第14話 君の世界を知りたい
はじめて会った時にも話した公園のベンチに、縞模様のブラウスとジーンズ姿のウイカが座っていた。
ドロシーさん曰く獣魔との戦闘が終わった後らしいが、実際に会ってみると普段と変わらぬ無表情。顔を見てようやく安心感がやってくる。
俺はなるべく平静を装って、軽い雰囲気で声を掛けた。
「よっ。元気か」
こちらを見て、弱々しく頷くウイカ。表情では読み取れなかったが、なんとなくいつもより疲れている気がした。
隣に腰かけて、改めて顔を伺う。ウイカもこちらを真っ直ぐに見つめ返してきた。
聞きたいことは沢山あるのに、いざ面と向かってみると上手く話し出せない。体の傷や痣のこと、ドロシーさんから聞いた戦闘のこと、俺に与えられた選択肢。色んなものがぐるぐると頭を巡る。
「獣魔との戦いで休んだ」
先に、ウイカが報告してくれた。
「教えてくれればよかったのに」
「? なんで?」
「なんでって……急に休むから心配したんだぞ」
ウイカは意外そうな顔でこちらを見ている。
心配されることすら想定外のようだ。それは彼女が強い魔法少女だからなのか、それとも心配してくれる身内がいないからなのか。
「戦闘はいつもある。毎回報告すべき?」
「そんな頻繁に戦ってるのか」
「普段は夜や明け方が多い。今日は学校の時間に現れたので仕方なく休んだ」
「ちょい待て。放課後や登校前に戦ってることもあるのか?」
「うん。いつも」
「マジかよ」
衝撃的な告白だった。戦闘は日常茶飯事らしい。
澄ました顔をしながらも、彼女は時間もタイミングも関係なく戦いに駆り出されている。
本来はそっちが彼女の生業だ。ウイカが転校してきたのは俺を監視するためでしかない。彼女にとっては獣魔との戦いが日常で、その合間に高校生のフリをしているというのが正しい。
言い方から察するに、この二週間ほどの期間にも何度か戦闘があったのだろう。
授業中に魔法を使って不審がられたり、友達のために帽子を捜してあげたりしている合間にも、彼女は命懸けで怪物を討伐している。
「じゃあ、傷や痣があるっていうのも戦闘のせいなのか」
「荒城くんの時はすぐ倒せたけど、もっと苦戦することもある。多少の傷は仕方ない」
「し、仕方ないって……」
聞けば聞くほど、俺は彼女の事情を知らなさすぎたのだと痛感する。
学校では行動を共にしているウイカだが、放課後は別々に帰る。休みの日に顔を合わせることもない。俺はそれで本当に監視が出来ているのか疑問に思っていたし、雑な組織だと考えていた。
けれど本当は、その時間に彼女は怪我を負いながら戦い続けていた。四六時中監視する余裕なんてなかったんだ。
そんなことも知らず、俺は呑気に彼女の保護者気取りをしていた。少しは彼女の生活に役立っているつもりで。
なんて自惚れたクラスメイトなんだろう。
「なんで……なんでそこまでして戦うんだ? あんなデカくてヤバい相手に、怪我してまで」
獣魔という怪物は、たった一度遭遇しただけで死を悟るほど危険な相手だった。大きく凶悪な見た目に、逃げ出したくなる存在感。
か弱い高校生の少女が、そんなやつと無理して戦う理由なんてない。
だがそんな俺の言葉にウイカは首を傾けた。心底不思議そうに見つめてくる。
「戦うのに理由なんてない」
「理由がない……?」
「私は戦うために生まれた。この命は、戦うためにある」
本当に何の迷いもなく、至極当たり前のこととして彼女は言った。
あまりにも真っ直ぐなその瞳に気圧されて、俺は逆に目を逸らしてしまう。
「戦うためって、そんなの!」
「普通じゃない?」
先回りしてウイカは言う。
「荒城くんや学校のみんなと話して、少しずつ分かってきた。私は普通じゃないんでしょ?」
「それは――」
咄嗟に言い返せなかった。
俺は彼女を、外の世界に対する常識が欠けている人だと思っていた。
食事に目を輝かせている姿を見て、世間知らずなんだと微笑ましく感じていた。
友達ができてクラスの輪に溶け込んでいく様子を見て、常識的な子になっていくんだと安心していた。
まるで。
俺たちの日常からはみ出している彼女を、下に見ているような。
彼女が学校生活に染まっていくことを、成長だと捉えているような。
そんなの、自分本位の馬鹿馬鹿しい考え方だ。
「学校なんて行ったことなかった。アニメでしか知らない世界」
彼女は俺に視線を向け、ただひたすら真っ直ぐ見つめてくる。
碧眼はどこまでも澄んでいるのに、その奥底に抱えているものが俺にはまるで見えていなかった。
「結構悪くなかった。知らない食事、知らないルール、知らないクラスメイト。――知らない普通」
穏やかな表情で話すウイカの顔。
何故かそれが、俺には別れの言葉のように聞こえてしまう。
最後に思い出話をするように。抱えていた寂寞の思いを吐露するように。
目の前からふと彼女が消えてしまうような気がして、居ても立ってもいられず言葉を発していた。
「悪くなかったなら、もっと色々体験しよう」
彼女が目を見開く。
予想外のことを言われて驚いたように見えた。もしかすると本当に別れのつもりだったのかもしれない。
後先考えず口にしたので、俺は自分がここから凄く恥ずかしいことを言うんじゃないかと内心緊張する。けどそれでもいい。今は取り繕わず思ったことをそのまま伝えてみよう。
「俺はウイカにもっと色々知ってほしい。俺やみんなの普通を、楽しみをもっと味わってくれると嬉しい」
これまでもそう思っていた。
けれど、それだけじゃ駄目だった。
ウイカが何かを体験して喜んだり悲しんだりする様子を保護者のように見ているだけでは、彼女と対等になったとは言えない。
この子が持っている普通と、俺の持っている普通の何が違うのかを知りたい。
俺は――彼女のことが知りたい。
「だから、俺にもウイカのことを教えて欲しい! 組織のこととか、どんな生活をしているのかとか。獣魔を倒しに行くなら一緒に連れていってくれればいい」
ウイカが目を丸くしている。
「なんで、そんなこと」
この件に関わる覚悟はあるかと、ドロシーさんは聞いてきた。あの瞬間には答えられなかった質問だ。
でも、こうして目の前に彼女がいて。戦いで疲れながら、寂しそうな顔をしているのを見ていると。
今更、見て見ぬふりなんてできなかった。
何故ここまで彼女を――ウイカ・ドリン・ヴァリアンテという魔法少女のことを気にかけているのか。
「なんでと聞かれると……分からん」
今でも答えは出ていない。結論を先延ばしにしながら、気持ちだけは素直に答える。
ウイカはますます困惑していた。
「なにそれ」
複雑な表情をしながら、彼女は少しだけ頬を緩ませる。
「スペルフィールドに荒城くんを連れて行っていいか分からない。確認する」
「是非そうしてくれ。……あ、戦闘の邪魔なら考え直すけど」
「たぶん邪魔だけど、いい」
「おい!」
彼女もこんな冗談を言うのか、と俺は笑った。いや本心かもしれないけど。
そんな俺の笑いに、向こうも僅かに微笑み返す。
これまで偽りの関係性を演じることに終始していたウイカと、はじめて本音で話せたような気がする。
すると。
緊張が緩んだからか、彼女の腹の虫が声をあげた。
「あ」
「なんだ、腹減ったのか」
確かにもう夕飯には良い時間だ。
俺もまだ夜は食べていない。喫茶店ではコーヒーしか飲んでいなかったし。……そういえば、飛び出してきたからコーヒー代を払っていない。ごめんなさいドロシーさん。
そんなことを思いながら、ウイカに提案する。
「なんか食ってくか?」
今度は分かりやすく顔を明るくした。
食事を楽しんでいるウイカの顔は見ていて飽きない。
夜に二人きりで出歩くのは少し特別な感じがして、たまにはこういうのも悪くない気がした。




