第十四話
マリアとのデートからもう五日目。
結局休みは全部ギルドでダークウルフの調査やら王城での今後の話し合いで終わっちまった。
少しくらいランフィア達の訓練を見てやりたかったんだがなぁ。
休日二日も全く時間が合わなかったし、何のための休みなんだか…
まぁ、何年も退屈してた俺にはこれくらい忙しい方が良いのかもしれないがな。
今日から通常登校だし、ランフィアに声でも掛けていくか。エミリアはいつも登校が早いからな、もうとっくに教室だろう。
ランフィアの部屋の前に来ると、何やら違和感を覚えた。ランフィアの気配に混じって、微かに別の気配がする。
相当な実力者だな。間違いなく学生のレベルじゃない。だがランフィアの気配が落ち着いてるって事は友好的ではあるのか。誰か客でも来てるのか?
「おはようランフィア。久々に一緒に登校しないかい?」
「おはようライル!ちょっと待ってて!」
部屋の中から聞こえた返事通り、数分も待てば部屋からランフィアが出てきて…
その後ろから純白の髪と真紅の目をした少女が出て来た。
この姿は…フロストの者か。
何故そんな奴がここに?それも俺と同じ主席の制服を着てやがる。
俺と同じように学生ごっこか?
「おはようライル。何だか久しぶりな気がするわね」
「おはようランフィア。ダークウルフの件でギルドや王城に呼ばれてばかりでね、全然休めなかったよ」
「私達もいたのにライルばかりごめんね。あ、そうそう!今日から通うことになった編入生のシルヴィアよ。シルヴィア、この人がもう一人の主席のライル」
「初めまして。シルヴィア・ウォレス・フロストです。貴方に会えるのを楽しみにしておりました」
「………」
「ライル?」
「……シル…ヴィア?…」
「はい。私の名前はシルヴィアです」
なんで…
今まで、他の誰にもその名前には会わなかったのに。
この4,200年、一度も忘れたことなんて無かった。
その名前は、アイツの…
「初めまして。俺はライル・コフィン・ヴァンピスタ。同じ主席同士、よろしくね」
「…はい、宜しくお願い致します」
「どうしたのライル?ちょっと顔色が悪いわよ」
「大丈夫だよ。ちょっと休みなしで疲れてるだけだから」
大丈夫だ。落ち着け。
名前が一緒なんてよくあることだろ。
偶々4,200年俺が活動する範囲が狭くて会わなかっただけで、世界を探せばいくらでもいる。
それに、姿形は全く違うだろ。アイツは燃えるような真っ赤な髪で、コイツとは似ても似つかない。
だが、この二人が並ぶと…
ランフィアの髪、フロストの瞳、そして何より、シルヴィアという名前。
駄目だ。揃ってやがる。
唯一の救いは話し方が違う事だな、会話に支障が無いのはありがたい。
「行こうか。編入初日から遅刻は不味いからね」
教室に着くと、当然ながらフロストは注目され人が群がる。
どうせ担任から知らせがくるだろうし、俺は自分の席に座っておこう。ランフィアが上手く対処してくれてるから大丈夫だな。
暫くすると担任が来て、予想通り紹介される。
「皆さんおはようございます。既に話した人もいると思いますが、今日から編入生として一緒に勉強していく仲間が増えます。シルヴィアさん、自己紹介してくれますか?」
「はい。ご紹介に預かりましたシルヴィア・ウォレス・フロストです。訳あってこの時期の編入となりましたが、皆さんと共に勉学に励む所存です」
「シルヴィアさんも入学試験で満点の成績でしたので、前例はありませんが主席を二人とすることになりました。シルヴィアさんの席は一番後ろの真ん中です」
「はい」
真ん中の後ろか。
教室は講堂式の三列だから、俺の隣ではあるが距離としては少し離れてるな。
あまり意識し過ぎなくて良いかもしれん。
俺はどのみち授業には集中してないから変わらないがな。
最初の授業は魔法学だし、またアイリスの実技授業でも見ておくか。
そういえば、最後に吸血したのは入学直後だったな。もう一ヶ月過ぎてるし。限界が来る前に吸わせてもらわねぇと。
アイリスも先週から全く会えてなかったから、大分ストレス溜まってるな。
使う魔法がいつも以上に強く派手で、教師がビビってる。
「ライル殿、教科書を開くだけでノートもメモも取らず授業も聞いていないとはどういうことです」
最初の授業が終わって真っ先に俺の所へ来たのはフロストだった。
何だか一ヶ月前のランフィアを思い出すな。
「俺も、昔から色んな事を学んできたからね。この内容はもう知ってる」
「…我がフロスト族の事は知っているようですね」
「勿論。何故シ…君がここに来たのかまでは分からないけど」
「それを言うつもりはありません。とにかく、授業には集中すべきです。それが学校という場所での規則なのですから」
「次は実技で外だよ。ランフィアに案内を頼んだ方が良い」
「待ちなさい。まだ返事を貰っていません」
「ランフィア、彼女をグラウンドへ案内してあげてくれるかい?俺は先に行くから」
「え、ライル?」
大丈夫だと思ったんだがなぁ。
やっぱ名前を呼ぶのは無理だ。呼んでた時の光景が今でも浮かんで来る。
「ライル殿は私を嫌っているのでしょうか」
「それは無いと思うわ。ライルは本当に気に入らない人とは話もしないもの」
「では、やはり記憶が…」
「記憶?」
「いえ、何でもありません。すみませんが案内を頼みます」
グラウンドで先に待機していると、今度はアイリスから視線を感じる。
兄妹揃ってやることは同じか。
『兄様、どうされたのですか⁉︎』
『おいおい、学校で思考念話を使うなよ』
『兄様の様子がおかしいから緊急事態と思い使っているのです!』
『この距離で俺の様子が分かるとか、お前も大概だな』
『誤魔化さないで下さい。何があったのですか?』
『…今日、編入生が来てな。シルヴィアっていうんだ』
『っ⁉︎し、シルヴィア様…そうだったのですね。今夜は兄様の部屋に行きます。待っていて下さい』
『丁度吸血も一ヶ月経ってるから助かる。迷惑掛けるな』
『そんな事言わないで下さい!私は、兄様が全てなのです。少しでもお役に立てるのなら、これ以上の喜びはありません!』
『…ありがとうな。お前が妹で良かった』
『なっ…え…あぅ…』
思念越しでも真っ赤になってるのが分かるな。相変わらず耐性の無い可愛い奴だ。
だが、大分落ち着けた。アイリスに感謝しないとな。
「ライル殿、何をしているのですか」
「ん?仲の良い後輩に挨拶していただけだよ」
「そうですか、もうそろそろ授業が始まります。今度はしっかりと集中するように」
「そんな見張らなくても大丈夫だよ」
大丈夫だ、さっきより普通に話せる。
声も似てないのが幸いだったな。だが、真正面から見つめて話すのは出来そうに無い。
俺に似てるが血のような赤じゃ無く、ルビーのような真紅の瞳、その目だけは本当にそっくりなんだ。
今日の授業は魔力操作か。個人で出来る内容で良かった。
体内魔力を操作したり体外に放出して鳥や蝶の形にしたり、こんな事をしてるだけで集中してると認識してくれるだろうからな。
今最も考えるべきはフロストの事だ。名前が同じだったり全く同じ瞳をしてるのはこの際置いておこう。
問題は、何故フロスト族が人間の生活をしているかだ。本来フロスト族は氷雪を自在に操り雪山でひっそりと暮らしている雪女の一族のはず。
その美しい容姿で他種族から狙われる事が多いから、自分の住処から出るような事は無いと思っていたが。
それもこんな学生に混じるなど、何か裏があるとしか考えられない。だがフロストを見ていると隠し事は出来てもあまり嘘はつけないという愚直タイプに思える。
現に俺の言葉に対し「それを言うつもりはない」と言ったことから、目的はあると明言している。そんな分かりやすい奴が潜入とは考えにくい事から、目的は種族としての任務というよりはコイツの個人的なものだと推測出来る。
となれば信用させてから裏切りという線も弱い。理由は同じで、そんな事が出来る奴には見えないからだ。
だとすれば逆、人間の見極めか目的に該当する存在の発見が可能性としては高い。主席の俺に会えるのを楽しみにしていたと言ったことから強さ、もしくは頭脳を必要としているのか?
分からん。
今日一日で答えは出なさそうだし、考えるだけ無駄か。だが警戒はしておくべきだな。
「ライル!」
「ん?どうしたのランフィア」
「どうしたのはこっちの台詞よ!周りを見て!」
周り?そういえばいつの間にか何かに座っていたな。
俺は自分の魔力で形成した玉座のような椅子に足を組んで座りながら、周りに鷹やリスなどの動物を作り出して頬杖をついていた。
昔の癖が出たか…
「お見事ですね。考え方をしながらでもそれ程の魔力操作をするとは」
「…そっちも随分と細かいことをしてるね」
対抗意識を燃やしているのか、フロストは薄い氷の魔力をドレスのように纏い氷の女王を演出していた。ご丁寧にティアラや装飾まで再現して。
お前種族隠す気ないだろ。名乗ってる時点で無いのは分かってるけどよ。
「なんだか、王様と女王様みたいね」
「ハハハ、俺なんかが国王になったら国が停滞しちゃうよ」
「私が女王ですか。悪くはありませんね」
「シルヴィアもそんな冗談言うのね。何だか意外だわ」
冗談か…コイツの場合本当の可能性もあるから笑えない。
フロスト族は長の後継は代々最も強く賢いものと決まっている。その方が他種族から自分達を守れるからだ。
コイツがここに来たのも、少しでも強くなるヒントを得ようとしてか?
もう少し様子を見ていた方が良さそうだな。
次の授業である薬草学は面白いから元々ちゃんと受けている。フロストに注意されることもなく終わった。
そして昼休み。いつも通りランフィア、エミリアと共に行くつもりだが、当然そこにはフロストが加わるだろう。
「食堂で食べるけど、一緒に来るかい?」
「私も御一緒してよろしいのですか?」
「ランフィアやエミリアが良いならね」
「私は一緒に食べたいし勿論良いわ」
「……私も…」
「じゃあ行こうか」
食堂に入ると、俺の時と同じような静寂に包まれる。流石は人外一の美貌を持つフロスト族だな。
「ここでは何がお勧めなのですか」
「卵料理が美味しいよ。オムライスとか」
「…ライル同様やっぱり気にしないのね」
「私の姿は遺伝のようなものです。そこに反応されても何も感じません」
「同じように淡々としちゃって。頭良い人は考え方が似るのかしら」
いや、どちらかというと人外種特有の考え方って言ったほうが良いだろうな。
人間より寿命が長く種族的に容姿が整っているから、自分の外見に何も価値を見出せない。
だから俺も、ウィルトに外見の事を言われて理解出来なかったってわけだ。
シルヴィアがメニューを見ながら悩んでる間に注文を済ませる。
料理を受け取って適当なテーブルでも取っておこう。
「にぃ…ライル先輩、こんにちは」
「こんにちはアイリス」
「…あの方が、編入生の」
「名前が一緒なだけで害は無いんだから、そんな怖い顔をしたら駄目だよ」
「…でも、ライル先輩を苦しめるなんて」
「ありがとう。俺は大丈夫だよ、頼れる妹がいるからね」
「っ…はい!」
さて、ランフィア達がこっちに来たからこの話題は終了だな。
「あら、こんにちはアイリスさん」
「お久しぶりですランフィア先輩、エミリア先輩」
「…こんにちは…」
「初めまして。私はシルヴィア・ウォレス・フロストと申します。貴女は先程ライル殿と挨拶していた仲の良い後輩ですね?」
「あの距離で分かるなんて、流石主席の制服を着ていらっしゃるだけありますね。アイリス・フォン・ブラディウスです」
「貴女も、ライル殿程ではありませんが学生離れした強さをお持ちのようですね」
まるで猫と蛇の威嚇だな。
褒め称えながら気に入らないアイリスと、強い相手だろうと臆さず物を言うフロスト。
案外一番相性が悪いかもしれない。
「ほら、冷める前に食べましょう」
「そうだね、いただきます」
俺の隣にアイリスが座っていて、自然な動きで反対の隣に座るランフィア。その向かいにエミリアとフロストが座った。
なんだか随分と男女比がおかしくなってきたな。今度ドラグでも誘おうか。
俺がこんなでも他の男子生徒と面倒事にならないのは、闘技大会で主席二人を無傷で倒す実力があると示したのが大きい。
そして更に面倒な貴族に絡まれないのは、アイリスとランフィアがいるからだ。
ランフィアのガルドレア家も、ブラディウス家も、どちらも戦争時の英雄級の働きだけで今の爵位を授かった。つまり敵に回したら絶対に勝てない貴族達だと思われてる。
そのどちらもーー片方は俺自身の名前だがーー俺と親しくしてるから平民も貴族も手を出せないってわけだ。
まぁそんな事はどうでも良い。
一種の現実逃避だ。
今一番の問題は、フロストとアイリスが無言で食事している現状だからな。
アイリスは完全に警戒してるからってのは分かるが、フロストは何故だ。
食事中は一切喋らない規則とかあるのか?
まだまだコイツの事は分からない事だらけだな。




