「あなたはあなたであり続ける」
「いい街だな、リヴァプールって」
優日と六火はリヴァプールの街を写真を撮りながら歩き進む。
しっかりと目的はある。
「たしかにいい街だな。観光以外にも様々な条件が整ってるやりやすい街だ。ほんとに、これでもかってくらいに整ってやがる、大した街だぁ」
優日も六火も完全に観光気分で街を歩いているが、それを追う明らかに挙動のおかしい者に気付いている。
「おっちゃんって有名人だったりするのか?」
「おうよ。わしはかなりの名が通った狩人だ」
優日はそれでも観光気分で、あっちにふらふらこっちにふらふら。
六火もそれを止めず、あえて観光客を装う。
しかしその人物が監視の目を外すことはない。
行き交う人々の中、優日と六火はお互いに目線で会話を済ませる。
人が通り過ぎてその人からの視線が切れた一瞬、二人は息を揃えて走り出し、追っ手は不意を突かれて少し遅れて走り出す。
「捕まえるか振り切るか」
優日が六火の指示を仰ぐ。
六火は目を紅に輝かせ、追っ手をその目に捉えて考える。
「捕まえれねえな。そうすんのはわしらが危険だ」
「そんな相手には見えないぜ?」
下手くそな尾行や今追う仕草からそう判断を下す優日。
しかし六火には未来が見えており、その未来では、明らかに自分たちが危機に陥っている。
それ故に六火は追っ手を巻く道を選択する。
「いつものだ。振り切るぞ」
「了解」
体力はあるらしい追っ手を振り切るため、二人は小道に入っていく。
六火がいつものと言っていたように二人の手際はいい。
小道に入るとすぐに六火は優日を抱えて飛び上がり、優日は壁に手をついて、体を触れた壁と能力で繋げて固定する。
そうすることで二人は宙にとどまる。
(走れ、幻影!写影)
六火の力で二人の幻影が生まれ、それが小道の先へと走って行く。
追っ手が道に入った時には、二人は頭上に、前方には走る幻影があることになる。
追っ手が差し掛かり、六火の策に見事にハマる。
その追っ手は走り去る幻影を追った。
追っ手が見えなくなってから二人はゆっくりと地面に下りた。
「あれを捕まえたらどうなったんだ?」
「それはもうひでえことだな」
「だからどうなるんだよ」
「聞かない方がいい」
六火はあの追っ手を脅威になど思っていない。
六火にとっての脅威は、あの追っ手に付けられた何か。
六火の能力を持ってしても確認することのできない何かが、追っ手の体にはついていた。
「さて、今から働いてもらうが、文句はねえよなあ?」
「文句しかないぜ」
「文句は聞かねえよ」
自分だけ情報を握るのは六火にとってはよくあることだ。
優日はそれを理解しているので、追っ手のこともそういうことだと認識する。
これまで話してこなかったことは最終的には分かったことなのだと、自分を無理矢理納得させる。
二人は再び街の喧騒の中に戻って行く。
「ここはどこですの?」
そう言ったのは名前も知らない王女様。
急に景色が変わって困惑している様子。
「ここは車庫の中だ」
「それは見れば分かりますわ!」
怒られてしまった。
鬼門を閉じた俺は、全身から力が抜けていくのを感じる。
フルタイムじゃないのに力を入れられなくなるほどの反動があるとはな。
「それで!ここはどこですの!」
王女様の叫び声が聞こえたのか、車庫の扉が開けられて、エドワードが入ってくる。
「すぐにプレートを変えるのである。貴殿等はすぐにここを離れるのである」
「言われなくてもそうするよ」
リーラは転移魔法に使ったあれこれを拾い集め、俺の元へと持ってくる。
「それはもともとこっちで捨てるつもりだったものだ。そこのゴミ箱にでも投げ入れておけ」
「ですか」
リーラはゴミをゴミ箱に捨て、執事さんが持ってきた荷物を持つ。
俺は俺の荷物を持とうとして、腕に力が入らずバランスを崩して倒れてしまう。
そんな俺のことはさておき、エドワードは王女様に非礼を詫びる。
「申し訳ないのである。しかし吾輩もこうしなければならないと理解しているのであるからして……」
「とりあえず状況を説明してくださらない?」
俺が起き上がるのを手伝うリーラ。
エドワードは説明を求められ、俺に目線で訴えてくる。
俺に説明させるのか。
すでに疲弊しきっている俺にさせるって……まあいい。
「お前は俺に攫われた。ここにはリーラの転移魔法で移動した。何か質問は?」
瞼が重い。
俺はリーラの支えで何とか立っているような状態。
目も半開きで王女様の表情も見えない。
今は一体どんな表情をしているのか。
これからどうなるのか分からない不安でいっぱいの表情か、それとも得体の知れない者に攫われた恐怖に歪んだ表情か……
「……なんとなく状況が見えてきましたわ」
「それは……よかった」
鬼門の後遺症で顎の筋力もなくなってきた。
だが短い時間の使用だったことが幸いし、酷くなるのはここまでのようだ。
程なくして力が戻ってくる。
「すぐに移動するぞ」
荷物を持ち上げられるくらいには力が戻った俺は、ナンバープレートを取り替える作業を行うエドワードと執事さんに聞こえるように言う。
「何が目的ですの?」
王女様がそんな質問をしてくるが無視。
俺が荷物を持つと、リーラも荷物を持ってついてくる。
「お前も早く来い。早くしないとあの緑服に追いつかれるぞ」
緑服よりは安全と判断してくれたようで、俺の指示に従ってくれる王女様。
俺は街中を通らずに、森で迂回する道を選択する。
このブラック領は森に囲まれている。
だから端に位置する教会まで森を通って行くことができる。
割と広めだから時間はかかるけどな。
少し森に入ったところで、王女様に質問される。
「それで、目的は何ですの?」
目的はほとんど達成されている。
警戒し続けるのは疲れるだろうし、今のうちに警戒は解いておくべきか。
「誘拐の目的くらい容易に想像できるだろ?」
まず間違いなく俺のすることから外れたことを想像するな。
「体を売る、もしくは身代金の要求ですの?」
王女様の後ろを歩くリーラには知らせておらず、リーラも気になっている様子。
俺の言葉で似たようなことを想像したんだな。
しかしそんなことをしても俺にメリットがない。
……身代金はほしいとは思うが、あったところで使い道がない。
うん、メリットはないな。
「あの緑服に渡さないことが目的だ」
その回答に呆然とする王女様。
「そういえば、自己紹介がまだだったな」
「は?」
意味が分からないという表情の王女様。
国民の前では見せない方がいいぞ、その顔。
「俺は派世広人。広人が名前で派世は家名」
「リーラですよ」
困惑する王女様。
ニコニコ笑うと不審がられるのでいつも通りに。
「お前は?」
攫っておいてなんだが、俺はこいつの名前を知らない。
「知らないで攫いましたの?」
「知らないで攫ったんだ」
リーラに知ってる?と視線を送ると、首を横に振られる。
リーラも知らないらしいな。
呆れた、と溜息を吐かれるが、知らないものは仕方ない。
「日本では現在のイギリス王室は一般教養じゃない」
「悪魔でも一般教養じゃないですよ」
イギリスの悪魔にとっては一般教養なのかもしれないけどな。
「えぇ……」
戸惑う王女様。
少しは誘拐犯らしくした方が良かったかな?
「……悪魔でしたのッ⁉︎」
今更驚いている。
リーラを悪魔とは見分け辛いよな。
俺は魔力を感じ取れるからすぐに見分けがつくが。
「はい、自己紹介」
名前を知らないのは不便なので話を強引に戻す。
「また無視しますのね……」
俺は荷物からティナにと渡されたマントを取り出し、取り扱いを思い出す。
「わたくしはティエラ。ティエラ・ヴァーミリオンですわ」
珍しい名前だ。
「ティエラ……ですか」
リーラもイギリスで聞くとは思わなかったようで、不思議に思っているようだ。
まあそういう名前をつける人もいる、ということか。
しかし、何かの意味がありそうだと勘ぐってしまうのは無理ない話だ。
輝かしい銀髪を持つ少女は、親父に攫うように言われるほどの、そして緑服に狙われるほどの何かがある。
それは親父を知っていれば、そして普段からこんな世界に関わっていれば、当然のように浮かぶ疑問。
俺の浮かべた疑問をリーラは浮かべていないようで、少し特殊な名前の王女様くらいにしか思っていないのだろう。
俺は銀髪を隠すためにマントを被せ、教会目指して足場の悪い中を行く。
教会に到着〜
「つ、疲れましたわ」
「お疲れさん」
リーラは表情を変えていないが、疲れはぴょこぴょこが垂れ下がっていることから見える。
途中で何度か逃げようとしていたが、緑服よりかは安全だと判断してくれただろう。
教会の裏から出て来た俺たちは、教会に入る前に周囲の確認をする。
緑服もしくはそれらしき人物が見られなかったので教会へと入る。
入り口で中を確認すると、この時間だとシスターさんしかいないようで、静かな教会でシスターさんが椅子を拭いていた。
これなら入って大丈夫だな。
気分の悪いリーラをおぶってゆっくりと教会に足を踏み入れる。
隣の図書館には何人かいるようだが、教会にいないのなら問題ない。
「少しいいか?」
俺たちすぐにシスターさんへと話しかける。
シスターさんは俺たちに気付くと、すぐに姿勢を整えて笑顔で接してくれる。
「はい。どうかなさいましたか?」
「俺たち3人を泊めてほしいんだが」
「大丈夫ですよ。修道院には空き部屋がいくつかありますので」
親父にここに行くように言われていたのだから、泊めてもらえるのは分かっていた。
「助かるよ」
「ではこちらへ」
シスターさんの案内で隣の修道院へと連れて行かれる。
ここらの施設の管理は全て、この修道院に委託されている。
資金援助は当然ながらエドワードが行っている。
施設を一箇所に固めて修道院に委託する、実に合理的だ。
駅とはうるさくないくらいに距離があり、実に便利で生活のしやすい立地だと言えるだろう。
「こちらの部屋です」
一人一部屋案内される。
内装は全て同じで、清潔感のあるベッド、机と椅子が一つ、その上には花瓶が置かれているが花は入れられていない。
大きな窓からは陽光がたっぷりと入ってくる。
生活するには十分すぎるな。
「しばらく借りたい。できれば食事もほしいんだが」
「構いませんよ。我々の仕事を手伝ってもらうことにはなりますが」
「食事をもらうんだ、当然だな」
あとはそうだな……ティエラの髪を隠せるような服がほしいな。
「こいつにシスターさんの服を貸してやれないか?」
シスターさんはティエラの様子をじっくり眺めて、ティエラは頭に被ったマントで顔を隠してそれを乗り切る。
荷物を持っていない様子から、きっと服を忘れたのだろうと一人で納得してくれて、シスターさんは笑顔で俺に向き直る。
「構いませんよ」
「助かる」
シスターさんの服は髪を覆うことができる。
それも一切の違和感なく、だ。
これは非常に重要なことで、ティエラで最も特徴的な髪さえ隠せれば、特徴で他者を覚える傾向のある人間はすぐにティエラだと気付けないだろう。
施設を案内された俺たちは、部屋に戻ると森を歩いて汚れた服から着替える。
ティエラはシスター服を着て、髪までしっかりと覆っている。
「それで、これからわたくしに何をさせるつもりですの?」
不機嫌そうに俺の顔に自分の顔を近づけて覗き込んできたティエラ。
俺はその顔をまじまじと見つめてしまう。
奏未のとは違う人間離れした美しさを持つティエラ。
フィリアの美しさに近しいものを感じるな。
その宝石のように澄んだ瞳を覗いていると、この子がどんな生き方をしているのかが、分かるような気がした。
「どうして黙っていますの?」
そう聞かれてはっとして慌てて顔を逸らす。
きっと見られたくないものがある、そんな風に感じたからだ。
「さっきの話を聞いてなかったのか?」
不安なんだろうな。
状況が飲み込めず、俺たちの正体も分からない。
緑服のことや、助けようとしていたのであろう兄のこと。
今こいつの頭の中は、そういったたくさんのことで埋め尽くされているはずだ。
正直に言うなら俺も状況は理解していないし、リーラもおそらく理解できていない。
だから詳しい説明はできない。
しかし少しでも安心させてやりたい。
緑服や俺の都合でこんなことになったんだ、俺は誠意をもって接しよう。
「お前はこれからしばらくの間、俺たちと一緒にここで過ごすことになる」
体調の優れないリーラを指差してそう教える。
「あいつらから身を隠すためだ。いずれバレるだろうけどな」
「どうしてわたくしを攫いましたの?軍に引き渡せば良かったのではありませんの?」
「それは無理だな。俺は集団を信じない」
軍ほどの巨大な組織になれば、そいつらの仲間がいたとしてもおかしくはない。
「それにな、敵はおそらく傭兵じゃない。何か強い意志を感じた。それは組織によく見られることだ。相手は何らかの組織。ああいったやつらの相手は警察や軍にはできない」
教会に少し慣れたのか、顔色がいくらかマシになったリーラがトコトコと俺の元へと寄ってくる。
「お前はここで暮らすにあたってここの手伝いをするんだ。俺がお前にさせることはそれくらいだ」
やはり俺たちの意図を探ろうとして固まってしまう。
「俺だって状況を完全には理解できてない。とりあえず今は俺の指示に従ってくれ。安全は保証する」
安心はしていないが一応は指示に従ってくれるようで、しぶしぶ頷く。
やはりこんな形で初めて会った人とコミュニケーションをとるのは難しいな。
こういうことは日溜に向いてると思うんだが……
親父が言ったんだ、きっと何か意味がある。
そう信じよう。
「あれ?もう一人の子はどうしました?」
「体調不良だ。寝かせてやってくれ」
俺たちはシスターさんを手伝うために、さっきのシスターさんに指示を仰ぎに来たんだが……
「そうでしたか。分かりました。それでしたら、お二人とも彼女についていて結構ですよ?」
リーラの看病をしてくれと言われてしまう。
会ったばかりの人の心配をしてくれるのか。
リーラは悪魔だから教会で気分が悪くなるのは仕方のないこと、それをシスターさんに説明するわけにもいかないし、どうしたものか……
「熱の症状もありませんし、わたくしたちは森を歩いてここまで来ましたの。ですからきっと疲れているのですわ」
お、ナイスフォローだ。
「そうでしたか。でしたらお二人には手伝っていただきましょう」
俺たちは雑巾を渡されて水道の場所を教えられる。
このシスターさんは一人で教会内の長椅子を全て拭こうとしていたらしく、俺たちはそれを手伝わされる。
俺は丁寧かつ素早く複数設置された長椅子を磨いていく。
掃除は慣れているからな。
ティエラは王女であるためか、不慣れな手つきで、しかし一つ一つをとても丁寧に磨く。
シスターさんと一緒に作業をしているので、逃げ出すということはないだろう。
「俺は図書館の手伝いをしてくるよ」
教会内の半分ほどの長椅子を拭き終えて、俺は雑巾を片付け図書館に向かう。
図書館に向かうヒロトを見送り、わたくしは掃除を再開します。
初めての作業に戸惑いながらも、ゆっくり丁寧にこなしていくと、今の問題のことを忘れられて少し気が楽になりますわ。
シスターが彼の掃除した椅子を確認しています。
椅子と彼の出て行った扉の間で何度も視線を彷徨わせて、やがて掃除に戻ってきます。
再び作業に戻ってきたシスターが彼の掃除した椅子に何も手を加えないので、きっと彼の作業は素早くそして丁寧だったのですわね。
「彼は掃除業者か何かなのでしょうか?」
掃除しながらシスターはわたくしに訊ねてきます。
しかしわたくしも彼と会って間もなく、彼が何者かなど知りません。
「分かりませんわ。わたくし彼のことはほとんど知りませんもの」
そう答えたわたくしに不思議そうな目を向けるシスター。
そうでした、わたくしが攫われたということをこの方は知らず、わたくしたちが仲の良い友人同士か何かだと勘違いしているのでしたわね。
わたくしはシスターよりも手際が悪く、少し焦りを覚えます。
何をやってもダメな自分。
そんな自分に嫌気がさします。
彼がいなくなってからしばらくして、体調の戻ったらしいリーラが、教会へとやってきました。
わたくしとシスターでしていたこともあって、掃除はもうじき終わります。
「何か手伝うことはないです?」
「体調はよろしいのでしょうか?」
「大丈夫ですよ」
リーラはかなりの細身なので、力仕事は任せられないからと考えを巡らせるシスター。
わたくしは掃除を終えて次の指示を仰ぎます。
シスターが次の仕事を考えている間に、ヒロトが教会に戻ってきました。
「教会内の掃除は終わったようだな」
窓拭きや掃き掃除もして二人で綺麗にした教会。
ヒロトは椅子拭きと言わず教会内のと言ったので、きっとわたくしたちがどこまで掃除したのかを瞬時に見抜いたのですわね。
「食事の用意ができたそうだ」
それを伝えに来たらしいヒロト。
その口振りからヒロトはさっきまで修道院で働いていたらしいですわね。
ヒロトはそのまま図書館に向かいました。
「もうそんな時間でしたか。それでは食事に向かいましょう。あなたには食後に食器洗いを手伝ってもらいますね」
「です」
わたくしたちは片付けを終えると待ってくれていたリーラと食堂へと向かいました。
「申し訳ございません」
跪く男性に一瞥もすることもなく、若草色の髪の少年は外を眺めて背を向けている。
話を聞いているのか分からないそんな少年に、男は恐怖に震え出した体の震えを抑えることもできずに、報告を済ませるために上ずった声で続けた。
「怪しい人物をつけていましたが気付かれ逃げられてしまいました」
一息でそう言い切った男は、さらにその身を激しく震わせる。
その少年は人間が嫌いだ。
その気になればいつでも殺せる。
男は黙って少年の判決を待つ。
それは男にとって、非常に長く苦しい時間に感じられるだろう。
速度を上げて刻まれる鼓動。
全身の穴という穴から汗が噴き出し目にしみる。
男は死を悟る。
そして少年は脅すように、ゆっくりと口を開いた。
「ほう……それは良い収穫なのだよ」
予想外の言葉にポカンとする男。
「俺はお前に言ったのだ。1位のアジトを見つけ出せ、とな。だからお前は1位の仲間らしき人物を追ったのだろう?」
「はっ!その通りにございます!」
そしてと少年は話を続ける。
「その誰かは逃げたというのだな?」
「はっ!その通りにございます!」
「ならばそれは、1位の仲間ではないのだよ」
「?」
疑問符を浮かべる男に詳しい説明をするつもりがない少年は、今も外を眺めている。
「お前は引き続き1位の仲間を追うのだ。給料は弾んでやるのだよ」
「ありがとうございます」
礼を言うと部屋を出て行く男。
そして何もないところから、一体の悪魔が姿を現わす。
「優しいな、『死神』さんは」
「何を言い出すかと思えば、あれは捨て駒に過ぎないのだ。優しい?俺からは最も縁遠い言葉なのだよ」
悪魔は外を眺める少年の横で壁にもたれかかる。
「想定外の来訪者がいるそうなのだ」
「そのようだな」
「そいつがどこの誰なのかは分からないが、どうやら俺の存在を知っているか俺と敵対するのを怖れている者のようなのだ」
「1位の仲間があえて彼を生かした可能性もあるだろう?」
「ないのだよ。彼は仲間の存在を徹底して隠すのだ。少しでも顔を見られた可能性があるのなら、その人物を逃すはずがないのだよ」
「……確かにそうだな」
「何にせよ、最後に笑うのはこの俺なのだよ」
少年は冷めたコーヒーを啜り、部屋を見渡す。
別に誰かがいるわけでもなく、何となく見渡して、
「捜査員を増やすのだ。それと、怪しい人物がいたらすぐに交戦するように伝えるのだよ」
「自分でやってほしいものだが……仕方ない。それくらいはやっておこう。これ以降俺は好き勝手に動かせてもらう」
「好きにするといいのだよ」
「しばらくだ、『死神』」
「俺の邪魔にならない程度に頼むのだよ」
「分かっている。お前の理想は我々『捕食者』全ての理想。邪魔になるようなことなどしない」
悪魔が姿を消した後、その部屋ではコーヒーを啜る音が響く。
食事を終えた俺はリーラと一緒に食器洗いを手伝って、その後リーラは風呂へと向かった。
大浴場で時間で入る時間を分けている。
この修道院には女性しかいないので、俺が後で入るのは当然の処置だ。
この街の施設は全てエドワードが建てさせたそうなので、大浴場も彼の命令なんだろう。
そうなると、あの邸宅にも大浴場があった可能性がある。
いや、あの建物は特別古いし、設置されていない可能性が濃厚だな。
そんなことを考えいるうちにリーラが俺を呼びに来る。
「お風呂空いたですよ」
リーラはシスターさんたちと入ってさっぱりした様子。
「分かった。入ってくるよ。後で部屋に邪魔するぞ」
「分かったです」
リーラの了承を得てから、俺は風呂へと向かう。
その道すがらで風呂へと向かっているらしいティエラと遭遇する。
「なんでお前はまだ入ってないんだ?」
「一緒に入れるはずないですわよね?」
ああ、そうだったな。
失念していたよ。
風呂に入るには当然服を脱ぐ。
そうすればティエラの銀髪は嫌でも目についてしまう。
ティエラがティエラであると知られるのは面倒だ。
「そうだったな。それなら、俺はお前が出るまで扉の外で待ってるよ」
「そうですの。でしたら、なるべく早く出ませんといけませんわね」
「いや、ゆっくり浸かるといい」
「それではお先に失礼しますわ」
断ってから入っていったティエラ。
俺は風呂の扉の横にもたれると、冷静に現状を分析する。
ティエラのこと、緑服のこと、俺がティエラに感じた何かや、俺たちがここで暮らすように言われた意味。
そうしたことに頭を巡らせている内に、ティエラが扉をゆっくり開ける。
安定と信頼のシスター服。
廊下でシスターさんとすれ違うこともあるだろうし、そうしたことまで警戒しての服装だ。
なんだか協力的だな。
「それじゃあ入ってくる」
「待っていますわ」
「部屋に戻ってもいいんだぞ?」
「先に入らせていただきましたもの。お待たせしたのに自分は待たないのは不公平ですわ」
別にそんなことを気にする必要はないんだが……
「部屋に戻れ。湯冷めして風邪をひくぞ。それでは俺もお前も困る」
「ですが」
「戻れ。立場を忘れたか?」
少しずるいが、誘拐犯であることを言って従うことを促す。
「……分かりましたわ」
あまり離れるとティエラが危険だからそうすべきではないんだが、風呂にはゆっくり浸かりたいからな。
ティエラを見送ってから風呂に入って、出るとシスターさんにそれを伝えてから部屋に戻った。
リーラの部屋で俺たちは、大きな紙を床に広げていくつもの文字列を書く。
とある術式の開発を手伝ってもらっているのだ。
「その式だと繋がらなくないか?」
「Gコードからαコードと繋いで……」
「それだと円から外れてしまう」
「確かにそうです……」
「とりあえずは意味を持つようコード配置して……」
「それだと広人さんのお望みの式は入れれないです」
「そうなんだよなぁ……」
机の上でスマホが鳴り出す。
日溜からの電話だ。
「悪い」
「構わないですよ」
俺は一応リーラに断ってから電話に出る。
『おう!派世え!』
「うるさい」
『そっちの調子はどうだ?』
「今はまだ何とも。そっちは?」
『こっちは割と厳しいぜ。敵さんの警備が強化されたんだ。コソコソと進めてはいるぜ?だがこうも多いと動き辛くて困るんだぜ』
「それは災難だな」
やっぱり日溜と俺は逆の方が良かったんじゃ、と思ったが、口には出さない。
『本日の生存報告終わり!』
「うるさい」
『あっ、そうだそうだ。リヴァプールはいい街だぜ』
「うるせえ!」
電話を力強く切ると、俺はスマホを机にそっと置く。
親父が余計なことを言ったな。
「広人さん?」
「日溜からの生存確認だ。気にするな」
俺たちは術式作りに戻る」
わたくしはヒロトの部屋をノックします。
しかし一向に返事が返ってきません。
もしかしてもう寝ていますの?
そう思って扉を開けると、中には誰もいません。
トイレですの?
部屋にいなかったら真っ先に疑うのはそこですわよね。
わたくしはリーラの部屋の前を通ってトイレ向かおうとすると、リーラの部屋から会話するような声がします。
扉に耳を当てると中の音がうっすらと聞こえてきましたわ。
片方はリーラ。
もう片方はヒロトですわね。
なんだか難しい話をしていますわね。
わたくしは扉をノックして返事を待ちます。
「どうした?」
ヒロトの返事で中に入ります。
「失礼しますわ」
二人は何かを書いて話し合っていたようですが、それが何かはわたくしには分かりません。
「聞きたいことがありますの」
「まああるだろうな」
ヒロトはリーラに目配せすると、わたくしを連れて部屋を出ます。
そしてヒロトの部屋へと連れられます。
「どうしてわたくしを安心させようとしますの?」
部屋に入ってすぐ、わたくしはヒロトに一番気になっていたことを聞きます。
ヒロトは少し驚いたような目をします。
「気付いていたのか」
「気付きますわよ。あなたはわたくしに嘘をつきませんでしたわ。それに、わたくしの質問に極力答えようとしていましたわよね?」
無視はされましたが、と付け加えます。
「確かになるべく答えようとはしたが、どうして嘘じゃないと判断したんだ?」
「なんだか……そんな気がしましたの」
「なるほど」
ヒロトはわたくしの感覚を疑いません。
こんな人と会うのは初めてですわ。
「あなたは直接敵じゃないとは言いませんでしたわ。
それも疑心暗鬼にさせないため、ですわよね?」
「意外に鋭いな」
ヒロトは誘拐犯、その事実は変わりませんが、少し認識を改める必要がありますわね。
「どうしてそんなにも気にかけてくださりますの?」
「どうしてだろうな?」
ヒロトはそう言って肝心なところを誤魔化します。
わたくしはヒロトの真意を知りたい。
きっとそれはヒロトにバレている。
「俺を分析しても、お前の欲してるものは見つからないだろうな」
ヒロトがそう告げたことで、わたくしの意図が読まれていることが確定します。
「気に入りませんわね。わたくしのことは見透かされているというのに、あなたのことはまるで見えてきません」
「仕方ないな。それが俺だ」
「でも、少しヒロトのことが理解できたような気がしますわ」
「気のせいだな」
すぐに否定されてしまいましたわ。
それでも多少は理解していることを伝えるために。
「どんな状況に陥ろうとも、あなたはあなたであり続けますわ」
その言葉にヒロトの瞳は揺らぎました。
それがヒロトの心理なんだという証拠であるように。




