11.心遣い
すごい良い子なんだが……
健気にも笑いながら身の上話をする彼女を見て出た感想はそれだった。
家が火事になって財産を失い、家族を養うために仕事をしながら試験勉強をして行政官になるなんて……
予想以上の不遇ぶりと善人ぶりだ。
「……貴族として我が家を再興しなくてはならないんです。
だからお願いします。
家が没落した事は口外しないで下さい!特に国王の耳に入ったら……」
「大丈夫だ。誰にも漏らさない。約束する」
食い気味に私は言った。
漏らさないどころかバレそうになったら口止めするつもりだ。
どんな手を使ってでも。
「戸籍課のミザリー・クラウツには君が貴族である事を知られないようにと既に頼んだ」
は、と驚いたようにグリューンヴァルトの顔が上がった。
「な、何で……」
「君に辞められると困る」
途端に、彼女の顔が明るくなった。
「ありがとうございます!」
「……秘書を5人も辞めさせてしまっているからな。これ以上辞められるのはまずい」
「あ、そうですよね。でもお役に立てているようで嬉しいです」
えへへ。と照れ笑いするグリューンヴァルト。
その顔に心臓を鷲掴みにされる。
「……これからもますます励んでくれ」
まずい。
純粋な目で忠犬の如くこちらを見ないでくれ。
こんなにも上司に愛されるタイプの部下はいないと思う。
誰だってこんな部下がいたら可愛がりたくなるはずだ。
誰だってそうなのだが、特に私にはその前向きさと明るさは効果抜群なんだ!
「もう話すことはないか」
「え?!あ、大丈夫です!アイゼンハルト院長のお陰で胸のつかえが取れました。ありがとうございます!」
「では自らの仕事に戻りなさい」
私は秘書室を出る。
動悸がした。
「歳……じゃない、よな」
耳元で不快な言葉が囁かれた気がして手で払った。
一つ深呼吸する。
さっさと仕事に戻らなければ。
***
ドキドキとした心臓を抑えて私は書類の整理を始めた。
上司が、アイゼンハルト院長が、没落貴族であることを秘密にすると約束してくれた!
名ばかり令嬢の私になんて優しいのだろう。
先回りしてミザリーにバレないように工作活動までしてくれるなんて。
本当に良い上司だ。院長秘書で良かった。
いや、違う。
「アイゼンハルト院長が上司で良かった」
ただの良い上司じゃない。アイゼンハルト院長だから起こり得たことだ。
能力のある行政官を取り立て、行政院を、ひいては王国を良くしようとひたむきに努力をしている。
そんな彼だからこそ、今までの秘書より役に立つ私を評価してくれて、この国の未来のために私が院長秘書をしている方が良いと判断された。
彼の期待に応えたい。
「よーし!もっと頑張るぞー!」
院長にバレたらどうしようという最大のプレッシャーがなくなった上に、院長自らバレないように協力してくれると分かって私は元気になった。
コーヒーを飲んで、チョコレートを摘む。
「ん?くまさん?」
チョコレートがくまの形をしていた。
貴族の人達に出した残りと言っていたけれど、こんな可愛いものをお出ししたのかしら?
男性にはこんなものを出したりはしないだろうから、女性?
女性で最近偉い人って来たっけ……?
「行政院を運営しているアルテンブルク家の奥様方かしら?」
アイゼンハルト院長以外の人に会いに来たのかもしれない。
ここ最近の予定で院長が外部の女性と会うものは無かったはず。
よく分からないけどラッキー!
口に入れる前にもう一度くまさんを見ると、なんだか難しい顔をしている気がする。
「院長に似てる?」
くまさんが「励むように」と言っている気がした。
***
「1週間後、出張の予定を入れる」
アイゼンハルト院長はズバリと言った。
「私と院長の2人でですか?」
「私1人だ」
出張先を聞いたら、私の故郷の近くだった。
家族の顔が浮かぶ。
一緒に行けたら寄ってもらえる可能性はないだろうか……なんて……
(いやいや、仕事なのに何を考えてるの。行けたとしても、そんな勝手なこと院長がお許しになるわけ……)
「どうした」
「へ?!」
私が何か考え込んでいるのがバレたみたいだった。
「実は出張先が実家近くで……」
「君も一緒に行くか」
「えっ、いいんですか?!」
「実家に顔を出すと良い」
嘘?!やったぁ!!!
9ヶ月ぶりの我が家だ!!!
「ありがとうございます!ありがとうございます院長!少し、少し顔が見れたら十分ですので!お仕事の邪魔にはならないようにします!」
そう言うと、院長は軽く頷いた。
そこから一週間、私は浮かれてしまった。
その様子は他の人にもバレバレだったようで、ミザリーや他の同期に「何かいいことでもあったのか」と聞かれたほどだった。
「グリューンヴァルト、浮かれているな」
ついにアイゼンハルト院長にも釘を刺されさすがに反省する。
「すみません、気を引き締めます」
「仕事のミスがなければ良い。むしろ能率は上がっているようにも思える」
「ご迷惑をおかけしていないようで安心しました」
ほっと胸を撫で下ろした。家族に顔向けできるようにと最近仕事に力が入っていた。
「この案件の件で確認があって……
「もし……
院長室へ来た理由を話し始めようとした時、院長の言葉とかち合った。
「お先にどうぞ」
「……もし、里帰りに何か持って行きたいものがあれば出張時に持って行きなさい」
「いいんですか?!」
思いもよらぬ言葉に院長の方を見ると、彼は書類に目をやっていた。
話す時は必ず目を見る人なので不自然だったが、それを気にしたのは一瞬だった。
だって、それって、家族にお土産を持って帰れるということだ!
「1箱分くらいなら、馬車に乗せても荷物になるまい」
「そんなにいいんですか?!?」
「業務に支障がないから許可する」
「ありがとうございます!」
お姉ちゃんありがとう!という弟妹達の声が聞こえた気がした。
お母様とお父様も喜びそうものを持って帰ってあげたい。
「ありがとうございます、アイゼンハルト院長。家族がうんと喜びます。院長のおかげだと家族に絶対に伝えます」
「そんな事はしなくて良い」
「いいえ!家族一同で感謝致します!良ければうちに上がって父と母に会って下さい」
「そういった事は想定していない」
感謝の眼差しで院長を見ると、眩いものでも見たかのように顔を背けてこちらを見てくれなくなった。
「私、院長のためにますます仕事に励みます!」
「……そうしてくれ」
***
数日後
今週は出張の準備ためのかなり忙しかったのだが、グリューンヴァルトが懸命に働いたために仕事がむしろ早く終わった。
素晴らしい働きぶりだ。
そして家族に会える喜びからか、今週の彼女の輝きはいつもの比ではなかった。
「アイゼンハルト院長!お疲れ様です!!」
瞳が輝き、声は弾み。
常にニコニコで機嫌が良い。
「院長、どうかしたのですか?」
「え、あぁ。何でも……」
「私にお力になれる事でしたら、何でもおっしゃって下さい!どんな些細な事でも構いませんので!」
忠誠でも誓うように手を胸に当ててこちらを見てくる。その瞳には「役に立ちたい」と書いてあるようだった。
何か言わないといけない気がして、思わず書簡の内容について話してしまった。
「君と振り分けた王家の紋章付きの書簡の件なんだが、これは王家直々ではなく王家の分家であるアルテンブルグ家からなんだ」
「王家分家の紋章が付いてましたね」
グリューンヴァルトは気づいていたらしい。王家と分家の紋章の差は僅かなので、よく気付いたと思う。
それを言うと彼女は「アルテンブルク家は行政院が運営している機関です。間違えると失礼ですから」と言った。
アルテンブルクは王家の分家として行政運営の役割を与えられ行政院を運営している。
彼女はそれをよく理解していた。
「今行政院を運営しているアルテンブルク家当主の弟、次男殿が直々に私に手紙を下さってな」
手紙の内容を要約すると「最近生意気だな。俺の方が偉いんだから弁えろよ」と言ったところだ。
嫌がらせか何かにしか見えない。
「実務を運営する私が大きな顔をするのが気に食わないから、こうして定期的に釘を刺すような手紙を送ってくるんだ。
だが、私が行政改革のために派手な動きをし始めたのが相当気に食わないと見える。こうして脅しのようなことも書いてきてな」
「アイゼンハルト院長の弟さんを次期院長に据えることも検討してるって……クビにしてやろうかってことじゃないですか」
「そんなことを便箋3枚を使って回りくどく書いてくる。返事をしなければならないが、一言じゃ味気ないからこっちも回りくどく「承知した」と書いてやらねばならない」
「暇なんですね」
「そうだ。何度「うるさい黙れ」と書いてやりたいと思ったことか……」
はぁ……と思わずため息をつくと、グリューンヴァルトが少し笑った。
「「うるさい黙れ」って、その言い方、礼儀正しい院長には似合いませんね」
「うるさい黙れくらい私も言う。「煩いから黙ってくれないだろうか」が限界だと思ったか?」
「正直そう思ってました」
くすくすと彼女が笑うと、私も思わず息を漏らして笑ってしまった。
「役に立ちたいようだが、このくらいのことで困る私ではない。君は自らの仕事に励んでくれ」
「そうですね。承知しました」
失礼しました、と言って彼女は秘書室へ戻って行く。
それで良い。
とはいえ、こうして楽しく会話をする時間は良いものだった。
さっさと返事を書いてしまおうと、私は軽快に筆を動かした。
次回 2人は泊まりがけで出張へ




