15.甘え
※院長の地の文の一部を「グリューンヴァルト」ではなく「ロゼッタ」と呼ばせています。
家族が出てきて分かりにくいと思ったからそうしたのですが、これで良かったのか……?
ガタガタと揺れる馬車で私は落ち込んでいた。
認めたくないが、アイゼンハルト院長にはっきりと断られたことが原因なのは分かっている。
あんな冷たい言い方しなくてもと思ってしまった。
「あり得ない」と思っていたんだから、どんな言い方をされようと気にすることないのに。
院長がちょっとでも優しい言い方をしてくれていたら、こんな気持ちにならなかったのかしら。
それってまさか、心の底で「もしかして有り得るかも」って考えていたの?
そう考えていたとしたら浅ましくて愕然とする。
父に院長との結婚を仄めかされて嫌な気持ちにはならなかった。
という事は、少なくともあり得ても良いとは思ってるってこと……?
さっきから頭の中がぐるぐるする。
気持ちを整理したい。
家に帰って早く落ち着きたいのに……
(目の前にいるんだよなぁ……)
帰りの馬車が同じなのは必然だった。
資料を読んでいたアイゼンハルト院長が顔を上げた。
何だかいたたまれなくて目を逸らしてしまう。
「君のところは家族仲が良いのだな」
院長の方を見ると、外の景色を眺めていた。
何か考えている風だった。
「え、あ、はい……」
「君自身も家族思いだ」
「そうですね」
「君はあの家の大黒柱だな。経済的にだけではない、精神的支柱だ。弟妹だけではなく、家族全体の」
その言葉が私の胸に刺さって、少し息苦しくなった気がした。
「私も家を支える当主という立場だ。家族仲が良いのは素晴らしいと思ったが、少しだけ心配になった」
「心配……?」
「背負い過ぎている」
私の見ないようにしていた点をはっきりと指摘されて狼狽える。
「そ、そんな。家族なんだから、自分のできる事をするのは当たり前です」
「そうだ」
「じゃぁ、問題ないじゃないですか」
「やり過ぎている」
「あ……」
皆んなももう少しやってくれても良いんじゃない?
何で私だけこんなに頑張ってるんだろう。
お父さんとお母さんがもっとしっかりしてくれていたら……
「違います!私は好きでやってるんです!家族のためですから!」
思ったより大きな声が出てしまった。
「……申し訳ありません」
院長の前では情けないところを見せてばかりだ。
いつもはもっとちゃんとしているのに。
「私も若い時はそう思っていた。当主の私がしっかりしなければ。家を守るのは私しかいないと」
「けれど本来家族は支え合うものだ。
お互いを思いやり、苦しんでいる者がいたらその負担を肩代わりする。
家族は全員で作るもののはずなんだ」
「君の家族は君の苦しみに気づいていないだけで、声を上げれば助けてくれるだろう。甘えてみるのも良い」
「……優しいですね、院長は」
「5人も辞めさせる人間が優しいわけがない」
「優しいですよ。今だって優しい顔をしてます」
一瞬目が大きくなり、ふぅ、と息を吐いた。
「君だからだ」
「え?」
「君が明るく、頑張り屋で……」
言葉を切る。
上手い言葉を探すように、トントンと額を叩く。
しかし、良い言葉が出てこなかったようで黙った。
「えっと……」
「君の家族は今遠方だ。頼るのが難しい。
ミザリー・クラウツや同期との関係を大切にし、悩みを聞いてもらいなさい。
必要ならば実家に帰っても良い。
仕事関係の事なら、私も話を聞く」
そう言われて王都にいる人間の中で頼りになる相手を考えた。
……うん、どう考えても目の前にいる人間が一番頼りになる。
なので、私はそれを素直に言う事にした。
「公私混同して申し訳ないのですが、私的な面でも王都にいる人間の中で一番頼りになるのはアイゼンハルト院長です」
「……」
「貴族だとバレてはいけないという事情を知っているのは、ミザリーと内務局長と院長だけですから」
「……そうなるか……」
「なので、その……ミザリーは年下ですし、内務局長とは仲が良いとは言えないので、宜しければ院長に頼らせて貰いたいのですが……」
「……分かった。できる限り力になろう……」
院長は気まずそうに目をそらすと、隠れるように資料を読み始めた。
私はホッとして力が抜けた。
(こんなに安心感のある人、初めてかも)
完全に寄りかかっても倒れそうにない人だと思った。
精神的にも、経済的にも、立場的にも私より明らかに強い人だ。
仕事の事もプライベートの事も、相談すれば力になってくれそうだ。
そして何より、話を聞いて受け止めてくれる。
懸命に私のために言葉を探して伝えようとしてくれる。
私に上手く伝わるように、無闇に傷つけないように……
「君だからだ」という言葉を思い出した。
(……もしかして、ここまで気にかけてくれるのって、私だからなのかな)
資料を読んでいる院長をもう一度見る。
(もしかして、私って結構愛されてる???)
***
私は後悔していた。
余計な事を言うのではなかった。
明らかに特別扱いする方向になってしまった。
(行政院長として公平を期さなければならないというのに……!)
家族との会話を見て、彼女がいかに家族を支えているかが分かった。
両親は善人ではあるがどこか抜けていて頼りなさそうだし、弟妹達は頼りになる年齢ではない。
ロゼッタは誰に頼るというのだ。
責任感が強過ぎて潰れてしまう人間も多く見てきたため、心配になってしまった。
ロゼッタがそうなってしまったら、と。
明るく前向きな彼女が元気を無くし、暗い目をするのは見ていられない。
そう思って、もっと家族に頼るのも良いのではとお節介を言ったら……
(私が一番頼りになる可能性は考えたが、簡単に受け入れるのはまずかっただろう!)
王都に恋人でもいたら良い。
家族と通じていて、ロゼッタの事情をよく知っていて、プライベートの面を支えてくれるような。
仕事の面は私が支えるつもりだが、プライベートにまで踏み込むのは……
ロゼッタと同じくらいの歳で、優しそうな男を想像してみた。
そう、こういう男が良い。
彼女の弱い部分をちゃんと支えてくれるような……
複雑な気分になって、自分に嫌気がさした。
だから、特別扱いしたくなかった。
これ以上近づいても良いことなど何もないというのに。
ため息を吐く。
今日は休みだ。久しぶりに外の空気でも吸おう。
私は肌が弱く、長時間日光に当たるとヒリヒリと痛む。
散歩がてら歩いたりトレーニングをするのも全て室内で済ませている。
買い物なども全て使用人がする。
つまり、よっぽどのことがない限り外出しない。
年に数回しかない王都に出た日に、グリューンヴァルトを見ることになろうとは思わなかった。
しかも、同年代の男と歩いている。
(あれは……ユリウス・ベルクマン、か?)
研修員の1人だったはずだ。グリューンヴァルトの同期だろう。
2人で出かけるとは親しそうだ。
これからカフェにでも行くのか。
話が弾んでいるようで、彼女の顔は見えないが、ベルクマンの方はよく笑っていた。
同期で休日に出かける。良いことだ。
私は見ない振りをして通り過ぎる事にした。
その時、彼が「ロゼッタ」と言うのを聞いてしまった。
(あぁ、私の思いは本当にお節介だったということか)
ユリウス・ベルクマンは優しげな風貌の男だった。
私が想定した、まさにロゼッタを支えられそうな男だ。
身体の力が抜けた。
彼女をちゃんと支えてくれる人間がいてくれて、心の底から安堵した。
一抹の寂しさを感じたが、この方が健全でお互いのためだ。
良かったという他ない。
休みの日に上司とばったり会っても面倒なだけだろう。
避けるように私は別の道を選んだ。
***
「でさ、店に来た失礼な客に父さんが言ったんだ。「一昨日きやがれ!」って。本当スッキリしたよ」
「へ、へぇ〜」
私は先程から全くピンとこない話を聞かされていた。
ユリウス・ベルクマンの実家は地方都市で酒屋を営んでいるらしく、そこの話をしてくる。
似たような境遇のミザリーあたりなら大ウケなのかもしれないが、私はど田舎の貴族令嬢だ。
私自身は領地経営や商売などに絡んでいない。
畑ばかりの場所で育ったので、都会の話も分からない。
多分ベルクマンは悪くない。
私がおかしな経歴なのだ。
とはいえ、つまらないものはつまらない。
(帰りた〜〜〜い。折を見て帰ろう)
一緒にカフェへ行って街歩きをしたが、一向に話が噛み合いそうに無かったため、諦めて相手の話を聞く事に徹していた。
しかしもう限界だ。
「あ。あれ」
「……え?」
話を聞き流していたので反応が遅れた。
ベルクマンが指差す方向を見ると、お付きの人を連れたアイゼンハルト院長が道を曲がるところだった。
「院長じゃん」
「本当だわ」
院長は肌が弱く、外出が嫌いだと言っていた。
外出するのは呼ばれて誰かに会いに行くくらいだと。
院長を呼び出すなんて相当偉い人に違いない。
しかし、服装はかなりラフ。
仲の良い人に会いに行くのだろうか。
(院長の交流関係、気になる!)
「ねぇ、ちょっと後を着いて行ってみない?」
「え?マジで?バレたらすごい怒られるんじゃ?」
「でも気になるんだもの!」
ロゼッタ1人で行けよ、とはベルクマンは言えなかったらしい。私に着いて来てくれることになった。
「怒られたら庇ってくれよ、ロゼッタ」
「もちろん!任せて!」
次回 尾行した後に院長が行ったところは……




