第12話 魔法少女ドロシー
村瀬さんの帽子は、翌日ウイカの手によって返却された。涙もろい村瀬さんはやっぱり泣いて感謝を伝え、ウイカも無表情ながら満足げだ。
それから二人はすっかり仲良くなり、休み時間に俺とウイカが一緒に過ごす時間は少し減った。監視という目的があるのであまり遠くには行かないが、べったりくっつかれるよりはずっと良い変化だと思う。
転校してきてから二週間ほど。
すっかり俺の日常に、そしてクラスにウイカは馴染みつつあった。
――ところが。
「休み、ですか?」
「おーう。なんか夏風邪だとか言ってたぞー?」
その日、ウイカは教室に現れなかった。
連絡を受けた小柳先生に教えられる。事前に伝えてあるなら緊急性はないはず。
なのに俺は、どうにも不安を拭えない。
居ても立ってもいられず、一限の終わりにLINEで「大丈夫か?」とだけ連絡を送信。転校してきてすぐに連絡先は交換していたが、校内では常に一緒だったのでアプリ上では初めてのやりとりだ。
しばらく画面を眺めていたが、既読通知はつかない。
「イサトは何も聞いてなかったのかい?」
幸平が聞いてくるので、首を振って静かに肯定した。
隣にいた真凛が心配そうな顔をしている。俺は気楽ぶって励ましの言葉を掛ける。
「風邪だって話だし、気にするほどじゃないだろうよ」
「イサトこそ、そんな顔しといてよく言えるわ」
え? 俺、なんか表情おかしかったか?
呆れたようにこちらを見る真凛の視線。どうやらウイカだけではなく、俺も心配されていたらしい。
「別に気にしてないって」
自分に言い聞かせるように告げながら、胸の内を整理する。
ウイカは変な組織から俺を監視するためにやってきた魔法少女だ。今聞いても突拍子もない設定だが、事実なのだから仕方ない。そして、俺と彼女の関係はそれ以上でもそれ以下でもなかった。
監視という名目で一緒に過ごしていただけで、俺があの子を心配する理由はない。むしろ厄介事に絡まれないのならば良い事尽くめだ。
――だから、嬉しかった。これ。
目の奥をキラキラとさせながら、俺の渡したキーホルダーを見せつけるウイカの姿が頭をよぎる。
……なんで俺は、こんなにもウイカの事を気にしているんだろう。
「ねえ、イサト」
考え込んでいる俺の耳に真凛の声が響いてきて、現実に引き戻される。
相変わらず顔をしかめている真凛。一応は夏風邪だと聞いているんだから、そこまで心配しなくてもいいんじゃないだろうか。
「どうしたんだ? そんな不安にならなくても……」
「違うの。その……気になってたんだけど、ウイカちゃんの家庭事情ってさ」
「え?」
想定外の話題に面食らってしまった。
彼女の生い立ちや境遇については、二週間経った今でも殆ど聞けていない。アザラク・ガードナーという組織内に住んでいて、両親はいないという話ぐらいだ。
組織のことは言えないので、俺から答えられることは何もない。
「この前ちょっと心配なことがあって。今ってプールの授業があるじゃない?」
言いながら、真凛の表情が暗くなる。
高校での水泳は必須科目じゃないらしいが、我が公立香文高校では毎年きちんと実施される。
男女分かれて、六月の初旬から中旬は男子が、中旬から下旬は女子がプールを使用することになっている。現在は女子が授業を受けていた。
「ウイカちゃんは見学だったの。体調悪いのかなと思って話を聞いたんだけど」
「それで?」
真凛がチラりと教室を見回す。他のクラスメイトに聞かれていないか確認したようだった。
知られてはまずい話なのか。少し怖い。
「その……体に痣や傷が多いから、水着は見せられないんだって」
「怪我してるのか?」
「傷跡も少し見せてもらったんだけど……結構痛々しくて」
俺は普段の彼女を知らないので想像でしかないが、戦闘の傷なのだろうか。
はじめて会った日、獣魔という化け物と戦う姿を見た。あの時は熊みたいな相手に無傷で勝利していたが、あんな事を何度もやっているのだとすれば怪我の一つや二つあるかもしれない。
しかし、事情を知らない人が見ると怪我の予想は変わってくる。以前俺が「ちょっと複雑な家庭で」と説明したこともあり、真凛の不安は最もだろう。
……いや待て。
俺だって事情は知らない。傷が戦闘以外でついた可能性は? 組織の環境が劣悪なものだとしたら?
脳内に嫌な予想がいくつか浮かんでしまう。
そこで、話を聞いていた幸平が落ち着いた声色で告げた。
「早合点はいけないよ。怪我がご家庭のものかなんて分からないし」
「それは……そうよね。ごめん、なんか嫌な想像ばかりしちゃって」
真凛も俺と同様にかなり心配しているみたいだが、こういう時に幸平が冷静で助かる。
俺も何とかポーカーフェイスを気取って、その場は解散。次の授業からは勉強に集中することにした。……休み時間のたびにメッセージは確認したが。
残念ながら彼女から返事はなく、未読のままだ。
そわそわとした気持ちのまま時間だけが経ち、遂には放課後になってしまう。
「風邪だって言っているんだから、寝込んでいるだけかもしれない。二人とも、落ち着いてね」
「あ、あぁ……」
幸平は冷静に言うと、そのまま部活へと向かっていった。
真凛も落ち着かない様子で俺に伝えてくる。
「とりあえずウイカちゃんのことはイサトに任せるから。頼んだわよ」
「分かった」
去っていく真凛を見送って、俺は一人で校舎を後にする。
再びスマートフォンを確認するが、今もウイカとのやりとりは止まったまま。仮に風邪が真実だとしても、一度も画面を確認できないほど重たいのだとすればそちらも心配だ。
モヤモヤした気持ちで自転車のペダルを漕ぐ。
少し前に買い替えたばかりの愛車はスムーズに道を突き進み、いつもの帰路を辿る。たしか最初にウイカと会った時はこの辺りで――
「お、きたきた」
ふと、誰かに声をかけられた。一瞬、何故かウイカを連想してしまう。
「ようやく会えたね。荒城勇人くん」
その姿は似ても似つかない、褐色肌で高身長の少女だった。左に結んだ銀髪を揺らしながらこちらに近づいてくる。年上に見えるが、日本人では無さそうなので目算は怪しい。
というか。
「あなたは? どうして俺の名前を?」
「さて、何故でしょー?」
少女は悪戯っぽく笑う。
「今日は残念だったねー。愛しのウーちゃんが居なくてさ」
「う、ウーちゃん?」
なんだこの人は。正体が全く分からない。
反応を見てケタケタと笑う彼女に恐怖すら感じる。ゆるりと接近してくる相手を見ながら、俺は必死に考えた。
俺の名前を知っている。そして、今日はウーちゃんが居なくて残念だったという発言。
そして何より、僅かにウイカと似た気配を感じるのが気のせいでなければ。
「もしかして、ウイカと同じ魔法少女……?」
俺の予想に、彼女は愉快そうに告げた。
「大正解ー! やるねぇー」
その場でくるりと一回転し、正答を祝われる。嬉しくもないし、まだ彼女への疑念は取っ払えない。
魔法少女ならウイカの仲間だろうか。
けれど俺は彼女の所属する組織に対する知識がない。劣悪な環境で、年端もいかない少女を戦わせているという前知識から信用できないのが本音だ。
そこに所属する別の魔法少女も、話が通じる相手なのかが分からない。
警戒しながら少女の動向を観察する。
銀髪の少女は朗らかに名乗りをあげた。
「あたしはドロシー。獣魔討伐部隊“アザラク・ガードナー”の、ドロシー・スターホーク」




