九鬼仙
家に着くと、イライラマックスの奏未が出迎えてくれる。
「た、ただいま」
「おかえりなさい。広人さん」
笑顔が怖い……
「ご飯できてますよ?」
仁王立ちして通そうとしない奏未にそう言われて、しかし通れるはずもなくそこから動けずにいる。
「それで、どうして避けなかったんですか?」
「いくら暗技使いの俺でも、全部が全部お見通しというわけにはいかないんだよ」
「不自然に近づいてきたのには気付いていたでしょう?」
「はい」
「イギリスでされて以降警戒していたから気付いていましたよね?防げましたよね?」
「はい」
「責任を取れないのにされるがままにならないでください」
「いや、あれは飛び込んできた実を受け止めないと、実が怪我する恐れがあったからで……」
「それでもダメです!手で防ぐとか、顔を背けるとか、色々方法はあるでしょう?受け止め方一つ変えれば回避できるんじゃないですか?」
「はい。その通りです」
しかし、キスをされることまでは予想してなかったし、俺自身様々な疑問に思考を割いていたこともあった。
あの時それに専念していればというイフがあれば回避できたというだけだ。
「まあ、今回は仕方ないと納得します」
現実的ではないことを言っていると奏未自身理解しているようで、なんともあっさりと許される。
「はい、話はおしまい。お兄ちゃん、ご飯食べよ」
リビングではリーラが植木鉢の花に向けて話し終えたところで、花が枯れて種が落ち、それを回収すると手を洗いに行く。
俺も帰ってきたばかりなので荷物を置いて手を洗ってから席に着く。
朝のニュースをリーラが眺めている。
そういえば、吊橋が脱獄したんだったな。
どうなったんだろう?
まあ、そんな簡単に新たな情報が出てるとも思えないが……
そう適当なことを思いながら眺めていると、別の事件が先に報道される。
『最近、何人もの人が意識不明で病院に運ばれる事件が多発しています。彼らは一様に外傷はないようです。また、目覚めた方は原因に心当たりがなく、これまた一人の例外なく何かを非常に恐れている様子があります』
何かを恐れるねぇ……
異常性関連の事象の可能性があるな。
とりあえずそいつらに会いに行くべきか……いや、恐れてるってことは何かしらの精神干渉を受けているだろう。
不用意に接触してそれにより死亡、なんて可能性だって十分ありえるんだ。
なにせ不死身の肉体、なんてものさえ存在するのだからな。
吊橋の情報が中々出てこないのでスマホで調べる。
目撃情報なんてどうでもいいんだよ。
『吊橋六名の葬儀、脱獄犯吊橋永覚の脱獄はこのためか⁉︎』
ふむ、中々興味をそそるスレだ。
それを開いて記事を読むが、内容を要約すると、
『それは非常に気の毒だが、そのために脱獄するのは間違っている。捕まったのは自業自得で、葬儀に参列できないのも自己責任であって然るべき。葬儀の参列のためなら脱獄してもいいと考えていることが反省してない証拠である』
と、大体こんな感じか。
なるほど、自己責任の立場で語るのか。
犯罪者への風当たりはやはり強いな。
だから社会復帰できず再犯が多発するんだろうって思うんだがな。
昨日たくさんあった日溜からの電話、その内容が気になって呼び出す。
『派世ぇ……折り返し遅ぇよ』
テレビを見るリーラの邪魔にならないようにリビングを出て、小さめの声で話す。
「悪いな。昨日は色々あってさ。それで、何の用だったんだ?」
『吊橋関連で呼んだんだが、まあ、終わったことをお願いしたって仕方ねぇ。今日これから時間あるか?昨日あったことを話したい』
「取れる時間は12時までだ。それ以降は無理だな」
『今すぐ駅前集合だ』
呼び出し方が雑なんだよなぁ。
元々これから外出するつもりではいた。
しかし、意識不明患者の様子を見に行くことはできなくなってしまったな。
電話が切られ、これ以上話すこともなかった俺は、それをしまってリビングの戸を開ける。
「よし!リーラ、出かけるぞ」
まあ、終わってからでも遅くはないか。
「出るの早くないです?」
「日溜に呼び出されたからな。残ってもいいぞ?そっちのことも俺が済ませておくし、その後でちょっと用事もあるしな」
リーラがテレビを消すのを見て、自分もさっさと荷物を持ってこようと自室に戻る。
荷物と言っても、普段と同じ鞄一つだがな。
結局必要なのは財布だけなんだよな。
玄関で待っていたリーラと一緒に家を出る。
戸締りはしっかり。
奏未が買い物に行って家にいないからな。
今すぐと言われたからすぐに来たが、さらに早く日溜はついていた。
「リーラちゃんも一緒か。まあ聞かれて困る話でもないし、構わないぜ」
「場所を移そう」
「そうだな。つっても、生憎今日はどこの学校も大観覧祭前で休日、街中はどこも学生でごった返して移せる場所なんてないぜ?」
「それが、あるんだよ」
「いったいどこに……」
そう言った日溜を連れてそこに向かう。
駅から少し歩いた先に、洒落た外観の建物が現れる。
「あー……なるほど。たしかにあそこなら、学生で埋め尽くされてるってこともないな」
「今何か特別展やってたかな?」
「鑑賞目的だったか……」
「いいや、あそこ一応カフェ入ってるから。そこなら落ち着いて話ができるだろ?」
「やっぱり、落ち着いて話をするならそうなるよな」
「どうした?」
「少し前に別のカフェに行ったんだよ」
「同じじゃないなら問題ないな」
横断歩道を渡ってようやく着いたそこで、とりあえずアイスコーヒーを注文する。
「広人さんのおすすめはなんです?」
「アイスココアだな。冬場ならホットココアだ。今飲んでも美味いことには違いないがな」
リーラが頼みおえたので、二人分の金を払って待つ。
しばらくして出てきたそれらを持って席に着く。
日溜が続いて持ってきて、一緒に買ったドーナツを食べ出す。
「いや、話はどうした?」
「あ、そうだったそうだった」
「あまり時間をとれないんだ、しっかりしてくれよ」
「そうだな。さて、吊橋の脱獄とその後について話すぜ」
そうして日溜は、どこか悲しそうにそれを話し出した。
脱獄後、実家の喪失、母の喪失、それらを立て続けに経験し、死にたいと願った。
しかし最終的には死ななかった。
母の想いを裏切ることはできなかった。
「やっぱり、他人事には思えなかったんだな」
「……ああ。俺たちで破滅に導いたから、最初はただその責任を果たすために、関わっていたんだけどな。いつしか俺は、あいつに自分を重ねていたんだ」
境遇が似ているからな。
「俺とあいつとは全く別の原因で失った。でも、母が大切にしてくれていたのは同じで、でも、結果が違うだけでこうも変わるんだなと、痛感したぜ。もしお袋が死んでいたら、俺も死を願ったかもしれない」
「そうだな。だが、そのもしもは訪れなかったし、吊橋も死ぬことはなかった」
「ああ。死ぬつもりはないが、たくさんたくさん考えたいって、そう言って去っていった。死なないとはいっても、苦しいことには違いない。手を伸ばしてくれる誰かがいなかったら、きっとあいつは死んでいた」
「運が良かったとは、口が裂けても言えないけどな」
「だな。結局六名さんは死んだ」
「ああ」
「お前は、吊橋が事件を起こした原因って、なんだと思う?」
「さあな。ただ一つ言えることがあるとすれば……」
「あるとすれば?」
「あいつ一人の責任に還元していいようなものじゃないってことだな」
「そうだな……ああ。その通りだ」
人が社会で生きる以上、全てがその人の責任ってことはありえないんだよな。
「上手くいかねぇもんだなぁ。人生って……」
「そうだな。俺もお前も失敗ばかり。後悔と反省を繰り返して自分ってものを見つける。それが生きるってことだ」
「お前の人生感って独特だよな?」
「そうか?」
「やりたいことを見つけろってよく言われてるだろ?」
「人生はそれだけじゃないし、漠然としたやりたいことなんて分からないものだ。それを知りたいなら自分を知らなければならない。自分を知るには過去を振り返る必要がある」
自分の経験による裏付けくらいしかないが、結局生きていくってことは歴史を紡いでいくってことに他ならない。
振り返ることでしか価値は決定されないものだ。
「なんでか、お前の言葉って重いよな」
「何かしらの裏付けがあれば、よっぽど言葉は重くなる。規範を語るだけなのが一番薄っぺらなものだ」
「一理ないこともない」
まだ冷たいままのコーヒーに口をつけて、欲しそうに見つめるリーラに渡す。
「ところで、お前の方はどうなんだ?昨日何かあったんだろ?」
まあ、電話繋がらなかったらそう思うよな。
実際面倒なことがあったし、実のことを省いて話せばいいか。
「エルドラドを追ってクロノスとかいう化け物と戦った」
「クロノス?ギリシャ神話か?」
「さあな。そう名乗っていたからそうなんだよ」
「ていうか、お前エルドラドを追うってなんだよ?それが日本にあるわけねーだろ?」
「あったんだからあったんだよ」
すごくざっくりと説明して、そんな俺に日溜は疑いの目を向ける。
「何か隠しているような気がするんだよなぁ……」
鋭いな、こいつ。
「あれだろ。実はもう一人いるんだろ?一緒に戦った誰かが」
それ勘で言ってるのか?
「いや、そうに違いない!じゃないと話が不自然だ!あれだ、味方に誰かあまり人に知られてはいけない誰かがいるんだ!」
なんでこんなに鋭いのか。
アイドルの実ってこいつ知ってるのかな?
まあ、話してやるつもりはないが。
「まあ、なんやかんやあって帰ってきたわけだ」
「なんやかんやって、ほとんど説明になってない!」
そこそこ話したと思うんだが……まあそれだけ実の事情が深く絡んでたってことだな。
「リーラちゃん何か知らない?」
「広人さんが話さなかったことです。私から話すつもりはないですよ」
「そうだろうな!あっははは!やっぱ俺より派世優先か!」
「そろそろ時間だな」
「あッ!ちょッ!おい!」
「言っただろ?12時から予定があるんだ」
コーヒーを飲み干した俺は、リーラを連れてそこを出る。
日溜は俺をコーヒーを静かにすすりながら、少し寂しそうに見送るのだった。
一台の大型車から降りてきた少女が、駅前の時計台の下に移動する。
俺たちはその少女に駆け寄る。
「おう!元気そうだな」
「一週間ぶりくらいですよ」
リーラの言葉にまだそれだけの月日しか経っていないことに驚きながら、その少女と握手を交わそうと手を差し出す。
しかし再会時の謎テンションについてくるつもりのない少女は、俺の手を叩いてリーラに抱きつく。
「エ、エリア……苦しい、です」
リーラの故郷から来たエリアが、リーラを抱きしめながら眩しい笑顔を俺に向け、しかしすぐにそっぽを向く。
「関係リセットされた?一週間で?悲しいなぁ」
「正確には一週間経ってないわよ」
夜たまに植物通じて会話してるはずなんだがな。
「別にアンタを嫌ってるわけじゃないわよ。再会ではしゃぐ間柄でもないでしょ?」
「まあ、そうだな」
「まあ、アンタがどうしても再会を喜びたいって言うなら、私も握手くらいしてもいいけど?」
「その場のノリでやっただけだから。構わないよ」
「そ、そう?」
エリアと合流できた俺は、予定を決めるためにスマホを確認する。
ロック画面に八田月からのメッセージが届いており、それを確認するとどうやら、意識が回復した人たちはまだとても話せる状態じゃないらしい。
困ったな……
「どこか行きたい場所ってある?」
話を聞けること前提で予定を組んでいたから、それが崩れてしまって困り、エリアに予定を振る。
「行きたい場所か……そうねぇ……」
そういえばもう昼だな、なんて時計台を見上げて思う。
「どこに行くにせよ、食事を先に済ませよう」
奏未に連絡を入れると、すぐに合流する。
「この人は?」
「俺の妹だ」
「奏未だよ。よろしく」
「お世話になるわね」
空腹を感じたらしいリーラは、そんな二人のやりとりを他所に、俺を可愛らしく見上げる。
いや、無表情なんだけどね?
「どこで食べるです?」
ワクワクしてぴょこぴょこが跳ねまくっているリーラの期待に応えるべく、この辺りでリーラが食べたことのないような食べ物を探す。
「晩飯は何作るんだ?」
「カレーだよ」
カレーか、ならカレー屋は無しだな。
「そうだな……唐揚げでも食べに行くか。そこの角曲がったところに専門店があるしな」
「唐揚げ?」
「知らない?」
「知ってるわよ。食べたことはないけど……」
あれだけ質素な生活を送ってればそうなるだろうな。
「組織にいた頃に何度か見かけたですよ。私は残りものしか食べれなかったから、食べたことはないですが……」
やっぱり組織だと食も充実してるってことか。
人間から隠れて暮らしている村なんかじゃあ大規模農業はできないし、牧畜だってできない。
貿易もできないから材料が足りないんだ。
俺がもっと力になるべきなのかもしれないが、表舞台に立つつもりはないから、結局村のみんなで頑張ってってことになっちゃうんだよな。
並んでたので少し待ってテーブル席に着くと、各々注文してのんびりと待つ。
となりの奏未がまだ値段と睨めっこを続けているが、払うのは俺なんだよな。
家計費を使わないからそんな心配しなくてもいいのに。
「それでエリア?こっちに来たのはどうしてだ?今そっちは忙しいって言ってただろ?」
「そうね。今村は復興で大変よ。瓦礫がかなり出たから、退けるのに苦労してるわ。あーあ……どっかの黒騎士が手伝ってくれないかなー?」
チラッチラッと俺に視線を飛ばすエリアだが、そんなあからさまな協力をしたら、数多の組織が黒騎士潰しに村を狙うことになるかもしれない。
そうなったら人間と悪魔の共存なんて永遠に果たされなくなる。
「そう簡単に黒騎士が出てきてたまるか」
「そっか……出てこれないのか。それじゃあ仕方ないわね。アンタで我慢してあげるわよ」
「行かない」
「アンタって頑なよね?」
「村のことは村の連中に任せるって言ったはずだ」
「確かにそう言ってたけど……」
「寂しいのか?」
「な、ななな……!さ、寂しくなんかないわよ!」
「だってさ、リーラ」
「会えなくても寂しくない、ですか……」
「ち、違うわよ⁉︎コイツと会えないのが寂しくないってだけで、リーラと会えないのは寂しいわよ⁉︎」
「素直じゃないです」
素直であろうと素直であるまいと、暗技の前じゃあ関係ない。
運ばれてきた料理を食べながら、エリアが村の近況を報告する。
「なるほど。まずはルール作りか」
「元村長とムバラクさんと兆さんと道尾さんの四人で話し合って決めてたわ。私もその場に居合わせて……」
「いや待て、兆はあれだろ?副隊長だろ?もう一人の道尾って誰だ?」
「隊長よ。って、なんで名前を忘れてるのよ?」
「仕方ないだろ?あれからしばらく経ってらんだから」
「まだ一週間経ってないわよ」
「そういえばそうだったな」
「……私のことは忘れないでね?」
「デレか?」
「よく分からないけど不快だからやめて」
割とマジなやつだな、これ。
エリアの態度は基本的にツンとかデレとかで表せないから、俺自身疑問に思ったし、素直にやめるべきだろうな。
「それで、結局話はどう落ち着いたんだ?」
「そうね。結局、人間と悪魔の双方が労働をすることが義務付けられたわ。あとはそうね……今後のために教育をどうしていくか練っていたわ」
「教育か。確かに大事だな」
「図書館の設立が急務だって、ムバラクさんが言ってたわね」
悪魔は魔法を扱うために本を読む。
その量が多ければ多いほど術の幅が広がり、生活、戦闘、その他複数の面において役立つ。
人間においても様々な主張の裏付けに使われたり、それを知っていることで選択の幅が広がったりする。
「確かにそれは早いうちにやっておいた方がいいかもな」
対立していたはずの二者が共に生活するにおいて必要な制度ってのは、前例は無数に存在するが、初めからそれが前提として作られたものはない。
だからそうした前例に頼ることはできない。
統治を丸投げしてきたが、やはりそれで正解だったな。
「村のことは任せておいて大丈夫そうだな」
「面倒なだけでしょ?」
「本当に必要になったら動くさ。悪魔と人間の共生は、俺の実現させるべき目標だからな」
「それを聞いて安心したわ」
干渉に干渉を重ねて無責任に放置するとでも思っていたのかな?
今は放置してるから何も言い返せないぞ?
話すことを話したエリアは、残りの唐揚げを平らげる。
少し苦しそうなリーラから唐揚げとご飯を少しもらって、それを完食したところで店を出る。
さて、この後どうしようかな?
誰かつけてきてるな。
「奏未」
当然気付いている奏未は、俺の意図を理解する。
「少し寄り道してもいいー?」
二人の了承を得た奏未に続いて、角を曲がってすぐにの郵便局に入る。
そこそこの距離を置いてはいたが、急に視界からいなくなると焦って追いかけてくるだろ。
そうタカをくくっていたが、そう簡単にはいかないらしい。
本当に用があったと思わせる必要があるため、奏未がATMでお金を下ろす。
俺たちはそれを待ってから建物を出る。
なんらかの方法でこちらの様子を観測しているようだ。
音による感知なら簡単に逃げられるんだが、沿線に沿って歩いた時もあったが離れてはいないんだ、大音量で誤魔化せないなら音が判断材料じゃないらしい。
奏未の千里眼のような、障害物関係なく見る能力か?
千里眼なら自分が追いかける必要はないだろうし、透視とかそういった力かな?
もっと別の感知方法を持っている可能性もある。
どんな方法であれ俺たちを捕捉しているのは確定。
何が目的だ?
昨日街中で暴れてしまったが、街中での喧嘩もこの時期になると件数が増加する。
大観覧祭前だ、自然のことだと片付けられそうなものだが……
実際ネットで調べてみても、俺のことを取り上げた記事はほとんど見られない。
注目を浴びているのは実の能力ばかりだ。
「広人さん、どうかしたです?」
「ああ。ちょっとな」
奏未に目配せすると、奏未は俺の行動を注視する。
背後に少し視線を送って、瞬きより少し長く目を瞑る。
ニッコリ笑った奏未は、神を降ろしてその場から消える。
相手が接触してこないなら、こちらからそうするまでだ。
奏未が後方に移動すると同時に、俺たちの目の前にそいつが移動する。
生暖かい風が吹く。
これは、自然風じゃないな。
どうやって移動してきた?どんな能力だ?
「正体を知りたそうにしてたから来てあげたよ」
黒衣に身を包んだ少年。
このピリつく感覚、新たなる可能性相当の実力の持ち主だろう。
「お兄ちゃん!」
すぐに戻ってきた奏未が、自分の反応の方が遅かったことで相手をかなりの使い手だと理解し、冷静かつ獰猛な狩人の目をしている。
「ダメだよ。ちゃんと妹は躾けないと」
俺の肩に優しく触れたそいつは、奏未の槍を身を翻して躱し、そして消えたと思えば今度は遙か後方に現れる。
「14位、弱いね。やっぱりこれが、新たなる可能性とそうでない者との力の差ってことだね」
この口ぶり、こいつは新たなる可能性なのか?
「奏未、ここは住宅街だ。あまり無茶をするな」
「大丈夫だよ。無茶なんてしないから」
「少し待ってほしいな。僕はここで戦うつもりはない」
槍を向けたまま奏未の動きが止まる。
「……嘘ではないようだな」
奏未を下がらせて、しかし警戒を全く解かずに意識を鋭敏にして流れを読む。
「お前、何者だ?」
「そうだね。自己紹介が遅れたね。僕は火风。九鬼仙の一鬼だよ」
九鬼仙だと?
なぜそんなやつがここにいるんだ?
それも俺に用があるなんて……
「何が目的だ?」
答えないだろうと思いながらも訊いてみたが、しかし火风はあっさりと答えてしまう。
「君の勧誘のためだよ。とある人が君を推薦してね。どうして君を推薦するのかはわからないけどね。それほど強そうにも思えないし」
そのとある人ってのが気になるが、あえてそこをそう言った以上、訊いて答えることはないだろうな。
だが一応訊いてみるか。
「とある人ってのは?」
「それは答えられないな。君が仲間になるって言うなら、話は別だけどね」
「そうか。それなら聞けないってことか」
「さらっと断るね、君」
「断ったら、どうするつもりなんだ?」
「さて、どうしようか?僕は君の勧誘が仕事なだけで、絶対に連れてこい、なんて言われてない。ただ、一度断られたからと帰ったんじゃ組員に示しがつかないと怒られてしまいそうだからね。もう少し粘らせてもらうよ」
うーん……なんだか調子が狂うな……
「そうだね。次は強硬手段に出ようかな?」
「どうするつもりだ?」
強硬手段と聞いてより一層警戒を強めた俺たちだが、そいつはその意味を理解しているのか心配になるようなことを言い出す。
「そうだね……それじゃあ、これから港まで来られるかな?」
いやなんで呼び出してんのこいつ⁉︎
しかも疑問形だし!
拉致するんじゃないの⁉︎
「いや、なんで一緒に来てもらおうとしてんの?」
「ここじゃ戦えないじゃないか。それとも君は、近隣住民に迷惑をかけてもいいと思っているのかい?」
「強硬手段に出るんじゃないのか?」
「だから強硬手段に出ようとしているんだよ」
ああ、多分これ、意味を間違えて使ってるな。
なんのことを言っているのかわからないが、場所を移さないといけないということは、きっと戦おうとしているのだろう。
「もし俺が断ったらどうする?」
「そうだね。その時は…………」
その時は、どうしたんだろう?
言葉が止まってしまったな。
何も考えてなかったのだろう。
「…………困る」
「は?」
「だから、困るって言ったんだよ」
聞き間違いじゃなかったらしい。
もし目的が俺との戦闘なら、できれば避けたいと思っているが、どうにもそれは無理そうだな。
「とぼけていたわけではないし、部下が優秀だってことだろうな」
「彼らは部下じゃないよ。僕を勝手にバックアップするように言われてるらしいけどね」
組員が来ることを知らなかったようだな。
となるとやはりなんらかの方法で感知できるようだ。
逃げても無駄だろう。
「逃がさない、か。なるほど、それなら向かおう。こいつらのことは見逃せ」
「君さえ来てくれれば問題ないよ。それじゃあ行こうか」
黒塗りの車に乗せられ移動する。
向かい合わせで座る俺たちは、特別張り詰めた雰囲気もなく、むしろリラックスしている。
「これから俺をどうするつもりだ?」
「当然戦うつもりだよ。あの場、14位のいる状況で戦いを挑むのは愚策だと判断したからね、君がこっちに来てくれて助かったよ」
「このまま連れて行かれるのかと思ったよ」
「連れて行くわけないよ。君の力を見極めないといけないからね」
「それくらいのことなら連れ去ってからでもできるだろ?」
「君は死なないらしいからね。連れ去ったらアジトの位置を知られてしまう。それは避けたい」
不死身って情報をどこで知ったのかは知らないが、ある程度頭は回るようだな。
「なるほど。それで、御眼鏡に適わなかったらどうするんだ?」
「おめがね?それってどういう意味だい?」
「御眼鏡に適う。基本的には、目上の人が下の人を気に入る、或いはその人の実力を認めた際に使われる言葉だ」
「僕って君の目上の人?」
「気に入るか気に入らないか、その選択をする立場の方が、基本的には立場は上だ」
割と正確に意味を伝えたが、俺が言葉の意図は他の理由も含む。
「まあ、俺があえてこの言葉を選んだのは、お前が今の俺にとって目の上のたんこぶのようなものだからなんだけどな?」
「目の上のたんこぶ?うーん……でも立場は上って言ってるし、きっといい言葉なんだろうね」
「目障りな存在とかそういう意味だ」
「僕が目障りか。まあ、君にとってはそうだろうね」
今のところ変わった様子はない。
少なくとも火风には、だがな。
「話は変わるが、この黒服たちはお前の部下か?」
運転手やついてくるもう一台の黒塗りの車を指してそう言う。
火风を見る目に違和感がある。
流れにも引っかかるものがあるし、不安ばかりが募るな。
「この人たちは別の人の部下だよ。僕のバックアップにって親っさんがつけてくれたんだ」
「そうか。そいつは…気の毒に……」
俺の言っていることが分からないと不安そうな表情をする火风。
雲行きが怪しくなってきたな。
なるほど、理解した。
何がどうなっているのか、俺が何をするべきなのか。
全く、昨日の今日で面倒なことに巻き込まれる……
それに気付いていることを一切表情に出さずに、俺は会話を続けるのだった。




