本当に真面目ね」
「ライル君、シルヴィアさん、ランフィアさん、それとエミリアさん。ちょっと良いですか」
まだ帰ってなかった担任が俺達の下へ来た。
ここでは話せない内容の為、編入試験を行った応接室へ案内される。
「ここに集まってもらったのは、成績上位者の皆さんです。皆さんには明日、別行動を取ってもらい王城へと向かってもらいます」
「王城⁉︎そ、そんなところへ私達が入って大丈夫なのですか?」
「毎年成績上位者は王城でのお手伝いが伝統なのです。名誉あるお手伝いですから、より一層励んで下さい」
「先生、具体的にはどのような事をするのでしょうか。王城の庭の手入れや料理の手伝いでは、服装や支度に違いが出ます」
「…今回は私も初めての内容ですが、何とマリアンヌ王女様の使用人として身の回りのお世話をするそうです」
「お、王女様⁉︎先生、それは余りに荷が重すぎます!」
「私もそう思ったのですが、王女様直々にそのお仕事を与えて下さったそうで…学校側には勿論、生徒の皆さんにも一切の責任は問いませんと」
マリアめ、ここぞとばかりに権力を使ったな?
バハラムが止めなかったのは、また親バカが出たか。
これはどっちにもお仕置きが必要だな…
「ど、どうしよう…王女様に無礼なんて働いたら、責任は無くても将来が不安だわ」
「そう気負うと余計に失敗するよ。言われた事をやるだけで良いのさ」
「なんでそんなに冷静なのよ⁉︎王女様よ⁉︎この国でどれだけ慕われている方か…」
「そうだね。闘技大会でも凄い歓声があがってし」
「…私は王都出身では無いので分かりませんが、それ程厳しい方なのですか?」
「逆よ、とても優しいお方なの。だからこそ失敗なんてしたら自分が惨めで情けなくなるわ」
「それでしたら、ライル殿の言う通り命令に従っていれば問題は無さそうですね」
「…もう何なの、この二人」
「…恐れ知らず…」
結局ランフィアの不安は消える事なく、当日を迎えてしまった。
学年の全員が街に出てから、城から迎えの馬車が来てそれに乗る。俺とフロストは堂々と座り足を組む余裕すらあるが、エミリアはぎこちなく座り、ランフィアに至ってはカタカタ震える始末だ。
「ランフィア、落ち着いて。いつも通りのランフィアでいれば大丈夫だから」
「む、無理よ…ダークウルフを目の前にした時より緊張してる」
「なら、またアレをしてほしいの?」
「なっ!?…だ、ダメ!ここでそんな事…それこそもう動けなくなるわ!」
なら今回は軽めにしておこう。
隣に座るランフィアの肩を抱き寄せ、俺の肩に凭れるように頭を置かせる。
「ちょっとライル⁉︎だからダメって…」
【オリジンブラッド】:模倣・闇属性・中級魔法
「【微睡の夜】」
ランフィアを闇の魔力が優しく包み、ゆっくりと意識が落ちていく。
起きた時にはまた緊張するかもしれないが、どう見ても不安で寝不足ですって顔だったからな。
少しくらい休んでもらおう。
「優しいのですね」
「そんな事ないよ」
「ならば私も…【擬似冬眠】」
フロストが隣に座るエミリアを冬眠状態にさせ、膝枕をする。
「これで、私達の会話を聞くものはおりません」
「それが狙いかい?」
「貴方は、どこまで私の事を知っているのですか」
「何も知らないさ。雪山に暮らす稀少種族って事くらいだよ」
「そうですか。ならば私が人間でない事もご存知なのですね」
「そうだね」
「…排除しないのですか?」
「何故?君はまだ何もしていない。俺は種族の違いなんて血液型の違いにしか思ってないからね」
「…ならば、私が何かした場合は排除すると」
「俺の周りの人間や、この国に害を及ぼすならそうするかな」
「貴方の真意は分かりました。ですが安心して下さい。この国には個人的な目的で来たまで。国も国民も害する気はありません」
「君がそう言うならそうなんだろうね」
「…何故、疑わないのですか」
「君は嘘がつけるタイプじゃない。呆れるくらいに愚直だ。じゃなければこんな話を態々俺にしてないでしょ」
「……感謝します」
「個人的な目的とやらは、話してくれないんだね」
「それは出来ません。ですがいつか時が来たら、お話し致します」
「そうか。ならその時を待つとするよ」
ランフィアを見てたら俺も眠くなってきたな。
自分にも【微睡の夜】を時間指定解除で掛けてっと。
「俺も少し寝るよ。おやすみ…」
「えぇ。おやすみなさい……始祖様」




