9.焦り①
キリが良いので短めです。
朝起きると、どこか身体が怠かった
熱はないみたいだし、風邪の症状も無い。
ただ少し怠いというか、身体が重いだけだ。
幸い今日は休みなので、ゆっくりする事にして部屋の掃除をしていると、ミザリーが戸を叩いた。
「元気がないわね、ロゼッタ」
「え?そうかしら?」
「気分転換に外にでも出たら?」
「……でも、少し勉強したい事があって」
「ちょっと!休みの日まで勉強する気?!」
「早く昇進したいし。ほら、3月に昇進試験が受けられるようになるでしょ?」
行政院では一年ごとに昇進試験がある。
試験だけですぐに昇進できるわけではなく、評価ポイントに加算される試験だ。
一定のポイントを取得できれば昇進できるシステムのため、上司の評価以外にポイントを貯められる試験は大切な機会だと私は思っている。
「あと2ヶ月で2年目じゃない」
「そうかもしれないけど、試験よりも上司の評価の方がポイント稼ぎになるから、ろくに勉強しない人もいるくらいのものよ」
そういう私も勉強する気はあまりないわ、とミザリーは言った。
婚活目的で来ているミザリーに昇進欲はないため、試験勉強のモチベーションなどないだろう。
でも私は違う。
少しでも早く昇進してお金を貯めて財産を作って、名ばかり貴族を卒業しなければならないのだ。
爵位を剥奪されてしまえば、再度貴族になるのはほぼ不可能だ。
バレる前に早くなんとかしなければ。
火事が起きて全てを失ってもうすぐ2年。私は焦っていた。
今にも誰かに没落貴族だとバレて爵位を剥奪されるのではないか……と。
「ロゼッタ、そんなに根を積めたら身体を壊すわ」
ミザリーの言葉に私はハッとさせられた。
「少しは遊ぶことも必要よ。残業もしているし、ゆっくりする時間がないじゃない」
困っていると、彼女は「分かったわ」と言って出て行った。
怒らせてしまっただろうかと申し訳なく思っていると、しばらくしてミザリーが戻ってきた。
「寄宿舎の同期達と飲み会するわよ」
「え?」
「情報収集よ。昇進したいなら院内の政治についても詳しくなっておいた方が良いわ。今晩王都の居酒屋に集合!」
***
寄宿舎にいる同期以外にも声を掛けたらしく、10人程度の同期たちが集まっていた。
幹事になったのはミザリーともう1人の男子で、顔も広く仕事のできる2人は飲み会の開催の手際も良かった。
「かんぱーい!」
私は居酒屋で働いていたのでこういう風景をよく見ていたが、実際参加するのは初めてだ。
貴族として宮廷学校に通っていた時には夜に出かけることはなかったし、お酒を飲むこともなかった。
それを素直にミザリーに話すと彼女は驚き「じゃぁ飲まない方が良いわ」と言った。
酔っぱらったら、うっかり自らの口から貴族であると言いかねない。
いつも見ていた飲み会は皆酔っ払い楽しそうに騒いでいたが、参加してみるとどう振る舞えば良いのか分からずオドオドしてしまった。
一方のみんなは夜出歩く事もお酒を飲む事にも慣れているようだ。
周りの空気を読みながらキョロキョロとしていると急に私に話が振られた。
「グリューンヴァルト、院長秘書って何やってんの?」
この10人ほどの同期の中で私だけが4階で変わった仕事をしているので、みんな興味津々だ。
「院長の予定を把握したり、代わりに書簡を書いたり、連絡を取ったり……とにかく、院長から指示されたことはなんでもやるかな?」
「院長って怖いんだろ?ロゼッタが色んな階を資料を持って行き来しているのを見るけど、大変じゃないか?」
「そんなことないわ!ミザリーから聞いている感じだと、特別行政官の上司の人達より院長の方が優しいと思うわよ!」
本当に……?と口々に言う同期達。
「4階ってさ、院長とロゼッタしか基本いないんだよな」
「そうね」
「なんか間違いとか起きねぇの?」
ちょっと酔っ払った同期がニタニタとした笑みで言った言葉を、私は理解できなかった。
「間違い?」
「ちょっと、アンタ。酔ってるの?」
ミザリーがニタニタとした笑みの同期を睨み付ける。だが、気にした風はない。
「気になるじゃん!なぁ?」
他の同期の男も(ミザリーと私以外、参加者はみんな男である)興味津々だった。
「実際のとこどうなんだよ、ロゼッタ。指示されたら断れないんだよな」
「え?」
「院長って確か37……?だっけ?22歳の女の子と2人きりかぁ。俺の親戚のおじさんだったら鼻の下伸ばしてそう」
「鼻の下?」
「しょうもないこと言ってるんじゃない!」
ミザリーがバシンと口の過ぎる同期の頭を叩いた。
「気になんねぇのかよ!歴代の秘書にはそういう仕事もあったって噂……」
「これだから品性に欠ける一般行政官は嫌だねぇ!」
背後から高飛車な声がして一斉に振り向く。
そこにいたのは、特別行政官の同期2人組だった。
「公共の場でそんな話を大声でするなんて。私達にはとてもできそうにない」
「なんだよ、お高く止まりやがって!」
「一般行政官如きがアイゼンハルト家と関係を持とうなどと烏滸がましいにもほどがある。庶民は格の違いが分かっていないな」
正直に言って特別行政官の意見に同意だ。
王家と繋がりのある侯爵家と関わりを持つなんて、庶民はおろか男爵の爵位を持つうちでも釣り合いが取れない。
「そうですね、私のような者が関係を持つなど烏滸がましいです」
そう言うと言い争っていた一般行政官の男が私を睨んだ。
「お前!どっちの味方……」
「まぁまぁ、行政官がこんなところで言い争うなんてそれこそ品性に欠ける。2人とも落ち着け、な」
ミザリーと共に幹事をやってくれた同期のユリウス・ベルクマンが場をとりなすように言う。
2人は少し冷静になったらしく押し黙った。
優しげな目をしている彼は、周囲を落ち着かせる雰囲気を持つ人だった。
***
「言い争いを止めて下さってありがとうございました」
「そんな、あの飲み会を計画したのは俺だし。当たり前のことをしたまでだよ」
飲み会を企画してくれた上に言い争いを納めたことを当たり前と言うなんて。
なんて良い人なの?!?
「ロゼッタって呼んでも良いか?」
「えっ?」
「グリューンヴァルトって長いし。ミザリーはそう呼んでるんだろ?」
男性から下の名前で呼ばれるなんて親密過ぎる気がしたけれど、庶民の間では普通なのかしら。
ここで拒否したらそれこそ「お高く止まりやがって」と言う事なのかもしれない。
貴族とバレないようにするためには、名前呼びを許すべき……よね。
少し抵抗はあったがじきに馴れるだろうと私は了承した。
一緒に寄宿舎へ戻る。彼は部屋へ帰って行った。
あの人は他の一般行政官の男性とは違う気がする。
周りだけでなく、私のことも気遣ってくれていた。
部屋に戻ってベッドに倒れ込むと急に疲れがきて、勉強する元気なんてとても起きなかった。
一般行政官のみんなは特別行政官の愚痴ばかりだったし、なんだか馴染めない。
あの酔っ払っている一般行政官の男の話も、最後まで結局よく分からなかったし……
そんなことを考えていると、私はうとうとしてしまって気づくと朝になっていた。
次回 最近の調子の悪さをアイゼンハルト院長に見抜かれたロゼッタは……




