絶望に泣く者たち
「さて、帰るか」
「うん」
奏未と一緒に歩いて家に向かう。
そこそこ遠くまで来てしまったから、歩いて帰る距離ではないんだけどね。
「あの人に勝てた?」
「そうだな。一応勝ちにしておいてくれたよ」
エリアのいる場所じゃあできないような会話がある。
だからこうして時間を作る。
「理由は分かった?」
「教えてくれた」
奏未がそれに自分で気付いたことが一番の驚きだった。
いや、あんなの言われたって分からないやつは分からないぞ?
「それじゃあ、あの人自身お兄ちゃんのことには気付いたんだ?」
「俺の出までは気付いていないだろうけどな。まあそれでも、十分凄いことなんだがな」
あいつは気付いていた。
俺自身に備わっている神性を。
あいつがいつから俺を知っているのか分からないから、それの変化について気付いているのかは分からない。
しかし、そもそも神性なんて見極めようとして見極められるものではないから、あいつのしたことは根源たる力故の仮定だろう。
であるならば、神性の見極めには至っていない。
「俺の持つ神性、これってなんだろうな?」
「ごめん。あたしも初めて感じる神性だから分からないや」
「だよな」
これまでにない事例だしな。
それに、今まで持っていた神性から大きく変わったからな。
神性の増大だけでなく、その性質さえも変化している。
つまりはまるで意味が分からないということ。
「その神性、今までに感じたことのないものだけど、うちの術は使えそう?」
「ああ。それなら昨晩の内に試しておいた。素撃ちできる術が増えていたよ」
「昨日感じたあれってやっぱり素撃ちだったんだ」
「どうやら俺はまだ強くなれるようだ」
「そうだね。そのためにも、本殿で一度調べてもらわないとだね……」
「行きたくねー」
「それでも行かないと。もっともっと強くなるんでしょ?」
「誰か呼べばいいんじゃないか?詳しいやつをさ」
「呼んで来そうなのは風露さんとこくらいだよ」
風露さん、叔母さんとこじゃあ調べられないだろうな。
「大観覧祭が終わったら一度本殿に顔出さないとな」
「これだけの神性なら本殿のみんなもきっと認めてくれるよ」
「本殿の連中に認めてもらいたいと思ったことはないけどな。まあ、本殿での扱いが変わるなら、それに越したことはないか」
「お兄ちゃんって彼らのこと嫌いだよね」
「そうだな。風露さんと雪華ちゃんくらいしかまともなのいないからな」
「自分の母親はどうしたの?」
「あの母親は」
「「まともじゃない」」
奏未も俺の言うことが分かっていたようで、言葉が重ねてきた。
他の連中とは別ベクトルだが、悪魔である親父と結婚するくらいにはまともじゃない。
「そもそもお袋は術を使うのが苦手だから論外だな」
「だねー。お兄ちゃんなら自分で調べられるんじゃないの?」
「無理だな。自分で自分を調べられるならこんな話してねーよ」
「そうだね」
雪華ができるようになっててくれればなぁ……なんて思いながら、まだまだ話すことはありながらも、今日はこのくらいにと奏未の能力で家に帰るのだった。
校長に呼び出され学校に来た。
日曜日になんで学校なんかに来なきゃならんのだ。
この後予定も入っているから急ぎたいんだがな。
閉じている門を跳び越えて、当たり前のように私服で侵入する。
校長室だったな。
嫌な空気のするその部屋に心底嫌そうな顔で入ると、そんな俺とは対照に、心底楽しそうな表情で俺を出迎え、楽しそうに手招きしてくる。
「ご機嫌いかがかな?なんて聞くまでもなかったね」
不愉快な挨拶をするそいつとは、距離を置いたところでさほど意味はないだろう。
俺は指示に従って机の前まで足を進める。
俺の殺気を涼しい顔で受ける空斬校長は、机の上に風呂敷に包まれたそれを置く。
そこそこの重量だな。
それを解いて中身を露わにする。
形状からしてシース、だがイメージしづらいだろうし知らない人も多いだろうし、ホルスターと表現するのが妥当かな?
これがあるということは、当然中身は……
「……ナイフか」
ホルスターに収まったナイフが2本。
「どういうつもりだ?まさか、これで誰かを殺せ、なんて言うつもりじゃないだろうな?」
「それはそれで面白そうだね。しかし、僕の立場でそんなことを勧めると問題があるのでね」
どういうことだ?
ナイフを渡してくるということは、こいつが俺が暗技使いだと気付いているという証拠だ。
しかし、だからといってナイフを渡す理由にはならない。
この行為には何かしらの意味があるはずだが、それが残念ながら全く見えない。
「これはほんの気持ちだよ。なに、特別な意味があるわけではないよ。推薦枠に君を選んでしまったから、こちらからも多少のサポートを、と思ってね」
本音は隠しているだろう。
しかしその本音も、こいつにとっては特別な意味にはならないはずだ。
なにせこいつは嘘を吐いていない。
暗技使い相手に嘘は通じないことは知っているだろうし、当然それを考慮して発言した結果として嘘がなかったわけだ。
やはりこいつは信用ならないな。
「個人戦、選抜戦、どちらも励みなさい。少なくとも今は、君は『人間』として生きているのだから」
なんだ、この含みのある言葉は……?
まさか……って、いかんいかん!心を読むんだったな、こいつ。
「せいぜいそこで座って見てるんだな。俺はお前の思い通りになるつもりはない」
「君がどれだけ僕を拒もうと、最終的には求めに応じてくれる。僕の望みは君がいれば基本叶うものだからねぇ」
なんだ、こいつの望みは?
「以前教えたと思うんだけどね」
以前……大阪に行く前か。
「その通り」
当たり前のように思考を読むことはもう置いておいて、俺は大嫌いな校長との会話を思い出す。
「『せいぜい僕を楽しませてくれ』、あの言葉が全てか……!」
「正解だ!やはり君は賢い!僕の言葉をそのままに受け止めるなんて、そんなことはそうはできない!ああ、やはり君なら世界を面白くできる!頼むよ?派世広人くん?」
何がそんなに嬉しいのか……
気味の悪いその人から早く離れたくて、俺はナイフを受け取るとすぐに部屋を後にする。
「選抜戦で、必要になった時だけ使うことをお勧めするよ」
実力も立場もある人物の言葉、それは時として非常に重くのしかかる。
傍から見れば軽い感じで言ったように見えるだろう。
しかし実際は、その言葉には権威とその考えへの絶対の信頼のようなものを載せている。
お勧めというよりは脅迫と言うべきものだな。
それを理解して言っているのだから嫌らしい。
従うしかないか……
待ち合わせ場所は病院の前だったな。
もう着いている頃だろうか?病院から出てきた一人の女性が時計を気にしながら辺りをキョロキョロと見渡しているところを発見する。
あの人かな?
「すいません」
俺は駆け寄って声をかける。
「えっと、あなたは……」
「有松さんですか?」
「えっと……もしかして派世さんですか?」
「はい」
相手が気弱な性格だと判断し、警戒を和らげるためにも敬語で話す。
「お時間いただきありがとうございます」
神職だと言って掛け合ったから、服装に違和感があるのか少し訝しみながらも、有松さんは親切に答える。
「いえいえ。解決の糸口が掴めるかもしれないとおっしゃっていたので協力したまでです。お願いします。息子を、息子を助けてあげかください……」
「まずは話を伺いましょう」
「はい」
医師の立ち合いのもと話すということで、診察室を一室借りてそこの椅子に腰を下ろして聞く。
「うちの息子、目が覚めてからずっと震えて布団にくるまっているんです。あいつが来るって何度も言い続けています」
あいつと限定しているということは、薬物でよく聞くような誰かに見られてる感覚とは違うものだろう。
誰かではなくあいつ、そこにヒントがありそうだが、質問は全体を知ってからの方がいいだろう。
「怖い、やめて、何度かそう言っていましたが、今ではごめんなさいしか言わなくなりました」
精神汚染の類か?
Objectの力って可能性が高いが、新たなる可能性クラスならそれを能力で行うことができたって不思議ではない。
「さっきも、一人にしようとしたらいかないでと引き止められました……私は、どうしたらいいのでしょう……?」
泣き崩れる有松さんの背中をさする看護婦さん。
「その、ごめんなさいという言葉、それの心当たりはありますか?」
「え?」
「詳細を知らなければ手の施しようがありません。大切なことです。些細なことでもいいので、お願いします」
「……少し、非行に手を出しています。それに謝っているのかもしれません」
なんらかのことに恐怖すれば、ごめんなさいという言葉は当たり前に出てくるものだ。
だが一応参考までに覚えておこう。
「あいつが来る、そのあいつについて聞いたことはありますか?」
「……はい。でも、それが何かは分かりませんでした。言っていたのは、何かがどこまでも追い続けてくる、と」
現実で誰かが何かから逃げている様子があれば、必ず誰かが気付くはずだ。
つまり意識不明の間のことだ。
夢の中の出来事だな。
となると、やはり精神汚染の線が濃厚になってくる。
「息子さん、しばらく眠っていないのではないでしょうか?」
「は、はい。そうなんです。あの子は2日前に目覚めたにもかかわらず、今日まで一睡もしていないんです」
それほどのトラウマを植え付けられたということか。
「詳しいことは本人に会わなければなんとも。しかし、意識不明から目覚めることができたので、おそらくもう寝ても問題ないでしょう」
まあそれがトラウマのせいでできないわけだが。
「トラウマを克服するためにも、睡眠はとらせた方がいいでしょう。猿夢のようなものでなければ問題ありません。もしその類ならお手上げです」
夢に干渉する術はないからな。
「本人に会えないのでここまでしか言えませんね」
数が集まれば正体が掴めるだろう。
しかし、やはりこのやり方では話してくれる人だって少ない。
「話していただきありがとうございました。何か分かりましたら、連絡させていただきます」
「はい。お願いします」
「本日は患者にどのような処置を施せば良いでしょうか?」
ああそうだ、明確な指示をしていなかったな。
「そうだな、患者の身を守るため、そして精神を守るためにも、手は打つできだな。寝かせるのが一番だが、その行為の安全性もまだ分からない。とりあえず今は安全性を考慮して寝かせるなとしか言えない」
一応ここには神職として来ているから、その術でなんとかしてやりたいんだがな。
本人の容態が診れない以上何もできない。
「この札を近くに貼ってみてくれ。それに変化があったら知らせろ」
医師にそう言って俺は軽く会釈してから、彼らを部屋に残していく。
あの札は大阪で日溜と黒白凰に持たせていたものの劣化版だが、劣化版だからこそ微弱な瘴気に反応して変化する。
呪いの類ならこれで分かり、俺の力で払うことができる。
しかしそうじゃなかったら……
頭の後ろを掻いてどうしようと考えながら、俺は病院を後にした。
やはり、神職と言っても中々話が通らないな。
八田月に任せておくべきだったか?
特殊部隊の肩書きとどっちが会ってくれるんだろう?
さて、すでに予定がなくなってしまった俺は、目的もなく自分の最寄りの一つ前の駅で降りる。
ここまでなら家から40分も歩けば着く。
短い区間に駅作り過ぎだから。
「む?そこの君、止まりなさい」
交番の前を通りがかったところで、警察官に呼び止められる。
また警察か……
「武器登録証見せてもらってもいいかな?」
「大観覧祭に向けての警備強化か」
それを見せる。
俺はナイフを武器登録している。
武器登録しないと武器を持ってはいけないとか、登録した武器以外を持ち歩けないとか、非常に面倒な仕組みだが、武装を解禁してしまった以上、何かしらの制約を持たせなければ治安を維持できないのだろう。
「確認できた。ごめんね、急に」
「構わないよ。お仕事お疲れ様」
警察と狩人が多いと思っていたが、大観覧祭の準備で集まっていたのか。
今まで出たことがなかったから、それに関して詳しくない。
違和感はあったが気付かなかったよ。
適当に歩いているだけでも、ちらほらと狩人を見かける。
リーラとエリアにとっては最悪だな。
俺も奏未も個人戦に出場しているが、階級が離れてるから俺が敗北してから奏未が出ることになるだろう。
どちらかが一緒にいれるから、出店を回ることくらいはできるな。
どこもかしこも大観覧祭一色だ、そんな周囲の変化を一括した感想を抱きながらそこかしこを観察する。
すると見覚えのある顔を見かける。
「実か」
スーパーから出てきたところのようだ。
そういえば、もうすぐ昼飯時だったな。
病院に入る時から切ったままになっていたスマホをつけると、それまでに届いていた通知が一気に届く。
うわぁ、ウォルレスからものすごいメールが……
ん?ウォルレス?
珍しいな、ウォルレスが連絡をよこすなんて。
イギリスで何かあったのか?
「広人くん?」
呼ばれた声に顔を上げると、すぐそこにあった実の顔に驚いて、反射的に声を上げてしまう。
すぐさま少し距離をとって呼吸を整える。
暗技使いに接近を気付かせないとは、なかなかやるな……
いや、ありえないから!
たとえ気配を消そうと、姿を見えなくさせようと、暗技使いは感知できるから!
冷静になろうとすればするほど、理解に苦しみ心の内で総ツッコミ。
「やっぱり広人くんだ」
嬉しそうだなと思ったが、それはあまりに無関心が過ぎる感想で、残酷すぎるから口を噤んだ。
代わりとなる言葉を探して、なんとかそれを口から吐き出す。
「驚かさないでくれよ……危うく変な声出すところだったぞ……」
「変な声は出してたよ?『うぴゃあ!』って」
「そんな声は出してない」
別れ際にしたことを忘れているなんてことはないだろうが、あれは俺が見た夢だったんじゃないかと思ってしまうほどに、実は距離感近く接してくる。
いや、あえてそうしてくれているのか?
しかしやはりそれは夢ではなかったようだな。
あははと笑っていた実からだんだん元気がなくなっていって、すぐに少し気まずそうにする。
「まあそりゃ、気まずくもなるか」
「言葉に出しちゃうんだ……」
あえて口にすることで、話を切り出すきっかけにする。
「まあ、こういうのは早めに答えておいた方がいいよな」
「え?嘘?もう答え出したの?私まだ心の準備が……!」
「実、お前の想いに応えることはできない」
「……そっか」
気まずくて目を伏せる実。
実に落ち込んだ表情をさせてしまったことには罪悪感を感じるが、かといって返事を変えることはない。
「えっと、参考までに理由を聞いてもいい?」
「理由か、そうだな……とりあえず今は、誰とも付き合うことはできない。そういうことを、考えられない、かな」
理由を語るのは難しい。
単純に考えればいいものを、わざわざ色々複雑に考えて、自分で答えをだせなくなる。
だから、もっともじゃない理由だとしても、思考することから逃げる選択をする。
「きっと感情的に好き嫌いを判断してしまえたなら、それこそとても素晴らしいことなんだと思う。それでも今の俺には、そうやって考えることができないんだ」
理想の実現に向けて、俺は全力で動かなければならない。
倒すべき敵の存在は、数多見えている。
戦いが激化するのは目に見えてる。
「誰か一人を優先して、他のものを失いたくない。そんなわがままな理由だけれど、いや、むしろ今はこんな考え方しかできない俺だからこそ、やめておいた方がいいと思うんだ」
「……そっか。今は、か」
「まあ、今は、といえばそうなんだが、一度でも合理性や妥当性なんてもので恋愛感情を拒絶しようとする俺だ、実のような自分の感情と向き合える人が俺なんかを好きでい続けても、不幸にするだけだと思うんだ」
「あはは……私のためを思って断ってくれたんだ。でも、ごめんね?どうして君が私と付き合えないのか、理由を知って、君が優しすぎて、余計に好きになっちゃった」
合理的な判断で断ったんだ、もっと怒ってもいいだろうに。
ビンタの一発でもしてくれれば、きっと俺も楽だっただろうに。
未だに好きでい続ける、なんてやはり俺にはもったいない。
そんな風に思いながら、俺は実を羨ましく思うのだった。
「……って、呼び出されてたんだった!」
「そうなの?ごめんね。時間とらせて」
「謝るなよ。俺が悪いんだ」
「そうだな。お前が悪い。そうだろ?なあ?ヒロト」
突如として降って湧いた流れ。
スマホを確認する。
集合時間を50分ほど過ぎている。
と言っても、一方的に呼び出され、しかも俺はそこに行くとは言っていないのだが。
音もなく空から降ってきたそいつに驚き、慌てて俺の後ろに隠れる実。
「盛大にびびってるな」
「あ、当たり前だよ!だって空から現れたんだよ⁉︎しかも音もなく降りてくるし、絶対危ない人だよ!」
「危ないというのは否定しない。事実俺は、これまで何度も人を殺してきた」
俺が来ないから探したのか?
だとしたら相当重要な用事があるのか、それともそれほど俺に会いたかったのか……
「しかし……女性を連れ歩くとはけしからんな」
「え?もしかして、やきもち妬いてる?」
俺と同じ誤解をしていた実が、俺に隠れたまま呟いた。
「どんな誤解だ」
「違うんだ……」
そう言って少し残念そうにする実。
「ヒロト、その女性との馴れ合いはそれくらいにして、俺と来い」
「断る」
「即決か」
「食事がまだなんだ。それに、面倒事の匂いがする」
わざわざイギリスから日本に来ているのだから、よほどのことがあったに違いない。
「言っておくが、大観覧祭が終わるまではイギリスには行かないからな?」
「いや、問題は日本で起きている。耳にしたことくらいはあるだろう?意識不明の患者が病院に運ばれてるってことは」
俺がちょうど着手し始めた事件だな。
ルーリック第2王子も気になったのか。
「広人くん、この人が言ってる事件ってあの意識不明事件だよね?」
「今事件と言えばまず間違いなくそれだな」
「それを調査って、この人何者なの?」
「ああ。こいつはウォルレス。イギリス第2王子の抱えるイギリス最大の戦力だ」
「うん。ごめん。何を言ってるのか分からない」
まあ、現実味がないってのは分かるけどね。
事実なんだから納得してもらうしかない。
「しかし、なぜイギリス王室が事件の調査を?日本の問題のはずだろ?」
俺が取り組んでいるだろうと予測して助け舟を出した、とは考えがたいな。
かといって気まぐれでしたとも思えないし、必ず何か訳があるはずだ。
例えば、何かしらの組織が関与しているとか。
「主はこの事件に別の場所で起きた事件との類似性を見出した。数ヶ月前まで中国で頻繁に発生していた事例、意識不明の患者の事例だ」
中国でも同じような事件が起きていたのか。
俺たちの話に興味を持った実は、そのまま食い入るように話を聞く。
「そこにエージェントを送り込み、当事者たちから聞き込みを行ったところ、判明したのは原因不明だということ。そしてもう一つ、皆が皆同じ場所で同じものに追われていたということ」
追われていた?
俺が今日聞いた話も、それと同様のことを語られた。
「その事件の詳細は、中国警察の極秘ファイルにはこう書かれていた。ティンダロスの猟犬の食事、と」
ティンダロス?聞いたことない名前だな。
「もしかすると最悪の事態になっているかもしれない」
「最大の事態?」
「ティンダロスの王、その到来を許してしまったという事態だ」
「全く状況が分からない」
実に知ってるか訊ねるも、当然知らないと首を横に振る。
「まあ、そうなっても俺がいれば問題ないが。それはさておき、そうした一連の事件、ティンダロス事件の追跡は急務であると判断が下った。中国から日本へ。ワールドワイドになりつつある」
たしかに、何かしらのObjectが勢力を拡大しているのなら、それは早急に対応すべき問題だ。
「以前まで中国で頻発していたと言っていたが、それはつまり今はかなり縮小しているか無くなってるってことだろ?」
「ああそうだ、と言いたいところだが、日本で発生が確認されてから時間が浅いせいでなんとも言えないんだ」
時間が浅い、つまりはこの大観覧祭の慌ただしい時期にそれが襲来したわけか。
「中国で起こったそれでは、被害者全員で共有する共通点のようなものは発見されなかったが、一部にはそれが見えた」
「言ってくれ。些細なことでも答えに繋がることがある」
「そうだな。共通するのは、そいつらがマフィアだってことだ」
「被害者でそれを占める割合は?」
「その、『わりあい』ってものが何かは分からないが、被害者の40%をマフィアが占めている」
40……多いな……
「だが、他の者は様々だ。政府の役人や企業の社長、警察官までいる」
うーん……何か掴めそうだが、日本での事例と矛盾するんだよなぁ……
「資料とかってあるか?」
「ある訳がない。極秘ファイルの情報なんだ。持ち出すこともコピーをとることもできない」
だよな。
「それなら、自分の足で情報を集めるしかないか」
イギリス王家という立場を見せれば、協力者は増えるだろう。
「姫様が日本に来ている。合流して利用するといい。俺は警察に掛け合ってくる。カメラ映像から分析しよう」
ティエラもこっちに来ていたのか。
「それなら俺の友人がした。データがうちに送られているから、それを渡そう」
「行動が速いな」
「俺はこれから帰るところだったんだ。ちょうどいい。案内しよう」
「いや、場所は分かっている。なにせ、姫様を送ってきたからな」
なぜ俺の家にティエラを送ることができるのか……
住所を教えた覚えはないんだけどな……
「ツッコミたいところはあるが、まあそれは置いておくとして、そうなればすぐにでも行動だ。行くぞ」
「そうだな。対処が遅れれば遅れるほど、被害者は増えるばかりだろうからな」
「私も手伝おうか?」
実がそんなありがたい申し出をしてくれるが、ウォルレスらイギリス王室との関係性を鑑みれば、なるべくそこと実の繋がりは残したくない。
「いや。ティンダロスのことを頭の片隅にでも置いといてくれればそれで十分だ。時間もしばらくかかるだろうしな。お前には仕事もあるだろ?」
「そっか。それじゃあそうしておくね。気をつけてね」
「ああ」
実と別れ、俺たちも俺たちで歩き出す。
「さっきの人、ガールフレンドか?」
「友人だ。今後どうなるかは分からないがな」
「姫様を悲しませないでくれよ。うちの主、妹のこととなるとうるさいんだ」
「とんだシスコン兄貴だな」
「『しすこん』が何かは分からないが、何を言いたいのかはなんとなく分かる。主にも困ったものだよ」
「ただいま」
「おう!おかえり!」
玄関を開けると、リビングから顔を出した日溜が出迎える。
「なんか、騒がしくないか?」
「ああ。王女様が急に来たし、女の子同士で話すことがあるんだろ?」
なぜ女性同士の会話というところをあえて言ったのか……何かしらの意図がありそうだが言及しない方が良さそうだ。
リビングに入ると、俺の予想通りに奏未とティエラが睨み合っていた。
リーラとエリアはこんな状況でなぜ落ち着いてテレビを見ていられるのか……
「日溜、お前よくこんな場所にいれるな」
「慣れだぜ。いつもは俺が奏未ちゃんに睨まれる立場だからな。いつもより居心地がいいくらいだぜ」
「いやー、うちの妹が悪いな。俺に近づく人に手当たり次第に噛みつくの、やっぱり注意すべきだよなぁ」
「ほんとだよ!さっさと直してくれ!命がいくつあっても足りねーよ!」
「そう言ってられる内は大丈夫だな」
「そんな殺生な……!」
バチバチしてる二人を他所に、俺はリーラたちに挨拶する。
「おう。食事は済ませたか?」
再放送のバラエティー番組を見ていたリーラは、ぴょこぴょこを垂れ下げたまま首を横に振る。
そのまま俺を見上げたリーラは、手伝うと言わんばかりに立ち上がる。
「何か食べたいものはあるか?」
台所に移動して冷蔵庫の中身を確認しながら訊くと、ついてきていたリーラは少し考えた後に答える。
「ハンバーグが食べたいです」
なるほど、ハンバーグ……
ご飯は炊いてないし、この人数の米をこれから炊くのは、少し面倒だ。
炊飯器5合炊きだしなぁ……
そもそもハンバーグの材料がないんだけどね。
牛ミンチがない。
「材料がないから無理だな。パスタでいいか?」
「広人さんが作るなら、私はなんでも構わないですよ」
ならパスタだな。
茹でるのに少し時間はかかるが、米炊くよりは楽だ。
研ぐところから始めないといけない米と違って、準備が湯を沸かすだけだから楽だしな。
「日溜がいると量が必要になるから、作るの大変なんだよなぁ……」
そんなことをぼやきながら水を火にかける俺。
適当に食材を切って、沸騰したら火を弱火にして、塩を入れてパスタも投入。
「これを一方向にゆっくり混ぜ続けてくれ」
リーラに頼むと、ぴょこぴょこを起こして力強く頷く。
よく料理の様子を眺めていたし、興味はずっと持っていたのだろう。
これからもっと手伝ってもらう機会を作っていこう。
そんなことを考えながら、大体20分程で料理が出来上がる。
「よし。まあこんなもんだろ」
ロングパスタで適当に作った料理だ。
リーラにもあれこれ手伝ってもらったそれを机に運び、未だにいがみ合う二人を他所に食べ始める。
「どうだ?俺の料理のお味は」
目を輝かせて食べるエリアに訊ねると、緩み切った顔を直して、可愛い声で可愛いことを言う。
「アンタ、中々やるじゃない。褒めてあげるわ!」
「ツンデレっぽく言っても、今更そっちに路線変更はできないぞ?」
「そんなつもり始めからないわよ!」
「あ、それあれだろ?俺が派世の部屋に置いてる漫画、そのキャラの口調をマネたんだろ?いやぁ……実際に女の子が口にしてるのを聞くと、感慨深いものがあるぜ」
「この人急にどうしたの?もしかして危ない人?アンタ、友人は選んだ方がいいわよ」
「し、辛辣だぜ……」
人間嫌いは相変わらずだな。
さて、そろそろ呼んでやるか。
「お前ら、さっさと飯食えよー。冷めたら味落ちるからなー」
「お兄ちゃん⁉︎いつの間に帰ってきたの⁉︎」
「ヒロト⁉︎ど、どこから入ってきましたの⁉︎」
「久しぶりってほどでもないような気はするが……久しぶりだな、ティエラ」
「久しぶりですわ……じゃありませんわよ!ああ……汚いところを見せてしまいましたわ……嫌われてしまいますわ……」
「そんなことで嫌わないから。それに大体日溜のせいだろうしな」
「バレちゃってたぜ」
「お前が焚き付けないと奏未が暴走することはない。一度納得したことは触れられなければ掘り返さない、それが奏未だ」
「んで、何をいがみ合っていたか分かるか?」
「言わせようとしてる?それなんて拷問?」
俺にこの場で言わせたら、俺とティエラは恥ずか死するぞ?
「何を下らないことを話している?お前はすぐにでも取り掛かるべきことがあるだろう?そっちの準備のために、さっさと食事を終えろ。明日からは大観覧祭、お前は時間が著しく制限されるはずだ」
分かっている。
やることは山積み、希望が見えてきたところで、それを投げ捨てるようなマネはするべきではない。
「安心しろ。こうして無駄話している間にも、頭の中では事件被害者情報を整理しているところだ」
そして回る順番を決めた。
俺に思考を止めろって言う方が無理な話だ。
「ティエラ、会ったばかりで悪いが、一つ頼まれてくれ」
「時差であまり体調は優れませんが、ヒロトのお願いでは仕方ありませんわね。分かりましたわ」
まあ、ティエラの食事が終わるまでは待たないといけないしな、それまでのんびり過ごすとするさ。
もちろん、防犯カメラの映像データをウォルレスに渡してからになるけどな。




