↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/19

12.出張

 王都から馬車で決められた日程通り貴族の領地を周り、出張は順調に進んでいた。


「それにしても、今回はヴォルトブルグ領の貴族のみの訪問なんですね」

「貴族領に入るには領主の許可がいる。一気に回る方が効率的だ」


 五大公爵家のうちの一つであり、最大の領地を持つヴォルトブルグ家。


 ヴォルトブルグ家の広大な領土は、侯爵から男爵の爵位を持つ貴族が分割して統治している。


 各貴族の領地はヴォルトブルグ家の領地でもあるため、ヴォルトブルグ家の許可は必須だ。


 王家より公爵家の方が権力のあるこの国の公爵家当主と会うなんて、他国の王様と会うみたいなもの。


 下っ端行政官が会って良い存在なの?

 こういう事もあるから、行政官秘書というのは貴族が良いのかもしれない。


 屋敷に着き応接室に通された。

 私がガチガチに緊張している一方で、アイゼンハルト院長は落ち着いたものだった。


「以前提出頂いた領内の財政状況の資料について、うちの財務局長から話があったと思うのですが……」

「あぁ、申し訳ありません。うちの財政担当がご迷惑を……」


 対等な立場のように、行政院長として言うべき事はちゃんと言っている。

 そして


 (院長がこんなに笑っているの初めて見た……!)


 外向きの笑顔なのだろうが、一気にとっつきやすくなっていた。

 愛想の良い院長はめちゃくちゃモテそうだ。

 メイドさん達も目がハートになっている気がする。


 気持ちはわからないでもない。

 

(この人こんなに顔良かったんだ。こんな顔見れるのは秘書の特権、かも……?)


 秘書が話す事などないので、私は珍しいアイゼンハルト院長の笑顔を見ていた。


 ***


 本日の仕事が終わり宿に帰る。


 夕食の時の院長は社交の時と打って変わって無表情で不機嫌に見えた。

 相当疲れているのだろう。


「あの……院長、お疲れ様です」

「あぁ……」

 もそもそと食事を取る院長。


「今日はすごく偉い人と会いましたね」

「社交はあまり得意ではないから、疲れた」

「そうなんですか?慣れているようでしたけど……」


「侯爵家の当主だから慣れてはいる」


 そうか。今日の挨拶って、領主と行政院長の話し合いだったけど、公爵家当主と侯爵家当主との貴族同士の話し合いでもあったのか。


 アイゼンハルト院長は侯爵だけど、王家と繋がりが強いから侯爵家の中でも権威ある立場だ。

 行政実務のトップだから、王国内、ひいては五大公爵家の情報を握ってるし、公爵家も適当には扱えない存在だろう。


 片や私は、貴族かも怪しい名ばかり貴族令嬢。

 改めてあの場に不釣り合い過ぎる存在だった。


 最近気安く会話してたから忘れてたけど、行政院に入らなければアイゼンハルト院長と会話することは一生無かったかもしれない。


 けれど、最近の院長そ見ているとそこまで遠い人だとは思えなかった。


「作り笑顔だったかもしれませんけど、素敵な笑顔でした」

「表情筋が筋肉痛になりそうだ」

「それは大変でしたね」

 あはは、と私は苦笑いした。


「今、私は酷い顔をしているだろう」

「酷いとは?」

「疲れていると更に怖いと言われる」


 こんな偉い人にこんな事言ったらいけないのかもしれないのだけど

「そうですね。怖い顔してます」

 ふふふと笑いながら言うと、眉間に皺を寄せ更に怖い顔になった。


「でも私の前ではそんな事気にしないで下さい!院長が怒ってないのは分かってますから」

「これくらいで君は怯まないか」

 院長は眉間の皺を広げるように揉んでいた。


「社交苦手なんですね」

「得意なように見えるか?」

「よく考えるとそうかも……?」


「君の方が上手そうだ」

「表情筋が筋肉痛になることはないですね」

「次から社交は全て君の役割としよう」


「公爵家ともですか?!」

「無論」

「それは無理です!無理ですよ!」


 ふっ、と意地悪に院長は笑った。

「あのレベルは無理だが、私の使者として行ってもらう事はある。心しておきなさい」


 秘書ってそんな事もするのか。

 普通は局長レベルが行くのだろうが、言伝のようなものなら私が行く事もあるのだろう。


 なるほどなるほどと会得していると、アイゼンハルト院長の顔が少し赤いことに気づいた。


「院長、熱でもあるんですか?大丈夫ですか?」

「少し飲酒をしただけだ。酔いが回るのが早いな。もう辞めておく」


 そう言ってそばに置いたワインボトルは、居酒屋でアルバイトしていた時によく見たラベルだった。

「残すの勿体無いですね。人気のお酒なのに」

「詳しいな」

「えっ」


「好きなら残りを飲んでいい」

「お酒飲んだ事ないんです」

「それは困る」

「なぜですか?」

「今後君も社交に出てもらう必要があるからだ」


 各公爵家と王家の調整役である行政院は、良い関係を保つべく上役になればなるほど飲み会があるらしい。


「学校に入学して、尚且つ田舎暮らしだと社交に出ることはほぼ無かったか」

「近くにあまり貴族がいなかったので……」


 貴族どころか人が少ない。ど田舎過ぎて。

「社交の場において、君は私のパートナーとして扱われる事になる」

「そうなんですか?!」


「私が行政院長として参加するもののみだがな。だからこれから酒を飲む機会はある。自分の飲める限界を見極められるようにしておきなさい」


「王家の方や、貴族の方との親交を深めるのが役割ですから、酔っ払うわけにはいかないですね。練習しなくては」

 

 そう考えるとこれって良い機会なのではない?

 今なら一緒に参加するパートナーと練習できる。


「良い機会なので練習お願いできませんか。お酒も残っている事ですし」

「こういうものは同性の友達とした方が良い」

「実際に一緒に出るので、院長が練習に適任かと思ったのですが」


「……これはワインだから度数が高い。違う物が良い」

「シードルありますか?リンゴジュースみたいに甘くて美味しいと聞いたのですが」

 瓶のシードルが運ばれてきた。


「少しづつ飲むんだ。水と一緒にな」

 院長が緊張の面持ちで言う。


 居酒屋で見るばっかりだったが、ついに自分が飲むことになろうとは!

 勇気を出して、私は一口飲んでみた。


「甘くて美味しい!」

「甘い物は飲みやすいから酔いやすい。気をつけなさい」


 しかし、初めて飲むシードルは私にとって美味し過ぎた。

 リンゴがここの名産で良い物だったし、炭酸の入っているリンゴジュースなど初めて飲んだのだ。

 気づいたらあっという間に飲み干していた。


「気分は悪くないか」

「はい!」

「本当か?」

「意識はかなりはっきりしています。各公爵領の行政区の名前も誦じられます」


 ふわふわして心地良い。

「そっちのワインも飲んでみたいです!」


 ***


 私は毎日規則正しい生活をしているので、勝手に目が覚める。

 とはいえ、お酒を飲んでいたからか疲れていたからかぐっすり寝てしまったらしい。


 いつもより陽が高い!


「今何時?!寝坊した?!」


 焦って起きると、背後から唸り声が聞こえて飛び上がった。

 振り返ると、シャツを緩めただけの昨日と同じ格好の……


 院長が隣に寝ていたのだ。


「なん、な、なんで……」

 脳内が大混乱だ。

 なんで私の部屋に院長が?!

 お、同じ、ベッドで……???

 そう思った時、なぜか私は同期の言葉を思い出した。


「間違いとか起きねぇの?指示されたら断れないだろ……」


(あーーーーー!!!こういう事?!?!なんで今気づいちゃうかな私?!?)


 いや、もっと早く同期の言葉の意味に気づくべきだったのかもしれない。

 そしてもっと悪いことに、居酒屋でたまに行われていた「お持ち帰り」という言葉も浮かんできた。


(わた、私、院長にお持ち帰りされ……???)

 こんな真面目な人がそんなことするだろうか。

「信じられない……」


 院長の目が薄く開いた。

「あ、い、い、院長……」

「落ち着いて話を聞いてくれ……」


 いつもより機嫌の悪そうな幾分か低い声。

 寝癖のついた髪。はだけて見える白い胸元。

 いつもきっちりネクタイをしている人だ。

 首から下を見たことなかった。


「言い訳できない状況だが……何も無かったことを誓う」

「は、はい……」


「昨晩君は酔って寝た。起きなかったため私は部屋に運ぼうとした。しかし、鍵が見つからなかったので君の部屋に入れなかった。私は仕方なく君を私の部屋のベッドに寝かせた。以上だ」


「な……なるほど」

「私の言葉を信じられそうか?」

「はい。お持ち帰りするなんて院長らしく無いと思うので……」


 はぁーと安心した次に、私は顔色を失くした。

 すごい迷惑をかけている!


「大変!大変申し訳ございません!!!」

「謝罪はあとで聞く。仕事だ」

「は、はいっ」

「自らの部屋に戻りなさい」


 失礼しました〜!!!と急いで部屋を出た。

 鍵は確かフロントに預けたままだ。


「ひぃぃぃぃ!やっちゃった!!やっちゃった〜〜〜!!!私の馬鹿!!!」

 もう自分の貞操の心配なんてしていなかった。

次回 ロゼッタは里帰りして家族と会うことになりますが……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。