第9話 友達
意外にも、ウイカは数日でクラスに溶け込み始めていた。
魔法を禁止してからの彼女は何事にも困っていたが、うちのクラスメイトはお人好しが多いらしく事あるごとにサポートしてあげる流れが生まれている。外国出身ということもあって、世間知らずもカモフラージュされているようだ。
ポンコツキャラ扱いをされて本人は不服そうだが、馴染んでいるので良しとしよう。
「ねえねえウイカちゃん。帰りにファミレス寄っていかない?」
「……ファミレス?」
そんな手のかかる転校生を特に愛でているのが真凛だ。
珍しく部活が休みということで、早速ウイカを遊びに誘っている。
「あ、もしかして分からない? ファミリーレストラン。ご飯食べるところ」
「それは大丈夫。でも……」
言いながら、困ったように俺を見るウイカ。
魔法を禁止してからの彼女は、事あるごとにこちらを気にするようになった。やっても良い事と悪い事の線引きが難しいようで、判断に困ると俺にジャッジを任せてくる。
これじゃあ親扱いだ。
「いいんじゃないか?」
「……」
まだ熟考している。別に食事ぐらい好きにすればいいと思うけれど。
とはいえ、そもそも彼女は校外で誰かと過ごす経験自体をした事が無いのかもしれない。真凛からの誘いを受けてどうなるのか、結果を予想できなくて困っているのか。
だとすれば難儀なやつだ。
まあ、別に彼女が困ろうと何だろうと俺には関係ない。変な組織から来て俺を監視している怪しい少女に義理立てする理由は、これっぽっちもない。
……ないのだが。
「俺も行っていいか?」
一応、俺は同席を提案してみた。
「えー。ウイカちゃんとデートしようと思ったのに」
真凛が口を尖らせる。が、これは冗談だ。顔が笑っている。
「なんてね。本当はイサトも幸平も誘うつもりだったから」
なるほど。幸平もいるなら、より安心だ。
しかし、尚も悩んでいる様子のウイカ。ただ遊びに行くだけでそこまで考え込むものだろうか。
念押しとばかりに真凛が言う。
「ね、お願い! 新商品のパフェが出たんだって。こんなのなんだけど」
スマートフォンの画面を見せられると、一転してウイカが答えた。
「行きたい」
「決断はやっ」
思わずツッコんでしまった。
昼食の時にも思ったが、この子は食事がかなり好きらしい。
◇
ファミレスでの食事中、ウイカは常に目を輝かせていた。
注文した黒酢和えのから揚げ定食をひと口食べては、頬に手を当てて満足そうに咀嚼している。小鉢の何でもないきんぴらゴボウにまで感動している様子は、傍から見ていてかなりシュールである。
対面に座っていた真凛もウイカの表情を興味深げに覗いており、ふと質問してきた。
「ウイカちゃん、日本料理あんまり食べない?」
「うん」
「そっか。お口に合う?」
「うん。おいしい」
「……くぅー! この子、かわいい!」
純粋すぎるウイカの反応が何かが刺激されたらしく、真凛は自分のネギトロ丼を小皿によそって、ウイカに食べさせていた。それにも彼女はキラキラと眩しい反応を見せ、その様子を見てまた真凛が喜ぶ。
そんな二人のやり取りを邪魔しないようにしつつ、俺は幸平に話しかける。
「柔道部は大丈夫だったのか? 真凛と違って別に休みじゃなかっただろ」
「今日はいつもの練習メニューをこなすだけだから、休むって言ったらすぐに許可してもらえたよ。普段から、用事がある人は結構抜けるしね」
「そんなもんなのか」
「何事も、適度に手を抜くぐらいがちょうどいいのさ」
幸平の美学というやつか。
俺の隣で、ウイカが興味深げに話を聞いていた。一所懸命な彼女にも思うところがあるのかもしれない。
さてと。俺も注文したチキングリルを口に運ぶ。隣から俺に……いや俺のチキングリルに熱い視線を感じて、少しだけ背を向ける。やらんぞ。
すると突然、幸平がクスりと笑う。
「なんだ急に」
「いや。イサト、ちょっと丸くなったね」
「え? 太ったか?」
「違うよ」
じゃあなんだ。別に俺は元から尖ってなどいない、とても心優しく善良で平均的な市民だろう。
幸平はあくまでも朗らかで、嫌味なく言った。
「だってさ、イサトってあんまり他人の面倒見たりするタイプじゃないでしょ?」
「あ、それ思った」
幸平の隣で真凛も同調する。
「いくら親戚って言ってもさ。調理実習でフライパンが燃え上がった時、真っ先に駆け寄って火を消したりとかさ。あんなのイサトがすると思わなかったもん」
「あの時のイサトは格好良かったねえ」
「お前らなあ。俺をなんだと思ってるんだ」
危ない目に遭ってる人がいたら誰だって助けに入るだろう。
……と言いたかったが、指摘されて自覚する。確かに今までの俺はそういう関わりに積極的ではなかった。
薄情にしているつもりはなかったが、クラスで目立つ動きはしないし、面倒事は極力避けたい。ギリギリ名前を忘れられない程度のクラスメイト、その立場に自ら収まろうとしていた。
それが渋々だがウイカの世話をし、気づけばこうして共に食事をしている。
ウイカの方を見る。彼女は何も気にせず、エビフライを口に含んでモグモグしていた。
「……よく分かんねえなあ」
ただ、もしかすると。
魔法という非日常を俺の世界にもたらしてくれた、そのことに対する好奇心が勝っているのかもしれない。
前までの俺は何処かモヤモヤしていた。真凛は中二病だとバッサリ結論付けたが、今の自分はどこか世間とズレているような、そんなフラストレーションをずっと抱えていて。
自分の努力とは関係ないところで何かが起こる瞬間を俺は待っていた。
そして、それはウイカによってもたらされたと言っていい。
ワケの分からない怪物に襲われ、未知の世界の事情を聞かされ、謎の転校生と二人だけの秘密を共有する。
そんなの。
――ワクワクするに決まっている。
「まあ、なんだ。俺は巻き込まれた側だから、仕方ないんだよ。うん」
「?」
口の中にたんまりと頬張っていたウイカが、話を聞いて小首をかしげる。
正直今でも素性や事情など、彼女については分からないことだらけだ。
けれど彼女に害がないのは理解できる。この世界に関する知識には乏しいが、溶け込もうと努力はしているし、魔法を禁止すればきちんと守る。案外普通の女の子に見える。
今は、そんな転校生の親戚として過ごす。それだけで充分。
「ところで、ここからパフェ食べるの?」
幸平が問うと、真凛は大きく頷いた。
季節限定の新メニューとして大きく描かれたそれを指差す。そう言えばこれが目的だった。
「当然! 夏先取りのビッグパフェだって! ウイカちゃんも食べるよね?」
ウイカが首を縦に振って肯定した。
写真でも分かるほどに物凄いサイズだが、食後にこれ食うのか? ビッグという商品名に違わないボリューム。かなりキツそうに思える。
「俺は、流石にパスだな……」
「僕も。コーヒーだけ頼もうかなあ」
俺達のギブアップ宣言を聞いて一瞬ムッとなる真凛。
だが、その目の前でワクワクを隠せないでいるウイカを見て表情を柔らかくした。
「ウイカちゃんがいてくれて良かったー。ノリ悪い男子はほっといて、別腹のデザートを楽しみましょう!」
「別腹……。安原さんはお腹が二つある?」
「そうよ。ウイカちゃんだって二つある。だから食べられる!」
「うん。食べられる」
その説明で納得できるのか定かではないが、食べることは決定したらしい。
ウイカと真凛が仲良くなっていけそうで俺はホッとしていた。
学校での彼女は監視という名目上、俺にべったりくっついている。彼女を助けてくれるクラスメイトも愛玩動物的な感覚であり、まだ友達という感じではない。
その点、社交性抜群の真凛が最初の女友達になれば後は安泰だろう。よかったよかった。
……って、また保護者目線になっている。いかんいかん。




