1.名ばかり令嬢とは私のこと
畑から帰ったら、屋敷が消えていた。
消えていたは言い過ぎかもしれない。消失したわけではない。
正しくは「燃えて炭と化していた」かな。
「ロゼッタ!」
「お母様!!!」
私はお母様と抱き合う。
「お父様は?!?弟と妹は?!?」
「大丈夫。みんな無事よ」
私は胸を撫で下ろした。
火事で燃え尽きた家を見て真っ先に頭をよぎったのは、家族の安否だ。
お父様に連れられて遅れて走ってくる、愛しい弟妹達。
誰も怪我もしていないようだ。運が良い。
「どうしようお姉ちゃん。何もなくなっちゃった」
「お姉ちゃん、僕達明日からどうするの?ご飯は?」
無事とは言え、不安な弟妹達は半べそをかいている。
怪我が無かったのは良かったが、この先どうするのかと心配になるのも無理はない。
「しっ!お姉ちゃんに何でも頼らないの!お母さんとお父さんが頑張るから、心配しなくて良いからね」
そう言うが、全て灰になってしまった状態で心配しないのは、幼い子供でも無理だと思う。
近くの小麦畑に延焼しなかったのは幸いだった。
この辺りに住んでいる農民達の収入源までなくなったら私達の収入も激減だし、恨まれるに違いない。
お金も一緒に燃えてしまって弁償もできないし。
という事で、弟妹達が寝たあと、私とお父様お母様の3人で我がグリューンヴァルト家の今後について話し合いをする事になった。
「ちなみに、なんで急に火災が起きたの?」
「雷が落ちたのよ、うちに」
えぇ……なんてついていないの?
我が家の領地は田舎で、この辺りは畑ばかり。
高いものといえばたまに生えてる木と我が家だ。
我が家が選ばれてしまったのだろう。
「金庫や倉庫も燃えてしまったのよね、領地経営のために使っていた道具や帳簿も」
「う、うん……でも、一応貴族だし、これからまた頑張って領地経営すれば大丈夫だよ!」
そうお父様は言っているけれど、財産どころか商売道具もなくなってしまっている。
何もないんじゃぁ、もう、爵位があるだけの名ばかり貴族だ。
「領地経営って、何もない状態でどうやってするの?」
「町長たちに相談する……」
「私も町で仕事を探すわ!」
生まれてこの方、領地の農民の手伝いしかしたことのないお母様が町で仕事……?
私もあまり人のことは言えないけれど、働くにしても20歳の私の方がマシだろう。
当面は借金をしつつ、私が働きに出て稼いだお金とお父様の領地経営の再開で家族を養うしかない。
しかし、貴族としての再興を目指すのならばそれだけではとても足りない。
この国で貴族でい続けるには一定の条件を満たす必要があるのだが、屋敷が燃えて財産を失った今、グリューンヴァルト家はその条件を満たせていないのだ。
この状況が国王にバレたら、爵位剥奪待ったなし。
ど田舎の貧乏貴族のことなんて国王は興味がないからすぐにはバレないかもしれないけど、いつバレるかヒヤヒヤしながら生活することになる。
爵位が剥奪されれば貴族としての特権を失うかもしれず、生活はさらに困窮する。
それに、この国は貴族でなければ学校に通うことができない。つまり、弟妹達にまともな教育を受けさせられないのだ。
学校に通っていた私としては、弟妹達にも教育を受けさせたいのが姉心。
とりあえず一刻も早く名ばかり貴族を卒業しなければ!
「お父様お母様、私に一年ちょうだい」
「どうするんだ?」
「一年耐えてくれたら私、王都の行政官になって稼いで来るわ」
学校に通っていた私が閃いた、手っ取り早くお金を稼ぐ方法。
それは行政官になることだった。
同級生の貴族の中で行政官になった子がいたのを思い出したのだ。
お父様が悲鳴のような声を上げた。
「仮にも貴族の娘が、出稼ぎのような真似を?!」
貴族の令嬢が、王都に公務員として出稼ぎ!
両親が騒ぐのも無理はない。
いくらウチの爵位が男爵という末端とはいえ、あるまじき字面だ。
私が知る限り、この国で最も安定した高級取り、それは中央行政機関である行政院の行政官だった。
激務だが、就職すれば相当な事がない限りクビにならないし、給料も高い。
一年目の給与でも、両親と4人の兄弟をなんとか養える。
「もう貴族とか出稼ぎとか言ってられないでしょ!お金がないのよ!!」
「王都へ行ったらなかなかこっちには帰って来られないのよ?」
「そうだけれど……すぐに高給の安定した職に着くにはこれが一番良いと思うの」
「お前をそんな遠くへ行かせるくらいなら、母さんと父さんが無理してでも何とか……」
「2人とも頑張りすぎて体を壊したら大変よ。それに、王都ってそんなに悪い場所じゃないわ!」
王都の近くの学生寮から学校に通っていた私は、王都の事をよく知っていた。
「だが!そんな遠くまで行って、結婚はどうなる?!」
そうだった。そういえば婚約者がいたんだった。
明日からどう生きるのかに必死で、来月に両家顔合わせする予定だったの忘れてた。
20歳、結婚間際の貴族の令嬢が、婚約破棄され王都に出稼ぎ。
さらに最悪な字面になった。
「財産のないうちとはもう結婚してくれないと思う」
その言葉に情けなさそうに下を向くお父様。
さめざめと泣くお母様。
「もう!そんなに悲観しないで、お父様お母様!行政院の幹部は由緒正しい貴族が多いのよ。たくさん働いて、昇進してついでに良い人も見つければ良いじゃない!」
「でもお前、20歳だろう?そこまで昇進するのに何年かかるか……」
正直、結婚なんて二の次だ。
適当に「大丈夫!」と根拠なく安心させる。
今までも色々とついてない事はあった。けれど全部どうにかなったし、幸せに暮らしてきた。
「きっと全部うまくいくわ!頑張りましょう!」
***
私は自他共に認める前向き人間である。
今まで沼やぬかるみに落ちる事数十回。鳥のふんが頭に落ちるのなんて日常茶飯事(なので外では常に帽子を被っている)。
ジャンケンには生まれてこの方勝った覚えがないし、くじ運は最悪。
風邪を引くのは狙い澄ましたかのように正月と祭りの日。
これだけ不運だと、もういちいち落ち込んでなどいられない。
雷が原因で火災になり財産がなくなるなんて不運過ぎるけど、今まで全部何とかなってきたわけだし!
行政官になっちゃえば全部解決なんだから、大丈夫大丈夫……
「えぇっ?!?行政官の試験ってこんなに難しいの?!?」
町の図書館で試験の本を見た私は、思わず大声を上げ口に手を当てた。
難しいとは思っていたけれど、倍率20倍だなんて!
私が楽観視していたのには理由があった。
さっきから言っている通り、私は18歳まで王都の近くにある宮廷学校に通っていて、行政官になった同級生がいた。
彼らは優秀だったけれど、学年一の秀才だとか天才だとかそういうのではなかった。
学校で良い成績を収めていた私なら、勉強すれば何とかなると思っていたんだけど……
試験について調べて分かったが、彼らは学校を経由した謂わば推薦枠だったらしい。
一般入試枠は倍率20倍の狭き門なのだった。
(これは半端な努力では無理そう)
けれどやるしかない!これが家族を救う道なんだもの!
父は火事の翌日には領地の町長に掛け合いに行った。
その結果しばらくは領主の地位を約束してもらい、税金を納めてもらえることになった。
だが、我が領地は小さい上に元々そんなに税収はない。
お父様は真面目で善人だがそれゆえお金儲けの才能はないし、お母様は家の事しかやってきておらず、外で働いたこともない。
元々ウチは貧乏貴族なのだ。
なので、お父様には領地や貴族としての名誉の復興などをお願いし、私は町で働きながら勉強をするという、貴族という言葉とはかけ離れたハードな生活を強いられた。
「ま!行政官になるならこれも良い社会勉強よね!」
どんなことでも無駄にはならない。
不運な事が起きても救われるのは、こういう努力や経験だったりする。
町の人とも近い距離で仲良くなれて、案外楽しい。
「いらっしゃいませ!ご注文は?」
居酒屋なら賄いも貰えるし、一石二鳥!
夜遅くまで働いたら仮眠して勉強。週3回は昼から本屋で働いた。
客があまり来ないので接客は大したことがなく、発注書や注文書を書いたり、卸業者と書簡のやり取りをした。
理解のある店主で、手が空いた時は勉強して良いと言ってくれる良い人だった。
本屋での仕事が終わり次第、図書館で試験に関連した書籍を読みノートに書き写す。
夕飯を食べたら、居酒屋でバイト……
何度も心が折れそうになったが、一年の我慢だ。
そうすれば生活は安定し、弟妹達も健やかに暮らせる。貴族としての地位も取り戻せる。
逆に私がここで落ちてしまえば、みんなが——
「大丈夫!いつもどうにかなってるし!」
できない時のことを考えても仕方がない。
どうせ後がないのだ。全力でやるのみ!
***
一年後
そうして私は自らの通っていた宮廷学校に受験生としてやって来た。
ここが試験会場だったのだ。
周りには庶民しかいない。
行政官になる貴族は学校からの推薦だったり、有名な家庭教師の推薦だったりする。
推薦されればほとんど合格が約束されたようなものなので、その方が圧倒的に楽である。
ちなみに行政官になる貴族——主に男は多い。
男兄弟が多いと、その家の財産が分配されてしまうからだ。
なので次男以降の進路としては、騎士のような軍人になるか、行政官などの官僚になるか、聖職者になるのがメジャーだ。
身分としては貴族の括りでいられるしね。
一方女性。
貴族男性との結婚が一般的だが、学がある場合は官僚や女官となることもある。
特に下級貴族は金がないため結婚の持参金が用意できず、働くことは多い。
まぁ、何が言いたいかというと、官僚になる貴族は結構多く、庶民枠である一般試験の合格者は少ないということだ。
試験が終わり、私はさっさと帰る事にした。食事は馬車の中で、硬いパンとしょっぱいハム。
どこかの町で一泊なんて余裕はないので、一刻も早く帰らなければならない。
試験前で仕事を休んでいたし、王都への移動費もあるしで家計は火の車である。
(合格発表はまた王都まで見に行かないといけないのよね……行けるかしら)
***
数ヶ月後
私は王都の官僚専用の寄宿舎にいた。
無事合格して、晴れて今日から行政院の行政官だ。
一般的な貴族は近くで良い家を借りたり、邸宅を構えたり、家から通ったりするのだが、私にそんな余裕あるわけない。
多くの地方出身の一般受験者と同じく、寄宿舎で寝起きする事になった。
身の回りのことも慣れたもので、寄宿舎での一人暮らしは全く問題ない。
普通に男爵令嬢やってた時もメイドなんて2人しかいなかった。
2も0もほとんど変わらないし、もう最近なんて居酒屋でアルバイトまでしていたのだから、人の世話もしていたようなものである。
行政官としての制服に身を包む。
白いブラウスに紺のジャケットとタイトスカート。そうそう、行政官の証である青と銀のブローチを忘れずに。
以前はもう少しマシな髪飾りを着けていたのだけれど、家が火事になってからは焼け残った家で見つけた黄色いハンカチをリボン代わりにしている。
幸運にも灰の中で綺麗に残っていたハンカチだ。
私のラッキーアイテム。
動きやすいし、元気が出るので気に入っている。
一つに括れば髪は完了!あとは少しお化粧して……
「ロゼッタ、準備できた?」
隣の部屋のミザリーが入って来る。
彼女は地方出身で、裕福な両替商の娘。町一番の秀才として王都まで来ていた。
試験会場で席が隣になって仲良くなった。
お互いに一般受験なので、当たり前に私のこと庶民だと思っているんだろうな……
家のことを聞かれた時「火事で全部焼けて家業が無くなった」と言ってから、何も聞かれなくなった。
「のんびりしていたらマズイわよ。あなた、主席として代表挨拶するんだから」
そう、私は懸命に勉強した結果主席合格してしまったのである。
絶対に落ちる事ができないというプレッシャー。
そして過去問などのまともな試験対策の教科書がないために、範囲外まで広く深く勉強した事により、論文試験で歴代最高点を叩き出した。
宮廷学校の専門分野を教えている教授達からは絶賛され、うちの研究所で助手をしないかとまで言われたが、給与が安いためお断りさせてもらった。
別に勉強が好きなわけではなく、家族を養うために背水の陣で勉強していただけだし。
もうこれ以上論文は書きたくない。一時期夢の中でも論文書いてたもの。
(主席合格すれば、同期より出世は一歩リードよね?!我が家の再興に一つ近付いたわ!)
私は同期のみんなより一足先に任官式の会場へ入る。
さぁ、頑張って家族を養うわよ!待っててね!みんな!
毎日22:30連載予定です!よろしくお願いします。
登場人物
ロゼッタ・グリューンヴァルト:主人公。前向きで明るい努力家。家族思い。5人兄弟の一番上。
両親:世間知らずで金儲けに興味のない善人。少し頼りない。
弟妹達:歳の離れた子がロゼッタ以外に4人いる。




