束の間の旅行気分(2)
俺たちは親父の運転する車で、郊外の小さな街に来た。
これこそヨーロッパ、といった風景に感動している日溜。
ここに来るまでに教会や駅もあったが、それらはルネサンス様式だったな。
日溜は中世の建物だと感動していたが、あれは近代の建物だな。
ゴシックやロマネスク様式の建物なら、ロンドンにもあったが、周りの建物の変遷で中世と感じなくなってしまったのだろう。
親父はいかにもな建物の前で車を停める。
いかにも貴族が住んでいそうな建物。
「あれが今回泊まるホテルか?」
「マナーハウスだのカントリーハウスだのいうやつだな。民宿として開放されている場所も多いらしいし、あれもその一つかもな」
「いーや、あれは民宿としては開放されてねえんだなーこれが」
だとするとあれだな。
親父の謎人脈だ。
親父と友人だなんて、苦労してるんだろうなぁ〜
邸宅から執事服の初老が出てきて、車から降りた親父と何やら話している。
「いかにもな格好の人が出てきたぜ!興奮するな!そうは思わないか!派世え!」
「車内で騒ぐなよ」
日溜が騒いでうるさいので、俺は車を降りる。
するとリーラも続いて降りた。
俺とリーラは執事さん(?)に挨拶をして、親父の指示もあって荷物を車から運び出す。
日溜も降りてくると、自分のスーツケースを運び出す。
「遠路はるばるよく来たであるな」
「おっすエド!ひっさしぶりだな!」
玄関の扉を開け中から出てきた人物は、いかにも貴族、な服装ではなく、楽そうな、しかし気品のある現代風な服装の人物だ。
口振りからして、この邸宅の主人なんだろう。
やはり親父の知り合いみたいだな。
「貴様に言った覚えはないのであるが?」
「わし以外に知り合いいねぇだろ?」
「吾輩としては、貴様にだけは来てもらいたくなかったのである」
濃い金髪のその人物が俺たちに挨拶をしに来て分かる。
でかい。
玄関から出てきた時から薄々気づいてはいたが、近づいてきてようやくはっきりとした。
俺や日溜よりも幾分か大きく、当然親父や執事さんよりも大きいその人は、おそらく2メートルはあるだろう。
「初めまして、ですよ」
英語で丁寧に挨拶するリーラ。
悪魔は魔法を使う都合上、術式を自ら組み上げるような者は、多言語を扱うことができるのだ。
「迷惑をかける」
俺は出会って早々に軽く頭を下げる。
親父に関わると何かが起こると知っているから男は来てもらいたくなかったと言ったのだろう。
親父がエドと呼んだこの男は、俺に笑って気にするなと言うと、屋敷へ入るよう言ってくる。
「お前英語話せたんだな」
日溜が俺に耳打ちする。
そんな日溜は執事さんに荷物を持ちましょうかと聞かれ、丁寧に断っている。
「お前こそ話せたんだな」
俺の投げかけに、日溜がドヤ顔で返してくる。
いや、俺も話せるからな?
「吾輩はエドワード・V・ブラックである」
荷物は先に部屋に運ばれ、俺たちはエドワードの仕事部屋らしいその部屋で、ソファーに腰掛け紅茶を振る舞われる。
「ヴラド、珍しい名前が入っているな」
「はっはっはっ!たしかにここでは珍しい名であるな!さて、吾輩がルーマニアから来たヴァンパイアだと言ったら、貴殿はそれを信じるのであるか?」
「ヴァンパイア……ブラック……ティナ……?」
親父と日溜は紅茶を飲み干すと、ソファーを立ち上がりおもむろに部屋に備え付けられたテレビをつける。
自由だな、あいつら。
「なぜその名が貴殿の口から出たのであるか?」
何気なく口にしたが、この反応は……まさか関係者だったのか?
「そいつはティナの父だ。それと、あまりティナとのことを話さない方がいいぞ〜そいつに妬み殺されるからなぁ」
この人がティナの父親?
たしかにそう言われれば似ているような気がしてくるが……
その後に言った妬み殺されるってのが引っかかるな。
「ティナさんとは誰です?」
ティナはリーラが来てから一度家に来たことがあったが、その時リーラは部屋で読書をしていたから会っていない。
俺はエドワードの手前スマホを出すのは失礼だと思ったが、娘だと言うなら現在の写真を見たいだろうと思い取り出す。
「こいつだ」
そう言ってリーラに俺とティナの遊園地でのツーショット写真を見せる。
春休みにティナが行きたいって言い出したから夢花誘って3人で遊びに行った時の写真だな。
奏未も誘ったはずだが、どうして来なかったんだったか……思い出せないな。
「……仲、良さそうですね」
「ほう?吾輩にも見せてみろ」
エドワードにその写真を見せると、まるで時間が止まったかのように動かなくなってしまう。
その写真は夢花が、娘を連れて家族で遊園地に来た記念〜とか言って撮った写真なんだが、実の父親には衝撃が強すぎたようだな。
固まったエドワードはだんだんと震え始め、やがて何かを呟く声が聞こえ始める。
「……ん……めんぞ」
よく聞こえないから少し耳を近づけると、そんな俺の不意を突いてエドワードが俺の首を固める。
「吾輩は認めんぞおおおおおお!!!」
「痛い痛い痛い痛い!」
ヘッドロックを食らい動けない俺。
そんな時でも親父と日溜はテレビを見て笑っている。
なんて薄情なやつらなんだ!
リーラは大して力がないのに、エドワードの腕を引き剥がそうとしている。
ああ、リーラはなんて健気にのだろう。
俺にこんなにも献身的なんて。
奏未にあの写真を見せたらグングニル片手に追いかけてきたぞ!
エドワード側だったぞ!
俺はそんなリーラに応えるべく、腕から抜ける方法を考える。
とりあえずはもう一度ティナの写真を見せれば固まるか?
その間に抜け出せるかも?
一つ思い立ったら即実行!
俺は苦しみながらも痛みに耐えてスマホを操作する。
昨年度の冬の写真。
ティナが炬燵で寝ている写真だ。
これなら固まって動けなくなるだろう。
俺はその写真をエドワードに見せる。
一発目でいきなり成功とはいかないだろうと思っていたが、さてどうなる?
エドワードがその写真を目にして、俺を腕から解放する。
咳き込み喉の調子を整えた俺に、エドワードは改めて向き直る。
親父の言っていたことが分かったよ。
親バカが過ぎるな。
それならッ!
「俺の話を聞け。お前がここで俺にひどいことをしたら、ティナに嫌われることになるぞ?」
「ぐっ!うぐぅ……貴様……卑怯なッ……」
卑怯でもなんでも、話を聞いてもらえないと関係を誤解され続けることになる。
「まずは話を聞いてくれ!」
「取り乱してしまった。申し訳ないのである」
落ち着いて姿勢を正すエドワード。
ほんとだよ、まったく……
勝手な勘ぐりで確認取らずにヘッドロックとか、シャレにならんぞ。
「俺はティナに血液提供している者だ」
こいつも吸血鬼なら、ティナと同じで血液提供者がいるはずだ。
血液を摂取しなければ、何事にもやる気が湧かなくなるのが特徴だからな。
だからこう言えば関係は伝わるはず。
「血液提供者か。なるほど……それにしては距離感が近すぎる気がしたのであるが?」
「少し仲のいい先輩後輩だ。遊園地で気分が高揚していたんだろ」
「そ、そうだったのか……これは、吾輩の早とちりで失礼をした……」
頭を下げることはないが、謝罪の念は十分伝わってきた。
「それで、他の血液提供者の情報ももらいたいのであるが……」
普通は何人かいるものだったな。
俺のように際限なく血が湧き出る者は他にはいないし、そうでなければ一人で補える量ではないからな。
「普段は俺一人だ。俺がいない時は妹や友人から血をもらっているよ」
奏未がほとんどだな。
能力ですぐに回復できるから、精神のもつ限りは無限に湧き出るもんな。
「普段は一人?そんな、ありえない」
驚いている様子のエドワード。
当然だ。
人の致死量はもっていくからな。
「そいつは不死身だからな」
親父が余計なことを言う。
「おいッ⁉︎」
俺の秘密をあっさりとバラしてんじゃねーよ!
「俺は知ってたから気にしなくていいぜ」
日溜知ってたのかよッ⁉︎
親父のやつ、俺の知らないところで勝手に教えてやがったな。
「広人さんは不死身だったですか」
純粋なリーラが信じちゃったじゃねーか!
本当のことだからいいんだけどさ。
そのうち言うつもりだったし。
「不死身であるか……」
胡散臭いって顔してる。
まあ信じろと言う方が無理な話だよな。
リーラはあっさり信じちゃったけどな!
「だから俺は一人で血液を供給できるんだ」
「……認めん。こんなのを血液提供者などとは認めんぞおおおおおお!!!」
結局認めないのかよ!
俺はエドワードに追いかけ回され、そうしているうちに執事さんが食事の用意ができたと呼びに来た。
その食事ではイギリス料理はなく、フランスやドイツ料理ばかりで、リーラや日溜は満足していたが、俺は終始エドワードに睨まれ、味を感じなかった。
「お部屋へご案内致します」
親父はなぜか執事さんの前を歩く。
そんなに早く部屋に行きたいのか。
執事さんに案内されて屋敷を進むと、何人かの使用人とすれ違う。
聞くところによると、彼らはこの屋敷で暮らしているらしい。
二階の隅の部屋まで来て、その前で鍵を渡される。
「荷物はこちらの部屋に全て運んでおきましたので、どちらで休まれるかはご自由にお決めくださいませ」
内装違うのかな?
二つの部屋を確認すると、片方にはシングルベッドが二つ。
もう一方には大きめのベッド(おそらくダブルサイズかワイドダブルサイズあたりだろう)が一つ。
どちらの部屋にも冷蔵庫とテーブルランプが設置されており、それらは部屋にマッチした外観で、ホテルの一室かと見紛うような部屋だ。
テレビも内装を損ねないようなデザインだ。
さて、どちらの部屋にするかだが……
「俺は派世かリーラちゃんと一緒の部屋がいいぜ」
「俺も親父と同室は勘弁」
「では私が広人さんのお父さんと一緒ですか……」
「わしはそれでも構わねえよ?」
親父とリーラが一緒だぁ?
ありえないだろそれは。
「リーラは誰と一緒がいい?」
日溜は親父と同室が嫌で俺かリーラと一緒と言ったが、正直日溜がリーラと一緒の部屋だと、不安なんだよなー。
日溜の過去が過去なだけに、未だに悪魔を恨んでいてもおかしくない。
トラウマってものはいつまでも残り続けるものだからな。
フロストと初めて会った時も疑心暗鬼だったし、リーラにまだ懐疑心を持っている。
親父は親父で何を吹き込むか分かったもんじゃない。
リーラは考えた末に俺を見上げる。
「だそうだ」
「じゃあ部屋は俺が決めるぜ。文句はねーよな?」
「ないよ」
親父と同じベッドとか死んでも御免だろうから、選ぶ部屋は決まってるようなものだな。
俺はリーラの荷物も持って部屋を出る。
「物分かりが良くて助かるぜ」
俺とリーラは隣の部屋に移る。
この後はシャワーを浴びて寝るだけだが、俺はエドワードに呼ばれている。
同じベッドで寝るのは緊張するな。
少し落ち着く時間も必要なのでありがたい。
「先にシャワー浴びてろ。俺は用事があるから」
シャワールームは部屋にはなく、この屋敷の一階に大きめのがあるらしい。
使用人も利用するそうで、風呂はないが内装は現代的なものらしい。
リーラは着替えを持つと、タオルは用意されているそうなので、俺と一緒に階下へ降りた。
リーラはシャワールームへ、俺はエドワードの自室へと向かう。
扉をノックすると、中から入れと返事がある。
俺は少し嫌なことを思い出しつつ扉を開ける。
開けたらすぐにヘッドロック……なんてことはなく、椅子に腰掛けて気さくに挨拶してくる。
「なんだ?こっちに来たばかりで少し疲れているんだ。できれば早く休みたい」
「呼び出したのにはいくつか理由があるのである」
いくつか?
そんなに俺に用事があるのか?
一つはおそらく娘のことだろうけど、他は何だ?
「貴殿はロッカの息子であるな?」
それは何の確認だ?
意図が読めないながらも、俺はそうだと頷き返す。
「では貴様も、そうなのであるな?」
何のことだ?
何を指して……ッ⁉︎
そこで俺は何に対して言われているのか見当がついた。
まさか、な……
「なに、貴殿が気にすることなど何一つとしてないであるよ。貴殿が何者であろうと、吾輩の貴殿への評価は変わらないのである」
何者、そう言ったのか……ッ!
ということは、この男は……
「何を知ってる?」
そう聞くしかなかった。
もしカマをかけているのだとしたら、ここで俺から言ってしまうのは愚かだ。
しかし、本当に知っているのなら、そのことに関してどの程度知っているのかの確認は必要だ。
完全に会話を誘導されているな。
食事前に会話した時とはまるで別人のようだ。
夜、だからかもしれないな。
「何も」
そう答えたエドワードは、口を閉じようとして、また開く。
「ただ貴殿も吾輩や娘と同じ、夜の者ということのみ、知っているのである」
ーーーッ⁉︎
決定的な言葉だ。
こいつは本当に俺を、俺の秘密を……
知っている。
こんな人物と会うのは初めてだ。
まさかそんな、いや、親父が知られているのなら、俺がそうだと知られていても仕方がないか。
奏未と八田月にしか話していなかったんだがな……
俺の最重要機密。
「誰にも言うな」
「言うはずがない」
その目で真剣に俺の目を見据えて、突き刺すように放たれた言葉。
「吾輩とて、貴様に近しい存在である。その吾輩が何を言えようか」
近しい存在、たしかに伝承なんかでは、やってることは大差ないな。
エドワードはクローゼットから大きな箱を取り出し、それを俺に渡してくる。
開けろ、ということか?
俺が開けて中身を確認すると、そこには片面が黒、もう片面が血のような赤のマントが、綺麗に畳まれて入れられていた。
「これは……」
「ティナに渡せ」
これが他の用事か。
「コスプレ衣装か?」
「違う。ヴァンパイアにとってマントは、自身の地位を示すものなのである。故に、そのマントはティナの今後に確実に役立つ最重要アイテムなのである」
「どうして俺に?」
不思議な話だ。
「箱に少し埃が被っていたが、つまりは結構前から用意していた物だということだ。重要な物ならさっさと送ってやるべきだろう。なのになぜお前は送らなかった?」
なぜ送らずに俺に頼んだのか。
親父から予め伝えられていたなんてことは、俺がティナの名前を呟いた時の反応から分かる。
「吾輩はあれを、厳しく育てた。だから、嫌われているのである」
そうして儚く笑うエドワードに、かける言葉が見つからない。
ティナは家族のことを話そうとしなかった。
だから俺も無理に聞くことはなかったが、だから今かける言葉が見つからない。
知ろうとしなかったのだから、当然だ。
「もう一つ、頼んで良いであるか?」
親バカ、だからこそ娘に厳しくする。
そんなちぐはぐな彼が、あまりにも脆く見えた。
「ああ。いくつか理由があると言っていたのはそっちだ。それらは全て済ませてもらわないと、俺もいつまでここにいるか分からんからな」
きっと彼にとって、とても重要なことなんだろう。
「ティナのことを頼むのである」
その言葉には、言葉以上の意味があるような気がして、俺は続きを待つ。
「必ずどちらかを選ぶ時が来る。人間として生きるか、ヴァンパイアとして生きるか。貴殿に任せきりというのも無責任な話だが、この通りである」
頭を少し下げ、礼儀正しく礼をする。
日本式にそう頼み込む彼は、それほどに俺を信頼し、歩み寄ろうとしているのだ。
「それはきっと苦しい選択のはずである。しかし、自信を持って決めてほしいのだ!その時貴殿がそばにいれば、きっと自信が持てる。そんな気がするのである」
だから頼む、か。
俺はティナの恋人ではない。
俺とティナは少し仲のいい先輩後輩だ。
そいつの人生を左右するようなことを、任されるような間柄ではない。
「断る」
ここで俺が頷いてしまうことの方が、俺には無責任に思えた。
エドワードは言う前までずっと悩んでいた。
それは分かってる。
だが、だからこそ、俺は、俺が、そんなことを簡単に請け負ってはいけないんだ。
「俺がその時、ティナと一緒にいる保証はない。家族であるお前の方が、同じ血を引くお前の方が、きっと適任なんだ」
「吾輩は……」
「嫌われているって?だったらどうした。嫌われていようと何だろうと、お前はティナの父親だ。たった一人の父親だ」
エドワードと親父が重なる。
親父は奏未に嫌われている。
その原因が何かは分からない。
だが、親父は奏未を大切に思っているし、大変な時奏未を励ましたのも親父なんだ。
親ってそういうものなんじゃないか?
「俺にはティナの苦しみは分かってやれない。だが、お前なら、同じように選択肢が出て、そうして選んだお前なら、きっとあいつの苦しみを分かってやれる。だから、そんなことまで俺に任せないでくれ」
嫌われていてもお前は親だ。
親ってものは子どもにとって、とても大きな存在なんだ。
俺なんかよりずっとずっと大きな存在なんだ。
なあ、親父……
マントは俺が持って行ってやるが、肝心なところまで丸投げしようとするなよな。
娘を思うあまり自分を過小評価しすぎだな。
もう用はないだろうと部屋を出る。
止められなかったので、用は済んだのだろうな。




