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16.ディナーのお誘い

 お付きの人にバレないように、私とベルクマンは素知らぬ顔で着いて行く。


 暫く歩くと、院長一行は店に入った。

 菓子店だった。


(何でわざわざ院長自ら足を運ぶの?)


 菓子を買いたいなら店を呼べば良いのに。

 それくらい簡単な人だ。


 数分すると、紙袋を持って出て来た。

 私とベルクマンは後ろを向いて、話に夢中なフリをする。


(これから会う人のために買ったのかしら)


 店の菓子はだいぶ可愛らしいものばかりが売っていた。どう考えても女性向けだ。


「女性と会うのか?」

 ラフな格好をして、院長自ら会いに行く女性。


「恋人……?」

「その可能性は高そうだな」


 まだ尾行を続けようとする私をベルクマンが止めた。


「そこまでプライベートなところを詮索するのはダメじゃないか?」

「そうだけど……」


 ベルクマンは呆れた顔をした。

「これ以上やるなら1人でやってくれ」


 じゃぁな、と帰って行った。


 とりあえずベルクマンと別れる事には成功したが、これ以上着いて行くのが良くないのは彼が言った通りだ。


 着いていくのはやめにして、私はさっき院長が入った菓子店に入ってみた。


 店内には数人の女性。みんなお金持ちそうだ。

 ショーウィンドーの中にはキラキラと輝く砂糖菓子が置いてある。


 可愛らしい動物のマジパンが目に入った。ここの一番人気らしい。

 2つ買って帰って日頃のお礼も込めてミザリーにも渡そうかと思ったが、良いお値段だ。


 しかし、とても可愛い。特に犬のやつ。

(こんなにも可愛いものを貰ったら、ミザリーはどんな顔するかしら?!)


 何これ!すごい!可愛いわね!

 ときゃぁきゃぁ言ってくれるかもしれない。

 目を大きく見開いて、白い歯を見せてにっこりと。


「よし、ミザリーの分だけでも買おう。かなりお世話になっているわけだし」


 たった一つだが、紙の箱に入れてもらってリボンを掛けた。

 かなりプレゼントらしくなった。


 渡すのが楽しみで、私はスキップするのを堪えて家路に着いた。


 ***

 

 翌朝。

 コーヒーを出しながら私は院長の様子を伺ってしまった。

 

 あの後女性のところへ行ったんだろうか。

 院長は顔が良い上にお金も持っていて、真面目そうだから浮気もしなさそうだし、彼女がいてもおかしくない。

 

 そもそも何で結婚してないのか分からないほどだ。


(当主なのにこの歳まで結婚してないなんて、余程の理由がおありなんだろうけど……)


 プライベートが気になる。

 私は赤裸々に家族まで知られているのに、私は院長のことを何も知らない!


 普通はそんなにプライベートに関して詳しい話をすることはないから、院長がどんな人間か知らなくても気にすることはないのだけれど……


 本人に聞いたら答えてくれるかしら。

 仕事中は業務の妨げになるわよね。


 じゃぁどうしたら良いの……?


「……報告なら聞くが」

「はっ!い、いいえ!」


 コーヒーをサーブした後しばらくぼんやりしてしまって、院長に怪訝な顔をされてしまった。

 こんな状態で仕事をするのは良くない。


 ランチの時間にミザリーにその話をすると、彼女は「ふぅん」と口角を上げてニヤリとした。


「ずいぶん院長の事が気になってるのね」

「ミザリーも気にならない?」

「気にならなくはないけど、仕事に支障が出るほどは気にならないわね」


 そっかぁ……


「私が調べる事はできるけど、コソコソ嗅ぎ回らず本人に聞くのが一番良いわよ」

「そうなんだけど、仕事中は……」


「業務時間外に聞いたら?」


 私はびっくりして目を瞬く。


「ディナーにでも誘ったら良いわよ。2人きりで仕事する事が多いんだから、誘うなんて簡単よね?」


 ふ……2人きり……?

 薄暗いオシャレな店で2人で食事を取るところを想像してしまった。


 なんかそれって、恋人みたい……

 

 いやいやいや、出張で2人で食事くらいしたでしょ?

 それと同じよ同じ。


 ……私から誘うのか……


「待っていても、院長から誘われる事は一生ないと思うけど。あの人真面目だしその辺弁えてるし」


「ミザリーって実はアイゼンハルト院長について詳しい?」


「目立つ人だから噂はいくらでも転がってるわ」


 ならその噂を教えてくれても良いんじゃぁ……と思ったが、噂で知った気になるのも良くないのだろう。


 噂でも良いから知りたいけど。


「……分かったわよ。一つだけあなたが気になってそうな事を教えてあげる」

「な、なに?!」


「結婚しない理由」


 それは一番知りたい!!!


「な、なんでなの?!」

「まぁ落ち着きなさいよ」

 ごくりと唾を飲む。

 ミザリーが私の耳に囁いた。


「男が好きらしいわよ」

 

「えーーー!!!」

「女性秘書を辞めさせまくった事で噂に信憑性が増したみたいね」


 た……確かに。

 女性に目がいっているイメージがない。

 それって女性に興味ないから……?

 

「ま、これはジョークだと思うけど」

「あ、そうなのね」

 なーんだ、良かった。


「内務局長から聞いた話の方が真実に近いと思うわ」

「どんな話?」


「忘れられない人がいるって」

「忘れられない人……」


 アイゼンハルト院長の忘れられない人。


 あり得ると思ってしまった。

 彼の真面目さからして忘れられない人がいたら独身を貫くかもしれない。


「院長には昔婚約者がいたらしいわ。けれど院長から婚約破棄したって」


「そ……そんな……酷い……」


 けど、それがどうして忘れられない人に繋がるんだろう。


「婚約破棄したのは婚約者以外に想っている人がいて、その人以外と結婚したくなかったから。

 でもその想ってる人とは身分差で結婚する事は叶わないから、今も恋人として会っているとか……」


 休日のアイゼンハルト院長を思い出す。

 会いに行っていたのは、本当に恋人だったという事……?


 女性しか入らなそうな可愛いお店。

 ラフな格好でそれを手土産に想い人の元へ行く彼。

 真面目だからこそ、優しいからこそ、愛した人に一途なのかもしれない。


「婚約破棄された人は可哀想だけど、そこまで愛されてみたいものね」

「うん……」


 私はアイゼンハルト院長の上司としての顔しか見ていない。

 上司としての院長は優しいけれど、甘い感じはない。恋人相手にどんな顔をするのか想像できなかった。


(けど、私にだってあんなに優しいんだ。恋人に対してなんて、とびきり甘いのかも……)


 外向きの笑顔はとても素敵だった。

 あんな笑顔を向けられたら……


 って、何考えているのよ私は!


 けれど、実際に向けられてる彼女がいると思うとなぜかモヤモヤする。


「あれ?ということは、2人きりで食事なんて無理じゃない?」

「誘ってみれば全部わかるでしょ」


 その辺りを知るためにも、私はディナーに誘ってみることにしたのだった。


 ***


「あのっ!お時間よろしいでしょうか!」

 少し頬を紅潮させ、緊張の面持ちでグリューンヴァルトが院長室に現れた。


「構わない」

「あ……えと……その……」

「何かあったなら遠慮なく言いなさい」

「そ、それでは……!」


 う〜〜〜と悩んだ顔をしているのを見て、何を言われるのだと思っていると


「今晩!食事でもどうでしょうか!?」


 (………………は?)


「院長に聞きたい事がありまして。仕事中だとお時間を取らせてしまうかと思い……」

「……」


 整理する。

 私は今グリューンヴァルトからディナーに誘われている。

 理由は仕事中では話せない聞きたい事があるから。


 (整理しても意味がわからん)


 仕方がないので聞くことにした。


「仕事中に話せない事なのか」

「話が長くなってしまうと業務に支障が出てしまいます」


「仕事に関連のある事なら今聞く。それ以外はする気がない」


「……来週、王家と関わりの深い団体で行われる懇親会がありますよね。その時どうすれば良いか聞きたいんです。そういったものに出るのが初めてなので……」


「行政官として出るから制服で構わない。別にそこまで難しい事ではないが」

「話の内容とか、振る舞いとか……」

「……」


 正直、上司と部下、特に男女がディナーに行くのはよろしくない。

 しかし、彼女の心配も尤もだ。

 特に、私は彼女の酒での失敗が気がかりだった。


「……分かった。今晩ここに来なさい」

 私はとある店の住所が書かれている紙を渡した。

 

 私のような人間はそこらで食事するのが容易ではないため、行きつけの店がある。

 ここなら秘密は守られる。


「上司と部下が業務外に2人で会うのは良くない。根も葉もない噂を立てられるだろう。私服で来なさい」


「分かりました。ありがとうございます」


 そう言って出て行くグリューンヴァルト。

 少し機嫌が良さそうに黄色いリボンが揺れた。

 

(グリューンヴァルト(可愛い部下)の頼みだから受けてしまったが、やはり断るべきだった)


 とは言え、どこか怪しいとも感じる

 わざわざプライベートの時間を使ってまで仕事の話をしたいのか?


 考え事をしながらペンを走らせていると、会議の時間になった。

 書類をまとめて立ち上がると、彼女が現れた。

 

「行くぞ」

「はい、院長」


 凛とした顔で歩き出すグリューンヴァルト。

 さっきの頬を紅潮させた顔とは大違いだ。


 (最近の子はよくわからない……)


 ***


 一度家に帰って、私は服装を変えた。

 紛れられて、尚且つ怪しまれない服を考えた結果、黒と白の使用人のような服装にしたのだった。


 アイゼンハルト家当主が使用人と歩くのは自然だろう。妙な噂も立てられまい。


 店は中心街から少し外れた場所にあった。

 地下にあるらしく、入るのに勇気がいって決めかねていると「君」と声がした。


「院……!」

「しっ」


 片手で口を塞がれる。


「早く入りなさい」

 こくこくと頷く。

 背中を押されて階段を降りた。

 

(密会みたいだわ!思ったより大変な事になっちゃった!)

次回 ロゼッタは院長のプライベートな話を聞き出せるのか……

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