期待された自己
「それで、お前たちの目的は?」
こんな状況ながらに少し眠気を覚えつつ訊ねる。
「それなら今しているじゃないか。君の力を見極めて、ある程度の実力が見込めるようなら連れ帰る」
なぜこんなことを訊くのだろう、と疑問に思いながら返す火风。
「いや、今回の行動の意図ではなく、お前たちが目指す最終的な何かについて訊いたんだが……」
「ああ、そういうことね」
俺の質問の意図がわかったようだ。
「そう訊ねるということは、目的次第ではついてくるということかい?」
「それはないな」
フィリアに実、守らなければならない存在がいる。
リーラやエリア、変えるべき世界がある。
だから俺はここを離れるわけにはいかない。
「共闘できる可能性、戦わなくていい可能性、そういった話だ。相手取る組織が一つ減るだけでもかなり楽になるからな」
「なるほどね。でもそれ、言っちゃってよかったのかい?相手の目的を聞いてどうするか決めるなんて、組織によってはその態度だけで殺しにくる可能性だってあるんだよ?」
「初めからつかないと決めている以上相手の答えを聞いてどうするってことはないが、まあ確かに、その態度が気に食わないって組織はあるだろうな」
冷静に語り合えるこいつは、少なくともそんな組織組員ではないようだ。
「まあ、そんな組織ならその時点で敵と判断するまでだ。誰にでもそんな対応を取る組織では、どの道先は長くはないだろうけど」
「違いないね」
「というわけだから、教えてくれ」
勝手に話して良いものかと首を傾げる火风は、やはり冷静を保っている。
ここは理性的になるべき場面だと分かっているようだな。
俺の態度が気に入らないと少し感情的になるだけでも、暗技で思うがままに誘導できるようになってしまうから、彼自身の性格がプラスに作用しているな。
「そうだね。特に教えて問題はないだろうし、僕らとしても敵が減るのはありがたい」
もう敵が減る前提なんだな。
「日本語だと話し辛いんだけど、他に分かる言語はないかな?」
「英語でもフランス語でも中国語でも、なんでもいいよ。大体分かるから」
「ありがとう」
さて、方言によっては聞き取れないがどうだろうか?
「うん。やっぱりこっちの方が話し易いな」
上海語だな。
それなら問題ないな。
「大丈夫?ちゃんと聞き取れてる?」
「問題ない」
上海語で訊ねてくる火风に上海語で返す。
「話せるんだ……」
「まあな」
「それなら気兼ねなく話せるね。僕らの目的は白と黒の乖離だよ。白と黒、つまりは多くの人が暮らす法によって統治された世界と、僕らの暮らす親が絶対の世界。それらが交わることのないように遠ざけること」
白と黒、表社会と裏社会か。
「お互いの秩序は交わらない。白には白、黒には黒の秩序がある。それらが侵されない、そんな社会の実現を目指しているよ」
それには賛同できるところがある。
黒は白を侵したがるからな。
「だから僕らは、黒は黒として葬ると決めて行動している。最終的には僕らが黒の世界を統べることでそれぞれの秩序を保つつもりでいるよ」
まあそんな理想を掲げてしまえば、取れる選択はそれしかないよな。
まあ、そもそも黒の世界なんてものを必要ないと考える俺からすれば、そんな存在さえ目障りではあるがな。
まあ、それは放置するつもりだったし、勝手に統率して平和を保ってくれると言うなら、それはそれでありがたい話か。
勝手に生まれてくるから、組織を一つづつ潰していっても埒が明かないしな。
「考え込んでいるね。やはり君もこちら側の人間なんだね」
「まあな。これでも俺はかなりの事件に関与してきている。ガッツリそっちの住人だよ」
「なるほどね。君の落ち着き払った対応に、ようやく納得できたよ。道理で君に白羽の矢が立つわけだ」
「なんだ?俺に何かをやらせるために連れて行こうとしてるのか?」
「何かをやらせるってわけじゃないけどね。僕の仲間の一人が、君ならこの世界でも十分にやっていけるって、うるさかったんだ」
そいつに興味が湧いた。
知りたいが訊くなオーラ全開だし、ここは諦めるべきだろうな。
ここは無理する場面じゃない。
「さて、それじゃあ今度は君の目的を聞かせてもらおうか」
「なぜ?」
企業面接じゃないんだ、抜き取りになんで抜き取られる人の理想を聞かなきゃならない。
組織側が魅力を語り、それを魅力に感じたら自分からその道を選ぶ。
組織のための個人なんてまっぴらごめんだな。
「こちらとしても、君が生かしておいてもいい存在か知る必要があるからね」
「お前らには俺を信じるに足る何かがあるのか?」
「君を推薦した彼次第かな」
「それじゃあ、言ったところで信用されない可能性が高い。それなら目的を晒すなんて愚かなマネはすべきじゃない」
「用心深いね」
そうして話しているうちに目的地に着いたらしい。
車が止まり降ろされる。
港、ここで戦うのか……
水を操る能力者ってわけでもないだろうに、ではなぜこの場で戦うのか、何か理由がありそうだな。
火风がただ嫌われてるって線は完全に消えたと、今ここで確信した。
何も気付いていない火风は、連れてこられた戦場に疑問を覚えながらも、それを隠すように作り笑いを浮かべた。
「我々は下がっています!」
「そうしてくれ。僕の攻撃に巻き込まれると危ないからね」
こいつ、中々好戦的性格なんだな。
空気が変わるが支配はさせない。
俺も同様に殺気を放って相手の殺気を打ち消す。
これでは広範囲の流れを読めない。
「中々やるみたいだね。僕も全力を出せそうだよ」
「お手柔らかに頼む」
「なんでそんなに弱気なんだい?」
「なんでって、そりゃ今見逃してくれれば、組織としては殺す必要はないと考えてくれるだろうと踏んでのことだよ」
「僕らの目的を知ってしまったじゃないか。殺すには十分に値するよ」
「今のが嘘だってことくらいすぐに分かる。別に知られて困るような目的でもないしな。それより組織の戦力を知ってしまう方が問題だ」
「そうだね。でも、僕としても君の実力は把握しておきたいんだ。もし日本で仕事があった時に利用できるか知っておきたいからね」
なるほどな。
たしかにそれなら俺との戦闘を望むのも分かる。
わざわざ組織の構成員を連れていく必要がなくなる。
俺に頼れるならその方が日本語教育も施さずに済むため、費用としてもかなりの額が浮く。
「ただ戦いたいってだけじゃなかったんだな」
「それが一番多くを占めるのには変わりないけどね」
まあそれは分かってはいたがな。
「お兄ちゃん!」
「来たのか……」
移動に時間がかかっていたから、来るかなーとは思っていた。
「まいったね…14位も一緒じゃあ、勝てるかどうか怪しいよ」
なぜそんなに奏未を警戒するのだろうか?
俺たちに接触してきた時、奏未を翻弄していた。
それくらいには力の差があるはずなのに……
「来てしまったのでは仕方ないでしょう……火风様!こちらもこちらで動かせてもらいます!」
「何をするつもりだい?」
「一緒にいた二人を人質にとるんですよ!」
遠くで黒服が電話を取り出す。
近くで着信音が鳴る。
俺は奏未に預けたから今ここにないし、奏未も家に置いてきているだろう。
誰のだろうと考えていると、奏未が徐にそれを取り出して、通話を始める。
ガラケー……奏未はスマホだから奏未のではない。
「もしもし。私は奏未。お仲間に電話をかけようとしても無駄だよ?海に浮かんでるのがそのお仲間だからね」
海に浮かんでる?
目を凝らして見てみると、黒い何かがいくつか海に浮かんでいるのが見える。
あれか……
「家の近くで張り込みしてたから、仕方ないよね」
笑顔で携帯をへし折った奏未に、黒服が遠くから銃を向ける。
「やっぱり、黒服じゃあ14位を相手にできないよね。仕方ないから僕が二人とも相手をするよ。勝てる気がしないけどね」
多分もう実力は理解してるんだろうな。
戦うのはただ自分が戦いたいから。
なんでこんな好戦的なのかなぁ……?
「はぁ〜……」
「君、やる気ない?」
「乗り気じゃない。だが、お前がくるならするしかないだろ」
「分かってるね」
嬉々としてそう言った火风は、火を纏った腕を俺に向けて飛びかかってくる。
なぜ飛びかかる?
さっきのあの移動を繰り出せばいいはずだろう?
奏未がそれに応戦しようと、いつも通りグングニルを持ち出して、それを腕と衝突させる。
うん、まあ、十中八九囮だと思っていたよ。
周囲から一斉に人型の炎が向かってくる。俺がジャンプすると、その曲げた足の下を奏未の槍が通り抜ける。
ひと薙ぎ。
全ての人型が消える。
奏未との衝突から距離をとっていた火风は、少し困ったように頬を掻く。
「うーん……やっぱり向いてないみたいだなぁ……」
奏未の瞬間移動に対応して移動して躱す火风だが、奏未の振り回す槍、そのリーチのせいで攻撃が擦りそうになっている。
「全く、神権相手だと普通に死んじゃうかもしれないから、戦い辛いことこの上ないよ」
俺の背後に回り込んだ火风だが、奏未はさらにその背後に回り込み槍を振るう。
俺を盾に使おうと密着してくるが、それがアダとなる。
暗技流水制・響体!
体から弾き飛ばされた火风は、奏未の振る槍に斬り裂かれる。
ヤベッ!させるつもりなかったのに、奏未に人を殺させてしまった!
最悪の結果だと思っていたのも束の間、その二つに分かれた体から炎が立ち昇り、中には彼が元の状態で存在していた。
「感謝するよ。14位。君がその気だったら僕は死んでいた」
真っ二つになったはずが、なぜあっさり復活している……?
「お兄ちゃん。この人多分新たなる可能性だよ」
宙に浮かび上がった火风に、いつの間にかグングニルを消した奏未。
全く状況が読めないのは俺だけか。
「なんとなく分かったのは、あたしはこの人に相性がいいってこと。多分あたしが本気を出したら、あの人は焼け死んじゃうから。だから帰るね」
「あ、ああ」
何に気付いたのかは分からないが、助かったって顔をしている火风の様子から、本当にそれが現実になり得たことを知る。
「あっはは……あの子には助けられちゃったな……後でお礼を伝えておいてほしい」
「それはいいが、結局どういうことなんだ?」
火风の能力に何か関係があるんだろうけど……
火……いや、熱か?その熱を操る能力だとして、どうして奏未に不利なんだ?
たしかに奏未は天照だのアポロンだのラーだのと、それを扱うことができるし、出力も奏未の方が強いかもしれないが、そんな不利ってほどでもないだろう。
奏未が新たなる可能性だと言っていた。
それが本当なら、新たなる力でどうにかできるだろうし、やはり分からないな。
「戦ってみれば分かるさ」
俺は奏未ほどできが良くないんだ、気付けるかな?
「まあ、戦うしかないよなぁ……」
速いがそれにも慣れてきて、暗技対能力の拮抗した戦いを続ける。
問題はこの熱さか。
身を焼かれ続けるのが面倒だが、不死身の俺には戦い辛さはあってもそこまでだ。
些細な問題にすぎない。
「不死身っていうのは本当みたいだね」
それを見るために攻防を繰り返していたのか。
「打つ手がなくなったか?」
「まさか!」
新しい攻撃だな。
俺の周囲に無数の炎の剣が生まれ、それが同時に向かってくる。
しかしそんなものが通じるはずもなく、響体を連発して無力化する。
「強いね」
「実力は分かっただろ?ほら、帰った帰った」
「ここで終わるなんて、つまらないじゃないか!」
景色が変わる。
青かった空は黒く染まり、地面が赤黒い不気味な色になる。
そこら中を炎が走り、そして再び人型の炎が出現する。
「新たなる力、か」
「そうだよ。僕だけの世界を創造したよ。どうかな?」
「どうって聞かれても困るな。この世界に連れ込んだ時点で大抵の相手は倒せるだろう。しかし俺にはいつものことだし、いつも通りだなぁ、それくらいの感想しかないな」
「だよね。何度も別の技を試みたんだけど、それが通じないみたいだから、僕は君たちに勝てないって、途中から気付いてはいたんだ」
別の技?
途中から気付いてたってどういうことだ?
「僕の能力、それが新たなる可能性と呼ばれるのは、そう呼ばれるほどに強力なものだからだよ。でも、それが通じない。僕の力の及ばない、そんな何かが君たちにはあるんだよ」
「お前の能力って?」
「熱を操る能力だよ。知っているかい?新たなる可能性はそれぞれに不死性があるんだ。当然だけど僕にもね」
不死性、だがさっき奏未がその気だったら死んでいたって……
「黒服たちはこの世界にいない。ここにいるのが君と僕だけだから話すけどね。僕の不死性、それは自分の命自体を操作する力にあるんだ」
「命自体?いや待て、お前はさっき熱を操る能力だと言った。そこに嘘はなかったぞ」
「うん。嘘じゃないよ。僕が操るのは熱。それは、万物の根源たる火を操る力でもあるんだ」
「ヘラクレイトスか。時代錯誤も甚だしいな。そんな議論は無駄だと片付けられたはずだが?」
「そうだね。だからこそ、僕の能力の優先度は低い。君の妹に能力を上回られてしまうほどに」
火は常に一定を刻み、そこから全てが生ずるとそう捉えて、自らの体、命さえも無限の再生を見せる。
なるほど、これが新たなる可能性たる所以か。
「触れさえすれば勝ち、それが本来の僕だし、如何なる攻撃も透過してしまう、それも本来の僕。人間である限り勝ち目なんてないはずなんだけどね。君たちには人間じゃない別の力がある」
「火ではない、別の根源。それがお前の力を弾いているのか」
「そうだね。世界のどこかに存在するかもとされる絶対、それをかつては根源と呼び、それがいつしか神と呼ばれ、そうしていつしか真理と呼ばれるようになった」
「神は根源を司るもの。つまりはお前では……」
「そうだね。僕じゃ相性が悪かったってことだね。あの時彼女が振った槍に、出現させた時と同等の神性があったら、僕は間違いなく死んでいたよ」
俺を倒せないと完全に諦めているから話す火风は、燃え盛る世界で小さく笑う。
「さて、戦いは終わりにしようか。君の勝ちだよ」
目を瞑り攻撃を待つ火风、攻撃していいのか?
俺はその前に立つ。
こうして並んで立って初めて知る。
こんなにも小さな体で、震えながら戦っていたということを。
ずっと飛んでいたから正確な背丈が分からなかった。
火风自身の放つ熱気に視界が少し歪んでいたことも相まって余計にな。
俺はその震える肩に優しく手を置く。
「実力を見ることが目的なんだ。攻撃する必要はないだろ?」
目的を忘れていた火风は、その言葉で思い出したように笑う。
俺が数歩下がって距離を置くと、灼熱の世界が壁が剥がれ落ちるように崩壊していく。
「うん。君は信用できそうだ」
そう言った火风は、今この場で起きている異変に気付いていないようだ。
さっきの世界には俺しか連れていってないから二人だけだった、こっちの世界なら黒服たちがいてしかるべきだ。
彼らはどこに行った?
俺がそう考えていると、一人の黒服の姿が建物の影に見える。
暗技の感知範囲内にはあいつだけか。
何をしようとしているのか、じっくりと様子を分析する。
「どうかしたの……ッ!?あああああああああ!」
俺を気にした火风だが、その表情を心配から驚きへ変え、そして今度はそれを苦痛に歪ませている。
「どうした⁉︎」
少し頭に痛みが走る。
この感じ……
「そうか……能力が封じられているのか……」
だが、第四研究所の使っているものとは違うものだな。
かといって刑務所なんかに使われているものとも違う。
あれは痛みを発生させない。
相当の痛みのようだ、頭を抱え叫び散らし、涙を流し続けている。
早く原因を破壊しなければ……!
影に身を潜めていた黒服が何かを投げる。
それが何か、幾つもの未来を予測して最悪の場合を選び取り、それへの対応を迅速に行う。
火风を背に隠して、それへの対応を暗技で試みる。
地面を滅慟で砕き、腕では迫撃を使って、投げられたものを弾き飛ばそうとする。
しかしそれは先に爆発して、しかし先に撃っておいたそれらが衝撃を緩め、さらには俺の追加の暗技で衝撃を殺しきる。
暗技絶闘技をこんな使い方することになるなんてな。
「おい!火风!無事か⁉︎」
話せないことは分かっているが、それでも勢いで聞いてしまう。
振り向けばそこには変わらず苦しみ続ける火风の姿がある。
とりあえず手榴弾は防げたが、次がくるときびしいな。
頭を必死にこねくり回す。
黒服の裏切りは予想できていた。
どこにいる?何をしている?
考えろ、考えるんだ…!
頭を使っているからか、暑くなってきたな……
いや、違う!この暑さは……
足下を見ると小さな火が起こっていた。
「参ったなぁ……」
盛大に勘違いをしていたようだ。
あちこちから火柱が巻き起こる。
これは明らかに能力、やつらの使った狙いは、火风の能力を暴走させるさせることだったのか。
組織への謀反か、親の命令か、それは分からないが、この状況がまずいということだけは分かる。
む?もう一人誰かが向かってくるな……
先に手を打たないとな。
俺はすぐそばにいる火风の肩を掴む。
その肩の服を下げると、服の中がちらりと見える。
サラシを巻いているが、これは耐熱素材ではなさそうだな。
外側の服は耐熱素材だからよく分からないが、中のサラシが燃えていないから、まだ能力をある程度抑え込めているんだろう。
「少しもらうぞ」
首筋に噛みつく。
そうか、地面が燃えていたが火柱が立っていなかったのは、それが俺を飲み込むことを抑えてくれていたんだな。
隠れていた方の黒服が小銃で俺たちを狙う。
能力が暴走しているなら、その能力を分解してしまえばいい。
体温が上がってきているな。
死なせはしない。
魔力は十分、やるぞ、解錠。
小銃から弾丸が向かってくるが、それは俺の魔力とぶつかり消滅する。
広げて置いてよかった。
周囲が黒い靄で覆われている。
遠隔攻撃は効かないが、接近されればまずいことになる。
近づいてくる黒服が一人。
これはまずいな……
機械の方は奏未が動いてくれているからなんとかなりそうだが、それまでにやられそうだな。
そいつは速攻を決め込もうと靄の中に飛び込んでくる。
靄が集まっている場所を避けているから、あれに触れると塵にされると気付いたか。
「デモンズエンジン……」
何か来る!
「魔力⁉︎」
「切り裂け、疾風」
同時に銃を取り出している。
俺は火风を庇うように身を盾にするが、その攻撃が届くことはない。
「あたしが動いてることに気付いて、能力の暴走の危険性がなくなってから飛び込んできたことは褒めてあげるよ」
この声、そうか、もう全て破壊したのか。
「でも、その間に逃げなかったのは失敗だよ」
「14位……」
「助かったよ。奏未」
やっぱり頼りになるな。
奏未が千里眼を使っていてくれたおかげで、なんとかなりそうだ。
「お兄ちゃん。あの人任せていい?あたしはその人の治療をしたいから」
「ああ。そのつもりだったよ。それじゃあそいつのことは任せた」
「お兄ちゃんこそ、流れ弾とかごめんだからね?」
「善処するよ」
解錠を使い続けなくていいのなら、問題なく対処できる相手だ。
「どうして……?」
まだ意識があったらしい火风の掠れた声。
「痛むでしょ?喋らないで」
「どうして、裏切ったんだい……?」
何よりも、自分の命より大事なんだろうその質問に、そいつは無慈悲に答える。
「当然、親父の命令です。あなたの敬愛する親父の」
そいつ自身、この命令に納得できていないのだろう。
そいつの語った真相に、火风はその目を暗く曇らせている。
彼も納得していないようだし、軽く殴り飛ばして終わりにしてやろう。
「すまない」
その手の平から放たれた雷を、魔力を乗せた拳で打ち消す。
「これならどうだ?」
飛来する弾丸。
それを魔力で作り出したナイフで消して、そいつとの距離を一気に詰める。
それからすぐにナイフを消して、拳を握り勢いに任せた気絶狙いの非殺傷の一撃を叩き込む。
「クソッ!」
狙い通りだ。
「とりあえずぶっ飛べ!」
事情なんか知らん!
というか、俺も巻き添えで殺そうとしただろ謝れ!
謝ったって許さないけどな!
「伝えておけ!大層な理想を掲げているが、それはなんでもしていいと自分を正当化するマジックワードじゃねえ!それが分からないならダークヒーローを気取るな!ってな!」
「伝言を頼むってことは、この俺を見逃すってことか?」
「そうだな」
「なぜだ……」
「なぜって、そりゃお前、見逃したって大した問題にならないからだよ」
「なぜそう言い切れる!我々を愚弄しているのか!」
立ち上がって声を荒げる。
敬愛している親父を否定されて怒る気持ちは分からないし分かってやるつもりもないが、そう考えるのは予想通りだった。
「愚弄もなにも、仲間を信じられないようなリーダーがトップなんだろ?部下に疑問を抱かせたままなんてのは、必ず不和を生じさせて、いずれその亀裂は取り返しのつかないものになる」
それにこいつは、強引に自分を納得させて戦うなんていうこともしなかった。
リーダーの求心から取りこぼされた者が組織内に存在するということの証左である。
「九鬼仙は長くない。きっかけさえあれば簡単に崩れ去るだろう。だから生かしておいたところで問題はない」
「もう潰れること前提か」
「ああ。一度仲間を殺そうとしたという前例を作れば、組員たちは不信感を抱かずにはいられない。そしてその前例は拭うことができない。お前たちの理想は絵空事になったってことだ」
「徹底しなければ意味はないということか」
「分かってるじゃないか」
「確かにお前の言う通り、俺は親父に不信感を抱いている。それでも親父を信じたい」
「信じたいじゃない。信じるのが当たり前なんだ。そう思ったことを異常だと理解しろ」
決定的な一言、大きく開いた目が俺から離れない。
何も言い返せない、そんな自分が悔しいか?
結局お前の忠義が、その程度だったってことだ。
「俺とお前とでは格が違いすぎたようだ」
「格の違いってものはよく分からないな」
「……帰る前に火风さんに話がしたいがいいか?」
確認を取るのか。
律儀だが二人きりにはできないよな。
「この場でしろ」
「そのつもりだ」
呼吸を整えたそいつは、たっぷりと空気を吸い込んでから話し出す。
「火风さん、あなたは死んではいけません。俺の言葉で申し訳ありませんが、死なないでください。世界には、あなたのような新たなる可能性が必要なのです」
新たなる可能性が必要、その言葉の頭に、あなたのようなと注釈を付けた。
これはいったいどういうことだろう?
内容が興味をそそるものだし、しっかりと頭に焼き付けるとしようか。
「水面下では化け物たちが動き出しています。その中でも、やはり新たなる可能性の存在は一際目立ちます。少なくとも第5位『死神』、第1位『竜王』の二名は、世界の敵として立ちはだかるでしょう」
リヴァプールで戦った二人か。
確かにあれらは危険だ。
親父も危険視したからこそ、何度も接触しているようだしな。
1位の理想が叶えばあらゆる者から権利は失われ、5位の理想が叶えば世界終了まっしぐらだ。
「他の新たなる可能性が全て味方とも限りません。世界を守る、そのために動いてくれる新たなる可能性が必要なんですそしてあなたは……いえ」
能力の相性で覆せる場合もあるが、基本的に新たなる可能性には、それ以外の能力者では勝つことは不可能とされている。
それはそうだ。
日溜でもティナでも、ここにいる火风を倒せない。
あの灼熱の世界に連れ込まれただけで死ぬ。
それに経験上、新たなる力は一つじゃない。
あの技はその内の一つに過ぎない。
移動はあの奏未に並ぶ速さを持ち、触れれば一撃必殺らしい。
「人類の切り札となるはずだった十二人、それがバラバラに、しかも敵対する者までいる。まあ不安だろうな」
「その現状は親父も理解しています。それでも殺せと言ったから、だから疑問が拭えなかったんです。お願いです。どうか生き続けてください。あなたの戦いぶりを、俺は尊敬していたんです」
その言葉を正面から受けても、ショックから立ち直れない火风。
「言いたいことは言った。お前の伝言、親父に伝えておこう」
これを気に、もう俺には関わらないでほしいところだ。
「ビーストエンジン」
人間ならざる脚力で駆け出したそいつは、四足歩行で建物を飛び越えてどこかへ行ってしまう。
さて、後の問題は火风だな。
「おい、大丈夫か?」
奏未の治療が終わり、身体的には異常のない火风だが、あいつに言われたことが心に大きな傷をつけているようだ。
奏未の力では心までは治せない。
心の傷は外的要因である程度変化を与えることはできるが、最終的に立ち直れるかはそいつ自身にかかっている。
果たして火风は、立ち直れるだろうか。
俺は日溜に裏切られたことがあるが、あの時は何かあるってことを初めから分かっていた。
日溜が葛藤しているのを知っていた。
そしてあいつの本音を知って、本音をぶつけずにはいられなくなった。
本気で殴り合って、語り合って、そうして新しい俺たちを始めることができた。
だが、そんな俺たちと火风とでは、明らかに事情が異なる。
関係性も、されたことも、何もかも違う。
なんて声をかければいいのか分からない。
いや、答えなんてないだろう。
このまま放っておくことだってできる。
だが俺は、なんとかしたいと強く思ってしまった。
力になれるのならなりたいと、そう思ってしまった。
今日あったばかりの相手だが、そう思わせるほどに、火风は被害者だった。
「なあ」
普段通りに考え話せばいい。
俺の思うことをそのまま話せばそれでいい。
どうせ俺にはそれしかできないんだ。
火风が立ち直らなければ、どうせ俺は納得できないんだ。
だからどうせ一度の失敗でやめることはないんだ。
それなら、やれるだけのことをするしかないだろう?
「お前が捨てられたのには、必ず理由がある。大層なものでも、くだらないものでも、なんでも」
火风が虚な目で俺を見上げる。
何か話してくれれば、どんな言葉をかければいいのか少しでも分かる。
だが、その期待に反して、火风の口が動くことはなかった。
何かヒントはないのか?
これまでの言動を、発言を、一挙手一投足から、微細な言葉尻まで、全部を、思い出せ!
不自然な点があるなら、それら全てを繋ぎ合わせろ!
たくさんたくさん考えた末にいい加減面倒になってきたと、俺は後ろ頭をかいて、信頼を裏切られたばかりの火风に向かって決意を固めた表情で吐き捨てる。
「ッたく!うだうだと悩んでんじゃねえよ!そんなんだから捨てられるんだよ!」
「お、お兄ちゃん⁉︎」
驚く奏未を他所に、俺は一縷の望みをかけたそれを口にする。
「そんな女々しいやつが、裏組織で気に入られるわけないもんな!すぐ落ち込む、悩みを抱え込む!戦闘以外はからっきしだ!忠義だけで生きていけると思っているなら勘違い甚だしい!」
目を伏せ小刻みに震える火风。
「…………ないか」
「は?なんて?」
「…………じゃないか」
「聞こえないな。もっと大きな声で言ってほしいものだな」
「仕方ないじゃないか!」
声を荒げて涙目を見せる。
もう虚な目ではない。
「だって僕、女なんだよ⁉︎女々しい?当たり前だよ!僕は女なんだから!体は小さいし!怒鳴られれば萎縮する!背が低い?体が曲線?そんなの当たり前だよ!成長期だからって誤魔化してたけど、僕もう20だよ⁉︎背なんて伸びるわけないよ!男社会だから女はダメ?知らないよそんなこと!もっと男らしく?男らしさってなにさ⁉︎僕だってがんばったんだよ!その努力を知らないで、バカにしないでよ!僕のこと何も知らないくせに、僕のこと語らないでよ!!!」
荒い呼吸を肩を上下させて整える。
組織への不満、それを八つ当たりのように俺にぶつけて、鼻をすする火风。
「そうだな」
俺は屈んで火风に目の高さを合わせる。
「俺はお前のことを知らない。だが、お前が苦しんでいたことを今知った」
「君は……」
「偽ることが苦しいのなら、そのままの自分でいればいい。もうそこに居場所がなくなったんだ。好きな場所で好きに生きればいいんだ。大切な何かがあるならさ、それはきっと自分の中に蓄積されているから。だから後は前に進むだけ。違うか?」
「居場所を失って、どこで生きろって言うんだい?」
「どこでもだ。まさか自分で気付いていないのか?新たなる可能性ってのは、能力社会の頂点なんだ。望めばどこにでも居場所はできる。せっかく権威付いてるんだ。自分の窮地くらいそれを利用しても誰も怒りはしない。もし怒るやつがいるなら、俺が殴り飛ばしてやるよ」
少しでも納得すれば、そこからなし崩し的に納得していく。
だから勢いで捲し立てた。
「ああ、もう、本当に……変わってるね、君」
そう言って火风は笑った。
少しでも元気が出たならよかった。
「ありがとう。元気付けてくれて。ごめん、変なことに巻き込んで」
「気にするなよ」
「やることができたから、行くよ。もしまた僕が苦しんでたら、きっとまた今日みたいに、君は助けてくれるよね?」
「そこに俺が居合わせたらな」
「そっか。それが聞けただけでもよかった。それじゃあ、またね」
こっちこそ、お前が元気になってくれてよかったよ。
少しの熱を残して消える火风。
きっといい友人になれる……いや、もう友人だ。
「また会おう。今度は嘘はなし、本物の自分で、語り合おう」




