第13話 選択肢
ドロシーさんに連れられて、近くの喫茶店に入った。対面で座る彼女は何が楽しいのかずっとニコニコしている。
堪能な日本語でウエイトレスに紅茶とシフォンケーキを注文。俺はコーヒーだけを頼んで、静かに相手が切り出すのを待った。
「お姉さんが奢ってあげるから遠慮しなくていいのにー。アザラク、結構なんでも経費で落ちるから」
「いや、それはいいんですけど」
気さくに話しかけてくるが、腹の底が見えない。
「ま、警戒されちゃうよねー。とりあえずウーちゃんの話からしよっか」
「ウーちゃんって言うのは、ウイカのことで合ってますか?」
「そだよー。ウイカ・ドリン・ヴァリアンテ。格好いい名前だよね」
ウイカは身長も低く子どもっぽい見た目だが、ドロシーさんは俺よりも大人びている。明るく気さくな印象なのもウイカとは異なり、魔法少女にも色々いるんだという発見があった。
ドロシーさんは世間話でもするように語り始める。
「今日のウーちゃんは、獣魔討伐のお仕事だったんだよ」
「! ウイカ、戦ってるんですか」
風邪ではなかったことを喜ぶべきかもしれないが、それ以上に不安で心がざらつく。
「結構強い敵で、手こずりそうだったからねー。学校には先に休みの連絡を入れたみたい」
「無事なんですか!?」
真凛から聞いた、彼女の怪我の話が頭をよぎって思わず声が大きくなった。
周囲の客が訝しげにこちらを見ている。俺は軽く頭を下げて、落ち着こうと胸に手を当てた。
「もー、心配しすぎだって。あの子はアザラクの戦闘員でもかなり強い子だから、大丈夫だいじょーぶ」
ウイカってそんなに強い魔法少女だったのか。実力なんてまったく分かっていない。
ドロシーさんはボソッと呟く。
「……そういう所が、むかついちゃうんだけどね」
「えっ?」
「あーいや。なんでもなーい」
とにかく、学校を休んだウイカが何をしていたのかは分かった。しかし本人からの連絡は今も届いていないし、不安は拭えないままだ。
そんな俺を見て、ドロシーさんは少しだけ声のトーンを落とした。
「荒城くん。君、この件に関わる覚悟はある?」
「……どういう意味ですか?」
先ほどまでの笑みが薄れ、彼女の言葉に真剣さが加味された気がした。
俺は固唾を呑む。
「まず、君がスペルフィールドに入れたのは、ウイカの魔法と君の波長が偶然噛み合ったんじゃないかっていうのが組織の見解。今のところはね」
「波長? ごめんなさい、何が何やらさっぱりなんですけど」
コホン、と咳払いをするドロシーさん。
「本来、魔力っていうのは誰にでもあるものなんだよ」
「それって、俺とか此処にいるお客さんにもですか」
「そ。ただ普通は潜在能力的なもので、表に出して使うことはできない。あたし達はちょーっとズルしてそれを可能にしてるんだ」
ズルというのが何か気になったが、そこは本筋ではないのかドロシーさんは話を進める。
「魔法には相性もある。合う人と合わない人。人間関係みたいなもんだよ」
「はあ」
「で、ウーちゃんがスペルフィールドを開く魔法を使った時、たまたま相性の良い魔力を持っている君が通りがかって巻き込まれてしまったんじゃないかって予想が立ってる」
「それって、普通はあり得ることなんですか?」
「滅多にないねー。だから一応警戒して監視してたんだよ」
特例なのは間違いないらしい。けれど、今のところ俺は偶然スペルフィールドに入ってしまっただけという見解になっているのが分かった。
であれば、俺に何らかの疑いが掛けられることは無いのかもしれない。ただの一般人として、すべての問題が解決する。
……解決?
「俺がただの一般人だと分かったら、どうなるんです?」
「魔法のことさえ黙っていてくれれば、組織は二度と荒城くんに関わらないようになるよ。君は魔法と関係のない生活を送る。それだけー」
「それって……ウイカもいなくなるってことですよね?」
口にしてから、ウイカのことを気にしている自分に驚く。
聞くまでもない。ウイカは監視任務のために学校に潜入しているだけだから、俺が魔法と関係のない人間だと分かれば任務終了。学校からも姿を消すだろう。
何でもないキーホルダーのプレゼントを大事そうにしたり、放課後にみんなでご飯を食べて喜んだり、クラスメイトの失くし物を探して必死になったりする少女は仮初めに過ぎない。
……なぜだか、すごく嫌な気分だった。
「ふふーん。学校に行くようになってウーちゃんも変わったと思ったけど、荒城くんもこんな感じかー」
「な、なんですかそれ」
ニヤニヤとしているドロシーさん。
何かを見透かされている気がして、気恥ずかしくなった。
「じゃあ、もう一回質問ね。荒城くんはこの件に関わる覚悟ある?」
再び問われる。
話の流れを見るに、これは大きな選択を迫られているはずだ。
魔法と無関係な一般人として生きるか、自らウイカたち魔法少女に関わることを望むのか。
「……俺は」
何処か日々にズレを感じていた俺の前に、日常が一変するような出来事が起きた。
だからウイカとの出会いにはワクワクしていた。まるで漫画やアニメの世界が転がり込んできたような気がして、次は何が起きるのか期待していたのかもしれない。
けれど同時に、怖いとも思う。
獣魔という化け物とはたった一度遭遇しただけ。なのにあの巨大な怪物が街を破壊し、こちらを追ってくる姿が脳裏に焼き付いている。ウイカが居なければ死んでいただろう。
結局、平和な世界に身を置きたい普遍的な感情を持っている。
「悩むねー、荒城くん」
考え込む俺を茶化すように、ドロシーさんはケラケラと笑う。
「あたしに結論を伝える必要はないから、大いに考えたまえ。将来を決める大事な選択だからさ」
議題を突き付けてきたのはドロシーさんなのに、どうにも無責任な言い方だ。
ただ、おかげで保留という選択肢が生まれた。結論を先延ばしにしてしまうのは昔からの悪い癖だが、こればかりはもう少し考えたい。
ふと見ると、俺たちの前に注文した商品が並んでいた。ウエイトレスが来たことにすら気づかないほどの熟考だったらしい。
ドロシーさんがシフォンケーキに齧りつきながら微笑む。
「うーん! 美味しー!」
魔法少女というのは皆食べるのが好きなのだろうか。
俺はコーヒーを口に含みながら、目の前の天真爛漫な女性を観察する。
満足げにケーキを頬張る彼女は、先ほどまでの張り付いた笑顔とは違って自然体に見えた。
「やだなー荒城くん。そんなに見つめられると照れちゃうなあ」
たしかに、まじまじと食事姿を見るのは失礼だったかもしれない。
「す、すみません」
「ふふーん。あたしに見惚れてると、ウーちゃんに怒られるよ?」
「は? なんですかそれ」
「あたしは別にいいけどねー? 久々に外の人と話せて楽しかったから、なんなら今後もデートしてあげてもいいよ。あ、連絡先交換する?」
デート……なのか? これ。
どういう意図で発言しているのか分からないドロシーさんに困惑する。
しかし、ウイカや魔法少女についての情報を聞き出せる当てがあるのは助かるかもしれない。俺はスマートフォンに手をかけた。
「あっ」
画面に、新着のメッセージが届いている。
――連絡できなかった。風邪は嘘。
飾り気のないぶっきらぼうなメッセージ。けれど、安否が分かっただけで俺の心臓が跳ねる。
こちらの反応を見て、目の前でドロシーさんがニヤニヤしていた。
「ウーちゃんの仕事、終わったんだね。じゃあ抜け駆けは此処までか」
「ええっと。……まだ全然分からないことだらけなんですけど、話を聞けて良かったです」
はやる気持ちを抑えて一礼すると、ドロシーさんはLINEアカウントのQRコードを差し出してきた。
「困ったことがあれば、よろしくどーぞ。今はウーちゃんのところに行ってあげなー?」
ずっと警戒していたが、この人は悪い人じゃない気がする。
俺は彼女を友達登録すると、もう一度お辞儀をしてから店を飛び出した。
メッセージでやり取りしてもいいはずなのに、ウイカと直接話したい気持ちが強くなる。
――今から会えるか?
――うん。
短い会話履歴と共に、俺は走った。




