そこからは仕事の時間
シャワーを浴びて部屋に戻ると、リーラがテレビの前で英語のニュースを眺めている。
俺は布団を持ち上げて、体を内側に入れる。
うわっ、すっごいふわふわだ!
うちのとは大違いだな。
「先に寝るから、寝る時は電気を消してくれ」
俺がそう言うとリーラは慌ててテレビを消して、部屋の電気を消すリモコンを持って布団に潜り込んで来る。
リーラがひょこっと布団から顔を出し、相変わらずの無表情で俺を見上げる。
上目遣いが大好きな俺は、少し、いやかなりドキッとしつつも、それを表に出すことなく、リーラに頭を枕に置くよう枕を軽く叩いて示す。
「失礼するですよ」
頭が同じ高さになると、リーラはリモコンを俺に差し出す。
リーラと目線の高さを合わせたことはなかったが、こうしてみると普段より一層愛らしく見えてしまう。
現在ぴょこぴょこは重力に従って起き上がっていないため、感情が読めない。
「それじゃあ、電気消すぞー」
言ってから電気を消し、リモコンをベッド横の小さな台に置くと、リーラは少し俺に寄ってくる。
奏未や夢花と何度か寝たことがあるからと思って油断していたな。
慣れなんてものは相手が変われば役に立たないもののようだ。
少しするとリーラが静かな寝息を立て始める。
落ち着かないなぁ。
飛行機の中でも聞いていたはずなんだが、場面が変われば威力も変わる。
同じベッドだからだろう、意識しすぎて心臓が破裂しそうなんてことはないが、柄にもなく緊張しているのが分かる。
いかんいかん!
俺は明日に備えて体を休めておかなければいけないんだ!
そう首を振って雑念を振り払いリーラに背を向ける。
よーし寝るぞー、俺は寝るぞー。
そう思っていてもリーラの寝息が俺を意識させる。
せめてベッドが別だったら……
ダメだな、どんな体勢でも意識してしまう。
それなら寝やすい体勢で寝ようと、俺は仰向けになる。
普段寝ている時ってどんなこと考えてたっけ?
そんなことを考え出したらいよいよ寝られなくなってきたという証拠だ。
俺にとどめを刺すかのように、リーラが俺の腕を抱き寄せる。
発育途中の小さめで柔らかいお胸が、俺の腕に押し当てられる。
あーもう目が冴えたわー寝られねーわー
リーラの手を俺から剥がそうと思ってリーラの方を向くと、そこには当たり前の話だが、スヤスヤと眠るリーラの可愛いお顔が。
この子を引き剥がすことのできるやつなんておる?
驚いた時に日溜が言いそうな言葉を頭に浮かべ、諦めて俺はそのままでいる。
しばらくそうしていると、リーラが小さく震えていることに気付く。
どんな夢を見ているのだろうか?
寒いのか怖い夢でも見ているのか、俺は体をリーラに向けると、その弱々しい小さな体を優しく包み込む。
頭を撫でてやると安心したのか震えが収まった。
「すぐ戻るよ」
俺は寝ているリーラにそう告げて、布団から出て少しカーテンを開け、外を眺める。
夜風に当たれば気持ちも落ち着くだろう。
そうでなければ寝られない。
日本と星の配置は違うものの、夜空はほとんど見分けがつかない。
リーラに布団をかけ直して、俺は部屋を鍵をかけて出る。
「時間ぴったりだ」
玄関を開けようとした俺に親父が後ろから声をかける。
親父が俺と二人きりになる時間をわざわざ作ったってことは、大事な話でもあるのだろう。
俺だちは扉を開けて、あまり大きくないロータリーへと出る。
そこで少し肌寒い風を感じ、少し雲のかかった星空を見上げる。
「大して変わらないな」
俺も親父も星のことはよく知らない。
だから今見てる景色も、日本と変わらない気持ちで見ている。
だが、人間故郷を感じてる時が一番落ち着くものだ。
こうして別の国でも、故郷と変わらない景色を見られるということは、きっと尊いことなんだ。
この世界は広く、様々な文化が、様々な国が存在する。
そんな世界で変わらない景色ってものは、全ての人にとっての故郷で、いつも誰かの心を落ち着かせているのだ。
「ああ……そうだな」
そう返すことで、俺の準備が整ったことを伝える。
「お前が明日することだが、お前は明日またロンドンに行ってもらう」
またロンドンか。
行くからには写真をいっぱい撮らないとな。
どうも観光気分の抜けない俺は、そんなことを考えながら、話の続き求める。
「エドワードに車を借りるから、すぐにここに戻れるような仕掛けをしておけ」
俺がリーラに転移魔法の用具一式を持たせておいたことは見えてるのか、それとも使ったところを見たのか、とにかく転移魔法の準備をしておけとのこと。
「わしと優日はリヴァプールだから、お前がミスするとリカバリーが効かねえ。それはこっちも同じだが、まあなんとかなんだろ」
リヴァプールとは、これまた素晴らしい都市に行くんだな。
俺も行ってみたいと思ってたんだよ。
まあ、連れてってもらえるのは日溜だけのようだから、どれだけ行ってみたいと思っていても連れて行ってはくれないんだろうけどねー
三角貿易の中心とされた都市だ、文化的な建築物も多いだろうし、どこを見ても楽しめるような場所に違いない。
暇と金があったら、リーラと奏未連れて旅行したいな。
俺が何を考えているのか暗技で読んだらしい親父は、俺の意識を呼び戻す。
「悪い悪い」
「しっかりしろ。お前がミスしたらリーラも他の事件関係者も死ぬことになるんだからな?」
親父の持ってくる仕事はこんなんばっかだ。
ミスしたら誰か死ぬって分、これまでよりかは幾分かマシだな。
これまではミスしなくても誰か死ぬだったのが、今回はミスしたらになったんだ、喜ばないとな。
その分俺の緊張は増すが、状況は黒白凰の時と大して変わらないな。
あの時は相手が13位だったが、そうそうそれより厄介な相手はいないだろう。
そう思うと、なんとかなるような気がしてきたな。
「最悪の場合は、分かってるよなあ?」
最悪の場合は?
それではまるで、今回はあれを使わなくていい見たいな言い方だ。
暗技で俺の心を読んだのか、いやらしい笑みを浮かべている。
「まあ、最悪の場合なんてよっぽど起こらねえけどな。それに、できれば今回は使ってほしくねえ」
そういえば、EXコード使いがいるんだったな。
「分かったよ……それで?俺の仕事は?」
「ああ、それなんだが……」
親父は俺にそれを告げる。
俺はその衝撃的な内容に、呆れを込めた盛大な溜息を吐いた。
結局あまり眠れなかった。
リーラが気になったってのもあるが、今日のことを考えてたら眠れなかった。
リーラが車庫から車を出してくる。
車を出した車庫にリーラの荷物に入れてきた転移魔法セットで仕掛けをする。
リーラの魔力は特殊だからな、象徴となるものを設置して必要魔力量を減らさないと、おそらく使用できない。
ロンドンとはそこまで距離は離れていないが、これでできるかな?
車から降りてきたリーラが俺の作業を見守っている。
「これなら使えるだろ?」
「使えるですが……魔法詳しいですね」
「エドワード、ここに入らないようにしてくれ。あと、ここにある物を絶対に移動させないでくれ」
「ああ。理解したのである。戻って来た時は挨拶してほしいのである」
設置を終えた俺はシャッターを下ろす。
「貴様は荷物を持っていくのであるか」
レンタカーに荷物を積み込む親父と日溜。
リヴァプールに行くのだから当然だ。
「俺は戻って来たらすぐに教会へ向かう。それまでに荷物を玄関に持って来ておいてくれると助かる」
「貴様等親子は吾輩を遠慮なく使おうとするのであるな!吾輩これでも貴族であるぞ!」
俺は車の外装を確認する。
エドワードは無視だ。
親父も当然のように無視して、必要な物を勝手に屋敷から持ち出して来た。
「なかなかいい車だな」
「乗り心地はあまり良くないですが」
「たしかにシートは硬そうだ」
車を褒められたエドワードは、ころりと表情を変えて胸を張る。
「そうなのである!なにせそれは狩猟車なのであるからな!」
狩猟車か。
狩人用に作られた車で、耐熱防弾防刃の、超高馬力の狩人輸送車か。
数が少ないから簡単に足がつきそうだが、ナンバープレートは変えてあるようだから、まあ大丈夫かな?
「一般車両じゃちょっとやそっとじゃ追いつけねぇ。どうだ?これならいけんだろ?」
「俺が追いつけるかどうか、だな」
屋根は着脱式で、基本はオープンで走ることになりそうだ。
タイヤも装甲に守られており、銃でタイヤを狙われても装甲が弾いて守ってくれるようになっている。
「……返ってくるのであろうな?」
親父にエドワードが疑惑の目を向けている。
単なる移動用だと思っていたんだろうな。
しかし俺と親父の会話で、何かに追われることが予測されてしまった。
「心配するな。戻すために車庫に仕掛けたんだ」
「仕掛けたって、何をであるか?」
「答える義務はない」
親父と日溜が車に乗り込みエンジンをかける。
「それじゃ、行ってくるぜ。派世ぇ」
窓を開けて日溜が俺に笑いかけてくる。
「ああ。気をつけて」
そう返すと、お前が言うか、という顔をして、日溜は窓を閉じて親父が車を出す。
「行ったであるな……」
「俺たちも行ってくるよ」
「マントは?」
「荷物の中だ。今から持って行っても、意味はないからな」
「そうであるな。無事を祈る」
「俺は死なない」
俺たちも車に乗り、ロンドン目指して走らせる。
昨日も見たが、あまり観光する時間はなかったからな。
俺は助手席で地図を広げ、親父が印を打った場所を確認する。
もうすでにその建物の近くへと来ている。
俺とリーラはその建物を中心にして一定以上の距離を保ち、まずはその周囲の把握のために車を走らせる。
狩猟車は目立つから、できればあまり走らせ続けたくはない。
市民にいらぬ警戒をさせてしまうかもしれないからな。
リーラは狭い路地を見つけ、俺はその後の逃走経路を算出する。
「準備に移るですよ」
「俺も道の確認に回る」
「次の信号で降ろすです?」
「頼む」
俺とリーラの息はピッタリ。
赤信号で車が止まると、俺は車を降り横断歩道を渡り反対車線へと移る。
俺はそのまま少し歩いて小道へと入っていく。
予定時刻は聞いている。
それまでは少し時間があるので、俺は利用できそうな道の確認をしておく。
薄暗い道、そしてほのかに香る生臭さ。
この臭いは……血。
魔力の残滓を感じないのは、人間同士の争いだからなのか。
向かいから一人の少年が歩いてくる。
金髪の柔らかな雰囲気の少年が。
「君はこの先に用があるのかな?」
立ち止まった少年が少し離れた俺に声をかけてくる。
「ああ。そうだな。この道を通ると近道なんだよ」
嘘ではない。
この道を抜けた正面の道をまっすぐ、そこに目的の建物がある。
「やめておいた方がいい、かな?この先は精神的に危険、かな?」
この生臭さはこの少年が原因か?
いやしかし、この少年には返り血一つ付いていない。
この少年ではない?
「この先は結構凄惨な状態だから、行ったら後悔するかな?」
この少年から特別な何かは感じない。
魔力がなければ殺気もない。
あまりに無警戒すぎる。
少し暗い様子から、少年はその見てはまずい物を見て気が滅入ってしまったのか。
「それでも行くなら止めないかな」
「注告どうも」
俺は少年の注告を無視して、そのまま道を進んで行く。
その道の先には、予想外に凄惨な状態が広がっていた。
バラバラになった死体。
悪魔の死体と人間の死体が入り乱れ、どれが誰の体なのか、一目では分からないほどに。
これは……たしかに少年の注告の通りだ。
なんともまあ酷い有様だ。
俺は戦場を何度も経験しているから慣れているが、少年はここを見た時どんな思いだっただろう?
……案外何も思わなかったのかもしれないな。
こんな状況、誰かが見たらすぐにでも警察に言いそうなものだ。
パニックになって警察を呼んで、慌てふためいてその場から逃げ出すだろう。
しかしあの少年は、冷静にその場を去ろうとしていた。
警察は呼んだのだろうか?
なんて、呼んだに決まっている。
この道の少し先が、騒がしくなっているからな。
俺も冷静に分析している暇はない。
警察に捕まると面倒なので、壁を蹴って屋根へと登り、街を上から観察しながら人の多い道を避けて降りる。
道路を渡って目的の建物の向かいまで来る。
わざわざ反対側へと移動した形になるな。
近くのコンビニで水を買い、俺はそれを一気に飲み干すと、体内に貯蓄した水に数多の波紋を起こす。
まだだ。、もっと、速く、速く速く速く!
胃の中の水分を高速振動させて、それを音として飛ばす。
人間の耳には聞こえないほどに加速させた音の波を、向かいの建物目掛けて射出する。
暗技流水制・鏡索!
超高速で射出された音の波はすでに反射して俺に返って来ている。
コウモリと同じだ。
超音波で物の位置を把握する。
暗技ではあらゆる媒体による反射を計算し、その内部構造を完全把握することができる。
これで建物内部の様子は分かった。
人の位置は確認できたが誰が目的の人物かは分からないな。
さて、俺はこのまま外で待っているか。
時期に出てくるらしいからな。
横断歩道を渡って近くの小道に入り、建物の様子を伺う。
誰かに見つかっても困るので、近くの建物の屋上で伏せておく。
「そろそろだな」
スマホで時間を確認して、俺は少し体を起こす。
建物が爆発し内側から数人の緑の服の者たちが、頭の横で髪を二つに結った銀髪の少女を抱えて飛び出して来る。
少女は腕の中で暴れているが、逃げられる様子は見られない。
彼らは小道へと入り、追ってきた兵隊たちをその道へと誘導する。
俺は建物の上を飛び移って、上から様子を眺めている。
緑服の一人が地面に手をつくと、土がタイルをぶち破り、背の高い道を塞ぐ壁が生まれる。
上から見てる俺だから言えるが、とんだハリボテだな。
薄っぺらい壁だ。
すぐに壊されてしまいそうな壁。
おそらく階級は緑だな。
その壁に緑服の一人が触れ、反対側では兵隊が銃を構える。
アサルトライフルってことは分かるが、FPSをやらない俺には銃を見て名称までは分からないな。
バリバリと音を立てて放たれた銃弾が土の壁を傷つけることはない。
壁に触れた緑服は、おそらく硬化能力だな。
階級は緑くらい?
二人の緑服が倒れ、それをがたいのいい緑服が運ぶ。
あれが彼らの能力の限界か。
俺は少女を抱えて走る人物の先を見る。
そこには一台のトラック。
荷台の扉は開いており、中の荷物が運び出されている。
緑のジャケットの人が荷物を運び出しているが、あれが運搬業者の制服?そんなわけないよなぁ。
その人物が少女を抱えた緑服に気付くと、荷台に乗って手を広げる。
受け止めようとしているようだな。
つまりは投げるということだ。
手際がよくコンビネーションも抜群だ。
ただ彼らは最後に一つ見落としていた。
俺は建物から飛び降りて、鬼門を開いて待機。
少女を投げ渡すということは、その際には簡単に連れ去ることが可能だということを!
緑服が少女を放る。
おそらく筋力強化がそいつの能力だな。
その人物の手から離れた少女が、綺麗な弧を描いて男の胸に、収まらない。
俺がその少女を受け止め、そのまま加速して走り出す。
「これがほんとのお姫様抱っこってやつだな」
少女は唖然として口を開く。
俺の任されたこと、それはイギリス第3王女の誘拐だった。
追ってくる緑服から逃げ切るためにはリーラと合流しなければならない。
大通りをぐるぐる回っているはずのリーラは、すぐに見えてきた。
トラックで追ってくる緑服。
それでは走る俺に追いつけないぞ?
トラックの窓から身を乗り出した一人が、長身の銃を構える。
それは追いつかれるな。
リーラは今信号待ち。
そして反対車線だ。
まあ、あえてそうなるように走らせていたからな。
「歯を食いしばれよ。舌を噛むぞ?」
王女様にそう言って頷くのを確認してから、俺はそれを試してみる。
足にいくつかの溜めを作り、足と地面の接続面で強め合う力の波をぶつける。
暗技流水制・滅慟!!!
足でやるのは初めてだ。
そして俺は高く飛び上がり、赤いバスを飛び越えて、反対側の歩道へと飛び移る。
2階建てバスがあったせいで鬼門だけじゃ高さが足りなかったんだよ。
道も広いしな。
着地した俺は、今横を通り過ぎていった加速中の狩猟車を追いかける。
俺たちを追うためにUターンしてきたトラックだが、それでは俺たちに追いつけないぞ。
俺は再び走り出し、屋根の開いてる狩猟車に飛び乗る。
王女様を座席に座らせて俺は追ってを確認する。
大地が震えるほどの轟音と共に、あの建物から雷の柱が立ち昇る。
雲行きが怪しかったから落雷があったのかな?なんて能天気なことは言わない。
今のは間違いなく下から昇っていった。
何かが来るな。
「リーラ、急げ」
「分かってるです」
素早いハンドルさばきで一般道でドリフトをかまし、小道に入ると停車させる。
眩い光が迫ってくる。
「お兄様!」
王女様がそちらに手を伸ばしたので、俺はその腕を掴んで車内に引きずり込む。
そして次の瞬間には、そこは明るい車庫の中だった。




