扇動から扇動へ、故に人は愚者である
「広人くん、屋台回ろ?」
「あー、それ、無理っぽい」
実の誘いを断ったのは、会場を出たところで待っていた日溜を見つけたからだ。
「あの人、広人くんと一緒にいた人だ。でもなんだろ、前に会った時よりなんだか暗い?」
俺と実が知り合ってからだと、多分一度も会ってないと思うんだがな。
いつでも一緒にいるわけでもないし、なぜそんな言い回しを……
「あの感じだと、家族絡みの何かかな?」
「それじゃあ、私たちはお邪魔になるわね」
いやいや、もしかしたらフィリアに相談があってきたのかもよ?
「お、派世ぇ」
小走りに駆け寄ってきた日溜の様子に、やはり目的が俺だったと知る。
「じゃあ、私は先に失礼するわ。輝咲も寝ちゃってるし」
まさしく子供と言わんばかりに、祭ではしゃいで疲れて眠った輝咲をおんぶして、フィリアはさっさと帰ろうとする。
「あ、これ帰った方がいいんだ。じゃあ私も帰るね」
さて、実も帰ったところで、日溜とお話といこうか。
ちなみに委員長なら、運営の片付けの仕事が残ってるとかでまだ会場から出られていない。
会場内のレストルームに移動した俺は、自販機で買った缶コーヒーを日溜に投げ渡す。
「なあ、聞いてくれよ派世ぇ」
日溜は受け取った缶を手の中で転がして、疲れた様子を隠さずにそう言った。
聞きたくないなぁ……
「大観覧祭中にさ、1日だけお袋の外出許可をもらったんだけどよ、俺の能力で運んじゃダメだって言われちまったんだ!ああ!どうすればいいんだよ!」
まあお前の能力で運ぶんじゃあ、揺れがひどくて負担がかかりすぎるからな。
当然の配慮だろうな。
「いや、普通にバスなり電車なり使えばいいだろ」
「どっちも満員じゃねーか!そんな中に乗ったりしたら、理解のないやつらに暴言を吐かれちまうだろ!」
杞憂だと思うんだがな。
「だったら、女性専用車両に乗ればいい」
「いや俺男だし!」
「いや、介助者は乗れるぞ?というか、周囲の同意さえ得られれば乗れる。そういう車両だ。少なくとも、一般車両に乗ってる人よりは理解あるだろうしな」
「そ、そうだったのか……」
「とりあえず駅員に聞いてみるといい。スロープも用意してくれるしな」
「そ、そうか。ありがとな!やっぱりお前は頼りになるぜ!」
助けるのは当然だ。
日溜には色々と助けてもらってるしな。
まあそんなことなしにしても、日溜を助けたいとは思うけどな。
「話は変わるが、俺の言ってたこと、何か分かったか?」
元気になった日溜は、自分の言い出したことだから気になるのか、そう訊ねてくる。
「どうかな。夢花は何かに気付いた様子があったが、確証がないんだろうな。俺に何も言わなかった」
「さすが佐鳥さんだなぁ。やっぱあの人には頭が上がらないぜ」
「夢花は何かにつけて優秀だからな」
「汎用性高いんだよなぁ。俺なんて移動と戦闘しかできないからなぁ」
「その移動力から、聞き込みなんかは十八番だろ?」
「まあな。だが、佐鳥さんの方が正確な調査ができるぜ?リーラちゃんに運転させた方が機動力もあるし、ほんと俺、いらない子だな」
「え、何?俺はどんな返答を求められてるんだ?」
「まあ?俺には圧倒的な武力があるし?構わねえけどな?」
「……」
「何か言えよ!」
缶を開けて一口口にする。
「おい!」
「ここは無視してやるところかなって」
「いや、それされるとただのいじっぱりボーイになっちまうから!恥ずかしいやつだから」
「だからどんな返答を期待してるんだって話」
「それはお前、あれだよ……その……はっ!お前なんかよりブタの方が役に立つわ!ブタ未満のお前は地べたにでも這いつくばって、人間様の靴でも舐めてるんだなあ!、とか?」
「動物愛護団体に怒られそうなこと言ってるな」
「その返しは予想外だぜ。まあ、なにはともあれ、困ったことがあったら言えよ?妹を貸してやるからよ」
「お前の妹と面識ないから」
「黒だぜ?強いぜ?」
「しかもそこは、自分が手伝うと言うところだろ」
「俺はまだ死にたくないぜ」
「死なせねーよ」
「うわ!なにそれ!告白?大胆なことするなぁ」
「今のをどう捉えたら告白になるんだよ」
大きな溜息を吐くと、マネするように日溜も溜息を吐く。
まったく、困ったやつだよ……
「なんだか少し楽しそうだな」
「そうか?いつも通りだと思うんだが」
「おう。そんなに俺と話せるのが嬉しいか?」
「そんなわけあるかよ。別に普通だ。友人との会話は下らないことほど楽しい。お前だからではなく、友人と話すから楽しいんだ」
「ツンデレだなぁ」
「俺をそんな氾濫した属性に押し込めるな」
「その言い方だとあれだな。広がらない方がいいみたいな言い方だな」
「それが広がることで、あらゆる人がその共通認識に沿うように作られる。そうなることで個性が凡庸化してしまう。俺がツンデレ?やめてくれよ。そんな没個性に押し留めるな」
「おいおい、今はキャラ化の時代だぜ?」
「その結果の没個性化だ。反省しろよ?」
「いや、なんでだよ」
「人をキャラだけでしか判断できなくなってきてるんだよな。ほら、某アニメの某M字ハゲ、あれもツンデレとしか判断されなくなっただろ?」
「ああ、たしかにそうだな。だけど実際、あれはツンデレと表現するべき人物じゃないか?」
「いいや、絶対にそう表現してはいけない人物だ。なぜならあれは、戦士としての誇りの表れ、相手を戦士だと認めているからこそ仲間だとは言わないし、だからこそ頼りたくないんだ。それをツンデレ?どうにも大多数には感性というものが備わっていないようだな」
「いや、それは深読みしすぎなんじゃないか?」
「実際、戦士としての誇りの薄い主人公の友のハゲは、仲間だと軽々しく口にした、そしてM字ハゲはそれに対して怒った、そこにそれが表現されているだろう。主人公はもちろんのこと、その息子や緑のおじさん、もう1人のハゲだって、仲間を口にはしなかった」
「口に、しなかったか……?」
「していない。そこまで計算して作者は描いている。やはり、〇〇キャラってのは、人の感性を衰退させる悪いものだな」
「反論の言葉が浮かばねー」
まあそう言いながらも、俺自身他人に伝わりやすいキャラで説明することが多いんだよな。
反省はしない。
「しかし、やっぱ賢いなー、お前」
「そうか?知識人に比べたら、この程度、足元にも及ばないぞ?」
「知識人やべーな」
「一つのことで百を語る連中だ」
「好きなものなら、それくらいは……無理だわ」
「俺は一つのことで十語るくらいがやっとだな」
「知識人どんな頭してるんだよ……」
「他人を見て賢いなーと思うのではなく、自分で賢くなろうとするべきだと思うんだがな」
「どうしたらそんな風に考えられる?」
「さあな」
「無責任だなぁ」
「そうだなぁ……思考を止めないことか?」
「適当に答えてるだろ」
そんな風に言われても、自分でもどうしてかは分からないしなぁ……
そんな風に悩んでいると、その思考を遮るように、スマホが着信音を響かせる。
夢花からの電話だ。
日溜より夢花の方が優先順位が高いので、当然その電話にすぐに出る。
「俺だ」
『ヒロ君!大変だよ!』
「すぐ行く」
『駅前広場にいるから!』
一方的に電話が切られる。
「おい、どうしたんだ?すぐにとったってことは、奏未ちゃんか佐鳥さんだろ?」
「ああ。少し大変なことになってるっぽい。行くぞ。お前の出番だ」
「分かってるって!行くぜ!」
「駅前広場だ!」
「りょーかい!」
事情なんて知らない、それでも助け合うのが仲間だ。
俺たちはそんな当たり前の仲間意識をもって、夢花のもとに急いだ。
「その手を離して!」
長い髪を後ろで一つに束ねた、背の高い狩人が、エリアの体を締め上げている。
その迸る殺気に臆することなく、夢花は一歩前に出る。
「こいつは悪魔だ!悪魔を殺すのが俺たち狩人の仕事だ。分かるよな?」
すぐそばには他に3人の狩人、他にも仲間がいる。
夢花は瞬時にそこまで理解して、湧き上がる闘志を抑える。
広人を呼んであるから時間稼ぎをすればいい、そう判断して声をかける。
「どうして悪魔だと殺そうとするの?数日前に悪魔の村と人間との間で、和平の調印がされたばかりだよ?」
「だから?この悪魔が人間と講和派だという証拠があるのか?」
「その子が人を傷つけたの?」
「つけていないとしても、人間に危害を加えることはできる。例えば、人間の情報をアジトに送ったりなんかしてな」
悪魔の擁護、明らかに立場としては不利だ。
それを夢花もよく理解している。
それでもここは踏ん張らなければならない。
「なぜ悪魔を庇う?」
「なぜって、その子が悪い子だって確証がないからだよ!悪い悪魔かも分からないのに殺したんじゃあ、悪魔との和平なんて永遠に掴めない」
「へぇ。それはなんだ?いい悪魔がいるみたいな言い方だな?悪魔を守ろうとする、お前は悪魔を人間世界に招き入れようとしている。人間を破滅させたいのか?」
「何を言って……?」
「悪魔の味方をするというのはそういうことだ!」
エリアの頭に銃が押しつけられる。
しかしエリアの目は笑っている。
夢花の時間稼ぎのおかげで、種が芽吹き大きく育つ。
発砲寸前にツルが伸びて狩人に絡みつく。
「殺されそうって時に、何もしないわけないでしょ?」
「クソッ!動けねぇ!」
「ついに本性を現したな!悪魔め!」「こんな魔法を準備してたなんて、やっぱり人間を殺す気でいたんだ!」
「うぐッ!苦しい……!い、息が…でき、ない……!」
「なんてやつだ!狩人を炙り出すために、あえて弱い悪魔のフリをしてたなんて……」
「そ、そんな……狩人さんを殺すなんて……」
「ひ、人殺しだ!人殺しの悪魔だ!」
サクラを仕込んでいたことを夢花は理解している。
しかしこんなにもあっさりと大衆がそれに扇動されるとは思ってもみなかった。
「落ち着いて!死んでないから!まだ生きてるから!」
「何を言っても無駄ね。大衆がこんななのに、よく失望しないわね、彼」
軽蔑とも取れる目を向けるエリアに、人々はやはりと騒ぎ立てる。
広人が来てもどうにもできないかもしれない、そう思いかけていたところに、激しい音を立てる鎖の車が到着する。
さらには騒ぎを聞きつけたフィリアも、騒ぎの中心に飛び込んでくる。
「いったい」「何の騒ぎなの?」
息ぴったりに2人で言葉を分割して話した広人とフィリアの声に、状況を説明する声はない。
「騒ぐな!俺は日溜優日!大阪奪還のユニット、新世界のリーダーだ!何があったのか説明しろ!」
そう名乗りをあげても、それに答える人はいない。
広人は騒ぎを避けたい、それを知っているフィリアが前に出ようとすると、狩人が能力で剣を出現させる。
「まだいたか!悪魔の仲間め!いいだろう!人間社会にいる悪魔は、俺たちで一匹残らずぶち殺してやる!」
やれ!やれ!と声援のようなものが巻き起こる。
しかしそれはすぐに止む。
「おい、どうした?これから悪魔を狩るっていうのに、俺たちへの声援はもうお終いか?」
もう大衆の目は狩人には向いていない。
そんな風に言ったところで、声が戻ってくることはない。
「いいか?悪魔は絶対に悪なんだ。見ただろ?俺たちの仲間がやられるところを?悪魔ってのはそういうものなんだ。いいか?殺さないといけないんだ」
「なら、このわしも殺すってことでいいんだよなあ?」
それは狩人たちの真上から響いた。
言葉を止めた理由、黒き鎧の悪魔。
カブトを被らず、翼を惜しげなく広げ、狩人たちの真上で腕を組み見下ろす、強すぎる存在感を放つ悪魔。
「な、な、まさか……黒……!」
「違う……あれは黒騎士じゃない」
フィリアがそう呟く。
正体を知る者たちも、同様に違うと分かっている。
「黒騎士とは鎧が違う。それに黒騎士は顔を見せない。でもそこはかとなく似ている。きっとあれは……」
「わしを知らないとは言わせねえよお?狩人なら知ってて当然だあ。暗天の王のことくらいなあ?」
「暗天の、王……!」
親父だ。
あの喋り方にあの目、暗天の王の二つ名、間違いない。
暗天の王、かつての戦争でその終戦に協力した、英雄。
これはあれか、わざわざ出張ってくれたというよりは、この狩人たちが面倒な連中だという現れだな。
「日溜、夢花と接触するぞ」
英雄様に衆目が集まっているうちに、俺たちはさりげなく移動する。
そして日溜に策を伝えて、すぐに元の位置に戻る。
親父だけでもこの場を乗り切れるだろうが、それじゃ足りないんだろ?
だったら、手を貸すぞ。
こいつら全部叩き潰してやる。
「大体状況は把握したぜ!」
その声で全ての視線が日溜に向けられる。
「お前らは街に侵入した悪魔だと、そいつを殺そうとしたらしいな」
たとえ暗技使いがいたとしても、衆目の前では逃れられないぞ。
エリアを狙ったこと、後悔するがいい。
「ああそうだ。悪魔は敵だ!街中にいるんだから、殺されて当然なんだ!」
「悪魔は敵か。そうか。それがお前の言い分か。なら俺は、少なくともこいつは味方だって言うぜ」
「当然理由があるんだろうな?」
「こいつは、俺のユニット、新世界が大阪奪還をしようとした際に手を貸してくれた悪魔だからだ」
「ああ?大阪奪還だあ?」
「知らないのか?俺は大阪奪還を成し遂げた、日溜優日だ」
「な、ななな、なんだって……⁉︎」
「こいつはあのゼラの部下だ。もしもこいつを殺したのなら、ゼラを敵に回しての戦争になるだろうな。悪魔は敵だ、そんなお前の信念のせいで、また境界大戦が始まるんだ。確認を怠ったお前の不用意さによってな」
エリアは協力してないし、ゼラの部下でもない。
だが、大衆の意識はその可能性を提示しただけで大きく変わる。
その可能性を告げることで、誰もが思い出したように息を飲む。
ゼラの部下である可能性、戦争の可能性、街中を人間と歩く悪魔がどんな悪魔なのか、自分たちで勝手に想像し、勝手にそうだと断定する。
結果を残した日溜だからというのも大きいだろう。
「だが、それがそいつを庇うための嘘で、実際はただの殺人鬼だったらどうする?そんな懸念がある以上殺すしかない!」
「嘘だったらどうするだと?その論調は先に否定しただろ?お前の不用意で戦争を始めるのか、とな」
『なんだか楽しそうだねー』
心の中に直接声が響く。
夢花の能力で今、俺と日溜と夢花が心の中で声をやりとりできるようになっている。
『まあな。こいつらのおかげで、悪魔を殺すということに重みを持たせることができるんだ。ありがたい限りだよ』
「殺させねーよ。お前らみたいなのに、悪魔はよ」
エリアの植物が枯れていく。
魔力が尽きたんだ。
拘束が剥がれた狩人は死んだふりをやめ、すぐさまエリアに飛びかかる。
俺が出る必要はない。
なぜならここには、親父がいる。
親父から伸びた半透明の腕が、狩人たち全員を拘束する。
「中々面白ぇことを言うガキだなぁ。後はわしに任せなあ?元々こいつらを裁くために、わしはここに来たんだからなあ」
親父が指を鳴らすと、空が夜へと塗り替えられる。
暗天の王の異名を持つ理由たる魔法、陽光隠だ。
急に夜になったことで驚きを隠せずにいる人々。
そのどよめきが辺りを包んでいるうちに、親父はさっさとやることを済ませるつもりのようだ。
「悪いなあ。そいつはうちの悪魔なんだあ。うちっていうのはーあれだあ。うちのボス、ゼラスターのってことだあ」
何もなかった空中から突如として一枚の紙が出現する。
実際は魔力が滞留していたんだが、そんなことは人間には分かるはずもない。
その紙を狩人たちに向けて飛ばす。
「お前らは、悪魔の領分を犯しすぎたぁ。戒の名の下に、今、裁く!」
すでに魔法は発動していた。
狩人を拘束する腕、あれはこの魔法の一部だ。
「さあ!己の罪を数えろお」
ゼラの戒律、それは人間にも発表されている。
徒らに命を奪うな、他者の物を奪うな、欲望の赴くままに他者或いは自己を傷つけるな、そうした当たり前の法がいくつも記されている戒律。
もし度が過ぎたそれらがあるのなら、ゼラの魔法は発動し、何かしらの罰を与える。
地面に大きな口が出現する。
紙が落ちた地面、ちょうどそこに。
腕の発生位置も、一緒に移動している。
やはりそこが発生源か。
「戒律起動!刻め!裁きの刻印!」
腕に引かれて口の近くへと寄せられていく狩人たち、抵抗虚しく、手の指先から肩にかけて口の中へと入れられる。
全ての狩人が同じようにされて、勢いよくその口が閉じられる。
苦痛に喘ぎ涙を流す。
鼻を垂らし唾を撒き散らしながら惨めに叫ぶことしかできない。
しばらく続いた絶叫だが、体力の限界にきたしたのか、パタリと止んだ。
何もかもを喪失したような虚な目をした彼らには、もう生きる気力はないだろう。
無能力者の世界へようこそ。
そんな声が聞こえたような気がした。
「両腕か。残酷だな。能力によるヒエラルキーがある人間社会で、能力を奪われてしまうとはな」
本当に、能力を奪ったのか⁉︎
だとしたら……
戒の悪魔王……この魔法を作り出すのに、いったいどれほどの時間を費やしたのだろう?
膨大な力の本流を目の当たりにして、その果てしなき研鑽に、俺は星々が煌めく夜空を仰いだ。
空に光が戻る。
親父はすぐに転移魔法を展開し、この場を去ってしまった。
残った狩人たちだが、自分たちが能力を失ったことを理解して、腕に刻まれた刻印を睨む。
戒律に抵触した者がつけられる刻印、あれがついている者は、階級紫と同様に扱われる。
当然狩人免許も剥奪されるだろう。
「哀れだな」
狩人はそう言った日溜に銃を向ける。
「ふざけたことばっかしやがって!」
他の狩人たちが見守る中、多くの人々の監視の中、そいつは引き金を引く。
しかし日溜は大体いつでも能力を発動しているので、そんな銃じゃあ傷一つ付きやしない。
鎖の鎧に弾かれた弾丸は駅の壁に突き刺さる。
大阪奪還の英雄に、そんな攻撃が効くはずないのにな。
遅れて到着した警官に手錠をはめられて、そいつらは連行されていく。
警察は忙しい時期だろうに、こんなところに集められて大変だな。
他にもいくつも事件が起きているからそっちにも人を割いているだろうし、それはここに来た警官が2人だってことで想像がつく。
日溜にかなり人々を見下すような発言をさせたが、それに結果が伴っている以上、人々は日溜を褒めちぎり日溜の発言を肯定する。
それを否定したはずなんだが、まあ仕方ないか。
それを瞬時に理解して、実践しようって方が無理があるな。
『先に帰る。日溜はドヤ顔でもしておいてくれ。夢花は2人を頼む』
『おい!面倒だからって見捨てるなよ!』
『目立ちたくないんだよねー?エリアさんが悪魔だって知られちゃったから、人前で一緒にいられないもんねー』
『そ』
『この貸しはでかいぜ?』
『じゃあさっきお前の相談乗ったから、それで帳消しな』
『仕方ねーな』
さて、こっそりと1人で帰るとするか。
「ただいま」
鍵が開いていたから、きっと奏未が帰ってきているのだろう。
「お疲れ様ですわ」
ティエラに出迎えられる。
奏未が真っ先に飛んでこないのは珍しいな。
「そっちこそ、お疲れ様」
ティエラには一つ頼んでいたことがあった。
ことがことなだけに、ティエラだって相当疲れているだろうな。
「本当に疲れましたわ。まさかあんなことをお願いされるとは思いもしませんでしたわよ」
「だよな。常識的に考えれば、まずそんなことを頼む状況に陥らないしな」
ティエラにしてもらっていたのは、日本政府との交渉だ。
イギリス王女だから、政府も配慮せざるを得ない。
しかも面倒事を請け負ってくれるのだから、無下にはできようはずがない。
取り入ろうとしてくる者は多いだろう。
俺はあらゆる援助を受けるつもりはないし、そいつらに知られるのも嫌なのでな、先に手回しして手を出さないようにお願いした。
「どうだった?」
「報道機関、警察組織、政府が根回しできる範囲では、情報統制してもらえるそうですわ。派手にしすぎると流石に隠しきれないとも言われましたわね」
それでいい。
政府が干渉しないのであれば、俺の存在を知られなければ、それで。
「とりあえず、戦う準備は整ったってところか」
「……本当に、大丈夫ですの?」
「何が?」
「その、ティンダロスと戦って、あなたの体は大丈夫ですのって訊いているんですの」
「さあな。今回ばかりはまずいかもな」
「わたくしに頼んだ時、なんとかするって言っていたではありませんの⁉︎」
「言ったな。なんとかすると言っただけで、自分が無事とは言ってないが。まあ、そこは敵の裁量次第だな。ティンダロスは人を殺さない、俺はそう思っているし、その前例もないからな」
戦場に行けないティエラには、心配することしかできない。
それが悔しくて、もどかしくて、だからこそ不安になる。
「なにも不安がることはない。ウォルレスが間に合いさえすれば何も問題ないからな」
神敵の力が文字通り神の敵と呼ぶにふさわしい力を持っていればだがな。
話しながらリビングに移動して、自分のお茶を用意する。
俺がソファーに座ると、隣にティエラが腰を下ろす。
お互い疲れていたからか、どちらからでもなく大きな溜息を零す。
暗技を使わないように意識して戦う、それがこんなにも疲れることだとは思わなかった。
俺が黙り込むと、ティエラも口を閉じてしまう。
二階から音がしないから、きっと奏未は外出中だろう。
スーツにロウファーでティエラに付き添った。
そのままの格好で行ったのなら、ロウファーは普段しまってあるので、靴の数がいつもと変わっていなくとも不自然なことはない。
いや、ティエラの靴の分多いんだけどな?
さて、このまま会話がないのも居心地が悪い。
何か話そうか。
「日本にはいつまでいるんだ?」
適当な話題を振って、そこから話を広げていこう。
そうしてあれやこれやと話して、その内眠くなってきて目蓋を閉じた。
俺たちは食事ができて起こされるまで、肩を寄せて眠っていた。




