第11話 大切なもの
位置を特定しているので帽子の捜索は容易かと思っていたが、それからの状況は芳しくない。
六人で手分けして探し始めてから、既に三〇分ほど。誰も手がかりを見つけることができないまま時間だけが過ぎていた。
天候もさらに悪化し、いつ雨が降り出してもおかしくない。こんな調子なので全体の士気も下がっている気がする。
そこで、一人が口を開いた。
「もう、いいよ……。皆ありがとう」
当人である村瀬さんだ。
捜索開始時には優しく声掛けしていた一同も、流石になんと返事して良いのか分からず黙り込んでしまう。ここで気休めを言ったところで帽子は見つからない。
それに、皆は魔法のことを知らない。今あるのは心許ない目撃証言だけで、信用できる情報源とは言えないだろう。その目撃者が帽子を見かけた後で、また風に飛ばされた可能性だってある。
流石に解散は免れないか。俺も手を止めて、村瀬さんの方をじっと見つめる。
だが、この状況で手を止めていないやつがいた。
ウイカだ。
「ウイカちゃんも本当にありがとう。もう大丈夫だから」
「……じゃない」
「えっ?」
「大丈夫じゃない」
顔を上げることもせず、ひたすら辺りを見回すウイカ。
本人が打ち止めにすると言っているにも関わらず意見を曲げない様子に、村瀬さんも面食らったようだ。
ウイカは強い口調で話す。
「ユミさんは、帽子を大切なものだと言っていた」
「だけど……仕方ないよ。皆が手伝ってくれただけで充分」
口ではそう言いつつも、やはり割り切れていない様子の村瀬さん。彼女の表情を見れば、安易に諦めようと言うのも躊躇われる。
そうは言っても、ウイカの強情な態度には驚かされた。
困惑する村瀬さんに、俺は取り繕うように伝える。
「ごめん村瀬さん! ウイカ、なんか意固地になっているみたいだ。気が済むまで付き合ってから責任を持って帰らせるよ」
「う、うん……。荒城くんも、わざわざありがとう」
捜索を続けるウイカに、後ろ髪を引かれるような表情の村瀬さんたち。
しかし、闇雲に続けても仕方ない。俺は苦笑いを見せながら手を振り、なんとか彼女らを追い返した。
一同が去っていくのを確認してから、ウイカの方へ視線を戻す。
「ウイカ、打ち止めだ。ストップ」
それでも従おうとしない。
ウイカは汗を流しながら必死に花壇へ手を伸ばす。手入れされた花の間には死角もないし、そんなところに帽子が隠れているはずがない。ヤケクソだ。
何をそんな躍起になっているんだ。
少し強引にウイカの両腕を掴んで、グッと体を向き合わせた。
「ウイカ!」
俺が強く呼びかけると、ようやく彼女が顔を上げた。
悲壮に満ちた表情で俺を睨んでくる。
「な、なんでお前がそんな顔してるんだよ」
「駄目。見つけないと」
うわ言のように呟くウイカ。
なんだ? 明らかにおかしい。
彼女が俺の手を振りほどこうとするのを踏ん張って止める。しばらく抵抗して暴れていたウイカだったが、やがてゆっくり力を抜いて項垂れた。
落ち着いてから、改めて問いかける。
「何をそんな意地になってるんだ?」
「……ユミさんの帽子は、中学校で大切な人から貰ったものだって」
それはウイカが村瀬さんから聞いていた事情なのだろう。
大切な人というのが誰なのかは分からないが、そう言われると拘りの逸品なのは理解できる。
「その大切な人には、もう会えないって言ってた」
「もう会えない?」
プレゼント相手は恋人か何かだったのだろうか。遠くに引っ越したのか、もしくは不幸があったのか……。
ウイカは詳細を聞いているかもしれないが、今は村瀬さんの過去を追及したいんじゃない。
彼女にどんな事情があったとしても、ウイカがこんなに感情移入するのは不自然だ。
「だからって、お前が背負うことないだろ」
「……私、知らなかった」
「何を?」
ウイカが再び顔を上げる。その視線は真っ直ぐ俺を見ていた。
吸い込まれそうな彼女の碧眼。わずかに揺れるその瞳を見ていると、なんだか放っておけない気持ちになる。
「プレゼントって、温かいの」
「温かい?」
どういう意味だろう。
心が温かくなるということだろうか。たしかに人からプレゼントをもらうと嬉しいが、別にウイカが帽子を貰ったわけではない。
彼女が村瀬さんの帽子に拘る理由にはならないはずだ。
「私は施設で生まれて、今までプレゼントなんて貰ったことなかった。他人に優しくされることを知らなかった」
施設。彼女の属するアザラク・ガードナーという組織か。
俺は、彼女が組織に所属するまでの経緯を何も知らない。今の暮らしぶりや、私生活についてまったく把握できていなかった。
これまでの情報で、娯楽に乏しい場所だということは分かる。彼女は俺たちの世界の常識を学べずに育った。それに加えて、優しくされることを知らなかったなんて言われると……ふつふつと嫌な感情が湧いてくる。
しかし施設とやらに憤るのは後だ。
「だから、嬉しかった。これ」
言いながら、ウイカがいつもの巾着袋を取り出した。紐には、よく知らないアニメのマスコットキャラクターが取り付けられている。
――俺が何の気なしに渡した、ペットボトル飲料のオマケだ。
「お、お前! そんなキーホルダーのこと……」
「うん。はじめて、プレゼントされた」
……なんてこった。
俺が気まぐれにあげたキーホルダーで、彼女は他人にプレゼントされる喜びを知ったというのだ。
返す言葉もなかった。
「プレゼントが無くなるのは悲しいこと。……私、ユミさんの帽子を絶対に見つける」
力強い眼差しで見つめられる。
これは俺の責任でもあるのだろうか。少なくとも、諦めて帰ろうと言う気持ちは失せていた。
「分かった」
彼女はこの学校に来て、俺たちと過ごす中で色々なことを学んでいる。
外の世界では魔法が普通でないことも、美味しい食事がたくさんあることも、他人からプレゼントを貰うと嬉しいことも。放課後にクラスメイトとお喋りする楽しさだって知らなかったはずだ。
そんな色々を知るたびに彼女は目を輝かせ、楽しそうにしている。
ただの他人なのに偉そうだが、そんな当たり前の、普通の喜びをもっと知ってほしいと思った。
「それで、見つける方法はあるか?」
「もう一度、魔法使ってもいい?」
「任せる」
ウイカが目を瞑って、先ほどと同じように帽子の気配を探る。今度はより長い時間を使って、集中して場所を特定しようとしていた。
俺は黙ってその様子を見守る。
しばらくして、彼女が顔を上げた。俺の腕を引っ張りながら指をさす。校舎側、それもずっと高く。
俺もそれを視線で追いかけた。
「げっ! あんなところに!」
屋上から生えているテレビ用アンテナに、ベージュのハットが引っ掛かっているのが見える。白の首紐が絡みついて遠くまで飛ばされなかったのは不幸中の幸いか。
位置は合っていたが、高さがまるで違ったとは。中庭付近にあるという情報と思い込みが、視線を下に固定してしまっていたようだ。
ウイカはまた俺の方を見つめる。
だんだん分かってきた。彼女が問うように俺を見る時は、魔法を使ってもいいかという確認だ。
俺は周りを注視した上で、すばやく答える。
「いいよ。取り戻して、明日村瀬さんに渡してあげよう」
「うん」
彼女は大きく頷くと、箒も無しにトンッと空へ飛び上がった。
力強く掴まれた俺の腕もまた、重力に逆らうように……。
「って、おいおい! なんで俺まで!」
引っ張られて、俺の体が宙に浮く。いや浮いているというか、ぶら下げられているというか。
ウイカは表情一つ変えずに淡々と伝えてきた。
「紐、絡まってる。外すの手伝って」
「いや怖いって! 危ない! 絶対離すなよ!」
「……それ、振り?」
「どこで覚えたんだよそんなこと! 違うからな!」
二人で飛んだ空は、とんでもなく恐ろしいものだった。地に足がつかないってこういうことなのか。
けれど高くから見る景色は、まるで知らない世界のようで。
いつ降り出してもおかしくないと思っていた曇天も、いつの間にか夕陽が射し込んでいる。
彼女が外の世界の常識を知らないように。俺もまた、彼女から見えている世界を知らないんだ。
魔法を使って空を飛ぶ。上から世界を見下ろす。
俺は、そんな彼女の世界にワクワクさせられていた。




