第10話 消えた帽子を探したい
風が強く、今にも雨が降り出しそうな空模様。
そんな梅雨シーズン真っ只中な今日も授業は滞りなく終了した。小柳先生の気怠そうな終礼の後、教室はガヤガヤとした空気に包まれる。
ふとウイカを見ると、彼女は窓際で数名の生徒と身を寄せて何やら話し込んでいた。最近は真凛以外にも女友達が増えてきており、俺は安堵の息を漏らす。
「って、また親目線に……。なんで俺があいつの交友関係を心配せにゃならんのだ」
ウイカが転校してきてから二週間近くが経過している。
その間、監視と称して彼女は俺と昼食を共にしていた。少しずつだが日常会話も増えて、多少打ち解けつつある。
だが、それ故に分からないことも多い。
確かにウイカは俺と一緒に行動しがちだが、放課後は別れて帰る。休日に会ったりもしない。校内でも男女別々の授業は普通に受けていた。こんなやり方で何を調べているのか、少し疑問が残る。
実際、俺に進捗が伝えられることはなかった。
こちらとしても、スペルフィールドとかいう謎空間に迷い込むのは二度と御免だ。対策のしようがないので、判明している事実があるなら少しでも教えてほしいところ。
「……まあ、別にいいか」
以前忠告してからウイカは魔法を使わないようにしているので、目立った騒動も起きていない。
このまま彼女がクラスに馴染んでいくなら、ただ転校生が一人やってきただけの平和な日常だ。何事もないなら問題なし。
と思っていたら、ウイカがトコトコ近づいてきた。
「どうした?」
「ユミさんの帽子を見つけたい」
「……なんだそれ」
ウイカが指をさす。
先ほどまで彼女と一緒に話していたグループのうち一人が、両手で顔を伏せて肩を揺らしていた。泣いているようだ。
名前はたしか村瀬さんだったか。下の名前がユミというのはウイカの発言で初めて知った。
しかし、帽子を見つけるとは? 盗まれたのか?
「授業が終わってから、教室に突風が吹いた」
「たしかに風は強かったけど」
うちの高校は、この地球温暖化時代において古臭い考え方を持っている。教室にエアコンはついているが、七月に入るまで運転禁止だというのだ。
理不尽な決まりに怒った小柳先生がどこかから扇風機を持ち出してきたが、教室の規模には見合わず焼け石に水だ。
なので基本的に教室の窓は開いている。外気を取り入れるのがせめてもの抵抗だった。
そんな窓から突風が吹き抜けた。それは分かる。
「その風と帽子に何の関係が?」
「帰り支度をしていたユミさんの帽子が、風に飛ばされた」
「ああ。なるほど」
風に吹かれて外に飛び出したということか。
村瀬さんが泣いているのを見るに、余程大事にしている物なのだろう。ウイカは困っている彼女のために捜索したいと考えている。
こうして声をかけられた以上、俺も捜索隊に加わるのは構わない。放課後の予定も無いし。けれど人手が増えたところで、外に消えた帽子を見つけられるとは思えないのが本音だ。
「探すにしても、なにか策があるのか?」
「ん。……こっち」
ウイカが俺の手を引いて教室を出る。他の人には聞かれたくない提案なのだろうか。
廊下は既に人影が少なかった。小声で内緒話をする分にはここで充分そうだが、ウイカは少し言いづらそうな様子で視線を泳がせる。
「なんだ?」
「あの……怒らない?」
「怒る? 俺が?」
不安げな表情で俺を上目遣いにみるウイカ。他人の持ち物を探してあげようという善意を怒ったりしないぞ。
質問の意味が分からず、大人しく次なる言葉を待つ。随分と間を取ってから、ばつが悪そうにしながらウイカは口を開いた。
「魔法を使いたい」
「……なるほど」
言われて合点がいった。
たしかに、学校で魔法を使わない約束をさせたのは自分だ。
ウイカは失せ物探しに使える魔法の心当たりがあるが、俺との約束を律儀に守るべきか考えて許可を得ようとしたのだ。
け、健気なやつ……!
「使えば場所が分かるのか?」
「あまり遠くだと無理。それに、大体の方角が絞れるだけ」
「じゃあ、近くにあって向きが分かったら、村瀬さんたちと協力して付近を捜索することにするか」
「いいの?」
「もちろん」
魔法を使わない約束は、彼女にとってそれほど絶対だったのか。念押しして聞かれると、なんだか凄い縛りを科していたようで申し訳なくなる。
人助けになるなら問題ない。
ウイカは頷くと、早速目を閉じて何かを念じ始めた。本当に道具も無しで魔法が使えるんだな、と今更彼女の力を再認識する。
彼女が帽子の位置を捉えるのを待つ。
数秒。静寂が緊張感を高める中、不意にウイカが目を開いてパッと首を動かした。
「見つかったのか?」
「まだ近くにある」
「やったな! じゃあ村瀬さんたちと一緒に探しに行こう」
◇
村瀬ユミと彼女の友人たち、計四名。それに俺とウイカを合わせて六人で校舎の外を歩く。
中庭の横手を通り目的地へ。ちなみに、以前ジャングルと化していた庭はもう綺麗に伐採されていた。
俺が全員に聞こえるよう、わざとらしく声をあげる。
「帽子を見た人が言ってたのは、この辺?」
目撃者がいたので場所が分かったんだ、という言い分。突然場所が分かる理由なんてそれぐらいしか思い浮かばなかった。
我ながら下手くそな大根芝居だが、ウイカはすぐに意図を察してくれたようだ。今も帽子の気配を頭の中で追いながら、頷く。
「この辺……だって言ってた」
こちらも、何の抑揚もない棒読み演技だった。だが後ろをついてくる一同が気にする素振りはない。セーフ。
先ほどまで一緒に教室にいたのだから、目撃情報を握っている時点で色々と怪しいのだが。村瀬さん自身が動揺しているのでそこを突っ込まれることはなさそうだ。
しばらく歩いたところで、村瀬さんは気落ちした表情で話し始める。
「ウイカちゃん、ありがとう。でも巻き込んじゃって悪いよ。この辺だって分かっただけで大丈夫だから、皆は先に帰って」
強がるようにそんなことを告げてきた。
迷惑を掛けたくないという気持ちは分かる。実際、俺が当人でもそう言うだろう。
思わず泣いてしまうぐらい大切な物のようだが、そうは言ってもたかが帽子。捜索に友達を付き合わせるのは気が引ける行為だ。
しかし、彼女の友人たちは全員笑顔で手伝いを申し出た。俺も暇なので構わないと了承する。
何より、ウイカがやる気に満ちていた。
「絶対に見つける」
いつもと同じ無表情だが、その口調はやけに力強い。
禁止だと言った魔法を駆使してまで見つけてあげようというのだから、これをやる気と言わずして何と言うのか。ウイカがこんなに友達想いだったとは。
村瀬さんはそんなウイカの姿を見ながら、またほろりと涙を流す。かなり涙脆い子らしい。
「ありがとう、ウイカちゃん……! 皆も!」
そういえば、俺はその帽子とやらがどんなものか知らない。
思い出すだけで悲しいかもしれないが、こればかりは村瀬さんに聞いておく必要がある。
「村瀬さん、帽子ってどんなやつ?」
「えっと。つばの広いハット。色はベージュで、黒のリボンがぐるっと巻いてあるの。あとは、白い首紐がついてる」
ふむ。見た目は普通のハットらしい。学校に着けてくるには少し目立ちそうな気もする。
とても大切にしていることが伝わってくるので、彼女にとってどういう物なのか深く詮索したくなったが、これはただの好奇心だ。見た目の情報さえあれば見つけるには充分だし、余計な首は突っ込まないでおく。
やる気を出して探し始めたウイカに倣って、俺も近辺を見回す。
ウイカの魔法があるのだから、位置情報はバッチリだろう。全員で分担して、中庭の大捜索は幕を開けた。




