14.実家②
我が家は今、町長から借りた家に住んでいる。
町長が町から離れたところに持っていた別荘だ。
(別荘と言うより、繁忙期に雇った農業の手伝いをしてくれる人を泊める場所だけど……)
人手が足らない時に農業の手伝いをすることを条件に、格安で貸してくれているのだ。
なので、実態はだだっ広いだけの民家。
そんな木造平屋の民家の居間に、侯爵家当主が座っている……
昨日までいた公爵家の煌びやかなお屋敷が似合う人なのに。
ここにいてはいい存在ではない。
「すみません、すみません」
小声でアイゼンハルト院長に謝り続けた。
もう謝ってばかりだ。
「構わない」
真顔で何を考えているのか分からない。
「ロゼッタの好きなものばかり作ったからねぇ〜」
ニコニコとして皿を並べる母。
メニューはライ麦パン、エンドウ豆とキャベツの煮込み、ベーコンだった。
多分最近のウチではかなり豪華な方だ。ベーコンも気持ち多めだし。
けど、貴族の食事には遠く及ばない。
日常的に牛肉の煮込みとか、オムレツとか、チーズとか食べてる人だもん。
しかもプロのシェフが作ったやつよ?
「……」
質素な器に盛られたそれ。
農民同然の食事。
絶対引いている。
黙々と食べている様子に申し訳なさでいっぱいになった。
絶対宿の食事の方が豪華だ。
だが、私に取っては食べ慣れた母の味。
「美味しい!」
涙が出るほど美味しい。世界一の料理だ。
「僕ベーコン切ったんだよ!」
「上手になったわねぇ」
「おなべ混ぜた!」
「僕が取った野菜だよ!」
「すごいわね!」
「ぼく味見した!」
「だから美味しいのね」
愛されてるなぁ、私。
私が来ると聞いて、みんな一生懸命作ってくれた。
やっぱり私にとって家族が一番だ。
この子達のために頑張って働こう。
「みんな、帰ったよ〜」
「お父様!」
父が片手に持っているのはワインだった。
偶然にも昨晩飲んだのと同じワインで、院長と私の顔が固まる。
「ロゼッタが帰って来たお祝いと、上司の方が来て下さったからね」
「あはは……ありがとう、お父様……」
何もなかったとはいえ、一緒のベッドで起きたのは今朝だ。
父の顔を直視できない。
だが、父の気持ちを無下にはできないので、一口だけ飲む事にした。
「ロゼッタはご迷惑をおかけしていないでしょうか」
「ロゼッタ君は明るく聡明で優秀で……」
そうアイゼンハルト院長が言いかけた時だった。
「お姉ちゃんは女の人ですよ?」
不思議そうな顔で妹が院長に向かって言った。
悪気はなく、単純に訳がわからないといった顔だ。
「あのね、女の人でも“君“と言うことがあるのよ」
私は説明を試みる。
「なんで?」
「でも誰も“君“なんて呼ばないよ」
弟も参戦してきた。なんて説明すれば……
「ではロゼッタ嬢と呼ぼう。構わないか」
「えっ、あ、はい……」
私の隣の席に座った院長が言う。
「ロゼッタ嬢は、行政院のため懸命に業務に取り組んでいます。私も助けられています」
「そうですか。お役に立てているようで良かったです」
「お姉ちゃんすごいんだ」
顔が熱くなった。
少し恥ずかしいけれど、家族の前で褒められるのが一番嬉しい。
特に、仕事に厳しいアイゼンハルト院長に褒められるなんて光栄だ。
ここ2年仕事に勉強にと人生で最も頑張った。
その頑張りが全て報われた気がする。
父と母も嬉しそうで、院長に感謝したくなった。
「ロゼッタはどういったお仕事をしているのでしょうか?」
手紙で仕事内容を詳しく書けないため、母はずっと気になっていたようだった。
「秘書業務なので、私の仕事全般を手伝ってもらっています。具体的には、予定の調整、書簡の代筆、議事録の作成……」
母と妹弟達がぽかんとしている。
母は田舎の出身で、若い時に嫁いだので学がない。
それで社交界でバカにされたのもあり、私を学校に入れるのに賛成してくれた。
「……私の代わりに手紙を書いたり、貴族と会う予定を管理して伝えてくれたりです。他には打ち合わせで話した内容をメモに残すなどでしょうか」
「そうなのねぇ……」
院長が噛み砕いて説明してくれてやっと、母はどういった仕事か何となく理解したようだった。
「お手紙書くなら私もできそう」
妹が言う。
「そうでもない。適切な言葉を使って書くのは慣れていないと難しい。ロゼッタ嬢は私の意思を上手く汲み取ってくれる」
そうなんだ〜と妹と弟達は私の事をまた尊敬の眼差しで見た。
その後も、「ロゼッタ嬢」と院長は私の事を呼び続けた。
院長からすれば「ロゼッタ嬢」と呼ぶなんて当たり前のことだと思う。
規則に則って爵位を持っている女性を呼んでいるに過ぎない。
けれど、ここで何の気なしに呼び捨てで呼ばれていたら傷ついていたかもしれなかった。
私が貴族の令嬢として呼ばれたのは久しぶりだった。
(私、まだ令嬢でいれているんだわ……)
その後も、アイゼンハルト院長が「ロゼッタ嬢」と呼ぶ度に私は嬉しくなった。
「ロゼッタ、上司の方が良い人でお母さん安心したわ」
「うん。とても良い方よ。色々と気にかけてくれて……今日ここに来れたのも、院長のお陰なの」
「そうなのね。そんなに良い人だったら、院長にお嫁にもらって頂いたら?」
私は飲み物を吹いた。
「ちょ、お母さん?何を言っているの?院長は侯爵家なのよ?うちの家格と釣り合うはずが……」
「でも婚約してたのはアルフリード様じゃない」
「アルフリード様は確かに侯爵家だけど、幼馴染だし親戚だから!」
アルフリードとは昔から仲が良く親同士が知り合いで、私の事を向こうのご両親も気に入って下さってそういう話になった。
アルフリードは侯爵家の五男だ。
ずっと家にいたら邪魔だから、さっさと所帯を持って家を出てくれと思っていたところに、ちょうど良く私がいただけだ。
「娘は王都に住むことになったので、私はもう結婚相手の世話ができないのです。うちの娘を貰ってはくれませんでしょうか」
「お父様まで?!?」
貴族の娘は、仕事をしたとしても結婚すれば家に入るのが一般的だ。
行き遅れたら大変だとお父様も必死なのだろう。
けれど、アイゼンハルト家をうちの親戚の侯爵家と一緒にしないで欲しい。
一口に侯爵家と言っても、国への貢献度、保有財産、伝統などによって家の格にはかなり隔たりがある。
行政院長を代々輩出している家系で、王都近くの一等地を保有している家よ?
しかも院長は当主。田舎貴族の五男と一緒にしないで欲しい。
我が国が五大公爵家によって小国の如く分かれている弊害だろう。
アイゼンハルト家は王都付近のアルテンブルク領の侯爵だ。
一方我が家はヴォルトブルグ領の男爵である。
別領土の貴族の事情には疎いのだった。
とはいえ世間知らずも良いところよ!
「お父様、お母様!ど田舎貧乏貴族のうちがアイゼンハルト家と婚姻関係なんて……」
「お断りします」
表情も変えず、院長ははっきりとそう言った。
冷たいその言い方は冷徹院長に相応しく、一切の甘えも許さないという風だった。
「そ、そうですよね。失礼を申しました。大変申し訳ございません」
父がそう気圧されて謝るほどだった。
院長は「お気になさらず」と無表情で言った。
次回 落ち込んでしまったロゼッタ。けれど、なぜ落ち込んでいるのか自分でもよく分からず……




