13.実家①
各行政区の名前を誦じられる事を確認して、私は少しだけワインをグラスに入れた。
だがそれは間違いだった。
グリューンヴァルトの目がとろりとしたと思うと、寝てしまったからである。
「起きなさい、グリューンヴァルト。起きなさい」
揺さぶってみたが、見事に寝息を立てていた。
私の監督不行届であった。後悔するばかりだ。
とはいえ、あまりにも無防備すぎる彼女にも説教をする必要があるが。
彼女を抱き上げる。
(……分かっていたが、小柄だからな。大柄な私の腕に収まる)
浮かび上がってきた感情を否定する。
「これは小型犬」
小さい生き物は愛いだろう。そういうことだ。
グリューンヴァルトの部屋の前まで連れて行った。
「グリューンヴァルト、部屋の鍵は」
「……」
私は俄かに焦る。
「部屋の鍵だ。鍵。どこだ」
(完全に寝ている……!)
罪悪感を感じながらジャケットのポケットを探る。
ない。
「グリューンヴァルト、起きろ。お願いだ起きてくれ頼む」
彼女も疲れていた。とはいえ、こんなにぐっすりと眠るか?
やはり酒の練習など付き合うべきで無かったと大いに反省した。
女子制服の仕様など知らないので、左右のポケット意外のポケットの場所は分からない。
ジャケットを脱がすにしても、人が通りそうな場所でやるのは外聞が悪過ぎる。
仕方なく私の部屋に押し込んだ。
「女性行政官を部屋に連れ込んでしまった……」
罪悪感が半端ではない。
完全に不祥事だ。
同意なく部屋に連れ込みジャケットを脱がすと、犯罪を犯している気分になった。
こういった状況を知られれば解雇は免れない。
しかし、ジャケットをひっくり返しても見つからない。
最悪だ。
「許せグリューンヴァルト」
ベッドに寝かせた。寝苦しそうだったので、髪のリボンは解いておいた。
ソファが無いから許してくれとベッドで横になるが、自らの進退を考えるとすぐに寝れそうにない。
(まだ行政院長としてやりたい事があるんだが)
朝起きた時の説明でも考えておく事にした。
***
仕事中気まずいことこの上なかった。
私が馬鹿な事をしたせいだ。
けれども、ここで仕事に支障を出したら更に申し訳ない。
よし、ここは一旦忘れて仕事に集中だ!
午前中の領地の訪問を終え、午後からは……
(あ、うちに寄る日だ……)
この感じのまま実家行くのか……
何もなかったとはいえ、今日の朝アイゼンハルト院長と同じベッドで起きた事を考えると、なぜか両親に申し訳なくなる。
お土産だけ置いて早く帰ろう。
院長を待たせることになる訳だし、どうせ長居はしていられない。
アイゼンハルト院長は馬車で酔わないタイプならしく、馬車の中でも資料を読んだり簡単なメモを取ったりしていた。
真面目過ぎる。
私はさすがに文章を読むと酔ってしまうので、窓の外の景色を見るしかない。
話しかけられる雰囲気であれば、昨晩の事を詳しく聞いて謝って和やかな関係に戻れそうだけど、仕事の邪魔するわけにはいかないものね……
(いたたまれない!!!少しだけでもお話しさせてくれないかしら?!?ちゃんと謝らせて欲しい。結局まともに謝罪できていないの!)
こんな不甲斐ない私じゃ、両親に顔向けできない。
そんな事を考えていると、ガタンと馬車が揺れた。
「……着いたぞ」
「すみません、お時間を頂戴します」
そう言って馬車から出て振り返った。
「ゆっくりで構わない。今日はもう宿に戻るだけだ」
そっけない顔をしていると思ったら、優しい顔だった。
「実家に泊まって行っても良い。明日私がここに寄る」
「そんな!!!そこまでさせるわけにはいきません!」
「道中だ。気にしてなくて良い」
「あのっ……!昨晩から今朝のこと、大変申し訳ございませんでした」
私が深々と頭を下げると、院長は真顔のまま言った。
「今後異性と飲む際には注意するように」
それ以上は何も言わなかった。
あんなにご迷惑をかけたのに、なんて良い人なんだろう。
私を部屋に連れ込む事になってしまったのは、院長にとって動揺する程の事じゃなかったんだ。
さすが大人。
経験値が違うのね。
私みたいな小娘とは大違い。
もう一度私が頭を下げると、背後から家族の声がした。
「あら〜〜〜〜?!?!おかえりロゼッタ!!!
たぁくさんご飯作りましたから、上司の方も上がって下さいな」
馬車の中まではっきりと聞こえるような声で母が叫ぶ。
御者が「止まるべきですか?」という顔で馬車の中へ聞いていた。
「お、お母さん?!?」
風のように走る母が、私のそばを通って馬車へ向かう。
その後ろを弟妹達が追う。
「ちょ、ちょっと待って!そんなことしたら院長にご迷惑……!」
今朝ご迷惑をおかけしたのを、やっと謝ったところなのに!
お母様と弟妹達を止めるため、私は走って追いかけた。
「ちょっと、みんな!そんな無理やり……」
(うわーーーー!!!院長すんごく困ってる!!!眉間の皺が大変なことに!!!)
「お腹空いてますでしょう?今から宿に戻ったら遅くなってしまいますし、どうぞ我が家で食べってって下さいな」
「……いえ、結構……」
「お母様、アイゼンハルト院長は宿で食事するから……」
「いつもお姉ちゃんがおせわになっています!」
「お姉ちゃ……姉がご迷惑おかけしておりませんかっ?」
「よろしければうちでゆっくりして行って下さい」
「私たちでごはん作りました!」
弟妹達が馬車に向かって言った言葉に、私は頭を抱えた。
「……では、少しだけお邪魔します」
度重なるご迷惑に、私は泣きたくなった。
次回 遂に実家に帰ったロゼッタ。院長も家に来る事になってしまい……




