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最下層階級の絶望騎士  作者: ぶい


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92/312

陰謀対自尊心

 風呂から上がると、リーラとエリアに連れられて、2人の部屋に連れ込まれる。

「おいおいどうした?」

 興奮した様子の2人に少したじろぎながらもそう訊ねる。

「アンタ、あれ見たわよね⁉︎」

暗天(あんてん)の王ですよ」

 まああの場にいたからな。

 俺が頷くとお互いに顔を見合わせて嬉しそうにしている。

「えっと?」

「あの魔法、すごい術式だったですよ!」

「何あれ⁉︎夜になったんだけど⁉︎」

「戒律です!初めて見たです!」

 2人がずずいと顔を寄せてきたので、肩を押さえて2人を押し戻す。

「落ち着け!一旦落ち着け!どっちも答えるから!」

 2人が落ち着いたのを見計らって、分かる方から順序立てて答える。

「まず暗天の王の使った夜にする術式だが、あれは天体術式だ」

「天体術式?聞いたことはあるけど、それって天使の術式で、悪魔には使えないはずよね?」

「ああ。普通はな。だが、あれは特殊な悪魔だからな。悪魔を冒涜するような術式だって使えるんだ」

 一応俺も天体術式は使えるが、夜に変えるあの術式に関しては、魔力効率が悪すぎて使い物にならない。

「詳しいわね。まさかアンタ、知り合いじゃないでしょうね?」

「あれは俺の親父だ」

「ええッ⁉︎」

「そうだったですかッ⁉︎」

 無表情のリーラがぴょこぴょこを跳ね上げて驚く。

 エリアは少し引いているな。

 自分で訊いておいてその反応はなぁ……

「だって、え?いやでも、そうか……え?」

 1人で納得しそうになって、しかしあれでもおかしいってなるやつ。

「暗天の王の息子が黒騎士なんだ。別に意外性はないだろ?どっちも黒い鎧を纏うって共通点があるし」

「それしか共通点ないわよね⁉︎知ってると思うけど、悪魔の魔力って基本黒いわよ⁈」

 当然知っている。

 分かってはいたが納得してくれない。

「それはさておき、悪魔の天体術式の使用方法は、星を線で結んだその形を鏡に写すようにして地面に写す。あの場で見せた術式は、明暗反転の術式、転光(てんこう)だな」

「もしかして、明るい星と暗い星を繋いで術式を編んでいるです?」

「正解。それらを交互に繋いで太陽と月を描き、反転させれば完成だ」

 太陽と月、これは魔法に使われるコードの話だ。

 ある程度知識がある悪魔なら知っている。

 自分で術式を作るような悪魔である2人は、瞬時にそれを理解する。

「それだけでできるの?本当に?」

 嘘吐いてどうするよ。

「夜なら簡単にできるかもな。だが、親父がやったのは昼間だ。見えない星で術式を作ったんだ、そうそうできるものじゃないと思うんだがな」

「……たしかに。言われてみればありえないことをしてたわ。子が子なら親も親ね」

 エリアは納得してくれたみたいだが、逆にリーラには疑問が増えたようだ。

 その疑問は後で聞こう。

 先に戒律について話そうか。

「それで、リーラは戒律が気になってたんだったな」

「何か知ってるです?」

「いや。さっぱりだ」

「全く知らないですか。しかしあれは恐ろしい術式ですよ。何がどうやって裁いているのか分からないです。そもそもその機能を魔法に持たせるなんてまず無理です」

「あれが悪魔王の術式らしい。俺も初めて見たが、あれはどうかしてると思うよ」

「能力を消したのよね?そんなことって可能なの?」

「不可能だな。これはまず間違いない。やれるとしたら、まだ判明していない能力を司る脳組織を破壊することだが、そこだけをピンポイントで破壊するような芸当は魔法向きじゃない」

「必要な式が多くなりすぎて、術式全体が大きくなりすぎるってことね」

「問題がもう一つ、能力を指し示す術式が、未だに存在していないことだ」

 魔法術式はこれをしたらこうなるという理論だ。

 能力関係の理論は一切見つかっていない。

「魔法とは別に能力がある、だから、悪魔では絶対に辿り着けない。だからありえないんだ。だったらなぜ封じれたんだ……?」

「本当に封じてるの?暗天の王が適当言っただけって可能性だってあるわよ?」

「それもない。俺は嘘を見抜けるからな」

「あれじゃないです?日本の言霊信仰に基づいた戒めの文言」

「言霊信仰……」

 言ったらそれが現実になるのではないかと信じられてきたそれ。

 悪いことが身に起こるかもしれない場合それを濁して伝えるというような、そんなこうならないためにこうするなの精神に基づいた消極的呪術。

 そうか、それなら……

「魔法の反対とも言えるものだが、それなら積極性の裏返しと言える。反転させて使用する言霊。戒めとして予め言っておくことで、それを現実にさせる言霊術式」

「しかしそれでは……」

「術式が大きくなりすぎて使い物にならないわね」

 リーラが濁した部分を口にしたエリアは、それを言って何かに気付く。

「どうかしたか?」

「……二重か三重か、或いは立体構造か、そうすればできなくもない?」

「立体構造、EX(エクストラ)コードなら実現可能か」

「だとしたら……」

「お手上げですよ」

 結局大して分からなかったが、いいものを見れたからと上機嫌なリーラとエリア。

 よし、リーラがもう一つの気になることを忘れている内に、おいとまするとしようか。


「お兄ちゃん」

 2人の部屋から出ると、俺が出てくるのを待っていた奏未に呼ばれる。

「悪い、待たせたな」

「気にしないで」

 俺は夢花に連れられて行ったあの場所を思い出す。

 ババアが動いていること、それに奏未は気付いている。

「ババアのことか?」

「うん。場所移すね」

 奏未と両親の部屋に行き、内側から結界を張る。

 元々外には結界が張ってあって、普通じゃ入れないようになっているんだがな。

 それに音も漏れなければ電波も届かないが。

 それでもこれは絶対に聞かれるわけにはいかない話だからな、念には念を入れてだ。

 まあ、誰も無理に聞こうとは思わないだろうけどな。

「広人さん!お館様が来ています!どうしたら良いのでしょうか⁈」

 本殿の連中が来ているからか、奏未の素が出てしまっている。

「知らん。あれが何をしようとしているのか知ってるか?」

「……はい。あなたはご存知ですか?」

「知らないな。知りたいとも思わないが」

「話してもよろしいですか?」

「できれば関わりたくないな。(つづみ)の連中と敵対するのは御免だ」

 俺が奏未に指示すれば、俺と奏未ではやり方が違うため、関与がすぐに判明してしまう。

 俺のことを嫌うやつが多いのだ、奏未に敵対行動をとらせるなんて危険なマネはできない。

「そんなことを言ってる場合じゃないんです!このままでは危ないんです!私やあなたではなく、ここら一帯で暮らす人々が、です!」

 あのババア、本当に何をする気なんだ……

 聞いたら関わろうとしてしまうから、絶対に聞かないけどな。

「そうだとしてもだ。俺は包に関わるつもりはない。奏未、お前がなんとかするんだ」

「なんとかって、どうやってですか!お館様相手では、私では相手になるはずないじゃないですか!だって相手は、私より神性が大きく、術式の扱いだってうまい、そんな相手なんですよ⁉︎」

「よく考えろ。お袋はどうしていなかった?どこに行っていた?お前がそれに気付けたんだ、じゃあ他の巫女は?なんとかしろとは言っても、お前だって1人じゃないんだ」

 奏未はババアが苦手だ。

 強く、厳しく、どこか人間味に欠けた、そんなババアが嫌いだ。

 もとより奏未は気が弱い。

 巫女の道を歩んでいた奏未は、あまり認められることがなかった。

 包の術の勉強や、学校教育で得る知識の詰め込み、友人と遊ぶことなく育てられて、世俗と切り離された欲のない生活を送っていた。

 他者との関わりで承認を得られなければ、自尊心は育たないんだ。

 自尊心がないから、自分で意思決定できない。

 ババアはそうして、自分に従う兵器を作ろうとしていたんだ。

 しかし、奏未は変わった。

 ババア相手じゃなかったら、自分で考え行動するようになった。

 だから、今度はババアを乗り越えるんだ。

 俺は奏未をそっと抱き寄せ、優しく頭を撫でて囁く。

「大丈夫だ。これまでだってなんとかなってきただろ?お前なら大丈夫だ。強くなった。それに賢い。1人でだって負けないさ」

「……うん」

 奏未が落ち着くとばつが悪くなって、お互い顔を見合わせて苦笑いしすぐに部屋を出た。



小妖(シャオヤオ)、ちょっとまずいことになった」

 魁人(かいと)が部屋に戻ってくると、開口一番にそう言った。

 わざわざそう言うってことは、ちょっとどころじゃないってことだろうな。

「オレのバックアップであるお前が、問題を持ってくるとかありえないからな?」

「しねーよ!って、そんなんじゃないんだ!」

「じゃあなんだよ」

「暗天の王だ!」

「ヘェー」

「そんな適当な返しする⁉︎」

 俺にはバレない自信があるから、暗天の王がいようと関係ない。

 まあ、オレが狙われる意味がまず分からないが。

「それだけじゃないんだ。包が、あの包が動いていた!」

「は?」

「だから、包だって言ってんじゃん」

「ああ、あの……本当か?」

「ああ」

「それは……少し困ったな。やつらは何をしたいのかわからない。無差別テロなんてことはしないだろうが、白と黒の混じり合う大観覧祭では、それに近いことを行いかねない」

 オレじゃあ勝てないだろう。

 やつらは暗躍しない。

 表に立つことも厭わず、派手に食い散らかして帰りやがる。

 先の戦争で、やつらは活躍し、多くの利権をかっさらっていった。

 その後の大阪侵攻に、やつらは素早く対応し、莫大な戦力を見せつけると同時に、自分たちの優位性を人々に見せつけていった。

 どちらもやつらのおかげで最小の被害で済んだが、それまで何もしなかったことを見ると、突然の登場や圧倒的な力の披露には何か意図があったのではと勘繰ってしまう。

「まあ、嫌な予感とかはしないし、大丈夫だらぁ」

「予感なんかじゃ根拠として弱い。弱すぎてむしろ不安になってきた」

 そんなことよりも、だ。

「そんな怖い顔で見るなよ。ちゃんと調べてきたから」

 オレが訊ねる前にそれを察した魁人が、せっかちだなぁと写真を渡してくる。

「結果だけ報告しろって言っただろ?」

「実際見た方が早え」

 不慮の事故の時に備えてと、親父はこいつをつけたんだろうが、オレはその不慮の事故ってやつがそもそも起きないようにしたいんでね。

 そのためにちょっと調査してもらっていた。

 日本の首都付近には数多くの組織が潜伏している。

 その中でも大きな組織、悪魔の秩序(レッドポリス)を調べてもらっていた。

 他にもいくつかの組織を調べてもらっているが、それはついでと言ってもいい。

 それほどにその組織が大きく危険なものだと考えていた。

 しかし……

「これはどういうことだ?」

「そのままの意味だらぁ。中にも誰もいなかったし、それってつまり滅びてたってことじゃんか?」

「たしかにそうだが……いやしかし、そんなことが……」

「何がそんなに納得できないんだよ?事実そうだったんだからそうなんだってことでいいじゃんか」

 悪魔の秩序(レッドポリス)、この組織が滅びるなんて予想してなかった。

 オレはてっきり、今後の悪魔はこの組織に引っ張られていくものだと考えていたほどだ。

「どうしてそんな納得できないんだよ?そんなすごい組織なのか?」

「すごいなんてモンじゃない。お前、わからないのか?」

「わかるかよ。自慢じゃないが、俺はバカだ」

 本当に自慢じゃない。

「レッドポリス、その名前の意味だよ」

「知るわけねーじゃん」

「なら教えてやる。悪魔の秩序でレッドポリス、その真意は……」

 ゴクリと生唾を飲む魁人。

 説明をしようと口を開いた時、こっちに来た時に渡されたプリペイド携帯が音を鳴らす。

「オレだ」

 おそらく今回与えられた部下の1人だろうと、ドスを利かせて応答する。

指鬼(ヂィーグゥェイ)。報告です』

「話せ」

『現在、いくつかの組織が何者かに襲撃されて、壊滅状態にあるんでさあ。やり口からして、どうにも狩人らしいってんで、ここら一帯を捜索したんですが、どうにも見つからねぇんです。気をつけてくだせえ』

「ああ。はなっからそのつもりだ」

 さて、どこまで話したか……

 ……まだ何も話してなかったんだったな。

「続きは移動した先で話そう。誰かに聞かれて困るようなものでもない」

「それじゃ、調査結果見たら移動だな」

「ああ」

 オレは魁人の撮ってきた写真全てに目を通す。

 悪魔組織だけじゃなく人間組織の拠点の様子も撮ってきてもらったんだが、どうして全て誰もいないんだ?

 オレが動くだろうと睨んでいた組織が悉く滅ぼされていた。

 組織同士の潰し合いがあったのなら、すぐに部下たちから連絡が入るはずなんだが……

「何者かに潰されたのか。そう考えるのが一番妥当なところだな。警戒すべき敵が減って助かったと言うべきか、隠れ蓑が減って悔やむべきか、これは悩みどころだ」

「考えるの大変そうだなぁ……」

「お前も少しは考えたらどうだ?足りない頭でも、多少はなんか浮かぶだろ」

「俺の頭は頭突きをするためにあるんだ」

「脳筋め」

 考えるのをやめて、オレはナイフを懐にしまい外出準備を整える。

「観に行くんだろ?」

「おう。当然だろ?俺から言い出したんだしよ」

 帰って来たばかりで着替えてなかった魁人に呼びかけると、よっぽど楽しみにしていたのか、ものすごい勢いで着替えを終えてすぐに靴を履いて部屋を出てく。

「早く行こうぜ!できれば座って落ち着いて観たいじゃん!」

「そんなはしゃぐなよ」

 ずっと魁人が警戒している人物の試合の観戦に行く。

 少しオレも興味があるし、知っておくべきだとも考えている。

 あの魁人が一目置く存在なんだ、きっと(こちら)側の存在なんだろう。

 いつか戦うことになるかもしれないし、知っておいて損はない。



 試合の組み合わせが発表された。

 昨日俺たちに敗北した勝川(かちがわ)の名前はない。

 当然だな。

 昨日俺たちに負けたんだから。

 階級赤の参戦までになると、一試合の時間も長くなるので、さすがに日に5回も6回もの対戦はない。

 今日は3回闘えば済む。

 まあ、ここまでの上位階級ともなれば、人口の5%にも満たないだろうし、始めよりスケジュールに空きを作っても明日には個人戦は終了できるだろう。

 ユニット戦、選抜戦も滞りなく進むだろうな。

 黒の発表はまだだし、どの程度まで力を発揮するかを考えるのは後だな。

 先にティナに会いに行こう。


「お!派世ぇ!」

 ティナの家に向かう途中、俺は向かい側から歩いて来た日溜と遭遇した。

 なぜか秋と一緒にいる。

 どうしてか照れ臭そうにしている秋にはお構いなしに、日溜は俺に駆け寄ってきた。

「おう!今日の試合、楽しみにしてるぜ!」

「なんだよいきなり。というか、あれ秋だろ?お前ら知り合いだったのか?」

 そんな疑問を口にすると、何をバカなことをと、日溜は笑ってそれに答える。

「秋は俺の妹だぜ?知り合いなのは当然だろ?」

「…………は?」

「え?知らなかったのか?俺の可愛い妹。絶賛彼氏募集中だ」

「募集しとらんわ!アホ兄貴!」

 力強く頭を叩いた秋が、困ったように俺と日溜の間に視線を彷徨わせる。

 あれ?母親を迎えに行くなら反対方向では?こっちに病院はないぞ?

「ふっふっふ……その疑問、お答えしよう」

「どの疑問だ」

「あれだろ?秋は誰が好きなのか、だろ?それは……」

「うっさいわ!勝手にペラペラと喋らんとって!」

 吹き飛ばされる日溜。

 こうしてじゃれあう様子を見てると、この2人がどれほどの強い絆で結ばれているのかが分かるような気がするな。

「俺が疑問に思ったのは、なんでこいつらこっちに来てるんだろうってこと。病院は反対だろ?」

「ああ、それなら、先に金を下ろす必要があるだろ?今手持ちほとんどないし、だからって生活費に手をつけるわけにはいかない。だったら俺の貯金からおろさないとってな。ほら、病院の近くに郵便局ないだろ?」

「それなら、病院から駅の方に五分ほど歩けば、右手に見えてくるはずだが……」

「……え?嘘?本当に?」

「ああ。小さいがあるぞ」

「まじかよ!もうここまできちまったぜ!くっそ……地図見てから家出るんだった……」

 2人とも知らなかったようで、すぐに反対方向へと向かっていく。

「またな!それと、秋と仲良くしてくれてありがとな!これからも末長く頼む!」

「んなッ⁉︎バカ兄貴!何言うとんの⁉︎」

「あれが兄貴じゃ、苦労が絶えないだろうな」

 そう呟きながら、俺は2人に小さく手を振った。

 さて、次はティナだな。


「迎えに来たぞ」

 チャイムを鳴らすとティナのお袋さんが出たが、声が似てるから気づかなかったことにして、普段ティナを呼ぶ時のように話しかける。

 これで俺だと理解してティナを呼びに行ってくれるから、これが定型文化してしまっている。

『ごめんなさいね。ティナったら、まだ寝てるみたいなの。上がって待っててもらえるかしら?』

 そう言われたので玄関扉を開ける。

「失礼する」

 そう言って中に入ると、寝癖で髪の跳ねたティナが、階段から降りてくるところだった。

「あ、先輩、おはようございマース」

「ああ、おはよう」

 適当に挨拶を交わしながら、ティナは洗面所の方に歩いていく。

「ごめんなさいね。うちの娘がだらしなくって」

 リビングに通されると、お袋さんはすぐにお茶を出してくれる。

「日中だから仕方ない。それもまたご愛嬌ということで」

「夫はそんなことないんですけどね」

 誰に似たのかしらと苦笑するお袋さんだが、ティナのだらしなさは多分、俺が甘やかしすぎたせいだろう。

「そういえば、ティナの親父さん嫌いって治ったのか?」

 ティナはエドワードのことを嫌っていた。

 なぜかは話してくれないし、おそらく自分でも分かっていないだろう。

 あいつはティナのこと、病的なまでに溺愛してるのにな。

「最近はちょっと柔らかくなったかしら?そのかわり、夫があなたを嫌いになったようですけど」

「えぇ……」

「ティナがあなたのことばかり話すものだから、やきもち妬いちゃったのね」

 クスクスと笑うお袋さんに、俺は困ったように笑い返す。

「あなたは知っているかしら。ティナは毎朝目が覚めると、シャワーを浴びに行きますのよ?」

「えっと、それを俺に話して何の意味が?」

 ちなみに知っていた。お袋さんが出張でいない時なんかは、俺がティナを預かっているしな。

「覗くなら今です♪」

「何言ってんだこの親」

「この先一緒にお風呂に入ることだってあるかもしれません。そんな時に裸に慣れてなかったら、恥ずかしい思いをすることになると思うのだけれど?」

「いや、しないよ?というかあんたの娘だろ。もっと貞操を大事にしてやれ」

「興味ありませんか?」

「……なくはない」

「決まり♪」

「決まってない!」

 そんなこんなで騒いでいると、着替えて出てきたティナが背後から俺に飛びついてくる。

「先輩!何を話しているデス?私も混ぜて下サーイ!」

 首が締まっているんだが、そんなことお構いなしにさらに力を込めるティナ。

 人間の平均よりかなり腕力が高いって、そろそろ自覚してほしいんだがな。

 俺はティナを振り解き、出されたお茶を飲み干すと、さっさと家を出ようとする。

 そんな俺の腕にギュッと抱きついて噛み噛みしてくるティナは放っておいて、お袋さんに軽く挨拶してから家を出た。

 小さく手を振るお袋さんにティナが大振りに手を振り返して、それをドアにぶつけて泣きそうになっていた。


 ひどく上機嫌なティナは、久しぶりだからかおそろしい勢いで俺の血を吸っている。

 血を抜かれると疲労がドッと押し寄せてくるから、あまり好きではないんだがな。

 ティナに話しかけると吸血中に口をもごもごさせて地味に痛いので、俺は何も言わずにティナを運んで会場まで向かう。

 俺の今日の第1戦がもうすぐ始まるのだ。

 それまでに今回の敵について話しておきたい。

 ティナには俺の援護をしてもらうつもりだ。

 選抜戦に出るらしいし、同じチームになるだろうと予測しているため、やはり俺の助っ人として最適だ。

「ふがふがふがふがふがふが」

「話すなら口を離してから話せ」

 何を言っているのかは分かったが、それで伝わると思わせたら永遠にやめないだろうからな。

「私は何をしたらいいデス?」

「移動中だからあまり深くは話せない。とりあえずは、俺のそばにいればそれでいい。敵が何者かも分かってないしな」

「まだそんなに情報が集まってないデスカ」

「いや、これこそが大きな情報だ。まだ何者か判然としない、つまりそれほどの実力者が相手ってことだ」

「デース」

「分かってる?」

「デース?」

 なんだか心配になってきたな。

 最悪の場合はティナだけでも逃がすつもりでいるが、それだけの余裕があるかも分からない。

「そういえば先輩、個人戦出場で目立ってるけど大丈夫デス?」

「ああ。この程度なら構わない。むしろ、今この状況においては、敵に俺の存在を意識させることも目的にある」

 そうして行動に少しでも変化があれば、見つけ易くもなるだろう。

 その後の情報操作は、実家の連中が勝手にしてくれるだろうから、後のことを特別気にする必要もない。

 暗技だって使ってないしな。

「次の対戦相手は誰デス?」

「ああ、よく分からん赤のやつだ。まあ問題なく倒せるだろうな」

「フィリアと一緒に闘うのはずるいデース」

「それな。フィリアがいれば百人力だからな。あいつが目立つ分には構わないし、好き勝手暴れてもらえば俺も勝ち進めるって寸法よ」

「先輩だって優勝するのは朝飯前のはずデース」

「奏未が出場してなければだけどな」

「そういえば忘れてマシター!」

「だろうな。奏未が出てるって知ったら、まず奏未が優勝だって思うもんな」

 まあ、俺なら問題なく倒せるが。

 それは黒騎士になればの話だ。

「それじゃ、試合終わったら合流な」

「了解デース!」

 会場に着くと、客席と選手控え室で、それぞれ別方向へと歩いていく。

 さて、後でウォルレスと合流だな。



「ああー……最初の試合には間に合わねーな」

「かといって次の試合の前に一仕事しておきたいしな。今日最後の試合までそいつが残っているかどうかだな」

「残っていることに賭けるしかねーか。仕事を早く終わらせることはできねー?」

「無理だな。今は慎重になる時だ」

 オレたちは結局すぐに仕事に戻る。

 マフィアも楽じゃない。

 そもそも楽な仕事なんてあるのか?

 オレは魁人を連れてとあるホテル街に寄る。

 ここにあった組織は潰され、残党が少しうろついているらしい。

 普通に歩いていたとしても絶対に見つけられないだろうがしかし、オレなら問題なく見つけられる。

 彼らは一般人と同様に装っているが、一目で見分けがつく。

 流れが違うんだよなー。

「確認した」

「おう。マークしたぜ。これでどこでも追跡可能だ」

「必要ねーよ。もう済んだ」

「は?」

「次行くぞ」

 オレの作業に同行するのは初めてだったか、驚いた様子の魁人は困惑を隠さずついてくる。

 結局残党は6人だった。

 ノルマにはまるで足りない人数だ。

 殺さない分ノルマが遠い。

「そういえば、本部から連絡はあったか?」

「何についてだ?それ言わねーとわからないじゃん」

火风(フオフェン)についてだよ。あいつ、勧誘失敗しただろ?その処分だよ」

 火风は派世広人の勧誘に行った。

 それが今回与えられた仕事だが、その派世広人本人が大会に出場している以上それは失敗したということに違いない。

 それともまだ動いていないとでもいうのか?

 いや、それはありえないだろう。

 なにせしばらくオレたちの拠点に来ていない。

「あー、そういえば何も情報もらってねーな。結局どうなったんだろうな?だがまあ、九の鬼であるあいつに、よっぽどひどいことはしねえだらぁ」

「そうだといいが……」

 オレたちはマフィアだ、失敗したら罰を受ける、それが当然なんだ。

 指鬼(ヂィーグゥェイ)だからといって待遇を変えては、部下たちに示しがつかないだろう。

 そんな風に心配になってきたが、その不安を振り払って、オレは次の目標を探しに行く。



「やっぱりここも……」

 広人の力を借りられず現在1人で調査中の奏未は、夢花の見つけたそれと同じ状態になっている場所を回っていた。

「これってやっぱりそういうことだよね」

 そこにまだ残っている力の残滓、それを直に見て地図にチェックする。

 完全に初めからどちらかの術式だとは分かっていたが、それが判明するやいなや、奏未は瞳を紅く輝かせて千里眼を発動し、街の隅々まで確認する。

 誰か使えそうな人材はいないか。

 たかが白では足りない、もっと強く、さらに協力してくれそうな人材は。

 そうして発見したのは、自分と同い歳の少女と、その母親だった。

 千里眼に映らないようにと、2人も力を使っていた。

 しかし奏未の千里眼が通常のそれとは少し違ったおかげで、なんとか2人を見つけられた。

(やっぱり隠れようとするんだ)

 奏未自身それを実践しているが、その判断に間違いはなかったと安心する。

 それもそのはず、相手が自分より圧倒的に強く、尚且つ賢いのだ、見えなくしていたとしても感知されてしまうかもという懸念があった。

 それでも術で隠れる必要があるのか、どうせバレるのに。

 しかしバレるとしても、分かるのは位置だけになるからと使っていた。

 見えないのなら、それが妨害工作を行っていたとしても確証がなく、妨害術式を見ることもできない。

 直接赴けば戦闘は避けられないし、かといって放置すれば術式を妨害される。

 妨害術式の妨害のためにも、術式を見る必要があるため、やはりその行動は吉と出ている。

 純粋な巫女の力だけに戻して、奏未はすぐに2人の元へ向かう。



「僕の庭であまり好き勝手しないでもらいたいんだけどねぇ」

 また一つ大きな穴を作った(つづみ)露姫(つゆひめ)に、ほんのりと殺気立てて話しかけた空斬(からぎり)小金(こがね)は木刀を向ける。

「なんじゃ?そんな棒切れで妾を倒せると思うとるのかえ?引き下がるのが身のためじゃよ、わっぱ」

「そうかな?ここには今、あの暗天の王がいるんだよ?僕と戦ってから彼と戦うほどの気力があるかい?」

「……小生意気なわっぱめ。安心せえ。お主とて楽しめよう」

「それはよかった」

 2人が同時に消える。

 地面にポッカリと開いた穴が辺りの音を飲み込んでしまったかのような、そんな一切の音のなくなった静寂が降りた。

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