2.内務局長との取引
晴れて行政官になって半年、私達は研修を受けていた。
半年間の研修ののち、希望の部署へ配属となるのだ。
「ロゼッタはどこか希望の部署はあるの?」
「ん〜これと言ってないな」
研修記録を書きながら私達は話し始めた。
「ミザリーは?」
「私は戸籍局」
「なんで?」
「人事情報が探れそうだから」
「人事情報を探ってどうするの?」
「どんな男がいるかチェックするのよ」
ミザリーの目がきらりと光った。
「私がなんで裕福な生活を捨ててまで王都に来たと思ってるの?」
そう言われればそうだ。
一般受験者でも、学校に通わず勉強ができる環境にあるという事は富裕層が多い。
ミザリーはまさに庶民の裕福な家の娘。
地方で悠々自適に生活できるのに、必死に勉強して王都まで出て寄宿舎暮らしを選ぶなんて変だ。
「確かに私は町で一番賢くて美人とまで言われたことがあるけど、そんなことはどうでも良いわ」
どうでも良いんだ。
「あんな芋臭い田舎でだっさい酒屋の息子と結婚して一生を終えるなんて、絶対嫌だったからよ!!」
「な、なるほど……」
「王都の洗練された貴族と結婚して、王都の近くに住みたいの」
つまり、玉の輿狙い?
「それに戸籍局は比較的楽な部署って聞いてるしね」
ふふーん、とミザリーは言った。
「ロゼッタはできるだけ昇進したいんだっけ?」
「どちらかというとお給金が欲しいだけかな」
「権力に興味があるわけではないと」
「ないない。家内安全が一番よ。弟妹達に教育の機会を与えてあげられればそれで」
みんな元気かな?研修期間が終わったら、もう少しお金を送れるはずだから!
「ロゼッタって本当に珍しい存在よね。行政官の一般試験を受ける、謂わゆる一般行政官になりたいのなんて、逆転成り上がりを狙う庶民ばっかりよ」
「ミザリーだって珍しいじゃない」
「私の受験理由の方がまだ一般的よ。田舎が嫌だから王都に出るための口実にする人もいる。でも、あなたは安定した高級取りになって家族を養うためでしょ?」
貴族としてそれなりに裕福だった弟妹達に、貧しい生活をさせたくない。教育の機会を与えたい。
現状お父様の領地経営などの収入源と私の給料で生活できているけれど、貴族として我が家を復興させるなら今のままじゃ足りない。
「借家住まいの貴族なんてあり得ないでしょ。貴族を名乗るのも恥ずかしいわ……」
「ロゼッタ?」
「何でもない!」
ミザリーとは同期の女性行政官としてとても気が合うけど、ここだけは相容れなかった。
「そろそろ配属発表ね。お昼からだっけ?」
「希望が通るといいわね、ミザリー」
悩んだ挙句私はどこに配属希望を出したっけ?
財政局か司法行政局?
いや、地方行政局だったら実家近くに出張することもあるかなって思ったから、そこだっけ?
ま!どこでも良いわ!
どこ行っても頑張って昇進するのみよ!
「任命式始めるぞ!」
研修記録を書いていた研修員達が集まる。
ドキドキとした面持ちの行政官の卵達は、名前が呼ばれて一人一人任命証書を渡された。
ミザリーは希望通り戸籍局戸籍課で嬉しそうにしていた。
さて、私はどこかしら。
ドキドキしながら任命証を受け取りに行く。
「ロゼッタ・グリューンヴァルト!」
「はいっ!」
「院長秘書室院長秘書に任命する」
「……?」
「グリューンヴァルト」
「あ、はい。謹んでお受け致します……?」
貰った任命証を見直す。
うん、院長秘書室院長秘書って書いてある。
他の研修員はみんな「〜局〜課」って呼ばれてるのに、私だけなんか違くない?
全員の任命が終わると、私の周りに同期たちが集まって来た。
「院長秘書だなんて、すご〜い!」
「院長に気に入られたら一気に出世じゃん!」
「羨ましいわ!」
「いいな〜俺も院長とお近づきになりたかった」
(もしかして主席合格だから特別扱いされたの?!よく分からないけど出世コース!?!)
血反吐吐きながら勉強頑張ってよかった〜!!!
努力が報われた気がして思わずニマニマしてしまう。
解散になり皆家に帰る準備をしている中、私だけ指導教官に呼ばれた。
「君は他の一般行政官と違う配属にさせてもらった」
「はい」
「理由は二つある。一つは、君が優秀な一般行政官だという事」
「恐縮です」
「もう一つは、君が貴族だと言うことだ」
人事課には全てバレている。
どうせ出自が調べられるのだから、最初からはっきりと説明した方が良いと判断したからだ。
ここで落とされたり爵位剥奪につながる可能性もあったが、後がない私は土下座してお願いした。
貴族の娘が土下座するところなど見たくなかったのだろう。
最後に面接した内務局長は理解を示してくれて、外部に漏らさないと約束してくれた。
「院長は秘書を一般行政官から選びたいと言っていた。しかし、尊い地位にいる院長にそう簡単に庶民を近づける事はできない。極めて稀な存在の君が、条件として合致したんだ」
なるほど。
行政官には二つの区分がある。
一般試験を経て行政官になる一般行政官。
庶民で構成されている。
もう一つは、推薦試験を受けて行政官になる特別行政官。
貴族で構成されている。
そんな中に、一般行政官でありながら貴族でついでに女(秘書なので女が有利だ)という私は、稀有な、というか最早幻の生物レベルの存在なのだった。
「くれぐれもよろしく頼む」
「はい!精一杯努めます」
「本当、精一杯努めてくれ、お願いだ。今年だけで5人秘書が辞めている」
「えっ」
「特別官僚のエリートを付けたのに、皆泣き言を言って辞めていく。君だけが頼りだ」
人事課の内務局長が懇願するように言ってきた。
この人も高貴な貴族のはずなんだけど、その姿は情けないおじさんにしか見えない。
「ちなみに、どのような理由で……?」
「現在の院長を知っているな?」
「はい。ヴォルター・アイゼンハルト院長ですね」
「院長は厳しい事で有名なんだ。鬼のヴォルター、冷徹院長なんて呼ばれているんだよ」
「それは、ひどいあだ名ですね……」
仮にも一番偉い人なのに。
「秘書は皆女性の特別行政官を付けたのだが、嫌がらせのように資料探しのために局を回されたり、分厚い本を上げ下げさせたれたりするんだ。
それで最初の3人は辞めた。
それを何とか乗り越えても仕事のダメ出しに耐えられず……。
長時間労働も当たり前だしで、皆嫌になって投げ出してしまう」
「大変そうですね」
「噂も広まってしまって、もう希望者どころか辞退者が出る始末だ」
「あの……それを聞くと私あんまり行きたくないんですけど……」
「そこを何とか頼む。面接で事情を聞いた上で君を採用したのは、院長の希望通りの優秀な一般官僚でありながら貴族であるという事情もあってなんだ」
「やらないとバラすという事ですか」
「そうじゃない。そんなやり方をしてバレたら私の立場が危うい。
交換条件だ。
一年務めると約束してくれたら、私が叶えられる範囲で待遇を上げる」
彼の言った通り、私(貴族の娘)を脅して秘書として採用したなんて悪どい事がバレたら、王家の顔に泥を塗ったとして内務局長(貴族)も爵位剥奪の危機である。
王家直属の機関なので真っ黒なことはできないのだ。
しかし、無理やりではなく、交換条件であればグレーだ。
「それでは、私が秘書でいるうちは給金を上げてもらえませんか?あとは……私が貴族だって絶対にバラさないで下さい」
「分かった、助かったよ。くれぐれも院長の機嫌を損ねないようにな。嫌がらせをさせられても、理不尽なことを言われても「yes」と言ってくれ」
どんな人なのよ、院長。
就任早々大変な事になってしまった。
待っていてくれたミザリーに何があったのかと心配された。
私は「大丈夫」とだけ言って、家族の事を思った。
血の滲むような努力をしながら居酒屋と本屋でアルバイトして、合格できたのは良かったけどこの人事……
「院長ってなんかヤバいんでしょ?ついてないわね、ロゼッタ」
研修生にヤバいって知られてるって相当ヤバい人なんじゃない?アイゼンハルト院長。
***
行政院の4階。
その階に常にいるのは院長と秘書のみだ。
騒がしかった階下とは異なり急に静かで、私は緊張しながら院長室へ向かった。
「失礼致します」
ノックをすると「どうぞ」と声が聞こえた。
目に飛び込んできたのは、大きな書斎机に上等なソファ。
そこに私達行政官とは違うロングコートの制服を着た色白の男性が座っていた。
胸には私達とは一回り大きく豪奢な、勲章のようなブローチが付いており、地位の高さを伺わせる。
彼はこの行政院2000人の頂点に立つ男。
ヴォルター・アイゼンハルト院長その人だった。
院長のデスクの近くまで行って、下っ端の私は挨拶をする。
「本日より院長秘書室付き院長秘書に任命されました、ロゼッタ・グリューンヴァルトです!」
真っ直ぐに立って、ハキハキと告げた。
一方で目だけで私の方を見る院長。
書類を書く手は止めてくれたが、少し間を置いた後
「……あぁ、そういえば」
と言った。
「もう一度名前を確認させてくれ」
「ロゼッタ・グリューンヴァルトです」
「ロゼッタ・グリューンヴァルト。ふむ、なるほど。よろしい、今すぐ回れ右をして人事課へ行きなさい」
「はい。何をすればよろしいでしょうか」
「配属が間違っているから確認しろと言えば良い」
「え」
「私は君を秘書にするつもりはない」
「なぜですか?」
「君は貴族だろう」
え?何でバレているの?
一般行政官として来ているのに。
「貴族はいらん。使えない。時間の無駄だ」
そして自分も貴族なのに何を言っているんだろうこの人は。
「一般行政官から選べと言ったんだ。特別行政官はもう懲り懲りだ」
「私、一般の採用です!」
「そう言えと言われたのか?私が院長になってから5人辞めているからな」
「違います!本当にそうなんです!貴族なのは……確かにそうなんですけど、ちょっと事情があって……」
彼は眉間に皺を寄せ、目を細めた。
青い瞳が私を見据える。
何もかも信じてなさそうな怪訝な顔だ。
貴族で一般行政官なんてあり得ないから気持ちは分かるのだけれど、そんなに睨まなくても……
「ロゼッタ・グリューンヴァルト、私は君の記録を知っている」
「えっ」
「グリューンヴァルト家は男爵の爵位を持つ貴族。ヴォルトブルグ公爵領の南端、のどかな穀倉地帯を治めている。現当主はハインリヒ・グリューンヴァルト。子供は娘が2人息子が3人の7人家族」
こんな末端貴族のことを、何でそこまで……
「なぜそこまで知っているのかとでも言いたげだな。
それは、私が一年前まで戸籍課の局長だったからだ。
貴族の情報はおおよそ頭に入っている。君はその風貌からして長女だろう。
一番上は女で、歳が離れていたはずだ。そして、宮廷学校に通っていると記録があった」
「18歳には見えないから、高等教育からさらに上に進んだんだろう。人事から今度こそ優秀とも聞いているからな。
それならば、学校から推薦をもらっていると考えるのが普通じゃないか?
貴族の君が一般試験を受ける意味が分からない」
確かに彼の聞いた情報だけ聞けば、貴族の特別行政官として赴任いたとしか思えない。
このような推理力と知識があれば、嘘だったらあっさり看破されるだろう。
けどすみません、破産して出稼ぎに来ている名ばかり貴族令嬢なんです……
行政院は王家直属の機関だ。
王家と直接繋がるような権力のある人に破産してるなんて知られて、ちょっと口を滑らされたら……
(簡単に事情が言えるわけない!爵位剥奪につながる可能性があるようなこと!)
一般行政官として任官されているから、周りのみんなは当たり前に庶民だと思ってくれたんだけどなぁ……
院長も優秀な庶民が来たと思ってくれると思ったんだけどなぁ……
人事を司っている内務局長とは良い取引をしたので、このメリットを簡単には手放したくない。
つまり、回れ右をして人事課へ戻るわけにはいかないのだ。
「お願いします!ここで働かせて下さい!使えないなら異動させてもらって構いませんので!」
頭を下げる。家族のためだ!
「……そんなに私の秘書をやりたいなら、秘書室を片してからだ」
そう言うと、デスクの引き出しから鍵を放る。
「隣の部屋だ」
首の皮一枚繋がった。
失礼します、と言って退出したあと、私は秘書室のドアを開く。
秘書室と言ったが、どちらかというと資料室が近いのではないかという部屋だった。
「ひどい、これ」
そして資料室もとい秘書室は、書類がぶちまけられ書類の束が地面に雪崩れている、ひどい惨状だった。
次回 ついに院長秘書としてロゼッタは働き始めます
人物紹介
ミザリー・クラウツ:同期の一般行政官。かなり裕福な両替商の娘。




