5.神上司
私がアイゼンハルト院長のところで働き始めて一月が経った。
「やった〜!お給料だ〜!」
院長からもらった給与袋はずっしりとした重さだ。
内務局長はちゃんと約束を守ってくれたようだった。
家に帰ると、8割を郵送してもらうように頼む。
寄宿舎に住んでいるので家賃はタダ。
かかるのは光熱費と食費や雑費のみ。
「ロゼッタ、そんなに家族に送っちゃって、貯金しないの?」
「してるよ?」
「その中から?!」
「うん。うちは定期的に野菜も送ってくれるから、食費も安く済んでるし」
「そのおかげで外食できてないじゃない。あなた、かなり田舎から出て来たんでしょ?せっかく王都にいるんだから、もう少し遊んだって……」
「今はまだその時じゃないかな。弟と妹達がある程度大きくなったらね」
「……ねぇ、ごめんロゼッタ。私あなたのこと調べちゃったの」
ハッとする。バレてしまったという事だと理解した。
「何で貴族だって隠してるの?それに貴族のあなたが一般行政官の試験受けて寄宿舎に住んでるなんて、どういう事?」
なぜ身分を隠しているのかと訝しげな表情だ。
ミザリーは地方出身で、同僚で、女性行政官という共通点があり仲良くなったが、今やそれ以上に信頼に足る相手だった。
変に嘘をついたり誤魔化したりするのは不誠実かもしれない。
「前に家が火事になったって言ったでしょ?それでうちはほとんど財産を無くしちゃったの。
元々田舎の貧乏貴族だったから困窮してね。
兄弟も多いし、王都に出稼ぎに来てるのよ」
貴族のくせに恥ずかしでしょ?と私は自嘲する。
ミザリーは商人の娘だが、両替商で相当裕福だ。
うちより財産があるに違いない。
「前のように暮らしたいのよ。
お父様とお母様は勉強したいという私の希望を叶えて、学校へも行かせてくれた。
弟妹達にもそうしてあげたい」
「……そうなのね」
「貴族の私が出稼ぎに出てるなんてバレたら、実家に財産がないことがバレて爵位を剥奪されるかもしれない。
だからなるべく周りに知られたくなくて。
お願い、みんなには秘密にしておいて」
「貴族にも色々あるのね。みんな特権があって裕福な暮らしをしているのかと思った」
「そんな事ないわ」
ミザリーは大きくため息をついた。
「ロゼッタは良い貴族かもしれないけど、私達が一緒に働いている貴族……特別行政官達は酷いの」
「え?」
ミザリーや一般行政官の同僚達は、特別行政官の同期に馬鹿にされているだけでなく、明らかに仕事を押し付けられているらしい。
「特別行政官達はまともに仕事をしてない。
おしゃべりばっかりだし、デスクで内容を確認してちょっとサインするだけ。
資料の持ち運びや、会議の議事録を作って清書するみたいな面倒な仕事は全部私達。
少しミスしたらすごく怒られるし」
「それは酷いわね」
「やってられないわ。裕福な家の子は辞めようと考えてる子もいる。だって、昇進できないんだから」
「え!」
「庶民も貴族も関係なく昇進できるなんて、一般行政官を入れて仕事をさせるための嘘。
上にいるのは貴族だけよ」
給与は一緒なのに、特別行政官は仕事をしない一方で、一般行政官は激務で夜遅くまで仕事がある。
「ミザリーも辞めちゃうの……?」
「すぐには辞めないわ。ただ、さっさと結婚したいと思った。貴族以外と!」
ミザリーの吊り目がさらにキツくなった。
「……でも、あなたは辞めるに辞められないし、貴族とも名乗れないのね」
「うん。でも聞いてたら院長のところが一番良いかもしれない。いびってくる特別行政官はいないし!」
「いや、その院長は特別行政官の親玉みたいな上位貴族なんだけど……侯爵家よ?」
「親玉なんてそんな。丁寧に仕事を教えてくれるし、良い人だと思うけれど」
「そうなの?院長が一番コネ入官よ。
だってアイゼンハルトなんて、歴代行政院長の家柄だし、あそこの家は文官としてあらゆるポストに着いてるもの」
「それだけみんな文官としての才能がある血筋ってことよね?」
「そういうことじゃないと思う……」
頭の中お花畑なんだから、とミザリーは呆れていた。
「まぁ、あんまり無理しないようにね。あなたが局を回されてるのを見た職員が、院長の嫌がらせだって言ってるから」
「そうなの?!?」
「そうやって色々なところに資料を取りに行かせて、気に入らない秘書を辞めさせてるって」
「あれ嫌がらせだったの?!でも、どれも必要な資料だったと思うけど……」
「前の院長はそんなことやらなかったみたいよ」
そっか……私嫌がらせされてたんだ……
憎く思われていたのはショックだけど、それでもあの程度なら神職場だし神上司としか思えないわ。
アイゼンハルト院長が鬼だとしたら、私が働いてた居酒屋の店長は大魔王か何かとしか思えないもの。
でも、あの大魔王店長も大魔王なりに私の事を思ってくれていた。
アイゼンハルト院長の指示もただの嫌がらせじゃないかもしれない。
「心配しないでミザリー。火事で家計が火の車の我が家の状況よりは、厳しくないわ!」
「あなたならどこでもやっていけそうね!」
あははは!とミザリーはついに笑い始めた。
それでも最後には「何かあったら話聞くから」と言ってくれた。
彼女は本当に良い子だ。
「良かったら王都を案内してくれない?王立の学校通ってたんでしょ?」
「もう!どこまで私の情報を知っているの?!職権濫用よ!」
***
「おはようございます!」
「おはよう、ロゼッタ・グリューンヴォルト」
こちらを見て挨拶をしてくれたアイゼンハルト院長。
昨日まで全く気にしていなかった事が気になる。
(この人、少しも表情を変えないのよね)
厳しいとか聞いてたから元々そういうタイプの人なのかと思ったが、私の事が嫌いだから無表情なのだろうか。
挨拶をしたらさっさと席に着き、仕事を始める。
「君、いつからいたんだ」
「え」
「また早出していないだろうな」
追求するような鋭い目付き。
「ここに来たのはついさっきです。10分ほど前で……」
「早く来たからといって私は評価を上げたりはしない。効率良く仕事をする事を考えなさい」
「は、はい!」
アイゼンハルト院長は銀髪に青い瞳で全体的にスマートな印象の人だ。
一方の私。
早く来て掃除しようとするし、大量の書類を上げ下げして局の人間に嫌がらせされてるのかと思われる始末(実際されてるらしいが)。
声も大きくて暑苦しい。
接客業をやっていたから……いや、元々こんな感じか。
全体的にスマートとはかけ離れている。
だから、ウザいと思われて嫌がらせされてるのかも。
頭に付けたこの黄色いバンダナも止めようかな……馬鹿っぽいかもしれない。
職務規程には違反してないけど……
(よし、クールなシゴデキ行政官を目指そう。表情は変えず、返事も落ち着いた感じで)
秘書に元気は似合わない。
「今日の予定を確認する」
「はい。今日は午前10〜11時に法政局と会議。午後14時から約30分財政局長と打ち合わせ。17時から中央政府機関の貴族との社交です」
「今日締め切りの重要書類は何件ある」
「先ほど地方行政局から回ってきたものを合わせると5件です。その内午前中の稟議が1件」
「他に報告すべき事はあるか?」
「ありません」
「では業務を開始する。本日もよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
よし!結構クールな感じでできたんじゃない?!?
「私はクール系秘書。クール系行政官……」
***
急に秘書の元気がなくなってしまった。
「早く来たからといって私は評価を上げたりはしない」
なぜあんな言い方をしてしまったのだろう。
私は未熟なのだ。戸籍局の局長をやっていた時もそうだった。
つい冷たい言い方になってしまう。
それなのに昇進できたのは、所詮私もコネなのだろう。
アイゼンハルト家長男は行政院長になるのが慣わしだ。
努力せずともその席に座ることを約束されているのが嫌で、私はその地位にふさわしい人間になろうとした。
けれどもまだ実力が伴っていない。
あんなに明るい子を落ち込ませてしまうとは……
「アイゼンハルト院長」
「なんだ」
「コーヒーはお飲みになられますか?」
「頼む」
ぶっきらっぼうな言い方になってしまったことをまた反省する。
次は優しく、穏やかに……
「どうぞ」
「ありがとう……美味しい」
一口飲んで感想を言う。
そうすると、彼女の目がきらりと光った。
「良かったです!」
昨日までの彼女に戻ったかのような口調。
やはり私の言い方が彼女を落ち込ませていたのだと納得する。
はっと彼女は口を押さえた。
「失礼致します」
スタスタと秘書室へ戻って行った。
午前10時、法政局との会議。
ロゼッタ・グリューンヴァルトも同席する。
私の隣に控えるようにして、代わりにメモを取っていた。
会議を終えてグリューンヴァルトと院長室へ戻る。
「初めて参加した会議だったが、どう思った?」
「……話を聞くのに精一杯で、ちゃんと書けたか不安です……」
「最初はそういうものだ。法政局の仕事内容もあやふやだろう」
「はい……」
俯き加減の彼女だが、そんなに落ち込むほどのことではない。
任官して半年の研修を終え、秘書として着任してまだ1ヶ月だ。
研修期間に様々な部署を回ったとはいえ、新人はまともな仕事をしていないだろう。
一週間ほどのインターンのようなもので業務を把握しろというのは難しい。
「精進しなさい」
そう思った私がかけた言葉はあまりにそっけないものだった。
俯き加減の彼女がさらに俯いてしまった気がする。
「着任して1ヶ月だ。これから徐々に各局の仕事を理解すれば良い」
グリューンヴァルトは言葉を探すように視線を彷徨わせるばかりで、何も言わない。
「……君は頑張っている。そんなに落ち込む必要はない」
「大丈夫です。落ち込んでいません」
表情が硬いまま言う言葉。
本当に大丈夫か……?
「何かあったのか?」
「えっ……?」
「元気がない、ような……」
余計なことを言っていないだろうか、私は。
ジロジロと観察されて、不快だと思われるのも……
出口の見えない思考に支配される。
あぁ!なぜ仕事をするだけなのに、こんなに気を使わなければならないんだ!
秘書の元気があるだとかないだとか、どうでも良いだろう!
「仕事のパフォーマンスに影響が出る。体調が悪いなら休みを取りなさい」
ジロジロ見ないように私は先を歩く。
足音で付いて来ているのが分かってほっとした。
泣かれていたら困る。
二番目の秘書を泣かせてしまったことを思い出したのだ。
コツコツと鳴るヒール。
それが徐々に早くなり……
追いついたグリューンヴァルトは私の前に現れた。
「大丈夫です!私元気です!ご心配おかけして申し訳ありません!」
にこりと笑った顔。
それが思ったより私の心に衝撃を与えた。
「これからも体調管理をしっかりするように」
結局私の口はいうことを聞いてくれず、優しい言葉が出ない。
それでも、彼女は笑って言う。
「承知しました!」
次回 ロゼッタが何気なくした親切により、同期が変な勘違いをし……




